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第266話

Author: 似水
東雲は、まるででんでん太鼓のように首をブンブン振りながら、「ないない、冗談やめろよ。夏実さんがいい人だと思うのは、雅之さんを助けたからさ。それに、そのせいで彼女は足を失ったんだぞ。そんな人、大事にされるべきだろ?」と言った。

桜井はじっと東雲を見つめ、ふいに呟いた。「お前までそう思ってるなら、あいつらはみんなを騙せたって、かなり自信あるんだろうな」

東雲は驚いて、「どういうことだよ?」と聞き返した。

桜井は無言で首を横に振り、「わからないなら、それでいいさ」とだけ言った。

そう言って背を向けた桜井だったが、数歩進んだところで急に戻り、真剣な表情で東雲に言った。「絶対に里香さんを守れ。そうしなきゃ、お前の命、危ないぞ」

東雲が困惑した顔をしている間に、桜井はまた背を向けて去っていった。東雲はその場に立ち尽くし、しばらく呆然としていたが、やがて我に返った。

雅之さんが里香を守れと言ったんだ。なら、命を懸けて守るしかない!

この出来事を通して、東雲ははっきり悟った。自分はただの部下で、自分の命は雅之によって与えられたものだと。だから、雅之の命令に従うことだけが自分の役目なんだ、と。他のことを考える必要はない。

里香はスマホの着信音で目を覚まし、半分寝ぼけながら電話に出た。「もしもし?」

「里香ちゃん!ついに解放されたよ!」電話の向こうから、かおるの興奮した声が飛び込んできた。彼女は「幸運がやってくる」を歌いながら、大はしゃぎしている。

里香は少し驚いて額に手を当て、「おめでとう。で、月宮の様子は?」と聞いた。

「絶好調よ!私の完璧な看護で、植物状態だって治っちゃうんだから!」かおるが大げさに言う。

里香は思わず吹き出して、「そのセリフ、月宮が聞いたら怒るよ」と返した。

「ふん!もう私の役目は終わったんだから、あいつなんて怖くないわよ!」かおるは自信満々、「で、いつ戻ってくるの?私の解放を祝って、豪華ディナーごちそうするわ!」

里香は少し考えて、「もう少し時間かかりそう」と答えた。

かおるは不思議そうに、「え?なんでそんなに時間かかるの?」と聞いてきた。

里香は簡単に事情を説明した。

「うわっ!」かおるは驚き、「チベタン・マスティフを一人で退けたの?そんなに強いの?」と叫んだ。

里香は口元を少し引きつらせながら、「私もびっくりだよ」と答え
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