LOGINベストセラー小説を盗むくらい、たいしたことではないはずだった。読み終える前に死ぬなんて、計画にはなかったのに。 目を覚ますと、私は物語の中で最も憎まれている悪女になっていた。しかも、私を破滅させる運命にある恐ろしい獣人の義兄たちに囲まれていた。 私はこの物語の結末を知っている。だからこそ、自分の運命を変えると決めた。けれど、悪女という役割から逃れようとすればするほど、危険な義兄たちは私に興味を持ち始めた。 私はただ、この小説の中で生き延びたかっただけなのに。どうして運命を変えることが、原作の筋書きに従うよりも危険になってしまったの?
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「捕まえろ、泥棒!」本屋の店主が叫びながら、私を追いかけてきた。私は腕に本を抱えたまま、彼が私に追いつけるはずがないと分かっていたので、くすくすと笑った。 盗むつもりなんてなかった。でも、みんながその小説の話ばかりしていて、しかも悪役の端役の名前が私と同じだと知ってしまったのだから、仕方がなかった。 その小説は、もう三週間も売り切れ状態だった。 ネットでは、最後の一冊をめぐって人々が争っていた。 本屋の予約待ちリストは、大学の入学待ちリストよりも長かった。どのレビューにも、同じことが書かれていた。 「この悪役令嬢は、恋愛小説史上、最も悲惨な死を迎える」 普段なら、そんなことは気にも留めなかっただろう。けれど、誰かが悪役令嬢の名前をネタバレした瞬間、話は変わった。 セレナ。 私の名前だ。 好奇心は、一晩で執着へと変わった。昼食を抜き、課題を放置し、街中の本屋を巡って一冊を探し回った。けれど、どこへ行っても棚は空っぽだった。 そして今日……展示棚に、たった一冊だけ残っていた。 まるで運命そのものが置いていったかのように。 店主は、誰かが予約しているからと、その本を売るのを拒んだ。 だから……私は無断で借りることにした。 読み終わったら返すつもりだ。 たぶん。 あと数歩で、私はこのベストセラー恋愛小説の世界に浸れる。 私は本を胸にぎゅっと抱きしめた。 「もう少し……」 笑みを浮かべながら、そう囁いた。あと数メートルだ。 前方にはバス停が見えていた。そこまで逃げ切れば、もう誰にも捕まらない。背後を走る老人は、すでにマラソンを走り終えたかのように息を切らしていた。 少しだけ気の毒に思った。 ほんの少しだけ。いや、実際には全然そんなことは思っていなかった。 その瞬間―― ズルッ! ドサッ! 私は足を滑らせ、地面に倒れ込んだ。焼けつくような痛みが全身を駆け抜けた。 足音が近づいてくるのが聞こえた。誰かが、地面に倒れた私のそばまでやって来る。 頭の下に、温かい液体が広がっていった。 起き上がりたくなかった。 いや、起き上がれなかった。 完全に意識を失う直前、最後に聞こえたのは、こんな声だった。 「この子、死んだの?」 「本を盗んで逃げてたところを追いかけられてたらしいよ」 「自業自得ね」 「かわいそうに……」 「なんてみっともない死に方なの」 「ああ……」 私はうめきながら、割れているに違いない頭を押さえた。 「待って……」 周囲の景色が、目の前でぐにゃりと歪んだ。 「セレナ」 目の前から低い声が響き、私は勢いよく顔を上げた。 白髪の男が立っていた。おそらく、この中では最年長なのだろう。 部屋は、どう見ても病院ではなかった。 白い壁も医療機器もない。代わりに、磨き上げられた木の柱が高い天井まで伸びていた。 大きな窓の両側には厚手のベルベットのカーテンが掛かり、琥珀色の陽光が床一面に降り注いでいる。 空気には、かすかな花の香りと白檀の匂いが漂っていた。 私は大富豪に誘拐されたのか……それとも、思っていた以上に頭を強く打ったのか。 彼の隣には、さらに二人の男と一人の少女が立っていた。 ……あれ、ウサギの耳? まさか、あれは小道具だよね。 ここって仮装パーティーなの? 転んだあと、私は病院にいるはずじゃなかった? それなのに、どこの頭のおかしい人間が私をこんな場所に連れてきたの? そういえば、今はどこも痛くない。 「セレナ」 男が再び、唸るように私の名前を呼んだ。 「何よ?」 私はどうにか状況を理解しようとしながら、鋭く言い返した。 そもそも、この人はどうして私の名前を知っているの? 「お兄様、お姉様のせいではありません。もしかしたら、誰かにはめられたのかもしれません」 少女が弱々しい声で言った。頭のウサギの耳が、わずかに垂れ下がる。 私は笑った。 「はめられた?」 私は聞き返した。 「何のことで? 転んだこと?」 その場にいた全員が、まるで私の頭から動物の耳が生えているのを見たかのように、こちらを凝視した。 ……もしかして、本当に生えているの? 私の耳がぴくりと動いた。 耳って、頭の両側についているものよね? なのに、私の耳は文字どおり頭のてっぺんにあった。 震える指で、そっと触れてみる。 柔らかな毛が手のひらに触れた。 毛……? 耳が、私の指の下でぴくりと動いた。 「いや、ないない」 もう一度触れてみる。 また動いた。 「絶対に幻覚だわ」 私は両頬を叩いた。しかし、周囲の景色は何ひとつ変わらなかった。 「これは世界で最も手の込んだドッキリか……」 私は全員を見回した。 「それとも、私が正式に頭がおかしくなったかのどちらかね」 「カメラを出しなさい。私の許可なく撮影するなんて許さないわよ」 そう言いながら、出口らしき場所へ向かって歩き出した。 次の瞬間、慌ただしい足音が近づいてきた。 そして、温かな手が私の手を包み込み、その場に引き止めた。 私は視線を落とした。 ウサギ耳の少女が、涙目で膝をついていた。 「お姉様、お兄様をこれ以上怒らせないでください。お願いですから、膝をついて謝ってください」 少女は私の手を両手で包み込んだ。 「誰がお前のお姉様よ?」 私は手を振りほどいた。その拍子に、少女は床に倒れた。 「私は台本どおりの芝居になんて付き合わないわ」 私は再び歩き出した。 ところが突然、足が地面から離れた。 茶髪の男が私を抱え上げ、そのまま恐ろしい白髪の男の前へと戻したのだ。 「このクソ野郎……!」 私はうめきながら立ち上がった。けれど、二歩ほどよろめいてから、ようやく体勢を立て直した。 「本気なの?」 私は痛む肩をさすりながら、男を睨みつけた。 「せめて一言くらい警告できなかったの? あなたたちは問題が起きるたびに、人を投げ飛ばして解決するわけ?」 茶髪の男は腕を組んだだけで、表情ひとつ変えなかった。 「絶対に無口なボディーガードタイプね」 私は小声で呟いた。 白髪の男の金色の瞳は、ずっと私から離れなかった。 その目にあったのは、単なる怒りではなかった。 失望……それも、ずっと昔から私に見切りをつけていたかのような、深い失望だった。 なぜか、その視線を受けた瞬間、胸が締めつけられた。 待って……どうして私が罪悪感を覚えているの? この人たちのことなんて、何ひとつ知らないのに。 「お前は反省するどころか、相変わらず悪逆非道なままだ。自分の命すら大切にしないとは……ならば、私も容赦はしない」 「大げさな芝居はやめてくれる?」 「お兄様、お願い……」 ウサギ耳の少女が私のそばに膝をついた。その目には涙が溢れていた。 「お姉様、いなくならないでください。私はもう、十分すぎるほど多くのものを失いました」 「お願いですから、私まで置いていかないで……」 彼女は私のローブの裾を握りしめながら、そう囁いた。 エララのウサギ耳は、顔を隠してしまいそうなほど垂れ下がっていた。輝く瞳には涙が浮かんでいる。 「お姉様」 彼女は小さな声で続けた。 「みんながお姉様を責めているのは知っています。でも、私はお姉様を責めていません。お願い……一度だけ謝ってください。そうすれば、お兄様も許してくださるかもしれません」 彼女は震える手で、私の指をぎゅっと握った。 「もう一人ぼっちになりたくないの……」 私は泣いている少女を見つめた。 彼女は本当に心から傷ついているように見えた。演技の気配など、少しも感じられない。 それが、かえって状況を悪くしていた。 この人たちが全員オスカー賞に値する演技派なのか……それとも、本当におかしくなっているのは私のほうなのか。 「チッ」 私は舌打ちし、腕を組んで顔を背けた。 「エララ、今すぐ立ちなさい。こんな恥知らずな女に同情するだけ無駄だ」 オレンジ色の髪をした、いかにも気の強そうな男が言い放った。 「誰があんたの同情なんか必要としているのよ?」 「カメラを出すつもりがないなら、もう帰らせてちょうだい」 私はため息をつき、さらに付け加えた。 「確かに、無断で物を借りたことについては罪があるかもしれないわ。でも、この場所の管理者を訴えることはできるはずよ」 「本日をもって、セレナは……」 そのときだった。 機械的な声が、突然、私の頭の中に響き渡った。 【ピコン!】 【おめでとうございます、宿主。さて、何をお祝いするか当ててみてください。……やっぱりいいです。どうでもいいので。】 【あなたは無事に異世界転生を果たしました! これで、心の底から盗み読みしたあの物語の登場人物として、思う存分生きることができます!】 【私はあなたのシステムです。名前はシステムです。改名しようなどとは考えないでください。】 【残念なお知らせですが、あなたの新しい身体は、まもなく称号剥奪、追放、名誉毀損、処刑……などなど、数々の悲惨な運命をたどる予定です。】 【現在の生存率:0.8%】 【緊急プロトコルを起動します。】 【10秒以内に最初のミッションを完了してください。さもなければ、劇的な死を迎えることになります。少なくとも、前世での死に方ほど恥ずかしくはないでしょう。】 【ご安心ください。最初のミッションは……刺激的ですよ。】 【緊急事態の検出が完了しました……】 【宿主の知能指数:許容範囲内。】 【宿主の運勢:壊滅的に悪い。】 【宿主の口:無謀すぎる。】 【総合評価……】 【おめでとうございます! あなたは、この世界で最も嫌われる悪役令嬢になるために、完璧な素質を備えています!】 メッセージは、私の頭の中で次々と流れ続けた。 「……はあ?」 私は眉をひそめた。 【苦情は生き延びてからお申し立てください。】 【ミッション開始まで……】 【5……】 「待って」 【4……】 「勝手にカウントダウンを始めないで!」 【3……】 「そもそも、ミッションの内容すら聞いていないんだけど!」 【2……】 【ミッション:あなたを処刑しようとしている男にキスしてください。】 【失敗した場合=死亡。】小屋の入り口が開いた瞬間、私は慌てて紙を放り投げた。愚かな判断だった。自分でもわかっている。レインがドアの陰から顔をのぞかせた。「ずいぶん外を楽しんでいるようだな」彼は意味ありげにそう言って、くすくすと笑った。私は苛立ちに顔をしかめた。「だったら、あなたも一緒に楽しんだらどう?」私はドアをさらに押し開け、小屋の中へ入った。何時間も立ったりしゃがんだりしていたせいで背中が痛んだが、それでもなんとか木製のベッドによじ登った。体重がかかると、ベッドが小さくきしんだ。「この子、かわいいと思わない?」「全然。意地悪で失礼な子よ」子供の声が、明らかに不満そうに響いた。私はゆっくりと目を覚まし、体を起こして目をこすった。両手を頭上に伸ばして大きく伸びをする。顎の力が抜け、口が自然と開いた。その瞬間、一匹のハエが勢いよく口の中へ飛び込んできた。私は激しく咳き込んで吐き出そうとしたが、ハエは喉の奥に引っかかってしまった。まぶたをぎゅっと閉じ、ためらいながらも、私は虫を飲み込んだ。隣からくすくすと笑う声が聞こえた。私は顔を横に向けた。地面に座り、小さな女の子を腕に抱いていたのはエララだった。女の子は私を見ると鼻で笑い、顔をそむけた。目には軽蔑が浮かび、鼻にはしわが寄っている。「おはよう、お姉ちゃん」エララは微笑みながら、そっと頭を下げた。それから、女の子にも同じように挨拶するよう促した。「おはよう、虎のセレナ」女の子は言った。その声には、必死に抑え込んだ怒りがにじんでいた。私は首を傾げた。こんな朝早くから、二人は私の部屋で何をしているのだろう?誰かの存在を思い出したかのように、私は突然顔を上げた。
「……今、一体何が起きたの?」私はつぶやきながら、立ち上がった。「セレナ、大丈夫か?」レインが慌てて駆け寄り、私の肩をつかんだ。まるで怪我がないか確かめるように、あっちへ向けたり、こっちへ向けたりする。「ちょっと! やめてよ、目が回るでしょ!」私はうめきながら、彼の手を払いのけた。レインは咳払いをして一歩下がり、ローブをいじった。私は目をぐるりと回し、また元に戻した。「どうしてあんなことをした?」彼は落ち着いた、揺るぎない声で尋ねた。私は首の後ろを指でこすりながら、彼と目を合わせないように視線をさまよわせた。「知らないわよ……」私は小さくつぶやいた。「お願い……信じてよ」一歩前に進んだが、彼は後ろに下がった。喉が締めつけられた。胸の奥に、何か重たいものが沈んでいく。涙が目の奥に込み上げ、今にもこぼれ落ちそうだった。どうして……レインに信じてもらえないことが、こんなにもつらいの?「レイン……」私の声が震えた。けれど、彼はさらに一歩後ずさった。今度は足元までふらついた。それでも、自分の無実を訴えることを諦めるつもりはなかった。そのとき、私の視線が手首に留まった。そこには、何事もなかったかのようにブレスレットが収まっていた。覚えているのは、これを身につけて、そのまま意識を失ったことだけ。私は向きを変え、誰にも何も言わずにその場を立ち去った。足元の砂は柔らかく、ほんのりと温かかった。私はひたすら前へ歩き続けた。やがて水が足を覆うと、その場に腰を下ろし、水の中に体を沈めた。地面からは、淡く光る草が生えていた。本当に美しい場所だった。心が穏やかになるような場所。か
まぶたが異様に重く感じた。頭がズキズキと痛んだ。目を覚まして最初に気づいたのは、部屋ではなかった。薬草と新鮮な粘土、そして焦げた木の匂いだった。「……私の部屋じゃない」もう一度目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。周囲から突き刺さるような視線が向けられている。私は弱々しい体を無理やり起こし、辺りを見回した。エララが慌てて私のそばに駆け寄り、しゃがみ込む。そして、私の手を両手で包み込んだ。「お姉ちゃん、大丈夫?」心配そうな声で尋ねてきた。「ええ、大丈夫よ」私は彼女の手を振り払った。エララは後ろによろめき、すぐにリヴェンが前に出て彼女を受け止めた。「気をつけて」彼は小さくそうつぶやいてから、いつもの冷たい目で私を見上げた。私は目を回しながら立ち上がった。「何なの、あの子。紙でできてるわけ? ちょっと押しただけで吹っ飛ぶなんて」鼻で笑ってやった。エララは手首をさすった。それなのに、怒るどころか……彼女は微笑んだ。「……でも、お姉ちゃんが目を覚ましてくれて、本当によかった」私は顔を上げた。レインが私を見つめていた。その顔には、ありありと失望が浮かんでいる。「何よ? 誰かを殺したわけでもないのに」一歩踏み出した瞬間、再び映像が脳裏にあふれた。私のものではない記憶。それなのに、確かに私の記憶でもあった。私は川辺に座り、楽しそうに粘土を器に詰めていた。ところが、誰かに触れられた途端、動きを止めた。そして、かっとなって、その人物を川へ突き落とした。ほんの一瞬の断片。私が生きたことのない人生の記憶……いや、元のセレナが生きた人生の記憶だった。「システム」呼びかけたが、返事はなかった。
【ペナルティ選択:感電】私は空を見上げ、雷が落ちてくる気配がないか探した。何もない。私は眉をひそめ、一歩前に踏み出した。それから、もう一歩。ゆっくりと歩き始め、足取りを数えながら、その場を離れようとした。その瞬間、電撃が全身を貫いた。私はその場に凍りつき、体を激しく震わせた。電流が全身の筋肉を駆け巡る。指が硬直した。歯がガチガチと鳴った。視界さえも真っ白になった。それは永遠とも思えるほど長く続いた。脳がショートしたようだった。顔から血の気が引いていく。遠くから、かすかにシステムがカウントダウンする声が聞こえた。【3、2、1】そして……。すべてが静止した。ようやく電撃が止まると、私は勢いよく体を起こした。髪はボサボサに逆立ち、肌は青白くなっていた。私は左を見て、それから右を見た。幸い、こんな姿を目撃した人はいなかった。私は地面に崩れ落ち、大げさに泣きわめいた。「私がいったい何をしたっていうの!? 私はただ、何不自由なく暮らしていた金欠の女子大生だったのに!」私はすすり泣いた。そのとき、足音が聞こえた。一歩、二歩、それからもう一歩。目の前に一組の足が現れた。私はゆっくりと視線を上げた。そこに立っていたのは、エララだった。昇り始めた赤い太陽を背に、彼女のウサギの耳は垂れ下がっていた。エララは息をのんだ。垂れていた耳がピンと立ち上がり、それから再び力なく垂れた。彼女は慌てて私のそばへ駆け寄った。「お、お姉ちゃん……」今にも泣き出しそうな顔だった。「……誰がこんなことを?」