蕩ける愛であなたを覆いつくしたい~最悪の失恋から救ってくれた年下の同僚に甘く翻弄されてます~

蕩ける愛であなたを覆いつくしたい~最悪の失恋から救ってくれた年下の同僚に甘く翻弄されてます~

last updateปรับปรุงล่าสุด : 2025-04-16
โดย:  泉南佳那จบแล้ว
ภาษา: Japanese
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年下

現代

オフィス

梶原茉衣 28歳 × 浅野一樹 25歳 最悪の失恋をしたその夜、茉衣を救ってくれたのは、3歳年下の同僚、その端正な容姿で、会社一の人気を誇る浅野一樹だった。 「抱きしめてもいいですか。今それしか、梶原さんを慰める方法が見つからない」 「行くところがなくて困ってるんなら家にきます? 避難所だと思ってくれればいいですよ」 成り行きで彼のマンションにやっかいになることになった茉衣。 徐々に傷ついた心を優しく慰めてくれる彼に惹かれてゆき…… 超イケメンの年下同僚に甘く翻弄されるヒロイン。 一緒にドキドキしていただければ、嬉しいです❤️

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บทที่ 1

1・嵐の前の静けさ

浴室からシャワーの音が聞こえてくる。

森川拓海(もりかわ たくみ)がシャワーを浴びているのだ。

午前3時。

さっき帰宅したばかりだった。

森川知佳(もりかわ ちか)は浴室の扉の前に立っていた。話したいことがあったのだ。

これから相談しようとしていることを、彼が聞いてくれるだろうか。少し不安になった。

どう話しかけようかと迷っていると、中から妙な音が聞こえてきた。

耳を澄ませて、やっと理解した。拓海が一人でしていることの音だった……

荒い息づかいと押し殺したうめき声。胸を重いハンマーで叩かれたような衝撃が走った。苦しみが波のように押し寄せてくる。その痛みに息が詰まった。

今日は二人の結婚記念日で、結婚して5年が経つ。それなのに夫婦として一度も……

結局、自分で済ませることを選んでも、私には触れたくないということなのか?

彼の息づかいがさらに荒くなる中、限界まで我慢したような低い声で果てた。「結衣……」

この一言が、心を完全に砕いた。

頭の中で何かが音を立てて崩れ、すべてが粉々になった。

必死に口を押さえ、声を漏らさないよう振り返った瞬間、よろめいた。洗面台にぶつかって床に倒れてしまった。

「知佳?」中から拓海の声がした。まだ息が整わず、必死に抑えようとしているのが分かったが、呼吸は荒いままだった。

「あ……お手洗いに行こうと思って、シャワー中だなんて知らなくて……」苦しい言い訳をしながら、慌てて洗面台につかまって立ち上がろうとした。

でも焦れば焦るほど、みじめになっていく。床も洗面台も水で濡れていた。やっとの思いで立ち上がったとき、拓海が出てきた。白いバスローブを慌てて羽織って乱れていたが、腰の紐だけはしっかりと結ばれていた。

「転んだのか?俺が手伝うよ」彼女を抱き上げようとした。

痛みで涙が溢れそうになったが、それでも彼の手を振り払った。そして意地を張って、「大丈夫、一人でできるから」と言った。

そして再び滑りそうになりながら、足を引きずって寝室へと逃げ帰った。

「逃げる」という表現は決して大げさではない。

拓海と結婚したこの5年間、知佳はずっと逃げ続けていた。

外の世界から逃げ、周囲の視線から逃げ、そして拓海の憐憫の視線からも逃げていた――拓海の妻が足の不自由な人だなんて。

足の不自由な人が、端正で事業も成功している拓海と釣り合うはずがない。

でも彼女にも以前は健康で美しい脚があったのに……

拓海もすぐに出てきて、やさしい口調で心配そうに尋ねた。「痛くないか?見せてくれ」

「大丈夫」知佳は布団を引き寄せ、自分のみじめさと一緒に布団の中に身を隠した。

「本当に大丈夫か?」彼は本当に心配していた。

「うん」彼女は背中を向けて、強くうなずいた。

「じゃあもう寝るか?お手洗いに行きたかったんじゃなかったのか?」

「もう行きたくない。寝ましょうか?」知佳は小さく言った。

「わかった。そうそう、今日は俺たちの記念日だから、君にプレゼントを買ったんだ。明日開けて、気に入るかどうか見てくれ」

「うん」知佳は答えた。プレゼントはベッドサイドに置かれており、もう見ていた。ただ、開けなくても中身がわかる。

毎年同じ大きさの箱で、中には全く同じ時計が入っている。

知佳の引き出しには、誕生日プレゼントと合わせて、すでに9個の同じ時計が眠っており、これが10個目だった。

会話はそこで途切れ、彼は電気を消して横になった。空気中にボディソープの湿った香りが漂っていた。でもベッドの沈み込みをほとんど感じなかった。2メートルの大きなベッドで、彼女がこちら側に寝て、彼は向こう側の端に横になっている。二人の間にはまだ3人が寝られるほどの距離があった。

二人とも結衣という名前を口にすることはなく、ましてや彼が浴室でしていたことについても触れなかった。まるで、何も起こらなかったかのように。

知佳は固まったまま仰向けに横たわり、ただ目の奥がヒリヒリと痛むのを感じていた。

結衣、立花結衣(たちばな ゆい)は彼の大学の同級生で、初恋であり、憧れの人だった。

大学卒業のとき、結衣は海外に行き、二人は別れた。拓海は一時期立ち直れず、毎日酒に溺れていた。

知佳と拓海は中学の同級生だった。

中学時代からひそかに彼を好きだった。

その頃、拓海は学校一のイケメンで、クールな優等生だった。一方知佳は芸術系の生徒だった。美しくはあったが、美しい女の子は大勢いた。成績がすべてだった学生生活において、芸術系の生徒はそれほど目立たず、偏見を持たれることさえあった。

だから、それは彼女だけの片思いで、いつか彼の前に立てる日が来るなんて思ったこともなかった。

芸術大学のダンス学科を卒業して夏休みに実家に帰っていた時、落ち込んでいる拓海と再会するまでは。

その夜も拓海は酔っぱらっており、ふらふらと歩いていた。横断歩道を渡るとき信号を見ておらず、一台の車がブレーキも間に合わず突っ込んできた。彼を突き飛ばしたのは彼女だった。心配で彼の後をついていた知佳が、彼を押しのけて自分が車にはねられたのだった。

知佳はダンス専攻で、大学院への推薦も決まっていた。

しかし、この交通事故で、足は不自由になった。

もう二度と踊ることができなくなった。

その後、拓海は酒をやめ、知佳と結婚した。

知佳に対して罪悪感を抱き続け、感謝し続け、優しい言葉をかけ続けた。でも同時に冷淡で水のように冷たく、そしてたくさんのプレゼントをくれ、たくさんのお金をくれた。

ただ一つだけ、愛してはくれなかった。

知佳は、時間がすべてを癒してくれると思っていたし、時間がすべてを薄れさせてくれるとも思っていた。

しかし想像もしなかったのは、5年が過ぎても、彼は「結衣」という名前をこれほど深く心に刻んでいるということだった。さらには、自分で処理するときでさえ、呟いているのはその名前だということだった。

結局は私があまりにも愚かで世間知らずだったのだ……

一睡もできず、スマホの中のそのメールを、この夜100回は見返した。

海外のある大学からの大学院入学許可通知で、今夜彼と相談するつもりだったこと――私が海外の大学院に行くことは可能かどうか?

しかし今となっては、拓海と相談する必要はなさそうだった。

5年間の結婚生活、数え切れない眠れぬ夜。それがついにこの瞬間から終わりに向かって歩み始めるのだ。

拓海が起きたとき、知佳はまだ寝たふりをしていた。外で家政婦の中村さんと話している声が聞こえた。「今夜は接待があるから、彼女には待たずに休むよう伝えて」

言い終えると、彼はまた部屋に戻ってきて様子を見た。知佳は布団をかぶっており、涙で枕が濡れていた。

普段拓海が会社に行くときは、知佳が彼の着る服をコーディネートして脇に置いておき、彼はそれを着るだけだった。

しかし今日はそれをしなかった。

拓海は自分でクローゼットに行って着替え、会社に向かった。

知佳はそのとき目を開け、ただ目がひどく腫れぼったいのを感じた。

スマホのアラームが鳴った。

それは自分で設定した時間で、起きて英語を読む時間だった。

結婚後の知佳は、足のことで9割の時間を家に閉じこもっていた。もう外出することはない。一日の時間を区切って、それぞれに何かすることを見つけて時間を潰すしかなかった。

スマホを手に取ってアラームを止め、それからさまざまなアプリを目的もなく見始めた。

頭の中はぼんやりと混乱していて、何も頭に入らなかった。

それが、ある動画アプリで突然一つの動画を見つけるまでは。

画面の中の人があまりにも見覚えがある……

もう一度アカウント名を見ると――結衣CC。

このおすすめ機能は……

投稿時間は、昨夜だった。

知佳が動画をタップすると、すぐに賑やかな音楽が響き、それから誰かが叫んでいる声が聞こえた。「いち、に、さん、結衣おかえり!乾杯!」

この声は、なんと拓海だった。

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1・嵐の前の静けさ
「はい。冴木システム開発SS事業部、梶原です。はい……浅野ですね。少々お待ちください」ここは大手家電メーカーSAEKIのグループ企業、冴木システム開発株式会社。主な業務はSAEKIの社内システムの構築や管理だけれど、うちの部は主に中小企業向けのシステムを個々の会社にカスタマイズして提供している。電話を取ったわたしは梶原茉衣(まい)。入社して5年の28歳。この事業部の事務全般に携わっている。「はい、ありがとうございます。では、すぐに手配いたします」浅野くんが電話を置くと同時に、山田課長が声をかけた。「さんざんごねてた社長、とうとう折れたのか」「はい。何度か社長に直接お会いして、説明を重ねて、ご納得いただいたようです」「さすが浅野だな、よくやった」浅野一樹。わたしより3期後輩の25歳。最近、めきめきと頭角を現している営業社員だ。わたしも彼の営業力は相当なものだと、常日頃、感心している。製品に関する知識が豊富で顧客の希望に的確に応えるし、アフターフォローも完璧だし、クレームにも誠心誠意対応して、逆に相手の信頼を勝ち得ている。評判が評判を呼んで、彼を指名してくる新規の顧客もいるぐらい。そして、とびきり美形の彼は、クライアントだけでなく、社内の女子たちの憧れの的だ。「ちっ、顔のいい奴は得だよな」そう言いながら、書類を手にわたしの席にやってきたのは、同期の伊川|宣人(のぶと)。彼も営業だ。
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1・嵐の前の静けさ
「宣人、また舌打ちしてる」 わたしが小声で注意すると、さらに不満げに眉を顰める。彼は最近、機嫌が悪い。先月、はじめて浅野くんに販売成績を抜かれたからだろう。でも、年間通せば、まだまだ宣人の右に出る者はいない。部内で主任昇任の一番手と目されている。 自信家で態度は尊大だけれど、それが仕事の上では安心感につながるらしい。浅野くんとタイプは違うけれど、取引先からの信頼は厚い。肩幅が広く上背があり、黒髪の短髪できりっとした印象。イケメンの部類に入ると思う。まあ、彼氏なのでひいき目もあるかもしれない。そう、わたしたちは1年前から付き合っている。そして3カ月前からは、彼のマンションで同棲していた。挨拶程度の間柄だったから、告白されたときは驚いた。でも、バリバリ仕事をする姿に憧れていたので、そのときはとても嬉しかった。話が出ている訳ではないけれど、なにせ30歳が目前に迫ってきているし、早く昇進が決まって、それを機にプロポーズしてくれればいいなと、密かに望んでいる。「これ、コピー10部頼む」 「あ、わたし、行ってきます」そう言って、わたしの手から書類をさっと奪ったのは、今年、入社したばかりの岡路留奈(おかじるな)。彼女はパステルカラーのワンピースにレースやリボンをあしらったパンプスで会社にやってくる。
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1・嵐の前の静けさ
オフィスに似つかわしくないと思うのだけど、若手の男性社員たちには好評で、アイドル的人気を誇っている。実際、アイドルの誰それに似ているともっぱらの評判だ。 仕事ぶりに関しては言わずもがな。新人だからミスは仕方がないけれど、難しい仕事はパス、残業は一切しない、と、かなり自由な勤務態度。でも、誰も叱らない。彼女が、岡路常務が溺愛する末娘だからだ。宣人は「今日は早く帰れそうだから、飯、頼む」と言い残して、自席に戻っていった。「えー、もしかして伊川さんと梶原さんって?」と留奈が興味深々といった様子で聞いてきた。「あれ、知らなかった? 付き合ってるんだよ、ふたりは」そう言ったのはわたしの同期で隣の席の川崎正美(まさみ)だ。彼女は黒髪ショートカットでパンツ・スタイルが多く、ブラウンの長髪、スカートが多いわたしと対照的。でも、入社1日目から意気投合した、わたしの大親友だ。ふと、わたしを見る留奈の目が異様に輝いた気がした。「へえ、そうなんですねぇ。いいなあ、伊川さん、カッコいいし、仕事もできるし。わたしもあんな彼、欲しいなぁ」「ほら早くコピーしてこないと、伊川にどやされるよ」と正美が指摘され、留美は「はーい」とコピーに向かった。そんな感じで、まあ、ちょっと困った後輩に手を焼いてはいたけれど、上司や他の社員との関係は良好だったし、恋人とも問題なく過ごしていたし、おおむね良好な日常を送っていた。その1週間後に、どん底に突き落とされることになるなんて、このときのわたしは知るよしもなかった。
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2・最悪で最低な夜
「茉衣、帰ってこられるか。母さんの具合がよくなくてな」父から電話がかかってきたのは、翌週の水曜日の午後のことだった。母は昔から心臓が悪く、わたしが大学を卒業したころから、入退院を繰り返すようになっていた。「わかった。休暇もらえるように頼んでみる」母が病気であることは前から上司に話していた。繁忙期ではなかったので、その日の半休と木曜、金曜の休暇がもらえた。 わたしは急いで部屋に戻り、荷物をまとめ、新幹線で2時間あまりの実家に向かった。外回りに出ていた宣人(のぶと)には「日曜日に帰る」とだけ連絡して。 病院に着いたとき、母の容態は好転していた。早めに処置したことが幸いしたようだ。「お母さん、大丈夫?」と、わたしは母の手を握った。「茉衣、帰ってきてくれたんだね。ごめんね」弱々しいながらも、母はしっかりとわたしの手を握りかえした。父が戻ってきて、スツールを引き寄せて、わたしの横に座った。「会社を休ませて悪かったな。お医者さんの話では今回は問題ないようだ」「ううん、大丈夫。有給がだいぶ溜まってたし。お母さんの顔が見られて安心した」その日から2日間、実家に滞在した。その後も母の具合は良好だったので、わたしは予定を切り上げて1日早く帰ることにした。急な外出で家事もたまっているし、早く宣人の元に帰りたかった。
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2・最悪で最低な夜
東京に到着したのは土曜日の午後10時ごろ。 列車に乗ったとき、宣人に連絡を入れたけれど、まだ既読はついていない。この時間だから、もうとっくに食事は終えているだろうと思い、自分も駅で適当に済ませてから、帰宅の途についた。 部屋についたとたん、目に入ってきたのは、見覚えのあるレースをあしらったベビーピンクのパンプスだった。そして…… 寝室のドアの隙間から漏れているのは、光だけではなかった。 女の甘ったるい声も耳に飛び込んできた。「あ、宣人さん、ねぇ……そんなことしたらだめだって……あァんっ!」 「だめなんて思ってないくせに、ほら……もっと脚、開けよ」 「やん、エッチぃ」会話だけではなかった…… 衣擦れ、肌と肌がぶつかり合う音。荒い息遣い。 そんな、あからさまに淫らな物音も、否応なく耳に入ってくる。「肌、すべすべで真っ白だな」 「ねえ、梶原さんとどっちが綺麗?」 「そりゃ……留奈だ。手触りが違う」 「あーん、もお、宣人さん大好き」互いを貪ることに夢中になっている彼らは、玄関ドアが開いたことなど、全く気づいていないらしい。はじめて覚える感覚に卒倒しそうになりながらも、足音を忍ばせてキッチンに行き、ガスコンロに置きっぱなしになっていたパスタ用の大鍋を水で満たした。そして、鍋を両手で持ったまま、足で乱暴に寝室のドアを開け、ベッドで絡み合っているふたりの上に一気にぶっかけた。
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2・最悪で最低な夜
どういうこと……いつの間にあの二人……わたしはあの日の留奈の視線を思い出し、ハッとした。横取りを狙ってたってこと?頭に血が上るって、こういうことを言うのか。 「うわっ!」 「キャーッ! やだ、な、何!」驚いてこっちを見た宣人は、ベッドの横で仁王立ちになっているわたしを見て目をむいた。   「茉衣。おまえ、帰るの明日じゃ……」手に持っていた鍋を放り出すと、テーブルに当たって派手な音を立てた。その勢いのまま、わたしは宣人の頬を平手で思いきり打った。 手のひらがじんとするほど強く。「最低!」そう言い捨てたところまではしっかり記憶に残っている。でも、それからあとのことはよく覚えていない。こんなところには、一秒たりともいたくない。頭にあったのは、それだけだったように思う。で、ショルダーとキャリーバッグを手に、勢いで飛び出してきてしまった。戻って、二人を叩き出す?でも、今からあそこに帰って、あの二人とやり合うなんて、考えられない。そこまでの気力は残っていなかった。それにしても、さっき耳にした二人のやりとりが頭にこびりついている。 ふたりの部屋であんなことするなんて、あまりにもひどすぎる。裏切られた悔しさが、ふたたび身の内に溢れかえってくる。 あんな奴らのために泣くなんてもったいないと思うのに、涙が勝手に頬を伝ってしまう。
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2・最悪で最低な夜
キャスターをがたがた言わせながら門前仲町のマンションから茫然と歩きつづけ、気づいたときには永代橋まで来ていた。勝ち組の象徴のようなタワマンの明かりが暗い川面を彩っている。 嫌になるほど、ここから見る夜景は美しい。落ち着いて考えれば、わたしが飛び出す必要はまったくなかった。23時近いので、人通りは少ない。たまに通りかかる人も、不審げに視線を向けるだけで声をかけてはこない。当たり前だ。夜更けに橋の上で泣いている女なんて地雷以外の何ものでもない。そのまましばらくそこにたたずんで、走り去る車を見るともなしに眺めていた。でも、今は2月。それも深夜だ。今年は暖冬で、昼間は異常なほど暖かい日もあったけれど、夜は冷え込む。だんだんと指先やつま先の感覚が無くなってきた。ひとまず24時間営業のファストフード店かファミレスを探そう。 ようやくそんな気が起こり、ポケットからスマホを出し、かじかむ手で検索をはじめた。そのときだった。 向こうから足音が近づいてきたのは。「やっぱり、梶原さんだ」親し気に声をかけてきたのは、浅野くんだった。「えっ、浅野くん?」うわ、こんなときに知り合いに会うなんて最悪。まずそのことが頭にのぼってきた。そして、今さら無駄だとは知りつつ、わたしは慌てて手の甲で涙をぬぐった。
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3・救世主現る!
「暗いのに、よくわたしだって気づいたね」 鼻をすすりながら、わたしは尋ねた。「まず、遠くから見て、全体のシルエットに見覚えがあるなと思って。それにそのコートも、梶原さん、よく着てるでしょう。あ、でも決め手は、スマホの光で顔が照らされたからですよ。こんな時間に、誤って知らない女性に声をかけるのはさすがにヤバいので」その観察力と冷静な判断、いかにも彼らしい。 ぼんやりとそんなことを思いながら、ふたたび尋ねた。「で、浅野くんは? こんな時間になんでこんなところに?」「これです」と言ってから、彼は肩にかけていたカメラをわたしの前に差しだした。 わたしが首をひねると、彼は言った。「俺、趣味でカメラやってるんです。特に夜景を撮るのが好きで。前から、永代橋からリバーシティを撮りたいと思ってて」「へえ、初耳」 「誰にも言ってないから。夜景撮るのが趣味、ってなんか暗くないですか」「そうかな。そんなことないんじゃない?」その返事が、いかにもおざなりに聞こえたんだろう。 浅野くんは形のいい眉を少しだけしかめた。「どうでもいいって感じの答えですね。俺に興味ないのが見え見え。まあ仕方ないか。宣人さんの彼女ですもんね、梶原さんは」ふいに宣人の名前を出されて、つい表情を歪めてしまった。 そんなわたしの反応に、彼は納得顔で頷いた。
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3・救世主現る!
 「ああ、喧嘩したんですね。宣人さんと」 「そんな自信ありげに」彼はやはり形のいい唇の端を少し持ちあげた。「だって、もろ顔に出てますよ。正直な人なんですね、梶原さんは」わたしはちょっと肩をすくめた。「なんかバカにしてない? まあ、いいけど。喧嘩、ならまだましだったんだけどね」とつい口にしてしまった。しまった。これじゃ話を聞いてくれって言っているようなものだ。案の定、浅野くんは「何かあったんですか? 俺でよければ、話、聞きましょうか」とわたしの顔を見つめてきた。興味本位な口ぶりではなかった。 心から心配してくれているのが伝わってくる真剣な声音だった。「うーん、ありがとう。でも、いいよ」彼も同じ部の同僚。 あまりにも身近すぎて打ち明けるのをためらった。それでも、浅野くんは引き下がらない。「部内一のしっかり者、梶原女史が泣くなんて、よっぽどのことでしょう? 話したほうがすっきりしますよ。心配しなくても誰にも言いませんから」そう言って、柔らかく微笑んだ。そんな彼の優しさが、弱っている心にモロに響いた。また涙がこぼれそうになり、慌てて後ろを向いた。 そして欄干に手をおいて暗い川に目をやった。浅野くんはその後ろで、ただ静かにわたしが口を開くのを待ってくれている。 わたしは、彼の方は見ずに話し始めた。
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3・救世主現る!
「本当に誰にも言わないでね。家に帰ったら……わたしたちの寝室で宣人と岡路留奈が抱き合ってたの。それで後先考えずに飛び出してきてしまって……」浅野くんが小さく息を飲んだのがわかった。 そして吐き捨てるように言った。「なんだよ、それ」思いがけなく強い口調だった。思わず振り返ると、彼はまるで自分がひどい目にあったように眉を|しかめていた。嬉しかった。この苦しさを理解してくれる人がいる、今のわたしに一番必要なのはそのことだと気づいた。「……本当に酷すぎますね。それで、伊川さんは梶原さんに見られたこと、気づいたんですか」「うん。ベッドにいたふたりに鍋で水ぶっかけて飛び出してきたから」浅野くんは目を見張り、そしてさっきまでのけわしい表情をちょっとゆるめた。「水を? やるな。さすが梶原さん」「そんなことで感心しないでよ。だから今から、今晩、泊まるところを探さなきゃいけないんだ」 わたしは大きなため息をついた。また情けなさと悔しさと一緒に涙がこみあげてきた。 もう隠す必要はないので、わたしは手で顔を覆って泣きじゃくった。「もうほんとに……信じられない……よ、こんなの」「梶原さん……」 ひくひくとしゃくりあげるわたしの両肩に、浅野くんはそっと手をかけてきた。それでも下を向いたまま泣き続けるわたしの耳元にそっと囁いた。
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