Share

第485話

Author: 藤原 白乃介
指輪ケースの中には、ペアリングが一組入っていた。

そのデザインは――まさに、かつて佳奈が彼にプロポーズしようとして選んだ、あの指輪だった。

智哉は、今の自分の気持ちをどう表現すればいいのかわからなかった。

信じられない思いで、そっと指輪のひとつを手に取り、じっと見つめる。

スマホを取り出し、当時カスタマーサービスから送られてきた写真と照らし合わせた。

――まったく同じ。

つまり、この指輪は、あの時佳奈が自分にプロポーズしようと用意したもの。

それを、なぜここに埋めたのか――。

智哉の心臓は、その瞬間、鼓動を止めたかのように感じた。

頭の中はぐちゃぐちゃで、何ひとつ考えがまとまらない。

――本当なら、簡単な答えのはずなのに。

それでも、信じることができなかった。

そして、指輪の内側に視線を移した時――。

智哉は思わず数歩後ずさった。

指輪の内側には、こう刻まれていた。

――「9911」

9911。

それは、彼と11号だけの番号。

――なぜ佳奈が、これを知っている?

智哉はその指輪をぎゅっと握りしめ、すぐさま隣の箱から二通の手紙を取り出した。

自分宛ての手紙――これは自分が話して、11号に代筆してもらったもの。内容には覚えがある。

だが、もう一通――11号からの手紙。

その文字を目にした瞬間、胸の奥を何かが鋭く貫いた。

流れるように美しい筆跡――まるで刺すような光で、彼の目を痛めつけた。

震える手で、その手紙を開く。

冒頭の一文を読んだ瞬間、智哉の視界は涙で滲んだ。

【九お兄ちゃん、私は11号。名前は佳奈です】

――九お兄ちゃん。佳奈。

ようやく、智哉は自分の疑念が確信に変わった。

佳奈こそが、自分がずっと探し続けてきた11号だった。

どうして、こんなに明白な痕跡に気づかなかったのか。

佳奈が夢の中で何度も呼んでいた「九お兄ちゃん」

それは、智哉自身のことだった。

三年前からずっと――彼のそばにいた。

智哉の視界は、完全に霞んでいく。

涙を拭いながら、手紙の続きを読み進めた。

【私は、将来法廷に立ち、冤罪に苦しむ人たちを助けたいと思っています。そして、未来の生活の中で、九お兄ちゃんと一
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第715話

    一週間続けて、佑くんは病室に通い、佳奈とおしゃべりをしていた。この日は、知里と一緒にやって来た。佳奈の様子を見た瞬間、いつもは陽気でおおらかな知里も、さすがに堪えきれなかった。誠健の胸を拳で殴りつけながら、涙を流して怒鳴った。「誠健、佳奈がこんなになってるのに、よくも平気な顔して何でもないなんて言えたわね!」誠健は一切動かず、知里の拳をそのまま受け止めていた。そして最後には、彼女の手首をぎゅっと握りしめ、かすれた声で言った。「心配させたくなかったんだ……本当のこと、言えなかった」知里は涙に濡れた目で誠健を見つめた。「どうしたら……どうしたら佳奈は目を覚ますの?」誠健は正直に答えた。「心理カウンセラーと篠原先生も関わってくれてる。でも、佳奈の状態はあまり変わってない。たぶん、彼女は自分自身と賭けをしてるんだ。命を懸けて、智哉を呼び戻そうとしてる」「でも、智哉は……」言いかけた知里の口を、誠健が手で塞いだ。小さく首を横に振り、彼女の耳元でささやいた。 「佳奈の性格、知ってるだろ?あいつ、頑固なところあるからな。智哉がもうダメだって、たぶん気づいてる。でも、それを認めたくないんだ。 だからこんな形で、自分の人生を懸けてる。もし智哉が本当に生きてるなら、きっと心で繋がってると信じてるんだ」知里は涙を拭いながら聞いた。 「……そんなこと、本当にあるの?」誠健はうなずいた。「智哉が事故に遭ってから、遺体は見つかってない。確かに助かる見込みは薄い。でも、もし重傷を負って、誰かに助けられて……ずっと意識不明のままだったとしたら?佳奈の愛を、どこかで感じ取って、闇の中から戻ってくるかもしれない。……論理なんてないよ。ただ、佳奈が目を覚まさない理由は、それしか思い当たらないんだ」その言葉を聞いて、知里はさらに激しく泣き出した。「もし……もし智哉が本当にもういないなら、佳奈はこのまま……戻ってこないの?」その可能性は、決してゼロではない。むしろ――かなり高い。佳奈は命を懸けて、自分自身と賭けをしている。そのことに気づいた知里は、胸が張り裂けそうだった。そして、そっと佑くんを抱きしめ、佳奈の枕元で泣きながら語りかけた。「佳奈、佑くんはまだ小さいんだよ。一

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第714話

    ただこの瞬間に、彼女は気づいた。いつの間にか、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。無理やり身体を支えて、地面から立ち上がる。声はかすれていたが、必死に平静を装って言った。「大丈夫です、お腹を壊しただけなので、心配しないでください」佳奈のこの平然を装った状態は、その後十日以上も続いた。毎日決まった時間に出勤し、決まった時間に佑くんと遊ぶ。まるで何事もなかったかのように。だが、高熱で意識を失って倒れたことで、彼女の心の痛みがすべて露わになった。昏睡状態の中、佳奈は何度も智哉の名前を呼び続けた。そのたびに、家族の胸にも鋭い痛みが走った。佑くんは彼女の手を握りしめ、涙を浮かべながら見つめていた。声を詰まらせながら言った。「ママ、早く起きてよ……佑くん、パパもママもいない子になりたくないよ……ママ、行かないでよ……お願いだよ」その言葉に、周りの大人たちもこらえきれずに涙を拭った。結翔は焦りのあまり、口の端に水ぶくれができていた。彼は佑くんを抱き上げ、大きな手でその頭を優しく撫でながら、静かに言い聞かせた。「佑くん、叔父さんの言うこと聞いて、泣かないで。ママはきっと目を覚ますよ。絶対に俺たちを置いていったりしない」佑くんの涙は止まることなく流れ続け、長いまつげには涙の粒が残っていた。「叔父さん……ママ、パパのこと恋しくなっちゃったんだよ……お願いだから、パパを探してきてくれない?」結翔の喉に鋭い痛みが走った。佳奈の心の傷を、彼もよく分かっていた。智哉と何年も一緒に過ごして、深く愛し合って、数え切れないほどの別れや再会を乗り越えてようやく結ばれようとしていた。それなのに、智哉は突然いなくなった。これは誰にとっても、簡単に受け入れられるものじゃない。智哉の生存の可能性が限りなく低く、佳奈の意識も戻らない――結翔は、佑くんにどう慰めればいいのか分からなかった。彼は強く佑くんを抱きしめ、かすれた声で言った。「佑くん……今、ママにとって君が希望なんだ。君がそばにいれば、ママはきっと戻ってくる。だから、強くなるんだ。わかった?」佑くんは涙を流しながら、力強くうなずいた。「わかった……パパが、ママを守ってって言ってた……パパが帰ってくるまで、守るよ……でも、叔父さん……パパ、本当に戻

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第713話

    佑くんは、母親の様子がいつもと違うことに気づくと、小さな足でぱたぱたと駆け寄ってきた。佳奈のそばにしゃがみ込み、ティッシュを手に涙を拭いてくれた。拭きながら、目を真っ赤にして言った。「ママ、佑くんがいるよ」その一言で、佳奈の心は完全に崩れてしまった。佑くんのその言葉は、彼が父親の身に起きたことを理解していることを示していた。そして、もうパパは帰ってこないかもしれないと覚悟し、ママを支えようとしているのだ。それが、佳奈にはたまらなく辛かった。彼はまだ、たった二歳の子どもなのに。佳奈は佑くんを抱きしめ、その頭を優しく撫でながら、涙混じりに言った。「うん……ママには佑くんがいるもんね。パパを一緒に待とうね……」結翔はその様子を見ながら、そっと涙を拭い、腰をかがめて佳奈を立たせた。声は少し低く沈んでいた。「佳奈、智哉のことなんだけど……」彼は「智哉はもう帰ってこない。そろそろ覚悟を決めて、見送りの準備を……」と言おうとした。だが、その言葉は佳奈に遮られた。涙に濡れた目で佳奈は結翔を見つめた。「お兄ちゃん、智哉は絶対に帰ってくるって約束してくれたの。私は信じてる。どれだけ時間がかかっても、待ち続ける」その強い意志に、結翔の胸はさらに締めつけられた。彼はそっと佳奈の頭を撫でながら、静かに言った。「お兄ちゃんも一緒に待つよ」それがどれほど希望の薄いことか、彼も分かっていた。けれど、それが佳奈が生きていくための支えなのだ。彼には、それを壊すことなんてできなかった。三人は食卓に戻り、食事を始めた。佳奈は無理やりピザを一切れ口にした。最後の一口を飲み込む時、吐きそうになってしまった。結翔が背中を優しく叩きながら、そっと声をかけた。「佳奈、無理して食べなくていいよ。家に戻ったら、お兄ちゃんが何か作ってあげる」「大丈夫、この味、智哉が好きだったから……」そう言って、佳奈はまたピザを一切れ取り、口に運んだ。無理やり笑顔を作ってみせたが、その笑顔は泣いているよりも辛そうだった。三人は食事を終え、家に戻った。午前中に集まっていた人たちはすでに帰っており、高橋家の人たちだけが残っていた。彼らの姿を見て、奈津子がすぐに駆け寄ってきた。佳奈の顔を見て、心配そうに声をかけた

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第712話

    ニュースでは、王室の後裔を守るため、王室護衛隊隊長・俊介が負傷して深海に沈んだと報じられていた。数日間の捜索もむなしく、ついに死亡が宣告された。この知らせはまるで爆弾のように、佳奈の心を粉々に打ち砕いた。 彼女のすべての希望は、その瞬間、石鹸の泡のように儚く消えた。捜索は失敗。 死亡が発表された。智哉が事故に遭ってから、今日でちょうど半月が経っていた。半月も経っても見つからない――その意味を、佳奈は痛いほど理解していた。それでも、彼女はずっと奇跡を信じていた。どこかで助かっていると、心のどこかで願っていた。だが、このニュースだけは、彼女の心の奥底まで叩き落とした。佳奈は一人、部屋のベッドに座っていた。虚ろな目で、ただじっと前を見つめている。もう十日以上も経っていた。涙はとっくに枯れ果てていた。この知らせを聞いた瞬間、胸は針で刺されるよりも痛かった。けれど、それでも涙は出なかった。彼女はようやく悟った。人は本当に深く悲しむと、涙すら流せなくなるのだと。部屋の電気は点けられておらず、カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが、佳奈の痩せた体を照らしていた。彼女は膝を抱え、顔をうずめたまま、夜を明かした。朝になっても、佳奈はいつも通りに佑くんの身支度を整え、可愛い服を着せて一緒に階下へ降りた。その姿に、高橋家の皆は胸を締めつけられる思いだった。高橋お婆さんがそっと近づき、佳奈の手を握って、声を震わせながら言った。「佳奈……安心しなさい。たとえ智哉がいなくなっても、あんたはずっと高橋家の嫁なんだからね」佳奈は傷ついた様子も見せず、むしろ薄く笑って答えた。「おばあちゃん、何言ってるんですか。智哉は絶対に帰ってきます、私は信じてますから」彼女はいつも通り、佑くんと一緒に庭でボールを蹴り、花に水をやった。ふたりとも汗まみれで戻ると、そのままバスルームへ向かった。佳奈の姿を目で追いながら、征爾が心配そうに言った。「佳奈、あのニュースを見てないはずがない……でも、あの様子はおかしい。まさか、病気が再発したんじゃ……」晴臣が眉をひそめる。「もともと、彼女は何度も鬱を繰り返してきた。最近やっと落ち着いたばかりだったのに……今回のショックで、また再発したんじゃない

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第711話

    彼女の胸の中にも深い痛みがあったが、それでも佳奈よりも強くあらねばならないと分かっていた。あの子は、あまりにも多くの苦しみを背負っていた。佳奈の心の傷を、彼女は誰よりもよく理解していた。リビングに座っていた佳奈は、どれくらいの間ひとりで泣いていたのか、自分でも分からなかった。キッチンからご飯の匂いが漂ってきて、ようやく佑くんがまだ食事をしていないことに気づいた。慌てて涙を拭き、キッチンを見に行こうと立ち上がると―― ずっと隣に静かに座っていた佑くんの姿が目に入った。大きくて黒い瞳に、豆粒ほどの涙が二つ浮かんでいたが、彼は必死にそれをこらえていた。その姿を見た瞬間、佳奈の胸はさらに締めつけられた。子どもの方が、もっと辛いに決まっている。やっとの思いで、自分たちが父と母だと知り、やっと高橋家に戻れると喜んだ矢先―― 父親が遭難したという悲報が届いたのだ。二歳の子どもにとって、それがどれほどの衝撃か、想像に難くない。佳奈はすぐに気づいた。佑くんには、何よりも智哉が必要なのだと。彼女は胸が張り裂けそうになりながら、そっと佑くんを抱きしめ、ぷくぷくした頬にキスをして、かすれた声で言った。「大丈夫……ママも佑くんと同じくらい強くなる。一緒にパパを待とうね、いい?」佑くんは力強くうなずいて答えた。「うん。ママ、何日もごはん食べてないでしょ。ばあばが、ママの好きな小さいワンタン作ってくれたよ。ごはん食べよ」「うん、ママ、今日はちゃんといっぱい食べるって約束するね」佳奈は佑くんを抱きかかえたままキッチンに向かうと、ちょうど奈津子がワンタンの入った器を持って出てきた。それは、子どもの頃に慣れ親しんだ懐かしい味だった。でも、佳奈の胃は重く、まるで何も受けつけなかった。それでも彼女はテーブルにつき、佑くんを子ども用の椅子に座らせた。小さな器にワンタンをいくつか取り分け、ふうふうと冷ましてから差し出す。「はい、食べよ。ばあばの作った小さいワンタン、すっごく美味しいよ。ママ、子どもの頃これ大好きで、一回に十個以上食べてたんだよ」奈津子は無理に笑顔を作って言った。「そうそう、あなたは小さな体なのに、食べる量は大人並みだったのよ。いつも大きな器で食べて、私、心配してたくらい」少し和ん

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第710話

    この言葉を聞いた瞬間、佳奈の全身が凍りついた。耳の奥では、奈津子がさっき言った言葉が何度も何度も反響していた。智哉が爆発に巻き込まれて海に落ちた。今も生死は不明―― たとえ怪我をしていなくても、海に落ちれば助かる確率はかなり低い。ましてや、智哉は爆発に巻き込まれたのだ。 そんな可能性を考えただけで、佳奈の目からは止めどなく涙が溢れ出した。体全体が震え、唇は真っ青になりながらも、きつく噛みしめて一言も発せなかった。すぐに晴臣が駆け寄り、佳奈の顎をそっと掴んだ。 心配そうな目で彼女を見つめながら言った。「佳奈、口を離して。噛んじゃダメだ。兄貴はまだ見つかってないだけ。何が起こるか分からないんだ」奈津子はますます声を上げて泣いていた。その姿を見ると、佳奈の胸の痛みはさらに増した。彼女は知っている。佳奈と智哉がここまで来るのに、どれだけの困難を乗り越えてきたか。やっとの思いで家族三人が一緒になれたというのに、また智哉に何かが起きた。これは、どんな女性にとっても耐えがたい衝撃だ。たとえ佳奈が強い女性だったとしても、何度も襲いかかる不幸には、さすがに心が折れてしまう。奈津子はそっと佳奈の頬に手を当て、涙声で言った。「佳奈、最後の最後まで諦めちゃダメ。智哉が最後に私に言ったの。もし自分に何かあったら、あなたにこう伝えてって―― 『生きてても、死んでても、佑くんをちゃんと育ててほしい』と。きっと彼が一番心配してるのは、あなたと佑くんよ。一緒に待とう。奇跡が起きるかもしれないじゃない」その言葉を聞いて、佳奈の涙はさらに溢れ出した。喉の奥から、やっとかすれた声が漏れた。「彼……私に約束したの。必ず帰ってくるって……絶対に嘘はつかないって」「そうよ。智哉は絶対に約束を破らない。一緒に待とう」二人は佳奈を支えながら、そっとソファに座らせた。ちょうどその時、佑くんがベッドから降りてきた。佳奈があまりにも悲しそうに泣いているのを見て、何かを感じ取ったのかもしれない。裸足のままトトトッと走ってきて、佳奈の腕の中に飛び込んだ。小さな手で一生懸命、佳奈の涙を拭きながら、自分も泣きながら言った。「ママ、もう泣かないで……ママが泣くと、佑くんも泣いちゃう……でも、佑くん、パパと約束し

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status