「華ちゃん、気分はどうですか?」
優しい声が耳に届き、そちらに目を向けると神宮寺家の専属医を務める三上先生がいた。
この日、私は緊張した面持ちで白い天井を見上げていた。ここは病院の特別室。部屋だけ見ればホテルと変わりないが、たまに様子を見に来る看護師と冷たい消毒液の匂いが鼻腔をくすぐり、数時間後に控える帝王切開に不安と期待がない交ぜになった感情が渦巻く。
彼は検診の日以外にも、こうして足繁く病院や別荘を訪れては私を気遣ってくれる。玲と母に神宮寺家から追い出されて以来、私にとって三上先生は心を開ける唯一の存在になっている。
「少し緊張していますが早くこの子たちに会いたいです」
三上先生は、私を気遣いながらも踏み込みすぎることなく優しく見守ってくれていた。先生の存在は、私の孤独な日々において温かな光そのものだった。
「双子ちゃんたちもきっと華ちゃんに会いたがっているよ。もうすぐだからね」
その言葉に私はそっとお腹を撫でた。このお腹の中で小さな命が確かに宿っている。彼らに会えばこの数ヶ月の苦しみもきっと報われるはずだ。
瑛斗に離婚を突きつけられ、玲と母に家を追われたあの日の絶望を私は決して忘れられないだろう。けれど、これからはこの子たちのためにどんな困難も乗り越えていこうと強く決めていた。
白い病室の窓から差し込む午後の光が生まれたばかりの小さな命を優しく包んでいた。私の隣にはかけがえのない二つの宝。帝王切開から数日経ち、体はまだ本調子ではないけれど、この小さな手と気持ちよさそうに眠る顔を見ると、どんな痛みや苦しみも乗り越えられる気がした。「慶(けい)……碧(あおい)……」私は二人の名前を呼んだ。二人の小さな唇が、時折、ちゅぱちゅぱと音を立てるたびに胸の奥が温かさに満たされていく。あくびをしたり、ちょっとした動きでも子どもたちの命を感じて愛おしかった。玲と母に神宮寺家を追われ一人きりでの出産。慶と碧を守りこの子たちと新しい人生を歩む。未婚の母として生きる覚悟は、出産を経験して一層固まった。私の手の中には希望に満ちた未来があると信じていた。この日、執事の久保山に出生届の代理提出を頼んでいた。午後三時を少し過ぎた頃、静かな病室に、突然、携帯電話の着信音が鳴り響いた。画面を見ると久保山の名前が表示されている。「届けが終わったという報告の電話かしら?」電話に出ると、久保山はいつもとは違う少し動揺と焦ったような声で話しかけてきた。「華様……申し訳ございません、大変申し上げにくいことがございます」
看護師さんが双子を連れていくと三上先生が私の隣で静かに寄り添ってくれた。「本当におめでとうございます、華さん」先生の顔にも安堵と喜びの表情が浮かんでいる。先生の温かい眼差しに私は心の底から感謝した。「三上先生……本当にありがとうございます。先生がいなかったら、私、きっと…」「いいえ、僕は何も。華さんが強いからです。よく頑張りましたね」言葉に詰まり、それ以上続けることができなかった。そんな私を三上先生は優しく抱きしめて髪を撫でた。「…三上、先生?」「あ、すみません。ずっと華さんの側で妊娠・出産を見てきたものですから、つい感極まってしまって…。」そう言ってすぐさま離れたが、目元には私と同じように光るものがあった。瑛斗に妊娠を言えなかったこと、誰かに命を狙われたこと、家族には瑛斗以外の男性の子だと疑われたこと、そして出産当日に駆け寄ってくれる家族が誰一人いないことが、私以外にこの子たちの誕生を祝福してくれる者がいないと思うようになり沈んでいた。だからこそ、三上先生の涙を見て
「おぎゃー、おぎゃー!」病室に、小さいけれど力強い声が響き渡った。カーテン越しで誕生の瞬間を見ることは出来なかったが声を聞いた瞬間、安堵と感動で自然と涙がこぼれてきた。1時間前、手術室に入り双子たちの帝王切開が始まった。ひんやりとした空気、強い照明の眩しさ、そして医師たちの淡々とした声。いつもとは違う空間とこれから始まることに緊張が押し寄せてきたが、三上先生がいてくれることで安心できた。「華さん、今から麻酔をかけますね。意識はありますから心配いりませんよ」麻酔医の声が聞こえ背中にチクリとした感覚があり、下半身から徐々に感覚が薄れていく。不思議と痛みはなくただぼんやりとした感覚だけが残るが、意識ははっきりとしていた。「華さん、聞こえますか?これから赤ちゃんを取り出しますよ」医師の声が私を現実へと引き戻した。お腹のあたりがごそごそと動くのを感じる。痛みはないけれど確かに何かが行われているのが分かる。息を呑んでその瞬間を待った。力強い産声が手術室に響き渡った。「一人目、元気な男の子ですよ!」医師の声が響き、看護師さんが赤子を私の顔の近くに連れてきてくれた。温かいタオルに
「華ちゃん、気分はどうですか?」優しい声が耳に届き、そちらに目を向けると神宮寺家の専属医を務める三上先生がいた。この日、私は緊張した面持ちで白い天井を見上げていた。ここは病院の特別室。部屋だけ見ればホテルと変わりないが、たまに様子を見に来る看護師と冷たい消毒液の匂いが鼻腔をくすぐり、数時間後に控える帝王切開に不安と期待がない交ぜになった感情が渦巻く。彼は検診の日以外にも、こうして足繁く病院や別荘を訪れては私を気遣ってくれる。玲と母に神宮寺家から追い出されて以来、私にとって三上先生は心を開ける唯一の存在になっている。「少し緊張していますが早くこの子たちに会いたいです」三上先生は、私を気遣いながらも踏み込みすぎることなく優しく見守ってくれていた。先生の存在は、私の孤独な日々において温かな光そのものだった。「双子ちゃんたちもきっと華ちゃんに会いたがっているよ。もうすぐだからね」その言葉に私はそっとお腹を撫でた。このお腹の中で小さな命が確かに宿っている。彼らに会えばこの数ヶ月の苦しみもきっと報われるはずだ。瑛斗に離婚を突きつけられ、玲と母に家を追われたあの日の絶望を私は決して忘れられないだろう。けれど、これからはこの子たちのためにどんな困難も乗り越えていこうと強く決めていた。
「お姉ちゃんは自分から出ていくことを決めて『さようなら』って言ったんだから、もう神宮寺家とは関係ないわ」「これで玲は心置きなく瑛斗さんと結婚できるわね。」「もう今は一条家もお父様も皆が私たちの味方だもの。私が神宮寺家と一条家、両家の跡取りを産むわ」私の言葉に母は深く頷いた。華の妊娠は誤算だったが、離婚を切り出して失踪後に発覚したことで瑛斗や両家をうまく誘導することが出来た。これで私が瑛斗の子を産めばより強固なものとなるだろう。「玲が瑛斗さん、いや一条家との縁談が決まるなんて夢のよう。私ね、もう既に玲が瑛斗の隣で一条グループを、そして玲と瑛斗さんの子どもたちが神宮寺グループを継ぐ華やかな未来が思い描けるの。」「お母様、話が早すぎるわ。それに私が瑛斗さんをどんなに愛しているか知ってるでしょう?高校時代からずっと瑛斗さんのことだけを想ってきたの。やっと私の恋が叶ったのよ」「ええ、もちろん分かっているわ。これからは玲が神宮寺家の光となり、一条家との絆をより一層深めるのよ」母は私の手を取り力強く握りしめた。私たちの間に強固な共謀関係が築かれた瞬間だった。私は、ふと華の残していった言葉を思い出した。
華が神宮寺家を去って一週間が過ぎ、広大な本邸の一室には熱狂と高揚感に満ちた空気が渦巻いていた。私は透き通るような白ワインのグラスを片手に、向かいに座る母・櫻子と目を合わせた。シャンデリアのきらめきが二人の瞳に宿り、祝祭的なムードを一層際立たせる。テーブルには高級シャンパンの空瓶から残り香が微かに漂っていた。「玲、本当にやったのね……!」母の声は歓喜に震えていた。瞳は潤み、長年の願いが成就したかのような深い満足感に満ちている。母は後妻として神宮寺家に嫁いできた。華とは血縁関係がなく、私だけが母の実の娘だ。由緒正しき一条家の縁談が持ち上がった時、母は実の娘である私を嫁がせるように父に言ったらしい。しかし、父も祖父も当然のように長女である華に決めた。母は内心では腹正しかったが、瑛斗と華が婚姻したことを機に諦めたそうだ。でも、私は諦めきれなかった。瑛斗と一緒になるのは私であるべきだと信じて疑わなかった。私が諦めずに計画を企てていることを知り、母はその背中を強く押してくれた。私の熱意が母がかつて抱いていた野望の炎を再び燃え上がらせたのだ。私は陶然とした表情でグラスを傾け、ワインを一気に飲み干した。「ええ、お母様。見て