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第2話

Author: 匿名
けれど母は、私が差し出した診療記録に目を通そうともしなかった。

そのまま床へ放り捨て、うんざりしたように言う。

「忙しいの。毎日毎日、こんなことして私を振り回すのやめてくれない?」

その後、病状はますます悪化した。

腫瘍が視神経を圧迫し、とうとうほとんど何も見えなくなった。私は毎日ベッドの上で、痛みと不安に耐えるしかなかった。

見かねた担当医が、母のもとへ直接掛け合ってくれた。

「院長、由奈さんは本当に危険な状態です。どうか助けてあげてください」

母は顔も上げず、冷たく返した。

「由奈に何かもらったの?そこまでして、あの子の芝居に付き合うなんて」

そして、相手の返事も待たずに続ける。

「私に心配してほしくて騒いでるだけでしょ。脳腫瘍だなんて大げさなことまで言って。もし本当にそうなら、そのほうが静かになっていいくらいよ。

これ以上あの子に付き合うなら、あなたもただじゃ済まないわよ。もう出ていって」

担当医はまだ何か言いたそうにしていたが、母の態度を見て、結局それ以上は口にしなかった。

冬木教授に執刀を頼めないまま、私の病状はもう一日も待てないところまで来ていた。

主治医はやむなく、院内でも経験のある脳神経外科医を中心に手術チームを組んだ。

手術を控えたある日、私は医師に頼み、母へビデオ通話をつないでもらった。

もう画面を見ることはできなかった。

それでも声だけは聞きたかった。

もしかしたら、今度こそ信じてもらえるかもしれない。

そんな期待を、まだ捨てきれずにいた。

けれど返ってきたのは、いつもの嘲るような声だった。

「今度は何?見えないふりまで始めたの?そこまでしたら私が信じると思ってる?」

胸の奥がきゅっと縮む。

「もういいでしょ。そんな大した病気じゃないんだから、手術すれば済む話よ。いちいち騒がないで」

言い返す間もなく、母は別の患者に呼ばれ、そのまま通話は終わった。

ところが、その日の夜。

病室のドアが開いた。

目は見えなくても、入ってきたのが母だとすぐに分かった。

栄養を考えて作ったという夕食まで持ってきてくれたらしい。

病気になってから、母が見舞いに来てくれたのは初めてだった。

嬉しくて、思わず頬が緩んだ。

けれど、その気持ちは次のひと言で消えた。

「そうだ。手術のことだけど、里帆にも入ってもらうことにしたから。重要な操作も任せるつもりよ」

一瞬、言葉が出なかった。

冬木教授に頼めないだけでも怖かったのに、まだ脳神経外科の専攻医になったばかりの里帆に、命に関わる操作を任せるなんて、怖くてたまらなかった。

「お母さん……お願い。里帆には私の手術をさせないで」

声が震えた。

「本当に、これが最後のチャンスなの。土下座だってするから……お願い。私、本当に死にたくないの」

ベッドの上で、縋るように母へ頭を下げた。

けれど次の瞬間、頬に鋭い痛みが走った。

母に叩かれたのだ。

「どうしてこんな自分勝手な娘になったの!」

怒鳴り声が病室に響く。

「里帆は専攻医になったばかりなのよ。経験を積ませてあげるくらい、姉なら協力してあげてもいいでしょう!」

涙が止まらなかった。

「嫌だ……お母さん、お願い……」

うまく息もできない。

「私、本当に生きたいの。生きられるなら何でもする。だからお願い……死にたくない……」

それでも、母の声は少しも揺れなかった。

食器を片づける音がする。

「もういいわ。大したことでもないのに、いつまで大騒ぎするつもりなの」

そして最後に、言い切った。

「もう決めたことだから。これ以上、話すことはないわ」

やがてドアが閉まる音がした。母は、持ってきた夕食をそのまま持ち帰った。

私だけが、何も見えない病室に取り残された。残ったのは、どうしようもない絶望だけだった。

手術当日。

母は手術室の外で、落ち着かない様子で待っていた。

けれど、心配していたのは私ではない。

初めてあれほど重要な操作を任された里帆のことだった。

もともと気の小さい里帆は、開頭が始まった頃から手が震えていた。

そばについていた指導医は、無理をせず交代するよう何度も促した。

それでも里帆は首を振った。

「大丈夫です。私にやらせてください。ちゃんとできるって証明したいんです」

手術が始まって間もなく、里帆の操作の直後に私のバイタルが急変した。

異変に気づいた指導医がすぐに介入し、里帆から操作を引き継いだ。

里帆はすっかり動揺し、そのまま手術室を飛び出した。

そして真っ先に向かったのは、母のところだった。

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