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第527話

作者: 藤原 白乃介
浩之はふっと虚ろに笑った。

「わかった、秘密にしておくよ」

電話を切ったあと、彼の笑みはさらに深まった。

――晴臣が真実を話しているかどうかなんて関係ない。今、奈津子と瀬名お爺さんが自分の手中にある。それだけで十分だ。晴臣が逆らえるわけがない。

高橋グループを手に入れさせれば、あとは自分の思い通りだ。

一方その頃。

佳奈は智哉の怪我に薬を塗りながら、不安げに言った。

「奈津子おばさん、大丈夫かな……浩之が何かしないか心配だよ」

智哉はそっと佳奈の頬に手を添え、低く落ち着いた声で答えた。

「大丈夫だ。今は晴臣を抑えるために手は出せない。俺たちさえヘマをしなければ、奴は動かない」

「智哉、もし奈津子おばさんが本当にあなたとお姉さんの母親だったら、彼女、どれだけ辛かったんだろうね。自分の夫も、子供も奪われて、何もできなくて……もしあの時お腹に晴臣がいなかったら、きっと死んじゃいたいくらいだったんじゃないかな」

その言葉に、智哉の表情にも痛みが滲む。

――自分の大切な人たちが目の前で奪われる。

それがどれほどの絶望か、想像もつかない。

玲子はきっと、そんな地獄のような状況を何度も味わわせたんだ。

だから、奈津子は心を壊してしまった。

夫を失い、子供を奪われ、家を奪われ、容姿を奪われ、そして命とお腹の子までも狙われた。

そんな絶望の中で、どうやって生き延びたのか。考えるだけで、智哉の目に涙が滲む。

彼は佳奈を強く抱きしめ、疲れ切った声を漏らした。

「佳奈、ごめんな。君を嫁にもらったのに、安心できる家も作れなくて……もうすぐ赤ちゃんも生まれるのに、こんな状況に巻き込んで……

今日、会議室に君が現れた時、どれだけ怖かったか……もし浩之が君の外出に気づいてて、道中で何か仕掛けてたら……もし君に何かあったら……俺、もう生きていけない……」

佳奈は優しく彼の頭を撫で、穏やかな声で言った。

「でも私、ちゃんと無事だったでしょ?あの時は、どうしてもあなたに伝えたくて、いてもたってもいられなかったの。ごめんね、心配かけて。だから約束する、もう無茶はしない。これからは家で大人しくしてるから……それでいいでしょ?」

そう言って、そっと智哉の額にキスを落とした。

高橋家のことを考えたら、心配しないなんて無理だった。

浩之は悪魔だ。どんなことでも平気
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