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第1290話

作者: 似水
耀の判決が下ったとき、由佳は喜びのあまり香里を強く抱きしめた。

「お母さん、あいつが捕まったの!一生刑務所から出てこられないんだって。もう二度と、私たちに付きまとうことはないんだよ!」

香里は信じられないというように目を見開いた。

「……あいつ、本当に捕まったの?」

「うん!」

由佳は力強く頷いた。長い間、自分たちを覆っていた暗い影が、まるで春風に吹き払われる霞のようにあっけなく消え去っていく。胸の奥から、言葉にできないほどの興奮と切なさが込み上げてきた。

興奮は、体を縛っていた鎖が外れたような解放の感覚からくるもので、切なさは、そこに至るまでの苦しい日々を思い返してのものだった。

香里はまだ現実を受け入れきれず、呆然としたままつぶやいた。

「それ……一体、どうやって?」

由佳は小さく息を吸い、静かに言った。

「お母さん、まだ知らないでしょ。あの人はね、人を殺したことがあるの。警察がそれを突き止めて、最近こっちに戻ってきたところを、そのまま逮捕されたんだって」

香里はさらに目を見開き、ソファに崩れ落ちるように座り込んだ。しばらくしてようやく口を開く。

「由佳……もう心配しなくていいのね」

「うん、もう心配いらないよ。おじさんの前で、卑屈になる必要もないんだから」

由佳は香里の手を強く握り返した。

香里はふっと笑みを浮かべ、手をポンと打った。

「買い物に行ってくるわ。今夜はご馳走にしなくちゃ」

「私も一緒に行く」

由佳がそう言うと、香里はいたずらっぽく目を細めた。

「風早さんを呼んできなさい。一緒にご飯を食べましょう。もうずいぶん親しくしてるんでしょう?そろそろ家に連れてきて、私に紹介してくれてもいい頃じゃない」

由佳は一瞬、言葉を失った。

まさか、お祝いのためではなく、風早を家に呼ぶ口実にされるとは思ってもみなかった。

「お母さん、彼と付き合い始めてまだそんなに経ってないよ?もう親に会わせるなんて、早すぎない?」

戸惑う娘に、香里は軽く肩をすくめて言った。

「何が早いのよ。知り合ってもう半月でしょ。あなたも彼のことをいい人だと思ってるし、私も気に入ってるのよ。早く決めたほうがいいじゃない。せっかく好きになれた人なんだから、しっかり捕まえておきなさい」

由佳は小さく首を振った。

「今日は私たち親子二人のお祝いの日なん
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