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第888話

Author: 似水
雅之は彼女を一瞥して、ふっと口を開いた。

「お前にとって、俺が薄情じゃないとき、あったっけ?」

かおるは何も言えず、沈黙した。

……そう言われてみれば、確かに反論できない。

それを見て月宮がくすっと笑い、「まあまあ、元気になってから好きなだけ言えばいいじゃん。今はちょっと勘弁してやんなよ」と軽く言った。

かおるはじろっとにらみ返しながら、「そんなひどいこと言った覚えないんだけど」とぶつぶつ。

夜も更け、遠くで花火が次々と打ち上げられている。

里香は雅之の整った顔を見つめながら、ふと静かに口を開いた。

「雅之、お正月のプレゼント、あげる」

「ん?なに?」

不思議そうに彼女を見る雅之。

里香はお腹に手を当て、にっこり笑って言った。

「妊娠したの」

その言葉に、雅之の顔に驚きが一瞬で広がる。黒い瞳が信じられないという色に染まり、交互に彼女の顔とお腹を見比べた。

「……本当に?」

声はとても小さく、まるで夢を見ているような響きだった。

里香はそっと近づき、彼の手を取って自分のお腹に当てた。

「感じる?」

雅之はおそるおそる手を置いたが、押す力も加えられず、ただそっと触れるだけ。もちろん、まだ何も感じられなかった。

それでも、気持ちは確かに変わった。

里香が妊娠した。それも、自分の子どもを――

彼らにはもう、子どもがいる。

これから、自分たちは父親と母親になるんだ。

「うぅ……」

その時、不意に場違いなすすり泣きが響いた。

かおるが口を押さえたまま、勢いよく病室を飛び出していく。

月宮は驚いて「あれ、どうした?」と声を上げ、慌てて彼女の後を追った。

景司は肩をすくめ、軽く首を振ると、その場を離れて二人に時間と空間を譲った。

雅之は里香の手をしっかり握りしめ、その手を自分の額に当てた。表情は真剣そのものだった。

「里香……ありがとう。もう一度愛してくれて」

まだかすれた声だったが、目のふちがたちまち赤く染まっていた。

里香は両手で彼の顔を包み、そっと額にキスをしてから、まっすぐに彼の瞳を見つめた。

「雅之、私は頑張って、もう一度あなたを愛する。でもね……もう二度と嘘はつかないで。もしまた嘘ついたら、子ども連れて出ていくから。しかも、子どもには『おじさん』って呼ばせるから!」

雅之は彼女の後頭部に腕を回し、唇を重ね
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