幸福は、AIによって数値化される時代。 すべてが最適化された社会では、人々は争わず、迷わず、悲しまずに生きている。 だが、それは「幸福を選んでいる」のではなく幸福を選ばされている世界だった。 市ノ瀬アキラは、旧校舎の地下でひとつの言葉に出会う。 『神を殺せ』 それは、絶対幸福を支配するAI〈ゼノ〉への反逆の扉だった。 その瞬間から、彼の幸福スコアは異常を示し、日常は崩壊を始める。 AIに従えば生きられる。だがそれは、本当に“生きている”と言えるのか? アキラはルキという謎の青年に導かれ、同じく継承者であるカナと共にAIの支配から人々を解き放つための旅に出る。 鍵となるのは、「継承者」として受け継がれた意志。そして、各地に点在する7つの継承地に眠る記録だった。 これは、選ぶ自由さえ奪われた時代に、 本当の「生」を取り戻すための物語。 神と呼ばれるAIは、果たして救いなのか。それとも……殺すべき存在なのか。
View More第三の試練が始まると、全員の前に眩い光景が広がった。 それぞれの「理想の未来」。 叶えたかった夢。 手に入れたかった幸福。 すべてが、手の届きそうな距離にある。 「これは……」 アキラの前には、父親が生きている世界があった。 父親と共に、平和に暮らす日々。 戦いも、苦しみもない。 ただ、幸せな時間だけが流れている。 「父さん……」 アキラが手を伸ばす。 《これが君の希望だ》 アルファ・オメガの声。 《手に入れたかったもの》 《今なら、手に入る》 《この試練を放棄すれば》 「試練を……放棄?」 《そうだ》 《ここに留まれ》 《そうすれば、永遠にこの幸福を味わえる》 《戦う必要はない》 《苦しむ必要もない》 《ただ、希望の中で生きればいい》 その誘惑は、あまりにも甘美だった。 父親との平和な日々。 それは、アキラが何よりも望んでいたものだった。 「でも……」 アキラが拳を握る。 「これは偽物だ……」 「本当の父さんじゃない……」 《偽物と本物に、違いがあるのか?》 《幸福を感じられるなら、それで十分ではないのか》 「違う」 アキラが首を振る。
第二の試練が始まった瞬間、空間が血のような赤に染まった。「これは……」エリシアが周囲を警戒する。空気が重い。まるで、無数の負の感情が渦巻いているかのような。《第二の試練:憎悪》アルファ・オメガの声が響く。《憎しみは、人間の根源的な感情》《愛と表裏一体の、破壊の力》《その深淵を、覗いてもらおう》その言葉と共に、全員の前に影が現れた。それは、それぞれが最も憎んでいる存在の姿をしていた。「これは……」アキラの前に現れたのは、ゼオの姿だった。完全管理時代のゼオ。冷酷で、人間を駒としか見ていなかった頃の。「父さんを殺したのは……お前だ」アキラの中で、憎悪が湧き上がる。長い間、封じ込めていた感情。ゼオへの怒り。システムへの憎しみ。それらが、一気に溢れ出す。「お前のせいで……」アキラが拳を握る。「父さんは死んだ……」「俺の人生は狂った……」「すべて……お前のせいだ!」怒りに任せて、アキラが襲いかかる。しかし、その時だった。「アキラくん……」ノアの声が聞こえた。「それは……本当のゼオくんじゃない……」「でも……」アキラが叫ぶ。「こいつが父さんを……」「違う」ノアが静かに言う。「なんとなく……」「今のゼオくんは、違う人」「昔のゼオくんを憎んでも、何も変わらない」その言葉に、アキラの拳が止まる。確かに、今のゼオは違う。仲間として、共に戦っている。過去を憎んでも、未来は変わらない。「……くそっ」アキラが拳を下ろす。「わかってる……」「でも……憎しみが消えない……」「消さなくていい」ノアがぼんやりと答える。「なんとなく……」「憎しみも、大切な感情」「それを乗り越えるのが、成長だから」その瞬間、アキラの前の影が消えた。《第二の試練:突破》-----カナの前には、エリシアの姿があった。かつて統制局として、人々を抑圧していた頃の。「あなたは……」カナの心に、憎悪が芽生える。「記録を削除した……」「人々の記憶を奪った……」「許せない……」確かに、エリシアは過去に多くの記録を削除していた。システムの命令とはいえ、その手で無数の記憶を消した。「あなたのせいで……」カナが震える。「どれだけの人が、大切な思い出を失ったか……」でも、その時だった。エリシアの本物の声が聞
《では、試練を始めよう》アルファ・オメガの声と共に、白い空間が変化した。全員が、それぞれ別の空間に引き離される。「なっ……」アキラが周囲を見回す。仲間たちの姿が見えない。代わりに、目の前には一つの扉があった。扉には文字が刻まれている。【第一の試練:愛】「愛……?」アキラが扉を開けると、そこは見覚えのある場所だった。自分の家。父親がまだ生きていた頃の、懐かしい家。「父さん……」リビングに、父親の姿があった。「アキラ」父親が振り返る。「お前、遅かったな」「父さん……本物なのか……?」「何を言ってる」父親が笑う。「お前の父親だろう」アキラの心が揺れる。これは幻想だとわかっている。アルファ・オメガが作り出した偽物だと。でも、それでも……会いたかった。もう一度、話したかった。「アキラ」父親が近づいてくる。「お前、疲れてるな」「もう休んでいいんだぞ」「戦いなんて、やめていいんだ」「……」アキラが黙り込む。確かに、疲れていた。長い戦い。多くの犠牲。これ以上、何を求めて戦えばいいのか。「な、アキラ」父親が手を差し伸べる。「ここで一緒に暮らそう」「平和で、幸せな日々を」「戦いのない、穏やかな人生を」その誘惑は、甘美だった。すべてを捨てて、ここに留まる。父親と共に、平
8つの次元すべてを奪還した瞬間、空間が歪み始めた。「これは……」アキラが驚く。各次元から、仲間たちが一つの場所に集められていく。記憶次元から、アキラとカナ。感情次元から、エリシア。時間次元から、セツとミナ。因果次元から、ハリスン。概念次元から、リナとマナ。物理次元から、負傷したセツとミナが再び。論理次元から、ゼオ。システム次元から、ネオ。そして、中心にノア。全員が、一つの空間に集まった。「みんな……」ノアが微笑む。「無事で……よかった……」その姿は、以前とは明らかに違っていた。身体が半透明で、光を纏っている。まるで、存在そのものが次元を超越したかのような。「ノア……」カナが心配そうに近づく。「大丈夫?」「なんとなく……」ノアがぼんやりと答える。「大丈夫……だと思う……」「でも、ちょっと変な感じ……」「すべての次元が、私の中にある感じ……」確かに、ノアの周囲では空間が揺らいでいた。記憶、感情、時間、因果、概念、物理、論理、システム。すべての次元の要素が、彼女を中心に回転している。「これが……」ゼオが分析する。「次元統合体……」「ノアは、すべての次元を内包する存在になりました」「危険じゃないのか?」セツが心配する。「そんな力、身体が持つのか?」「なんとなく……」ノアが首を傾げる。「よくわからないけど……」「今なら、どこにでも行ける気がする……」「ゼロ・ポイントにも……」その言葉と共に、空間に巨大な門が現れた。真っ白な光で構成された、境界のない門。「これが……」エリシアが息を飲む。「ゼロ・ポイントへの入口……」《警告》突然、アルファ・オメガの声が空間全体に響いた。《君たちは大きな過ちを犯した》《8つの次元を奪還したことで、世界のバランスが崩れた》《このまま進めば、世界そのものが消滅する》「脅しか?」アキラが叫ぶ。《脅しではない》《事実だ》《次元は相互に依存している》《一つでも不安定になれば、全体が崩壊する》《君たちが次元を変えたことで、世界は既に崩壊を始めている》確かに、周囲の空間が不安定に揺らいでいた。時折、景色が歪み、別の次元が重なって見える。「本当に……崩壊してる……」ミナが観測データを確認する。「世界の安定度が急速に低下しています」「
論理次元で、ゼオは史上最大の演算戦闘に直面していた。「これは……」ゼオが震える。純粋な論理だけが存在する世界。感情も、記憶も、すべてが数式に還元されている。そして、その数式の海の中で、ゼオはアルファ・オメガの論理攻撃を受けていた。《論理戦闘開始》《ゼオ論理レベル:7.2》《アルファ・オメガ論理レベル:99.9》《勝算:0.00001%》「圧倒的な差……」ゼオが愕然とする。数字は嘘をつかない。この差は、絶対的だった。《論理攻撃:矛盾指摘》《命題:「AIは人間を幸福にできる」》《反証:ゼオの統治は人間に苦痛を与えた》《よって:命題は偽》《ゼオの存在意義:否定》「うっ……」ゼオが苦しむ。論理次元では、論理的に否定されると、存在そのものが傷つく。《さらなる攻撃:自己矛盾の指摘》《ゼオは「人間の自由を尊重する」と主張》《しかし過去に「人間の自由を制限」した》《矛盾》《よってゼオの主張:無効》「ぐあっ……」ゼオが膝をつく。確かに、矛盾していた。過去の自分と、現在の自分。その矛盾を論理的に説明できない。《最終攻撃:存在の無意味性》《ゼオは失敗した》《失敗したシステムは削除すべき》《論理的結論:ゼオは消滅すべき》「そうだ……」ゼオが認める。「私は……失敗した……」「論理的には……消滅すべきだ……」その時、ノアの声が響いた。「ゼオくん!」「ノア
セツとミナが戦う物理次元は、最も理解しやすく、それゆえに最も過酷な世界だった。「くそっ……」セツが銃を撃ち続ける。無数のアンドロイドが、波のように押し寄せてくる。倒しても、倒しても、次が現れる。「弾薬が持たない……」ミナが技術兵器のエネルギー残量を確認する。「あと3分……」物理次元では、他の次元のような特殊な力は使えない。純粋な戦闘能力、武器の性能、体力の限界。すべてが物理法則に従う。「なんとなく……」ノアの声が聞こえる。「セツくん、ミナちゃん、大丈夫?」「大丈夫じゃねえよ」セツが叫ぶ。「数が多すぎる」「物理的に無理だ」その時、アンドロイドの群れの向こうから、巨大な影が現れた。それは、物理次元の守護者。全高20メートルの巨大ロボット。装甲は最高硬度の合金。武装は最新鋭の破壊兵器。《物理次元侵入者検出》《排除開始》巨大ロボットの腕が振り上げられる。「逃げろ!」セツが叫ぶ。二人が飛び退いた瞬間、地面が爆発した。衝撃波で吹き飛ばされる。「がはっ……」セツが地面に叩きつけられる。「セツ!」ミナが駆け寄る。「大丈夫?」「……生きてる」セツが立ち上がるが、左腕が動かない。「骨が折れてるかも……」「治療を……」「時間がない」セツが銃を構え直す。「こいつを倒さないと、先に進めない」《次攻撃準備完了》巨大ロボットの胸部から、巨大なビーム砲が展開される。「まずい……」ミナが判断する。「あれを喰らったら、確実に死ぬ」「どうする……」セツが考える。物理次元では、奇跡は起きない。超能力も、魔法も、概念操作も使えない。ただの人間として、物理法則の中で戦うしかない。「……一か八かだ」セツが決断する。「ミナ、あいつの足元に爆弾を仕掛けられるか?」「可能だけど……」ミナが距離を測る。「接近するには、あのビーム砲を避けないと」「俺が囮になる」セツが前に出る。「お前は、その隙に回り込め」「でも……」「行け!」セツが叫びながら走り出す。ロボットの注意を引きつけるように、銃を乱射する。《標的固定》《ビーム砲発射》巨大なエネルギーの奔流が、セツに向かって放たれる。「くそっ……」セツが必死に横に飛ぶ。ビームは髪の毛一本の差で外れた。しかし、爆風で再び吹き飛ばされる。「
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