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第1049話

Auteur: 似水
かおるは話しながら、ちらりと雅之を睨みつけた。

それに気づいた里香は、笑いをこらえながら話を聞き終え、ふと思い出したように言った。

「じゃあ、あなたが階下であんなに長いこといたのは、助けようと思ってたの?」

かおるの顔に、ぎこちない表情が浮かんだ。

「助けるわけないでしょ。あの人がいじめられるなんて、自業自得じゃない」

そう言い放ちながらも、心の中でまったく逆のことを考えているのが、里香にははっきりとわかった。かおるは舞子のことを気にかけている。

かおると友人になってから長いが、実家の話題が出ることはあっても、それを深く語ったことは一度もなかった。両親のことを嫌っているのは知っていたが、舞子の悪口を聞いたこともない。

つまり、妹である舞子は、決して悪い子ではないのだろう。

けれど、かおるがそのことについて語りたがらないのであれば、無理に聞くことでもない。

「料理が来たわ。まずは食事にしましょう」

「うん」

一方その頃、階下では――

佐藤が去った後、舞子の表情は幾分か和らいでいた。食事を終えると、舞子は箸を置いてふと微笑み、賢司に声をかけた。

「ありがとう。今回は私がごちそうするわ」

そう言って立ち上がり、レジへと向かう。賢司は文山に軽く目をやり、文山は即座に応じた。

「桜井さん、ありがとうございます。しかし、すでにお支払いは済ませております」

「えっ?」

舞子は一瞬驚いたが、思ったよりも早い対応に少しだけ目を見開いた。それ以上気にすることもなく、軽く頷いた。

「そう、じゃあ、またね」

そう言ってくるりと背を向け、自然な足取りで去っていった。

その間、賢司とは一度も目を合わせず、態度もあくまで自然。まるで本当に食事を共にしただけ、というような振る舞いだった。

文山は少し戸惑った。

いったい、どういう関係なんだ……?

賢司も静かに箸を置き、ナプキンで口元を拭くと、席を立って店を後にした。

外に出ると、舞子がちょうど陽の下に立っていた。真っ白な肌が光を反射し、まるで全身が淡く輝いているようだった。

彼女はクリーム色のワンピースをまとい、長い髪はリボンでひとつに束ねられ、編み込みになって肩へと流れていた。今はスマホを手に、メッセージを確認しているようだった。

少しうつむいた横顔には、淡い血色がさして頬が艶めき、長いまつげが
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