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第1050話

Author: 似水
佐藤は帰宅するなり、昼間の出来事を母親に話した。

そして、その内容はすぐさま幸美のもとへと伝えられた。

「桜井さん、舞子ちゃんって本当にすごいのね。まさか賢司様と知り合いだったなんて、水くさいわよ。そんな大事なこと、隠してたなんて。最初から教えてくれてたら、こんなに苦労しなくて済んだのに」

佐藤の母親は興奮気味に続けた。

「帰ったら舞子ちゃんにちゃんと話しておいてちょうだい。今度、うちとそちらの家で賢司様をお食事にお招きして、もっと親しくなりましょうよ。そうすれば、今後の協力もきっとスムーズにいくはず」

幸美の満面の笑みを見て、舞子は彼女の考えを察し、わずかに眉をひそめながら言った。

「……佐藤家の御曹司、私が彼と付き合えば、桜井家にもう少し権限を与えてもいいって言ってたわ」

その一言で、幸美の笑顔は一瞬にして凍りついた。

「……ひどすぎる」

震えるような声でそう言い放つと、表情には怒りがにじんだ。

まさかあの男が、そんな下劣な人間だったなんて――

十数年かけて大切に育ててきた娘が、そんな男に狙われるなんて許せない。

「信じられない。これからはもう、あの人とは関わらないで。身の程知らずにもほどがあるわ。月とスッポン、比べるのもおこがましい。よくそんな気になれたものね、まったく不快だわ!」

幸美は激しく吐き捨てるように言い、怒りのままに言葉を連ねた。

舞子は軽く目を伏せ、黙っていた。

罵倒を続けるうちに、幸美の怒りは徐々に落ち着き、やがて話題を変えた。

「でもね、舞子。佐藤家の息子は論外だけど、賢司様は違う。昼間、あなたと一緒にお食事をしてくださったのよ?それは、彼にとってあなたが特別な存在だってことなの。だから、ぜひ彼ともっと連絡を取って、距離を縮めていきなさい」

その言葉に、舞子はわずかに顔をしかめた。母のあまりに露骨な掌返しに、心底うんざりしたのだ。

「……ちょっと疲れてるの。部屋で休むわ」

立ち上がると、そうだけ言い残して自室へと向かった。

「ええ、ゆっくり休んで」

幸美はそれ以上何も言わず、娘に時間を与えることにした。

その夜、裕之が帰宅すると、幸美はすぐさま昼間の話を伝えた。

裕之はたいそう喜び、賢司様を食事に招いて、今後の協力関係をしっかり築くべきだと熱弁した。

錦山の瀬名氏は、今や業界のトップ企業。その瀬
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