LOGIN脳腫瘍の手術を控えた私、小暮由奈(こぐれ ゆな)に、桐峰総合病院の院長でもある母、小暮智子(こぐれ ともこ)は信じられないことを告げた。 脳神経外科専攻医1年目の妹、小暮里帆(こぐれ りほ)を手術に入れ、命に関わる操作まで任せるという。 「お願い。里帆だけは外して。これが本当に、生きられる最後のチャンスなの」 必死にすがる私に返ってきたのは、母の平手打ちだった。 「どうしてこんな自分勝手な娘になったの!里帆はまだ専攻医になったばかりなのよ。姉なら少しくらい協力してあげなさい!」 そして、その手術で私は命を落とした。 私の死をようやく受け入れた母は、数日のうちに別人のようにやつれていった。
View More母は両手で耳を塞ぎ、何度も首を振った。「もうやめて……聞きたくない!」母の顔が苦しそうに歪んだ。これ以上騒ぎが大きくなる前に、警察官が里帆を押さえた。すると里帆は振り返り、突然笑い声を上げた。「後悔してる?院長」涙を流す母を見つめながら、冷たく言い放つ。「一番お母さんのことを大事にしてた娘を、自分で死なせたんだよ」母はその場に立ち尽くした。涙だけがとめどなく頬を伝っていく。何か言おうと唇を動かしていたが、結局ひと言も声にならなかった。警察官は里帆に手錠をかけ、そのまま警察車両へ連れていった。続いて、母にも手錠がかけられた。母はもう抵抗しなかった。うつむいたまま、警察官に連れられていった。警察で事情を聞かれると、母は自分がしたことをすべて話した。私の手術体制に介入し、里帆を無理に手術へ入れたことも、何ひとつ隠そうとはしなかった。留置場に入ってから、母は出された食事にほとんど手をつけなくなった。部屋の隅に座ったまま、夜になってもほとんど眠らなかった。そして何度も、同じ言葉を繰り返していた。「由奈……お母さんが悪かった。ごめんね。もし次があるなら、今度こそちゃんと大事にするから」思わず、私は答えていた。「もういいよ、お母さん」届かないと分かっていても、言わずにはいられなかった。「次があっても、もうお母さんの娘にはなりたくない」そのときだった。母がふいに顔を上げた。視線が、まっすぐ私のほうへ向く。「由奈……?」思わず息を呑んだ。母は目を見開き、泣きそうな顔でこちらへ手を伸ばした。「戻ってきてくれたのね。やっぱり、お母さんのことが放っておけなかったんでしょう?」本当に、私が見えているのだろうか。恐る恐る声をかけた。「お母さん……私が見えるの?」母の顔がぱっと明るくなった。「何言ってるの。ちゃんと見えてるに決まってるじゃない」私は思わず距離を取った。「でも、私もう死んでるよ」母は慌てて首を振る。「そんなこと言わないで。ほら、ちゃんとここにいるじゃない」そう言いながら、母の目には涙がにじんでいた。私が死んだことを忘れたわけじゃない。分かっていて、受け入れられないだけなのだ。私は母の前まで近づいた。「お母
数日後、ようやく私の葬儀の日を迎えた。罪悪感があったのか、母は私のために、それなりに立派な葬儀を用意していた。親戚だけでなく、桐峰総合病院の医師たちも大勢参列している。会場のあちこちから、ひそひそと話す声が聞こえてきた。母が昔から里帆ばかり可愛がり、私には冷たく当たっていたことは、病院でも親戚の間でも知られていた。けれど、母の気性の激しさも皆よく知っていた。わざわざ関わって面倒に巻き込まれたくないのか、誰も表立って何かを言おうとはしなかった。そんな中、父と椎名先生も葬儀に来ていた。父は会場に入るなり、まっすぐ母のところへ向かった。そして、何も言わずに母の頬を平手で打った。私が驚いていると、父は怒りを抑えきれない声で言った。「全部聞いた。証拠ももう警察に渡した。あとは警察が来るのを待ってろ」父とは、両親が離婚してからも連絡を取り続けていた。ただ、父は離婚後ずっと海外で仕事をしていて、もう長いこと会っていなかった。電話をしても、私はいつも元気な話しかしなかった。病気になったことさえ伝えていない。具合が悪くなってから、何かと気にかけてくれていたのは椎名先生だった。そのことがありがたくて、手術を受ける前、私は父の名刺を椎名先生に預けていた。何か困ったことがあったら父を頼ってほしい。それから、もし手術がうまくいかなかったら、そのときだけは父に知らせてほしい。そう頼んでいた。まさか、その名刺が死んだあとの私を助けることになるとは思わなかった。父は事業をしていて、昔から決断の早い人だった。私の死を知ると、すぐに弁護士を通して資料や記録を集め、警察へ提出したらしい。ざわついていた会場の外に、警察車両が止まった。母の表情が固まった。自分のところへ来たのだと思ったのだろう。逃げる様子もなく、その場に立っていた。けれど、中へ入ってきた警察官が最初に向かったのは、里帆のところだった。「里帆さん。由奈さんの死亡について、殺人の疑いで逮捕状が出ています」さらに、里帆が患者や関係者から何度も高額な謝礼を受け取っていたことも、院内の調査で問題になっていた。母は目を見開き、反射的に里帆の前へ出た。「待ってください。何かの間違いです。手術に里帆を入れたのは私です。由奈が死んだ
椎名先生のことをかばいたかった。あの人がここまでしてくれたのは、ただ優しい人だったからだ。生きている間、私にあれほど親身になってくれた人は、ほかにいなかった。それなのに、母からあんなふうに言われるなんて。何か言い返したくても、今の私には声がない。焦って足を踏み鳴らしても、もちろん誰にも届かなかった。ーーお母さん、いつかきっと後悔するよ。真実を知ったら、そのとき初めて自分が何をしたか分かる。心の中で、そう吐き出した。その一方で、母にも少しずつ不安が芽生え始めていた。電話をかけても出ない。何度メッセージを送っても、返事がない。生きていた頃の私は、母からの連絡を無視したことなど一度もなかった。電話に出るのがほんの少し遅れただけでも、あとで散々怒られたくらいだ。さすがの母も、いつもと違うことに気づいたらしい。「里帆、由奈の脳腫瘍って……本当に大したものじゃなかったの?」里帆は迷う様子もなく答えた。「うん。頭部CTも見たけど、小さい腫瘍だったよ。ぱっと見じゃ分からないくらい。取れば大丈夫なものだった」その言葉で、母が私を嘘つき扱いしていた理由がようやく分かった。私が患っていたのは、そんな軽いものではない。悪性神経膠腫だった。里帆が本当に見誤っていたのか。それとも、母に私のことを気にかけてほしくなくて、わざと軽く伝えたのか。もう死んでしまった今となっては、考えたところで仕方がなかった。ただ、いつまでも放っておかれたままなのは嫌だった。せめて最後くらい、きちんと見送ってほしかった。里帆に大丈夫だと言われても、母の胸騒ぎは消えなかったらしい。汐月島から戻ると、荷物もろくに片づけないまま病院へ向かった。そして、自分で私の検査結果を確認した。そこには、はっきりと記されていた。「悪性神経膠腫が強く疑われる。早急に手術が必要」母の手が止まった。そのまま椅子に崩れるように座り込み、しばらく診療記録を見つめたまま動かなかった。やがて母は立ち上がり、私の遺体が移された安置施設へ向かった。けれど入口まで来たところで、足が止まった。中へ入れず、ただ立ち尽くしている。入口では椎名先生が待っていた。「院長。ここまで来たなら、ご自分で確かめてください」母は
その態度が気に入らなかったのか、母はさらに苛立った。「椎名先生、自分の立場をよく考えたほうがいいわよ。これ以上勝手なことをするなら、病院に戻ってからただじゃ済まないから。今すぐ私の前から消えて」椎名先生は言葉に詰まり、それ以上何も言わなかった。目元を拭うと、そのまま背を向けて歩いていた。私のためにここまで来てくれたのに、何ひとつ言い返してあげられない。椎名先生が廊下の角でとうとう泣き出しても、私はその涙を拭ってあげることさえできなかった。椎名先生がいなくなると、里帆がすぐ母のそばに寄った。「もういいよ、お母さん。そんなに怒らないで。前に、お姉ちゃんが取るはずだった白楓医学研究奨励賞を私がもらったこと、まだ気にしてるのかも」母は呆れたように息を吐いた。「由奈みたいな性格の子が賞なんてもらったところで、何になるのよ。人を助けるどころか、何をするか分かったものじゃないわ」その言葉を聞いた瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。同時に、二年前の記憶が一気によみがえる。死んでから、昔のことはところどころ曖昧になっていた。けれど今の会話で、忘れかけていた出来事をはっきりと思い出した。あの頃、里帆は医師になったばかりで、まだ初期研修中だった。一方の私は、白楓医学研究奨励賞の最年少受賞者になると言われていた。ところが母は、院長としての人脈を使って推薦や選考に口を挟み、里帆が受賞するよう裏で働きかけた。自分が選ばれると信じていた私は、きちんと正装して授賞式に出席した。会場に拍手が響き、司会者が読み上げた名前はーー里帆だった。受賞したのがほかの誰かなら、その人の実力を素直に認められたと思う。けれど里帆は、医学部にいた頃も授業にはろくに出ず、遊んでばかりだった。そんな里帆がいきなり大きな賞を取れば、周囲が不審に思うのも当然だった。家に戻った私は、初めて母を真正面から問いただした。「お母さん、どうしてこんなことしたの?この賞が私にとってどれだけ大事だったか、分かってるでしょう?」一年かけて積み重ねてきた研究だった。「この研究が少しでも治療に役立てばって、ずっと頑張ってきたの。もっと多くの患者さんを助けたかったから!」母にあんな声を出したのは、生まれて初めてだった。それまでの私は、母の前で声を
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