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第742話

Author: 小春日和
今となっては、大人たちが「極楽都市」と口にしていた理由もわかる気がした。

子供の頃にはその意味が分からなかったが、こうして街の中心部を目にすると、何もかもが揃っている。

巨大な貿易センターがあるのはもちろん、ここを訪れる人々は実に多種多様だ。この通りだけでも、肌の色の違う人々が溢れかえっている。

この街から抜け出そうとするなら、なおかつ立花の目をかいくぐる必要があるとなれば……それはもう、自ら罠に飛び込むようなものだ。

「立花社長、到着しました」

到着?

車でたったの10分。ということは、立花の別荘は市の中心部にあるということか。

「ああ」

運転手が立花のためにドアを開け、続いて真奈も車を降りた。

目の前に広がっていたのは、四方に道が伸びる巨大な時計塔。そしてその足元には、壮大な広場が広がっていた。すべてが前世紀風建築を模して造られており、そのスケールは、真奈の予想を遥かに超えていた。

ちょうどそのとき、立花が指をパチンと鳴らした。

その仕草を見て、真奈は思わず眉をひそめた。彼が何を意図しているのか、最初は分からなかった。しかし、次の瞬間には悟った。

目の前に広がる巨大な時計塔と、それに連なる広場、高層ビル群が、まるで魔法でもかけられたかのように一斉に灯り始めたのだ。

夜の闇がまだ街を包んでいるというのに、金色の光が溢れ出し、まるで黄金が洛城全体を照らしているかのようだった。

「ここの明かりは、俺がつけと言えばつく。ここの金は、俺が欲しいだけ手に入る。俺が勝たせたいと思えば勝ち、負けさせたいと思えば負ける」

その傲慢な言葉を聞いた瞬間、真奈の背筋に冷たいものが走った。

この場所では、立花が絶対的な支配者なのだ。

どうにか心を落ち着け、彼女は問いかけた。「私はここで、何をすればいいの?」

「俺の言う通りにしていればいい。それ以外は、考えなくていい」

立花は軽く手を伸ばし、真奈の髪を撫でた。彼女は今日はごく簡素な装いで、化粧も薄く済ませていたが、それでもその美しさは、洛城に波風を立てるには十分すぎるほどだった。

真奈は不安を抱えながらも、立花の後について、時計塔の方へと歩を進めた。一歩進むたびに胸の鼓動が高まる。それでも、立花家のビジネスに直接関われる機会を得られるならば、この危険な賭けも悪くない——そう思えた。

立花グループの
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