LOGIN日常の中で、ふと気づく“記憶の欠落”。 昨日の出来事、さっきまでの会話、手にしているレシートさえ思い出せない。 残されたのは、見知らぬ女性の写真と、聞いたことのない施設の名。 理由もなく削られ続ける時間を埋めるため、男は記録をつけ、証拠を集め、真実に迫ろうとする。 しかし、辿り着いた先にあったのは、自分の存在を根底から揺るがす“もう一つの現実”だった──。
View More「あなたは、昨日の晩ごはんを覚えていますか?」
「気づけば一日が進んでいた経験はありませんか?」
そんな問いかけが、テレビの深夜番組から流れてきた。神谷想は、リモコンを手にしたまま、その言葉にわずかに眉をひそめる。
仕事に追われる日々の中で、昨日と今日の境目など曖昧だ。けれど、なぜだろう──その言葉だけが、妙に頭に残った。
時計の針は午後十一時を指している。外は静まり返り、街の灯りもまばら。テレビの画面だけが、部屋の闇を青白く照らしていた。
何気なく開いたカレンダーには、昨日の欄だけがぽっかりと空白だった。
「……あれ、昨日って……何してたっけ?」
手帳をめくっても、予定アプリを見ても、思い出せない。まるで“その日”だけが世界から消え去ったように。
小さな違和感が、静かに胸の奥を刺す。
仕事の疲れか、ただの勘違いか──そう思おうとするほど、不安は形を持ちはじめていく。
そして想はまだ知らない。その“抜け落ちた一日”が、彼の人生を根底から覆す“最初の異常”であることを。
日常から抜け落ちた記憶、それはただの物忘れなのかそれとも──。
これは、何気ない日常の欠落から始まる物語。
──あなたの記憶を巡るホラーSFが、今、幕を開ける。
──研究室・深夜。 りかが押した記憶復元装置の“実行”ボタン。どれ程の時間が経っただろうか。想はまだ、目を覚まさない。「神谷さん!……神谷さん!」 りかの必死な呼びかけも虚しく、想に反応はなかった。「おいおい……まさか……」 橘の胸に、最悪の結末がよぎる。 その静寂を破ったのは──中野の乾いた笑い声だった。「ふふふ……はーっはっはっ!」 室内に、嫌なほど響き渡る。 ──その時。「……う、ん……」 ゆっくりと、想のまぶたが開く。「ここは……」 装置を外し、周囲を見渡す。──拘束された中野。──寄り添うりか。──そして橘。 ひとりひとり、確かめるように視線を送った。「……そうか。帰ってきたんだな」 そう呟きながら、想は中野に視線を戻す。「あなたは──僕の研究を奪い、そして僕から“記憶”を奪った。……その罪は、決して許されない」「神谷
──水曜日・深夜0時30分。 いよいよ、すべての決着をつける時が来た。 研究所前に集まった想・りか・橘の三人。緊張感の中、それぞれの覚悟が静かに燃えていた。「いいですか、神谷さん。 作戦通りにお願いしますね」「……あぁ、必ず成功させる」 想が力強く頷く。「中野の側近と思われるスーツの男は、別件で拘束してる」 橘が言いながら、想の肩を軽く叩く。「アイツは叩けば埃だらけだった。 今夜は中野一人、決めるには最適だ」「……ふぅ、よし、行ってくる」 想は一度、深く息を吐き── ゆっくりと、研究所へ入っていった。 ──研究所内。 受付には、前と同じく無表情の女性職員がひとり、薄暗い照明の中で待っていた。 想が近付くと、電話をかけ始める。「……もしもし、神谷さんが来られました」 電話が終わった瞬間、想は受話器を奪うように置き、背後からりかと橘が現れる。「……これは、一体……?」 戸惑う職員。「今日は、終わらせに来ました」 想がまっすぐに言い放つ。「あなたた
──りかの考えた作戦が、伝えられる。 想は“記憶をすべて取り戻したふり”をして、研究所に潜入。 中野と対峙し、まずは説得。 もし応じなければ、装置を奪い取り、記憶を取り戻す──という強硬策だった。「……ちょっと、雑すぎやしないかい?」 想は、軽く笑いながらツッコミを入れる。「え? 我ながら、けっこう良い作戦だと思ってたんですけど」「いや、“記憶が蘇ったふり”まではいいんだよ。 でもさ、最後が“力ずくで奪い取る”って……成功する未来が全然見えない」 想は苦笑いを浮かべながら、テーブルを指でトントンと叩く。「でも……“気を引いている間に装置を操作する”って方が、まだ現実的かもな」「それこそ、どうやって1人でやるんですか?」 りかの問いに、想は無言でニヤリと笑う。「……えっ、私も?」「当然でしょ。バディじゃん、俺たち」「……もうちょっとマイルドな作戦、考えません?」「おい、ズルいぞ」 2人のやり取りは、どこか漫才のようだったが、その目は真剣だった。ああでもないこうでもないを繰り返し、時間だけが過ぎていく。──このままでは埒が明かないと判断し、橘も交えて作戦会議を開くことに。
──喫茶店・夕方。 橘と別れた後、想とりかは、今後の方針について語り合っていた。「……でも、実際どうやって記憶を戻すか、だな」 想の疑問は、誰もが感じる率直なものだった。「ですね。医学的には、写真や映像、匂いなどの“記憶のフック”が有効って言われてますけど……」「俺の場合、音声だけじゃ、何もピンと来ないんだよね」 2人はそろって肩を落とした。「早くしないと……また、水曜日が来てしまう」 想の表情には焦りがにじんでいた。今日は土曜日。あと数日で、また“あの日”がやってくる。 その夜、再び研究所に向かってしまえば、今度こそ全ての記憶が消されるかもしれない。そう考えるだけで、胸が締めつけられた。「……でもさ、なんで俺、水曜の深夜に限って“動いちゃう”んだろう?」 ふと漏れた想の言葉に、りかの目が鋭くなる。「それ……何かあるのかも。 あの時間じゃなきゃいけない理由……あっ!」 りかが何かに気づいたように、身を乗り出す。「……記憶を“取られた”時間……!」「え、どういうこと?」「もしかしたら、水曜日の深夜0時30分に、記憶を奪われたんじゃないかって&
──共に戦うと誓い合った2人。 だが、その第一歩は、思いのほか難しいものだった。「……で、戦うって言っても、俺たち、何すればいいんだ?」 想が素朴な疑問を口にする。 それは、核心でもあった。「まさにそこなんです。まずは、神谷さんの記憶を戻せたらって思ってて…… 特殊な周波数の装置とか言ってましたよね?
──長い、長い沈黙。 想は、自分という存在そのものに疑念を抱いていた。“神谷想”という人格すら、誰かに作られた記憶の上に成り立っているのではないか。 かつて自分が生み出した研究が、誰かの記憶を消し、誰かを冤罪に追いやった── その可能性に打ちのめされていた。 聞いてはいけない話を聞いてしまったのかもしれない。りかもまた、迷いを抱えたまま口を閉ざしていた。
──記憶研究所・3年前「俺の……おかげ? どういう意味ですか?」 目の前には縛られた男──そして信頼していた中野教授。 想は混乱していた。自分がこの状況の“きっかけ”だというのか?「君が発見した認知症の治療法、これは──使い方次第で、大金になるんだよ」「……どういうことですか?」
彼は先週と同じように、真夜中の街を歩いていた。だが、今回は違う。 ポケットには録音用のICレコーダー、そして、彼自身の意識ははっきりとしている。 唯一の懸念は──研究所内でのふるまいだった。「言葉を発するべきか、それとも沈黙を貫くべきか」 詰めきれぬまま、彼は最後にこう呟いて終わらせた。「なるようにしか、ならないよ」「&hel