FAZER LOGIN「お兄様……お願い……一緒に一晩過ごさせてください。怖いんです」
私は膝から崩れ落ち、無理やり目に涙を浮かべた。 ネリエンはすぐには答えなかった。 ただ、何を考えているのかまったく読めない銀色の瞳で、私を見つめていた。 怒りもない。 同情もない。 何もない。 永遠とも思える時間が過ぎたあと、彼はくるりと背を向け、歩き始めた。 「……」 「……これって、いいってこと?」 彼の気が変わる前に、私は慌てて立ち上がり、そのあとを追いかけた。 ほんの数時間前に私が転生した小屋を出ると、ようやくこの世界をまともに見ることができた。 夕暮れの深紅の太陽が、集落全体を温かな赤と金色に染め上げていた。 整然とした列に並んでいるわけではなく、簡素な木造の小屋があちこちに点在している。 炊事の煙が、ゆっくりと空へ立ち上っていた。 子どもたちは家々の間を駆け回り、獣人たちは狩りたての獲物を担いで村へ戻ってくる。 平和そうな場所だった。 武器を研ぐ狼族。 籠を運ぶウサギの獣人女性たち。 狩りから帰ってくる虎族の戦士たち。 そして、悪名高いセレナを見て、立ち止まってはじろじろと眺める住民たち。 あまりにも平和すぎるくらいだった。 私はネリエンのあとを追い続けた。自分のドレスにつまずかないよう必死になりながら、道に転がる石につまずきそうになっていた。 私を見る獣人たちは、みんな同じ表情を浮かべていた。 恐怖。 嫌悪。 疑念。 うわぁ。 元のセレナって、本当に評判が最悪だったんだな。 ―――― 歩けば歩くほど、集落は静かになっていった。 鳥のさえずりさえ聞こえなくなった。 「システム……」 【はい、宿主様】 「彼って、いつもこんなに遠いところに住んでるの?」 【小説の設定によると……本人が希望したようです】 「どうして?」 【邪魔が入らないようにするためです】 「……なんだか、余計に怖くなったんだけど」 やがて、彼は足を止めた。 集落の最果てに、一軒の小屋がぽつんと建っていた。他の小屋とは違い、周囲から完全に隔離されている。 静まり返っていた。 その周囲の空気さえ、冷たく感じる。 額から汗が流れ落ちた。 ……まさか、私を殺すためにここへ連れてきたの? 彼は入口の前に立ったまま、動こうとしなかった。 私はその後ろから、そっと中をのぞこうとした。 いったい何を見つめているんだろう? もしかして……。 もしかして、今のうちに逃げたほうがいいんじゃない? システムは、ミッションに失敗したらどうなるのか、何も教えてくれなかった。 一歩。 そして、もう一歩。 私はゆっくりと後ずさった。 ネリエンは気づいていない。 あと数歩で自由になれる。 森に逃げ込んで、新しい人生を始めることだってできるかもしれない。 農家になろう。 鶏を育てよう。 何だっていい。 こんな状況さえ避けられるなら。 【ピコン!】 【宿主様】 【いくつか説明し忘れたことがありました。こちらがミッションの完全な情報です】 【ミッション:ネリエン・ゴールドメインと一晩を過ごす】 【報酬:100SP】 【ペナルティ:即死】 【現在の生存率:1.0%】 「……」 私は危うく悲鳴を上げるところだった。 「即死ってことを言い忘れたですって!?」 【うっかりしていました】 「……史上最悪のシステムね!」 私は叫んだ。 【ありがとうございます】 「褒めてないから!」 私の声は、低いささやきへと変わった。 「……ところで、SPって何?」 【スピリットポイントです。システムストア内で使用する通貨です。アイテム、スキル、情報、特殊能力などをスピリットポイントで購入できます】 目の前に、半透明の青いパネルが現れた。 「つまり、ネットショッピングアプリみたいなものね」 私は冷静に言った。 「100SPで不老不死は買える?」 【いいえ。それ以前に、現在の残高は0SPです】 【宿主様の経済状況は悲惨ですね】 まあ、確かにそう言われても仕方ない。 そう思いながら顔を上げると……。 ネリエンが消えていた。 私がホラー映画を嫌いな理由は、まさにこれだった。 私は足音を立てないよう慎重に小屋へ足を踏み入れた。木の床が、足元でギシギシと軋む。 小屋の中は、驚くほど質素だった。 一角には分厚い獣の毛皮を敷いたベッドがあり、その隣には粗末な木製のテーブルが置かれていた。 部屋の反対側には、いくつもの武器が掛けられていた。 石斧。 木製の槍。 大きな弓。 二本の剣。 どれも飾り物には見えなかった。 そのすべてが、実際に使われてきたものだった。 私はごくりと唾を飲み込んだ。 怖い。 でも、まだ何とかなる。 そう思って振り返った瞬間―― 冷たい鋼の刃が、再び私の首筋に押し当てられた。 「……」 彼、私の首に執着でもあるの? それとも、人の首に刃物を押し当てるのが趣味なの? ……特に私の首が気に入っているとか? 彼は布で刃を拭っていた。 ゆっくりと。 丁寧に。 まるで、その刃が十分に鋭いかどうかを確かめているかのように。 私は、自分が犯してもいない罪について謝罪したくなった。 「なぜここにいる?」 すぐ後ろから、彼の声が聞こえた。 その声は、空気さえ凍りつかせそうなほど冷たかった。 「お、お兄様……」 私は心臓が肋骨にぶつかるほど激しく鼓動するのを感じながら、どうにか言葉を絞り出した。 「ただ……お兄様と一緒に一晩過ごしたかったんです」 「嘘だ」 彼の声には、相変わらず感情がなかった。 「袖の中に短剣を隠しておいて、子どもですら信じないだろう」 「……」 私は目を見開いた。 彼はゆっくりと私の袖から短剣を取り出し、二本の指でつまんだ。 短剣が引き抜かれた瞬間、ぼんやりとした記憶が頭をよぎった。 袖の中に武器を隠す、元のセレナ。 微笑みながら。 そして、ささやく。 『今夜……あいつを殺す』 その記憶は、現れたときと同じくらい唐突に消えた。 「……元のセレナ」 【宿主様。あなたは私の人生を信じられないほど面倒にしてくれますね】 私は歯を食いしばった。 「……待って」 「これ、いつの間に入ってたの?」 もちろん、元のセレナの仕業だ。 私は心の中で目を回した。 本当に、全員を殺すつもりだったんだな。 言い訳したかった。 本当に、したかった。 でも、証拠が目の前でぶら下がっているのだから、どうしようもない。 「……お願い」 私は懇願した。 涙が目ににじんだが、頬を伝って落ちることはなかった。 「一晩だけ……お願いします。絶対に何もしませんから」 ほんの一瞬……。 ネリエンは何も言わなかった。 ただ、銀色の瞳で私を見つめていた。 数秒が過ぎた。 たぶん一秒か二秒、いや、三秒くらい。 私は汗だくになり始めた。 「システム……」 【はい?】 「彼、私を追い出すつもり?」 私はパニックになった。 【いいえ。あなたを殺す価値があるかどうか、判断しているところです】 「……それ、全然安心できないんだけど」 ネリエンが微笑んだ。 温かい笑みではなかった。 優しい笑みでもなかった。 それは、すでに他人の運命を決めてしまった人間の笑みだった。 「今夜一晩、お前はずっと膝をついていることになる。セレナ・ゴールドメイン」 「……は?」 私は信じられないという顔で、彼を見つめた。 【システム……彼の隣で膝をついていても、一緒に一晩過ごしたことになるよね……?】 【そうだよね?】小屋の入り口が開いた瞬間、私は慌てて紙を放り投げた。愚かな判断だった。自分でもわかっている。レインがドアの陰から顔をのぞかせた。「ずいぶん外を楽しんでいるようだな」彼は意味ありげにそう言って、くすくすと笑った。私は苛立ちに顔をしかめた。「だったら、あなたも一緒に楽しんだらどう?」私はドアをさらに押し開け、小屋の中へ入った。何時間も立ったりしゃがんだりしていたせいで背中が痛んだが、それでもなんとか木製のベッドによじ登った。体重がかかると、ベッドが小さくきしんだ。「この子、かわいいと思わない?」「全然。意地悪で失礼な子よ」子供の声が、明らかに不満そうに響いた。私はゆっくりと目を覚まし、体を起こして目をこすった。両手を頭上に伸ばして大きく伸びをする。顎の力が抜け、口が自然と開いた。その瞬間、一匹のハエが勢いよく口の中へ飛び込んできた。私は激しく咳き込んで吐き出そうとしたが、ハエは喉の奥に引っかかってしまった。まぶたをぎゅっと閉じ、ためらいながらも、私は虫を飲み込んだ。隣からくすくすと笑う声が聞こえた。私は顔を横に向けた。地面に座り、小さな女の子を腕に抱いていたのはエララだった。女の子は私を見ると鼻で笑い、顔をそむけた。目には軽蔑が浮かび、鼻にはしわが寄っている。「おはよう、お姉ちゃん」エララは微笑みながら、そっと頭を下げた。それから、女の子にも同じように挨拶するよう促した。「おはよう、虎のセレナ」女の子は言った。その声には、必死に抑え込んだ怒りがにじんでいた。私は首を傾げた。こんな朝早くから、二人は私の部屋で何をしているのだろう?誰かの存在を思い出したかのように、私は突然顔を上げた。
「……今、一体何が起きたの?」私はつぶやきながら、立ち上がった。「セレナ、大丈夫か?」レインが慌てて駆け寄り、私の肩をつかんだ。まるで怪我がないか確かめるように、あっちへ向けたり、こっちへ向けたりする。「ちょっと! やめてよ、目が回るでしょ!」私はうめきながら、彼の手を払いのけた。レインは咳払いをして一歩下がり、ローブをいじった。私は目をぐるりと回し、また元に戻した。「どうしてあんなことをした?」彼は落ち着いた、揺るぎない声で尋ねた。私は首の後ろを指でこすりながら、彼と目を合わせないように視線をさまよわせた。「知らないわよ……」私は小さくつぶやいた。「お願い……信じてよ」一歩前に進んだが、彼は後ろに下がった。喉が締めつけられた。胸の奥に、何か重たいものが沈んでいく。涙が目の奥に込み上げ、今にもこぼれ落ちそうだった。どうして……レインに信じてもらえないことが、こんなにもつらいの?「レイン……」私の声が震えた。けれど、彼はさらに一歩後ずさった。今度は足元までふらついた。それでも、自分の無実を訴えることを諦めるつもりはなかった。そのとき、私の視線が手首に留まった。そこには、何事もなかったかのようにブレスレットが収まっていた。覚えているのは、これを身につけて、そのまま意識を失ったことだけ。私は向きを変え、誰にも何も言わずにその場を立ち去った。足元の砂は柔らかく、ほんのりと温かかった。私はひたすら前へ歩き続けた。やがて水が足を覆うと、その場に腰を下ろし、水の中に体を沈めた。地面からは、淡く光る草が生えていた。本当に美しい場所だった。心が穏やかになるような場所。か
まぶたが異様に重く感じた。頭がズキズキと痛んだ。目を覚まして最初に気づいたのは、部屋ではなかった。薬草と新鮮な粘土、そして焦げた木の匂いだった。「……私の部屋じゃない」もう一度目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。周囲から突き刺さるような視線が向けられている。私は弱々しい体を無理やり起こし、辺りを見回した。エララが慌てて私のそばに駆け寄り、しゃがみ込む。そして、私の手を両手で包み込んだ。「お姉ちゃん、大丈夫?」心配そうな声で尋ねてきた。「ええ、大丈夫よ」私は彼女の手を振り払った。エララは後ろによろめき、すぐにリヴェンが前に出て彼女を受け止めた。「気をつけて」彼は小さくそうつぶやいてから、いつもの冷たい目で私を見上げた。私は目を回しながら立ち上がった。「何なの、あの子。紙でできてるわけ? ちょっと押しただけで吹っ飛ぶなんて」鼻で笑ってやった。エララは手首をさすった。それなのに、怒るどころか……彼女は微笑んだ。「……でも、お姉ちゃんが目を覚ましてくれて、本当によかった」私は顔を上げた。レインが私を見つめていた。その顔には、ありありと失望が浮かんでいる。「何よ? 誰かを殺したわけでもないのに」一歩踏み出した瞬間、再び映像が脳裏にあふれた。私のものではない記憶。それなのに、確かに私の記憶でもあった。私は川辺に座り、楽しそうに粘土を器に詰めていた。ところが、誰かに触れられた途端、動きを止めた。そして、かっとなって、その人物を川へ突き落とした。ほんの一瞬の断片。私が生きたことのない人生の記憶……いや、元のセレナが生きた人生の記憶だった。「システム」呼びかけたが、返事はなかった。
【ペナルティ選択:感電】私は空を見上げ、雷が落ちてくる気配がないか探した。何もない。私は眉をひそめ、一歩前に踏み出した。それから、もう一歩。ゆっくりと歩き始め、足取りを数えながら、その場を離れようとした。その瞬間、電撃が全身を貫いた。私はその場に凍りつき、体を激しく震わせた。電流が全身の筋肉を駆け巡る。指が硬直した。歯がガチガチと鳴った。視界さえも真っ白になった。それは永遠とも思えるほど長く続いた。脳がショートしたようだった。顔から血の気が引いていく。遠くから、かすかにシステムがカウントダウンする声が聞こえた。【3、2、1】そして……。すべてが静止した。ようやく電撃が止まると、私は勢いよく体を起こした。髪はボサボサに逆立ち、肌は青白くなっていた。私は左を見て、それから右を見た。幸い、こんな姿を目撃した人はいなかった。私は地面に崩れ落ち、大げさに泣きわめいた。「私がいったい何をしたっていうの!? 私はただ、何不自由なく暮らしていた金欠の女子大生だったのに!」私はすすり泣いた。そのとき、足音が聞こえた。一歩、二歩、それからもう一歩。目の前に一組の足が現れた。私はゆっくりと視線を上げた。そこに立っていたのは、エララだった。昇り始めた赤い太陽を背に、彼女のウサギの耳は垂れ下がっていた。エララは息をのんだ。垂れていた耳がピンと立ち上がり、それから再び力なく垂れた。彼女は慌てて私のそばへ駆け寄った。「お、お姉ちゃん……」今にも泣き出しそうな顔だった。「……誰がこんなことを?」
セレナ私はゆっくりと顔を上げた。運がいいのか悪いのか、そこにいたのはオレンジ色の髪をしたキツネ族の男だった。彼は私の顔を見るなり、腰に回していた手を離した。そのせいで、私は地面に倒れ込んだ。「ああっ!」私は悲鳴を上げた。まだ朝なのに、どうしてこんなに痛い目に遭わなきゃいけないの? あなたたち、わからないの? 私、こんな仕打ちを受けるようなことしてないんだけど!【ええと、宿主様。私が謝るべきだったのでしょうか? いいえ、謝罪は未来の自分のために取っておきます。でも宿主様、あなたは別です。盗みを働いたのですから、自業自得ですよ】「いつか絶対に殺してやる……」【そんなことより、まずはご自身の命を守ってください、宿主様】システムの耳障りな笑い声が再び頭の中に響いたかと思うと、完全に消えてしまった。「レインお兄ちゃん、あの意地悪なトラのお姉ちゃんが、ウサギ族のエララをいじめようとしてるの!」小さな女の子が泣きながら訴えた。「……私?」私は目を見開き、自分自身を指さした。オレンジ色の髪の男は私をにらみつけたあと、小さな女の子の頭を優しくなでて安心させた。「レイン様、どうか妹さんをきちんと見ていてください。私たちのような罪のない村人を傷つけるために、あのように暴れ回るべきではありません」女性は恭しく頭を下げると、そそくさとその場を去っていった。女性が立ち去った途端、彼の冷たい視線が私に向けられた。私は反射的に一歩後ずさった。その眼差しは、身も凍るほど冷たかった。この兄弟たち、いったいどこかで冷酷さの特訓でもしているの?私は突然、何事もなかったかのような顔をして一歩下がり、女の子が教えてくれた方向へ歩き始めた。私の小屋があるのは、そちららしい。前へ進めたのは、わずか五歩だった。「セレナ」
【システム、彼の隣でひざまずいているだけでも、一緒に一晩過ごしたことになるよね?】【はい、宿主様。まったく、ネリエンは本当に残酷ですね】私は目を回し、彼の木製ベッドの横にひざまずいた。数分後、彼は何も言わずにベッドへ上がった。私は彼を見ないように、視線をあちこちへ向けた。空中を漂う、ほんの小さな埃の粒までじっと見つめていた。この部屋には時計が一つもなかった。もしかすると、この世界全体に時計というものが存在しないのかもしれない。だから、どれほど時間が経ったのかも、あとどれくらいひざまずいていなければならないのかも、まったくわからなかった。ただ、一つだけ確かなことがあった。私の膝は腫れ始めていた。そして、凍えるほど冷たい木の床にひざまずき続けるのは、耐え難くなっていた。一秒ごとに、針を皮膚へ突き刺されているような痛みが走る。それでも、私は眠ることを拒んだ。もし意識を失ったら、この赤毛の男が何をするかわかったものではない。だから、重くなったまぶたを無理やり開けていた。疲労のせいで、体は時折ふらりと揺れた。眠気で目が焼けるように痛かったが、目を閉じる勇気はなかった。突然、ネリエンが寝返りを打った。彼の顔が、私の顔からほんの数センチのところで止まった。息が喉に詰まった。近くで見ると……。彼はとんでもなくハンサムだった。深紅の眉の下には、赤みを帯びた琥珀色の瞳が輝いていた。長いまつげが、普段の冷たい表情をわずかに和らげている。透き通るような白い肌には欠点一つなく、そして、あの一見柔らかそうな唇……。彼の規則正しい呼吸が私の顔に触れた。温かな息に、背筋がぞくりと震えた。どうして、こんなにも恐ろしい人が、こんなに美しくなければならないの?不公平すぎる。私は思わず、あの冷たい唇がどんな感触なのか想像してしまった。







