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第56話
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離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第205話
彼は入り口の警備員に誰かが出て行ったか尋ねたが、いないとの返事だったため、再び会場の中へ入った。必死に人を探し、男女老若の間を縫うように歩き回り、誰に話しかけられても一切無視した。ようやく、数分間探し回った後、人混みの中で談笑している一人の男を見つけた。蓮司は拳を握りしめ、深呼吸して心拍と呼吸を整えると、近くにあったシャンパンを手に取り、ごく自然に彼らの輪に加わった。聡は蓮司が来たのを視界の端で捉え、シャンパンを一口含んだ。社長たちが蓮司に話しかける中、そのうちの一人、卯月（うづき）社長が二人を見て笑いながら言った。「柚木社長と新井社長は、お二人とも若くして才覚があり、ご実家の企業でも随一の手腕をお持ちで。これからはご親戚にもなられる。義理の兄と弟というご関係ですね」その言葉を聞き、聡はにこやかに言った。「卯月社長、それは買いかぶりですよ。私が新井グループにすがるために縁組するだなんて、とんでもございません」その言葉に、社長たちは皆、聡を見た。例の卯月社長が言った。「柚木家も新井家も、京田市では指折りの名家。強力な提携じゃありませんか」「すがる」という言葉は、柚木社長の謙遜なのだろう。しかし、どこか棘のある言い方に聞こえなくもない。「それも新井社長が提携に前向きでいらっしゃるかどうか次第ですがね。話がまとまってこそ、提携と言えるでしょう」聡は微笑みながら蓮司に視線を向けた。社長たちはこれでますます困惑した。縁談の話ではなかったのか？なぜ柚木社長は提携の話を持ち出すのだろう？「プロジェクトはまだ交渉中でしょう。話がまとまれば、当然提携します」蓮司はそう答え、聡を横目で睨んだ。「ふん、あなたが私情を挟むといけないから、こちらも別の手を用意しておかないとね」聡は悠然と言った。蓮司はその言葉に唇を引き結んだ。ふん、聡のやつ、明和プロジェクトの提携先はいくらでもあるとでも言いたいのか？新井グループと組む必要はないと？ならば、新井グループ以外に、あらゆる条件が完全に一致する提携先を見つけられるものなら見つけてみろ。「お二人とも、当人たちにしか分からぬ話で盛り上がっておられるようですな。はて、これは年寄りの出る幕ではない、ということですかな？」池田（いけだ）社長が口を挟んだ。「二つ
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第204話
聡は無意識に顔を上げ、相手と視線が交わった瞬間、思わず目を細めた。互いの表情には、一触即発の険悪な空気が漂っていた。「柚木社長、さぞがっかりでしょう。美しい女性ではなく、この俺が来たのですから。あなたのナンパの邪魔をしてしまいましたかね」蓮司は薄い唇を動かし、その言葉には棘があった。「どなたかお嬢様をお呼びしましょうか？月が綺麗だし、よき逢瀬の舞台となりそうじゃないですか」聡はすっと立ち上がり、鼻で笑った。「ナンパをしたいのは、新井社長、あなたの方でしょう。俺があなたの場所をうっかり取ってしまったようだ。すぐに立ち去りますから、濡れ衣を着せないでいただきたい」蓮司は彼を睨みつけ、言い返した。「あなたのように移り気ではありませんよ、柚木社長。俺は所帯持ちで、『男の操』を守る夫ですから」その言葉に聡の眉がぴくりと動いた。あからさまに皮肉を言ってやりたかったが、ここで大っぴらに喧嘩を始めるわけにもいかない。「ええ、あなたは本当に『男の操』を守る立派な旦那様だ。奥様を守りすぎて、愛想を尽かされて離婚を突きつけられるほどにね」聡は微笑みながら称賛した。「おまけに、奥様を病院行きにするほど殴り、愛人を連れて堂々と仲睦まじい姿を見せつける」「新井社長、あなたはまさに模範ですな。この柚木、恥じ入るばかりで、とてもあなたには及びません」その言葉に蓮司はぐっと拳を握りしめ、歯を食いしばって怒りをこらえた。この柚木聡という男、あまりにも傲慢不遜だ。何度も自分に楯突いてきて、その口は吐き気がするほど臭い。「柚木社長は酔っ払っているようだ。トイレで便器の水でも飲んだのかな」蓮司は冷たく鼻を鳴らした。「俺がそこまで酔えるなら、新井社長はトイレで汚水管の爆発にでも遭ったのでしょうな」聡は笑っているのかいないのか分からない表情で言った。二人の舌戦は一歩も引かず、言葉の応酬が続き、目に見えない火花が散っていた。蓮司は聡を睨みつけ、聡も睨み返した。ふと、聡は絶好の仕返しの方法を思いつき、こう言った。「ああ、新井社長とのおしゃべりはこれくらいにしておきましょう。ここがお気に入りなら、どうぞごゆっくり。妹が酔い覚ましのスープを届けてくれると言うものですから」「酔い覚ましのスープ」という言葉に、蓮司は微かに動きを止めた。
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第203話
「とりあえず売りに出しなよ。新井が本気で買収するって言うなら、うちに来て住めばいいから」理恵は言った。「それにしても、あいつ本当に狂ってるわよね。透子の職場を買収しようとしたと思ったら、今度は住んでる場所まで。いっそのこと、京田市ごと買い占めればいいのに」理恵は毒づいた。透子はご飯を少しだけ口に運び、黙ってもぐもぐと口を動かした。蓮司は確かに病んでいる。それも重症だ。自分を再び縛りつけて苦しめるためなら、彼はどんなことでもやりかねない。決して、彼とよりを戻してはならない。二人が食事をしていると、理恵はスマホをいじっていた。ふと、メッセージがポップアップで表示された。お兄ちゃんからだった。「透子、後で残り物、少しもらって帰ってもいい？」理恵は顔を上げて言った。透子は我に返り、尋ねた。「お持ち帰りに？どうして？」「お兄ちゃんがね、透子の作ったスペアリブが美味しそうだから、食べてみたいんだって」理恵は言った。「じゃあ、後で新しく作ってあげる」透子は言った。残り物を食べさせるなんて、そんなわけにはいかない。ましてや、理恵にはたくさん助けてもらっているのだ。「いやいや、作らなくていいって。あいつにそんな価値ないから」理恵は慌てて言った。「私たちが食べ終わった後の残りで十分よ。あいつ、そういうの気にしないから。海外にいた時なんて、何年も簡単な食事で済ませてたみたいだし」その言い方は、まるで野良猫か野良犬に餌をやるかのようで、透子は思わず苦笑した。「蒸し器を使えば、すぐできるから」結局、二人が食事を終えた後、透子はもう一人前を新しく作るためにキッチンに立った。「お兄さん、パーティーに行くんじゃなかった？お酒、飲むでしょ。酔い覚ましのスープも作ってあげる」透子は綺麗な土鍋を取り出して言った。「本当にいいってば。スペアリブを作ってくれるだけでも、もう十分すぎるくらいなのに」理恵は恐縮したように言った。「手間じゃないわ。簡単に作れるし、お酒を飲んだ後に酔い覚ましのスープを飲んでおけば胃に優しいから。その後に食事をしても、胃を痛めないしね」透子は言った。彼女が食材を準備している間、理恵は心から感動し、その様子を写真に撮って兄に送った。【あんた、本当に妹のおかげなんだから
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第202話
「そうそう、新井と離婚するなら、あいつの財産はきっちり分捕りなさいよ。私、翼お兄ちゃんと知り合いだから、新井が一文無しで放り出されるように頑張ってもらうから」理恵は鼻を鳴らした。弁護士の件は、透子が理恵に話す前に、今日の午後、理恵の方から先に切り出してきた話だった。しかも、透子が神楽坂法律事務所に依頼してから、まだ一時間しか経っていなかった。まさか、その法律事務所の所長が理恵のお兄さんと知り合いだったとは、透子は夢にも思わなかった。しかも、わざわざお兄さんを捕まえて面白おかしく噂話にしていたという。理恵からその話を聞かされた時、彼女は少し気まずい思いをした。とはいえ、気まずさはそれほどでもなかった。どうせ離婚するのだし、彼らの噂の中心は主に蓮司だったからだ。結局、同じ世界の人間同士ということなのだろう。「離婚協議書では財産は要求しないで、自分から身一つで出ていくことにしたの」透子は言った。「あんたバカ？なんで請求しないのよ」理恵は言った。「彼とこれ以上もめたくなかったから。財産をゼロにすれば、離婚もスムーズに進むでしょ」透子は答えた。「新井が駄々をこねて離婚しないって言うなら、ちょうどいいじゃない。協議書を書き直せるわ」理恵は言った。「今のあなたには私たちがいるんだから。藤堂さんを信じなさい。彼は絶対に新井からふんだくれるだけふんだくってくれるわ。もしダメなら、翼お兄ちゃんにも言って、ただじゃおかないようにさせるから」理恵は自信満々に言った。二人は一緒に団地へ帰り、食材を買って夕食の準備をした。透子がまた腕によりをかけて豪華な手料理を食卓に並べると、理恵はまたしても得意満面でSNSに投稿した。そう、彼女は蓮司を怒らせ、悔しがらせるのが目的だった。しかし、今回は相手からのコメントはなかった。それでも構わず、彼女はわざわざ個人チャットで写真を送ったが、最後の数枚が送信できなくなった。ブロックされたのだ。「ちっ、度量の小さい男」理恵は鼻を鳴らした。「誰のこと？」透子が茶碗を二つ持って出てきて、尋ねた。「お兄ちゃんのこと」理恵は微笑んで言った。「お兄ちゃんたら、どれだけ常識外れと思う？パーティーに同伴者として私を連れて行こうとするのよ。『お前も女なんだから、なんで行け
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第201話
とっくに定時は過ぎ、人事部の担当者も謝罪に訪れ、上司に叱責されたという。公平は愛想笑いを浮かべて理恵を見送る中、他の社員たちはそれぞれ残業する者、帰宅する者に分かれていた。エレベーターの中で。「今日は仕返ししてくれてありがとう」透子は理恵の腕に絡みつき、お礼を言った。「ふん、これであなたの部署の連中も懲りて、もういじめてこないでしょ」理恵は得意げに言った。「でも、どうして桐生さんをクビにさせなかったの？見てるだけで目障りなのに」彼女は付け加えた。「録音の件は、私自身に隙があったの。会社で私用電話なんてするべきじゃなかった。社員が陰で噂話をするなんて、どこの会社でもよくあることだし、先輩がすぐにグループを解散させてくれたから、大きな被害はなかったわ」透子は説明した。親友の肩に頭を預け、彼女は続けた。「通報されたのは、履歴書に『未婚』って書いたこと。これは確かに私のミス。あの時、直し忘れてたの」「それに、私のせいで蓮司が旭日テクノロジーを買収しようとしたでしょ。先輩を困らせたくなかったの」一通り聞き終えた理恵は、眉をひそめて尋ねた。「本当に買収されそうになったの？だったら、さっさとうちの会社に転職しなさいよ。じゃないと、また新井に付きまとわれるわ」「大丈夫、新井のお爺さんが出てきて、蓮司の買収を阻止してくれたから」透子は言った。理恵はそれを聞いて頷き、少し考えてから言った。「やっぱり桐生さんはダメね。もし私の会社でこんなことが起きたら、絶対に全員クビにしてる。ましてや、彼はあなたに気があるくせに」「先輩は創業者で、社長なんだから。当然、評判を気にしないと」透子は言った。理恵はその意見に納得できなかった。好きな女性が辛い目に遭うのを我慢できる男がどこにいるだろうか。しかも、彼女をいじめた人間を会社に残しておくなんて。評判を守るなんて言っても、結局は自分の体面を気にしているだけだ。陰口を叩かれるのを恐れているに過ぎない。二人が一階に着いた時、理恵は他のエレベーターと自分たちが乗ってきたエレベーターを見比べて尋ねた。「これ、役員専用じゃない？桐生さんがカードキーをくれたの？」透子は頷いた。「そっか。じゃあさっきの言葉は撤回するわ。桐生さんも、そこまで……」理恵が言い
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第200話
招子は思った。どうしよう、もし理恵が本気でこの件を調べたら……彼女も里香と同じ末路を辿るんじゃ？全部、あの里香のせいよ。どうして告発なんて言い出したの？彼女を道連れにする気？「録音の件も告発の件も、どちらも把握している。社内のグループチャットはもう解散させた。告発については、透子が自分で処理すると言っていた」駿の声が聞こえた。「まさか、その張本人がまだ会社にいるなんて言わないでよね」理恵は言った。透子が何かを言いかけたが、その時、里香の隣にいた招子が自ら進み出て、深々と頭を下げた。「ごめんなさい、透子さん。告発メールを送ったのは私です。あなたも、とっくに私だと気づいていたはずなのに、あの時、皆の前で言わずに私の顔を立ててくれて……本当にありがとう。私も斎藤さんと同じで、嫉妬心からあんなことをしてしまいました。どうか、寛大な心で、今回だけはお許しください」当時の彼女は透子の素性を知らず、ただのコネ入社だと思い込んでいた。嫉妬と同時に、新人をいじめてやろうという意地の悪い気持ちもあったが、さすがにそこまでは言えない。今、斎藤の件もあり、調べ上げられるよりは自分から謝罪し、好意的な言葉を並べた方が得策だと判断したのだ。「正直、この数日間、ずっと良心の呵責に苛まれていました。あなたに謝りたかったんです。 以前は、あなたに実力なんてないと思っていましたが、あの会議の後、あなたに対する見方が変わりました。本当に、心から尊敬しています」招子はそう言って、相手を褒め称えた。周囲の者たちは、招子が自ら非を認めて謝罪するのを見て、驚きつつも、どこか納得していた。以前から、元第三グループの誰かだろうと推測していたが、まさか本当に彼女だったとは。しかし、良心の呵責に苛まれていた？そんな様子は微塵も感じられなかった。毎日、のびのびと仕事をしていたではないか。だが、今は当然、聞こえのいい言葉を選ぶだろう。桐生社長と柚木様、どちらか一人だけでも、彼女をクビにするのは簡単なことなのだから。「なんだ、あなただったの。どうりでさっき、あのおばさんに早く謝れって、あんなに必死に催促してたわけね。自分が調べられるのが怖かったんでしょ？」理恵は一目で見抜いた。「で、あなたは？あなたも催促してたわよね。透子に何をしたの？さっさと白
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