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第969話

Author: 藤原 白乃介
両手で布団をぎゅっと握りしめる。

彼女の緊張を感じ取ったムアンは、顔を近づけて見つめた。

「無理しなくていいよ。俺は仮面を着けたまま寝られるから」

麗美は首を横に振った。

「大丈夫……少し時間が経てば慣れるから」

そう言いながら顔を布団に埋める。

けれど震える身体が、彼女の恐怖をはっきり暴いていた。

幼いころ、過ちを犯した彼女はニセの玲子に小さな真っ暗な部屋へと閉じ込められ、一夜を過ごしたことがある。

祖父に見つけられた時には、すでに意識を失っていた。

それは彼女の人生で、最も恐ろしい夜だった。

目の前には何もなく、手を伸ばしても何も触れられない。

ただただ広がる闇の中、自分ひとりだけ。

外から聞こえる些細な風の音さえ背筋を凍らせた。

その無力感に、彼女は少しずつ体力を削られ、ついには気を失った。

彼女の恐怖を悟ったムアンは、そっと抱き寄せ、額に口づけを落とした。

「麗美……怖がらないで。俺がずっとそばにいるから」

彼の体温、力強い心臓の鼓動が伝わってくる。

麗美の緊張は次第にほどけていき、両腕で思わずムアンの腰を抱きしめた。

熱を帯びた頬を胸に押し当てる。

その甘い仕草に、二人の心臓が一層速く打ち始める。

闇の中、視線が交わる。

何も見えないはずの麗美の胸に、なぜか不思議な安堵が満ちていった。

「もう平気……仮面を外していいよ」

彼女は小さくそう囁いた。

ムアンは彼女の手を取り、仮面へ導く。

「麗美の手で外して」低く囁く声はどこか誘惑の響きを帯びていた。

冷たい感触に触れ、麗美の胸がどきりと震える。

頭をよぎったのは――この男の素顔を明かりの下で見てみたい、ただそれだけだった。

彼女はゆっくりと仮面の留め具を解き、取り去る。

露わになったのは、端正な顔立ち。

強い視線が暗闇の向こうから突き刺さる。麗美は、彼の顔立ちが整っているのを想像ですら感じ取れるほどだった。

ムアンは彼女の心の内を見抜いたように、喉の奥で笑った。

「麗美は俺の顔を見たいんだろう?」

図星をつかれ、麗美は闇の中で彼を見据えた。

「違う。ただ気になっただけ。どうして仮面をつけるのか……もし顔に傷があっても、私は気にしない」

ムアンは彼女の手を取り、自分の頬
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