Chapter: 24.新たな命の誕生、静かな産声②「おぎゃー、おぎゃー!」病室に、小さいけれど力強い声が響き渡った。カーテン越しで誕生の瞬間を見ることは出来なかったが声を聞いた瞬間、安堵と感動で自然と涙がこぼれてきた。1時間前、手術室に入り双子たちの帝王切開が始まった。ひんやりとした空気、強い照明の眩しさ、そして医師たちの淡々とした声。いつもとは違う空間とこれから始まることに緊張が押し寄せてきたが、三上先生がいてくれることで安心できた。「華さん、今から麻酔をかけますね。意識はありますから心配いりませんよ」麻酔医の声が聞こえ背中にチクリとした感覚があり、下半身から徐々に感覚が薄れていく。不思議と痛みはなくただぼんやりとした感覚だけが残るが、意識ははっきりとしていた。「華さん、聞こえますか?これから赤ちゃんを取り出しますよ」医師の声が私を現実へと引き戻した。お腹のあたりがごそごそと動くのを感じる。痛みはないけれど確かに何かが行われているのが分かる。息を呑んでその瞬間を待った。力強い産声が手術室に響き渡った。「一人目、元気な男の子ですよ!」医師の声が響き、看護師さんが赤子を私の顔の近くに連れてきてくれた。温かいタオルに
Last Updated: 2025-06-25
Chapter: 23.新たな命の誕生、静かな産声①「華ちゃん、気分はどうですか?」優しい声が耳に届き、そちらに目を向けると神宮寺家の専属医を務める三上先生がいた。この日、私は緊張した面持ちで白い天井を見上げていた。ここは病院の特別室。部屋だけ見ればホテルと変わりないが、たまに様子を見に来る看護師と冷たい消毒液の匂いが鼻腔をくすぐり、数時間後に控える帝王切開に不安と期待がない交ぜになった感情が渦巻く。彼は検診の日以外にも、こうして足繁く病院や別荘を訪れては私を気遣ってくれる。玲と母に神宮寺家から追い出されて以来、私にとって三上先生は心を開ける唯一の存在になっている。「少し緊張していますが早くこの子たちに会いたいです」三上先生は、私を気遣いながらも踏み込みすぎることなく優しく見守ってくれていた。先生の存在は、私の孤独な日々において温かな光そのものだった。「双子ちゃんたちもきっと華ちゃんに会いたがっているよ。もうすぐだからね」その言葉に私はそっとお腹を撫でた。このお腹の中で小さな命が確かに宿っている。彼らに会えばこの数ヶ月の苦しみもきっと報われるはずだ。瑛斗に離婚を突きつけられ、玲と母に家を追われたあの日の絶望を私は決して忘れられないだろう。けれど、これからはこの子たちのためにどんな困難も乗り越えていこうと強く決めていた。
Last Updated: 2025-06-25
Chapter: 22.神宮寺家の娘「お姉ちゃんは自分から出ていくことを決めて『さようなら』って言ったんだから、もう神宮寺家とは関係ないわ」「これで玲は心置きなく瑛斗さんと結婚できるわね。」「もう今は一条家もお父様も皆が私たちの味方だもの。私が神宮寺家と一条家、両家の跡取りを産むわ」私の言葉に母は深く頷いた。華の妊娠は誤算だったが、離婚を切り出して失踪後に発覚したことで瑛斗や両家をうまく誘導することが出来た。これで私が瑛斗の子を産めばより強固なものとなるだろう。「玲が瑛斗さん、いや一条家との縁談が決まるなんて夢のよう。私ね、もう既に玲が瑛斗の隣で一条グループを、そして玲と瑛斗さんの子どもたちが神宮寺グループを継ぐ華やかな未来が思い描けるの。」「お母様、話が早すぎるわ。それに私が瑛斗さんをどんなに愛しているか知ってるでしょう?高校時代からずっと瑛斗さんのことだけを想ってきたの。やっと私の恋が叶ったのよ」「ええ、もちろん分かっているわ。これからは玲が神宮寺家の光となり、一条家との絆をより一層深めるのよ」母は私の手を取り力強く握りしめた。私たちの間に強固な共謀関係が築かれた瞬間だった。私は、ふと華の残していった言葉を思い出した。
Last Updated: 2025-06-24
Chapter: 21.玲の思惑と勝利の祝杯華が神宮寺家を去って一週間が過ぎ、広大な本邸の一室には熱狂と高揚感に満ちた空気が渦巻いていた。私は透き通るような白ワインのグラスを片手に、向かいに座る母・櫻子と目を合わせた。シャンデリアのきらめきが二人の瞳に宿り、祝祭的なムードを一層際立たせる。テーブルには高級シャンパンの空瓶から残り香が微かに漂っていた。「玲、本当にやったのね……!」母の声は歓喜に震えていた。瞳は潤み、長年の願いが成就したかのような深い満足感に満ちている。母は後妻として神宮寺家に嫁いできた。華とは血縁関係がなく、私だけが母の実の娘だ。由緒正しき一条家の縁談が持ち上がった時、母は実の娘である私を嫁がせるように父に言ったらしい。しかし、父も祖父も当然のように長女である華に決めた。母は内心では腹正しかったが、瑛斗と華が婚姻したことを機に諦めたそうだ。でも、私は諦めきれなかった。瑛斗と一緒になるのは私であるべきだと信じて疑わなかった。私が諦めずに計画を企てていることを知り、母はその背中を強く押してくれた。私の熱意が母がかつて抱いていた野望の炎を再び燃え上がらせたのだ。私は陶然とした表情でグラスを傾け、ワインを一気に飲み干した。「ええ、お母様。見て
Last Updated: 2025-06-23
Chapter: 20.父の愛情と恐怖からの脱出ピーンポーン実家を飛び出して数日が経ち、私の元へ思いがけない訪問者が訪れた。「花村……?」インターホンに映っているのは、運転手の花村だった。花村は、実家にいたときに私の専属の運転手をしていた。出るべきか迷っていると、もう一度インターホンがなり今度はカメラ越しに文字が書かれたメモが映し出された。『私は一人で来ています。どうか信じて開けて頂けると嬉しいです。』施錠を解除し花村を中に迎え入れた。「華お嬢様、突然申し訳ございません。解除して下さりありがとうございます。」「いいのよ。花村、一体どうしたの?」「実は、旦那様より華お嬢様を長野の別荘へお連れするよう言われまして。別荘でしたら家政婦もいますし、ベビーシッターも新たに雇いましたので、お嬢様だけでなく産まれてくるお子様たちのお世話もできるように整えてあります。」
Last Updated: 2025-06-22
Chapter: 19.瑛斗の困惑、慰謝料十億円の真偽「華は元気でやっているだろうか……。」社長室の椅子に浅く腰を掛けながら華のことを考えていた。デスクの鍵付きの引き出しをそっと開ける。そこには結婚指輪とサイン済みの離婚協議書、そして離婚届を隠している。玲が帰国してすぐに俺のところへ華の本性を打ち明けに来た。『一条家の財産を得るためには、玲の存在が邪魔で海外へ行くように仕向けた。瑛斗も騙されている』令嬢で裕福な暮らしをしてきた華がお金に執着しているなんて思わなかったが、玲のことを完璧にも無視できず俺は華を試すことにした。離婚協議書の慰謝料を十億円と破格の金額を提示したのだ。本当に華が財産目当てだったら、すぐにサインをするかもっと要求してくるはずだと考えていた。もし要らないと拒否したり金額が多すぎると言ってきたら財産目的ではないと証明できる。華の反応で玲の言葉の真偽を確かめようとした。しかし、俺の読みは甘かった。華はすぐにサインをしたが何も言わずに出て行ってしまったのだ。そして、失踪してから分かった双子の妊娠。(すぐにサインしたのは財産目当てとも取れるし、子どもを育てるために貰ったとも考えられる。せめて華と話すことが出来た
Last Updated: 2025-06-22
Chapter: 73.啓介の弱みを探れ①「啓介さんの会社のこと、何か知っていることはありますか?」凛が真剣な表情で尋ねてきた。私は、啓介が立ち上げた会社の事業内容や最近の動向について知る限りのことを話した。啓介は、IT系の会社を経営しており最近は特に新しいプロジェクトに力を入れていると聞いていた。「もしそのプロジェクトに何か問題があって、啓介さんが窮地に陥っているとしたら…」「啓介はどんな困難も自分の力で乗り越えてきたのよ。まさか……」「そんな啓介さんだからこと、誰にも相談できずに苦しんでいた可能性はありませんか?」「そんなことがあるはずないわ。」そう言いながらも不安がよぎった。敏腕社長とはいえまだ若く経験も浅い。もし、大きな問題に直面していたとしたら一人で抱え込んでいる可能性もゼロではない。そんな時、佳奈が甘い言葉で近づいてきたとしたら…。佳奈は弱みに付け込んで啓介に接近したのではないか。「でも、もしもの話です。啓介さんを助けるためにも真実を突き止めるべきです」凛の言葉は私の心を揺さぶった。真実を知るために私は啓介の会社と佳奈についてもっと詳しく調べる必要があると感じた。「どうすればいいかしら…」
Last Updated: 2025-06-26
Chapter: 72.疑念の種(後編)「裏、ってどういうことなの?」私は前のめりになって凛に尋ねた。彼女の瞳は何かを確信しているかのように鋭かった。「あくまで私の想像なんですけど…もしかしたら契約結婚とか、偽装結婚とか…そんな可能性はないでしょうか」その言葉は、私の頭の中で雷鳴のように響き渡った。(契約結婚? 偽装結婚? そんな馬鹿みたいな話あるのか?)しかし、考えてみれば啓介と佳奈の関係にはあまりにも不自然な点が多かった。啓介は、佳奈と異業種交流会で知り合ったと聞いている。同じ会社でもなければ、共通の知人がいたわけでもない。ただの交流会で知り合ったばかりの相手とあれほどまでに急接近し結婚を考えるまでになったというのも今思えば不自然だ。そして、佳奈が頑なに仕事を辞めようとしないこと。子どもを持つことに全く興味がないと言い放ったこと。最初から何か目的があって啓介に近づいたかのように思えてくる。「そうよ…そうかもしれないわ…!」私は思わず立ち上がった。凛の言葉は、バラバラだった私の疑問を一本の線で結びつけてくれた。啓介が何かの目的のために佳奈と形式的な結婚をしようとしているのではないか。例えば、事業に関わる何らかの事情で既婚者である必要があったとか&he
Last Updated: 2025-06-25
Chapter: 71.疑念の種(前編)啓介が佳奈と結婚すると言い出して以来、私の心は休まる暇がなかった。(あの女のどこがいいのか。高柳家の未来を顧みないような女をなぜ啓介は選んだのか…。)理解に苦しむ日々の中、私に寄り添ってくれたのは凛だった。私たちは啓介の結婚を阻止するため、手を取り合い親交を深めていった。凛は、私の料理教室の生徒としてだけでなく今では私の心の支えとなっている。二人きりの時は、私を「和美さん」と下の名前で呼ぶようになった。まるで本当の娘のように私の悩みを聞いてくれる。凛はいつも私の意見に深く頷き、「啓介さんのためを思えばこそですね」「先生のお気持ち、痛いほど分かります」と共感の言葉をくれる。凜の言葉は乾ききった私の心に潤いを与えるようだった。ある日の午後、いつものように自宅のリビングでお茶を飲みながら啓介の話をしていた時のことだ。「啓介さん、本当に佳奈さんと結婚するつもりなのでしょうか…私にはどうも腑に落ちなくて…」凛が不安そうに眉をひそめる。私も全く同じ疑問を抱いていた。「そうでしょう? 私もそうなのよ。啓介ったら今まで結婚には全く興味がないって言っていたのに、急に知り合
Last Updated: 2025-06-25
Chapter: 70.完璧な仮面と秘めた本音(後編)結婚を機に仕事はきっぱりと辞めて専業主婦になりたい。だから、相手には私が仕事を辞めても全く問題なく、私が自由に遊べるお金があるくらい経済的に余裕がある人を望んでいた。啓介はまさにその条件を満たしていた。彼ほどの経営者であれば私の夢は現実となる。子育てに興味がないという本音は、決して表に出すわけにはいかない。私の本当の望みは、自分自身が楽しむ時間に充てることだからだ。しかし、SNSやインフルエンサーとしてカリスマ的な存在になることには強い憧れがあった。オシャレな料理の写真をあげて「#今日の食卓」とハッシュタグをつけ見る者を惹きつける。そしてママであるにも関わらず、いつも綺麗に着飾り最新のブランド物を身に着けている写真を投稿して「憧れのママ」として多くのフォロワーを獲得したい。そんな野望があった。だからこそ、自分をよく見せるために、子育てをしてもいいかと思い始めていたところだった。子どもの写真をアップすれば、より多くの「いいね」が集まるだろう。子育ての「苦労」を美談に仕立て上げれば、共感を呼びカリスマ的な存在になれるかもしれない。そんな計算が頭の中で常に働いていた。私は「誰もが憧れる生活」を送って自分を見せることで、多くの人から羨望の目で見られたかった。啓介の母親が望む答えは「子どもが好き」だろうと考えるまでもなく分かっていた。彼女の息子への愛情と孫への期待は、私はよく知っている。その期待に応えるように満面の笑顔で彼女が望む答えを淀みなく口にしたのだった。そして、私の言葉を聞いて満足げな表情で微笑み返してきた。
Last Updated: 2025-06-24
Chapter: 69.完璧な仮面と秘めた本音(前編)啓介の母親から「凛ちゃんみたいな子が嫁だったら良かったのに」と呟いた時、私の頭の中では歓喜の舞を踊っていた。料理教室に通い、慣れないエプロンをつけて真剣な顔でまな板に向かう日々。啓介の好きなレシピを訊ね、それを再現するために試行錯誤を繰り返した時間。すべては、啓介の母親に気に入ってもらうためだった。息子想いの健気な女性を演じることなど、私にとっては簡単なことだった。「啓介さんのことを支えたい、まだ好きなんです」そう宣言した時、啓介の母親は驚きつつもパッと明るい表情をして私を見てきた。これまで息子の女性関係を全く知らなかったらしいが、思いを寄せてくれる女性がいたことが嬉しいと嘆いていた。理想の嫁を演じたことで高柳家という強固な城の中に私だけの居場所を築き上げる足がかりを得た。そして「子どもは好き?」という問いに私は内心でガッツポーズをした。これは、次のステップへの招待状だ。この質問を上手く答えることで、より信頼と評価が上がる。私は最高の笑顔で迷いなく答えた。「小さい子って可愛いですよね。友人に子どもが産まれて写真見て癒されています」実際は、特別子ども好きというわけではない。むしろ子育てにはほとんど興味がなかった。私が望むのは、セレブ妻としての悠々自適な生活だ。平日は、夫が仕事に邁進している間にエステやネイル、美容院で自分を磨き、パーソ
Last Updated: 2025-06-24
Chapter: 68.啓介の説得と深まる誤解(後編)『凛との結婚は絶対にない。彼女と関わるのは止めてほしい』その言葉を聞いた途端、母の顔色がサッと変わった。驚きと信じられないという感情が入り混じった表情だ。「 なに言ってるの、啓介。凛ちゃんは、あなたのことをあんなにも思ってくれているのに…」母の声は明らかに動揺していた。母は凜にすっかり心を奪われているのだろう。「凜は母さんが思っているような人じゃない…。」強い口調で母に釘を刺した。佳奈に対する挑発や計算された行動、人前での猫を被った姿など凛の本性を知った上での警告だった。彼女が母に近づき、ありもしないことを吹き込んでいることを感じ取ったからこそ、これ以上母が凛に惑わされることを避けたかった。しかし、その想いは母には届かなかった。母は凛を信じ切っているようだった。母には、凛は明るく健気で俺へのひたむきな愛情を持っている女性に映っているのだろう。そのため、俺の言葉を素直に受け止められなかった。「啓介、あなたは佳奈さんに影響されすぎているわ。凛ちゃんを否定するなんて…」俺の真意を誤解したようで、母は怒りというよりも深い悲しみと絶望に満ちた声で言った。俺が佳奈によって本来の自分を見失い、操られているのだとより悪い印象を持ったようだった。母の顔には、佳奈への嫌悪感と不信感と俺への失望が露わに刻まれていた。
Last Updated: 2025-06-23
Chapter: 25.新たな使命と知の探求(後編)「サラリオ様……私、この国のことを、もっと深く学びたいのです」私の突然の申し出に、サラリオ様は少し驚いたように目を見開いた。「この国の歴史、文化、政治システム、経済……何もかもが私にはまだ分からないことばかりです。ですが、もし許されるのならこのバギーニャ王国が、そしてサラリオ様が、さらに繁栄するために微力ながらも力になりたいと願っています」言葉を選びながら私の心からの願いを伝えた。私の心は日本の家訓に縛られていた時とは違う、新たな使命感の光が宿っていた。サラリオ様は、私の言葉をじっと聞いていた。彼の瞳の奥に、わずかな驚きと深く温かい感情が宿るのが見て取れた。そして、ゆっくりと口を開いた。「葵……なんて素晴らしいことを言ってくれるのだ、嬉しいよ」サラリオの声は私の耳には信じられないほど甘く響いた。私の手を取り、甲にそっと唇を寄せた。「葵が望むのなら私も喜んで協力しよう。この国には、古今東西の知識が集まる王立図書館がある。あらゆる文献が揃っているし、必要であれば専門の者を呼んで君の疑問に答えさせよう」サラリオの言葉は、私の心を解き放ち新たな道を示してくれた。私の知的好奇心は、とめどなく溢れ出した。これまで「妻の務め」という漠然とした義務感でしか捉えられなかった。しかし今は
Last Updated: 2025-06-25
Chapter: 24.新たな使命と知の探求(前編)日本にいたときにしていた『誰かのために尽くすこと』、この国に来てから知った『誰かに尽くしてもらった時に喜んで受け取ること』、そんな心の変化と共に私の内に新たな感情が芽生え始めていた。それは、ただ愛されるだけ、尽くされるだけの存在では終わりたくないという強い願いだった。これまで「夫の成功のために尽くす」という日本の家訓に盲目的に従ってきた。そのために自分の感情を押し殺し、ひたすら影となって夫を支えようと努力した。しかし、その「尽くし」は誰からも感謝されることなくただ虚しく終わりを告げた。しかし、この国では違う。この国は「人々が活気ある暮らしを送り、その笑顔が増えることこそが国の豊かさや発展に繋がる」と信じている。そして、その活気の源こそが女性であり、女性が自らの意思で愛する人の子を産み、その家族が幸せであることが国の繁栄に直結するとされているのだ。日本の家訓で培った「夫の成功を支える」という尽くしを、もしかしたらこのバギーニャ王国で、「国の繁栄のために尽くす」というより大きな意味で活かせるのではないか。一方的に尽くされるだけでなく、お互いに尽くし尽くされ手を取り合うことで絆が深まっていくと感じた。そして、そのことが『尽くし』ではなく『創造』に発展するのではないか、この国で王子やメル、貴婦人たちと接していくうちに感じるようになった。(単に愛されるだけではなく、私も尽くしを返すことでこの国の役に立ちたい。創造していきたい)私は、意を決してサラリオが普段過ごしている執務室へと向かいドアをノックした。
Last Updated: 2025-06-24
Chapter: 23.喜んで受け取ること⑤私は、幸助さんの『特別』になりたかった。ありがとうと心の底から微笑み、優しい瞳で受け入れられたかった。幸助さんにありがとうと言われたことを想像すると心が温かくなる。自分がしたことに、嬉しそうに相手が反応してくれることで幸せな気持ちになる。幸助さんに望んでいたはずなのに、いざ自分が受け止る側になると『ありがとう』という言葉が出てこなかった。ルシアンの言葉は、私の孤独だった時の心を思い出させた。そして、愛情をもって接してくれている王子たちに無礼な態度を返している自分を恥じた。「葵がこの前好んで食べていたフルーツをまた取り寄せたんだ。今日一緒に食べないか。」この日もサラリオが私の様子を伺いに部屋に来てくれた。私はいつも小さく微笑むだけなので、サラリオは話が終わると部屋を出ようとしていた。「サ、サラリオ様。フルーツも、いつもこうして気にかけてくださることもとても嬉しいです。あ、あの……ありがとうございます。」整った顔立ちと澄んだ綺麗な碧い瞳をまっすぐ見るのは照れてしまいいつもは顔を合わせられなかったが、今日はドキドキしながらも背の高いサラリオの目を見るために顔を上げて瞳を逸らさず思いを告げた。「え、あ、ああ……どうしたんだ急に」サラリオは口元を手で隠し目を逸らした。いつもの私がするような仕草を今日はサラリオがしてる。「普段、たくさんのご好意
Last Updated: 2025-06-23
Chapter: 22.喜んで受け取ること④ルシアン様から言われた褒め言葉に対して「ありがとう」という返しの言葉は、私の心を縛っていた見えない鎖を解き放ってくれたようだった。褒められることへの戸惑いはまだ完全に消え去ったわけではないけれど、少なくとも素直に感謝を伝えることの喜びを知った。王子たちがくれる愛情をようやく真正面から受け止められるようになったのだ。「葵、今日ね庭で綺麗な花が咲いていたから部屋に飾るように摘んできたよ。君みたいで綺麗でしょ。」「わあ、本当、綺麗なブルーですね。ルシアン様、ありがとうございます」「ふふふ、違った。君の方が綺麗だね」ありがとうの後にまた甘い言葉を返してくるルシアンにはまだ慣れていないが、素直に受け取っていいと言うのは新たな発見で、私自身も少しだけ自分のことが好きになっていった。日本にいる時は、夫に尽くすのが自分の役目だと思っていた。夫の幸助さんとは親同士が決めた政略結婚で、愛はなく形だけの冷めた関係だった。それでも夫婦の、妻としての役目を果たそうと炊事、洗濯、掃除など日常生活の家事に励み、仕事で疲れた幸助さんが休める場所を作るように務めていた。しかし、いくら家事に励んでも雇っている家政婦とやっていることは同じで幸助さんの心に響くことはなかった。家事をしても、薬学を覚えようとしても周りにいる家政婦や看護助手の代わりでしかなくて幸助さんの特別な存在になることはなかった。相手のために出来ることを考えて動いていたつもりだが、一方通行の尽くしに心が折れていた。
Last Updated: 2025-06-22
Chapter: 21.喜んで受け取ること③「私は、生まれてきてから夫を支えることは女性の使命だと教えられてきました。夫のために人生も身も捧げるのが当たり前と教えられてきました。それが自分の価値を証明するための方法だったのかもしれません」思わず、心の奥底に秘めていた本音を漏らしてしまった。すると、侯爵夫人は優しく私の手を取った。「葵様。葵様の国のように義務ではありませんが、この国でも愛する人のために人生を捧げるという考えはあります。ここでは、女性は尊い存在です。愛され、敬われ、そして愛に応えることで、共に未来を築いていくことが、夫婦の喜びなのです。どちらか一方が一方に『捧げる』ものではなく、互いの力を合わせ、『共に創造する』ことなのです」(共に想像する……。)その言葉は私の心を深く深く打った。日本の「尽くす」価値観が、この国では「捧げる」ではなく「共に創造する」という意味合いを持つことを、この時、私は肌で理解した。私はこれまで誰かに「価値」を与えられることでしか自分の存在を認められなかった。けれど、この国の女性たちは自身の中に価値を見出しそれを誇りとしていた。私は、自分の中に隠された力、まだ見ぬ可能性を自覚し始めた。私が日本で培ってきた知識や、困難に耐え抜いてきた経験は、もしかしたらこの国で私自身の「創造する力」となるのかもしれない。王子たちからの寵愛が、単なる「愛される」こと以上の意味を持ち始めた瞬間だった。それは、私の自己認識が大きく変化するまさに転換点だった。
Last Updated: 2025-06-21
Chapter: 20.喜んで受け取ること②「す、すみません。褒められることが今までなくて、どんな言葉を返せばいいか分からなくて。あ、でも本当にエリーゼ様の髪飾りは素敵だと思ったんです。太陽みたいに光り輝くオレンジもエリーゼ様のお人柄をあらわしているようで綺麗だなと。」私は焦りながらも本心だということを熱弁した。「ふふふ、ありがとうございます。それなら葵様はいつもどのようにされているのですか?王子たちの言動に葵様は、少し困ったような顔をされているように感じたのですが。嫌な気持ちなのですか?」「いえ、そんな、嫌な気持ちだなんてとんでもございません。ただ、私の生まれ育った国では褒められたら一度謙遜する文化があるのです。また褒め言葉を口にする機会自体が少なく言われると恥ずかしくてどう返せばいいのか分からないのです。」「けんそん?」「えっと……否定する、というか誰かに褒められたら『そんなことありません、でも嬉しいです、ありがとうございます。』と言った感じでしょうか」「そのような文化もあるのですね。ここでは馴染みがないので不思議な感じですわ。それだと葵様もこの国は不思議に思われたでしょう?」「はい…。最初は戸惑いました。でも、素敵なことは素敵と褒め称えられるこの国はとても素敵だと思っています。」「ありがとう。嬉しいですわ。この国のことが大好きなの」
Last Updated: 2025-06-20