憎しみと愛~共犯者と綺麗になった私の七年越しの復讐計画~

憎しみと愛~共犯者と綺麗になった私の七年越しの復讐計画~

last updateLast Updated : 2026-05-01
By:  悠・A・ロッサCompleted
Language: Japanese
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二十二歳の春、朝倉朱音は恋人・晴紀との初めての誕生日デートをすっぽかされ、プレゼントはゴミ箱に捨てられた。さらに、令嬢に押し倒され、深くキスされている晴紀の姿まで見てしまう。 朱音を救ったのは、中性的な美貌のイメージディレクター・天野黛(D)。Dに導かれ、朱音は七年後、美しく成熟したマーケティング部長となる。そして仕事相手として再会した晴紀は、謝罪する。だが朱音は知っていた。彼が背負う家の事情を──そして自分が奪われたものを。七年越しの復讐がいま静かに始まる。けれどその計画は、憎しみでは終わらず、次第に別の感情へと形を変える──。

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Chapter 1

第1話 綺麗になった私を、彼は待たせた──そして捨てた

「柚葉さんが戻ってきたんだって?奥さんはどうするんだよ?」

家の前に着くと、ドアは少しだけ開いていて、夫の谷口智也(たにぐち ともや)と、彼の親友の声がかすかに聞こえてきた。

仕事から帰ってきた谷口凛(たにぐち りん)は、思わずドアを開けようとした手を止めた。

「柚葉さん」って?自分のプロジェクトに2週間前からアドバイザーとして参加している専門家・小林柚葉(こばやし ゆずは)も、同じ名前だったはず。

なんて、偶然なんだろう。

一方で、智也はその問いただしに対して何も答えなかった。

「智也、言わせてもらうけどな。もう何年も柚葉さんのことが忘れられないんだろ?そのくせ、自分は質素な生活をして、毎月6000万円も彼女の研究費につぎ込んできたじゃないか。

向こうは今じゃ立派になって、帰国してからは国家プロジェクトの特別専門家だぜ?彼女にちょっと競合の情報を流してもらえれば、ホシゾラ・テクノロジーでの社長の座も安泰ってわけだ」

それを聞いて、凛はぱっと顔を上げた。その目には信じられないという色が浮かんでいた。

彼女は何かの聞き間違いじゃないかと思った。

6000万円?

智也が毎月くれる生活費はたったの6万円なのに。他の女には、毎月6000万円も渡しているわけ?

でも、家の中から聞こえる会話はあまりにも鮮明だった。その一語一句が耳に突き刺さり、そして、智也もその事実を否定しなかった。

その一瞬、凛はショックで息ができなくなるほどだった。

すると突然、智也が立ち上がり、腕時計に目を落とした。「もうこの話はよそう。柚葉を困らせたくないんだ。俺、今から柚葉を迎えに行かないと。テーブルはそのままでいいよ、どうせ凛が帰ってきたら片づけるだろうし」

「おいおい、智也。奥さんは、すごくいい人じゃないか。家のことちゃんとやってるし、ご両親と妹さんの面倒まで見てくれるんだぞ。それでも何とも思わないのか?」

智也の答えが知りたくて、凛は息を殺して、聞き耳を立てた。

だが智也は冷たく言い放った。「俺が好きなのは、凛みたいな家庭に縛られてる女じゃない。昔からずっと、柚葉みたいに仕事にすべてを懸けて輝く女が、俺のタイプなんだ」

その言葉は、ナイフのように凛の胸に突き刺さった。

彼女の目はみるみる赤くなり、手も震えだした。

「じゃあなんで最初、奥さんにアタックしたんだよ?しかも結婚までして」

「あの頃、柚葉が俺を置いて、どうしても海外に行くって聞かなくて」

「それじゃただ柚葉に当てつけるために結婚したっていうのか?」

それに対して、智也は何も言わず、まるで認めたようだった。

「それで、柚葉さんが帰ってきたから、彼女と離婚するってわけか?」このとき、親友はもう凛を「奥さん」とは呼ばなくなっていた。

そう聞かれ、智也はまた黙り込み、しばらくしてから、彼は口を開いた。「確かにお前の言う通りだ。凛は俺の世話をよく焼いてくれる。ここ数年、持病の胃痛も起きてないし、家族のことも全部よくしてくれてた。おかげで、家のことで困ったことは一度もない」

智也はホシゾラ・テクノロジーの跡継ぎというわけじゃない。社長の座に就けたのは、半分は無理な接待で勝ち取ったようなものだ。だから、若い頃に胃を悪くしていた。

それを心配した凛は、朝は早く起きて、夜は時間通り家に帰り、彼に体を労わる料理を用意してあげていた。

智也が残業の時は、彼の会社まで食事を届け、それから自分の研究所に戻るようにしていた。

結婚して4年間、彼女はそんな毎日を続けたのだ。

そして今日、4年がかりで秘密裏に進めてきた「マイクロチップ開発プロジェクト」が、ついに成功したのだ。

研究所はまもなく、技術の実施企業を公募する予定で、実用化されれば、社会にとっても大きな貢献となるだろう。

そしてプロジェクトの責任者である凛は、巨額の報酬と、国際的な評価が約束されていた。

だから、彼女は一刻も早く家に帰って、この良い知らせを智也と分かち合いたかった。

そして家に帰る途中、ボーナスでどんなプレゼントを買うかまで考え、ホシゾラ・テクノロジーの社長である智也にふさわしい、高価なものを選んであげようとしていたのだ。

そんな凛の耳に、智也の言葉が響く。「でも、柚葉みたいに優秀で輝いている女性を、結婚で縛りつけるなんて、俺にはできないからな」

その瞬間、彼女は愛される者とそうでない者の残酷な差を思い知った。

涙が抑えきれずに頬を伝い、そのしょっぱさが唇に広がった。

家の中から玄関に向かう足音が近づいてくるのが聞こえて、凛はとっさに廊下の角に身を隠した。

さらに足音が遠ざかってから、凛はゆっくりと家の中に入った。すると、リビングのテーブルの上がめちゃくちゃに散らかっているのが目に入った。

どうやら、智也は自分を妻としてではなく、使用人として見ているようだ。

そう思うと、家を片付ける気力もまったくなくなり、凛は全身の力が抜けて、ただ横になりたいと思った。

でも、ベッドに横になっても少しも眠れず、これまでの出来事が次々と頭に浮かんでくるのだった。

智也と初めて会った時、彼は雨に濡れていた。そのとき、自分はたまたま傘を持っていて、傘をさしてあげた。

次に会った時、自分はバスに乗り遅れそうになっていた。すると、智也がたまたま車で通り、乗せてくれた。

それからというもの、二人は頻繁に顔を合わせるようになった。

恩師の二宮史哉(にのみや ふみや)が亡くなった時、智也がそばにいてくれた。

育った児童養護施設を訪ねた時も、一緒に来てくれたのは智也だった。

プロジェクトが中断し、仕事を失った時も、智也は自分を抱きしめて、「大丈夫だよ」と言って、プロポーズしてくれた。

月給わずか18万円の平社員になった時も、智也は、「それだってすごいよ」だと笑って頭を撫でてくれた。

……

夜中になって、凛はようやくうとうとと眠りについた。

そして朝6時。智也の朝食を作る時間になると、彼女の体内時計が、いつものように彼女を目覚めさせた。

疲れきった目をこすりながら、凛は目を開けた。

手をかざしてみるとベッドのもう片側は冷たく、ゲストルームの布団も使われた形跡はなかった。

昨夜、智也は帰ってこなかったのだ。

そう思った瞬間、玄関で電子ロックの開く音が聞こえて、

凛は振り返った。

帰ってきた智也は、当たり前のように上着を彼女に渡し、抱きしめようと一歩近づいたが、何かを思い出したのか、その動きをぴたりと止めた。

「昨日は親友と集まって、タバコと酒の臭いがついちゃったから、洗ってからにするよ」

以前の智也なら、外での付き合いから帰ってくると、いつも凛をぎゅっと抱きしめて、「こうすると、帰ってきたって感じがする」と言っていた。

そうやって凛はぼんやりと思い出した。智也に最後に抱きしめられたのは、もう2週間も前のことだということに気が付いた。

この2週間、同じベッドで寝ていても、お互いに背を向けて眠るだけだった。智也は仕事で疲れているから、簡単なハグさえしてくれなくなったのだなと、彼女は思っていた。

そして、柚葉が帰国したのも、ちょうど2週間前のことだった。

なるほど、予兆はとっくにあったんだ。

そう思って凛は目を伏せ、長いまつげが、その瞳に浮かんだ悲しみをそっと隠す。

一方、ソファにどっかりと腰を下ろした智也は、散らかったテーブルを指さした。「なんで片付けてないんだ?」

「昨日は体調が悪くて、すぐ寝ちゃったの」そう言ったとき、食べ残しのにおいがした。きれい好きな彼女は、やはりテーブルを片付けずにはいられなかった。「片付けてたら朝ごはんを作る時間ないから、自分で何か頼んで食べて」

そう言われ智也は、そこで初めて凛の異変に気づいた。

結婚して4年、彼が出張でない限り、凛は必ず食事を作ってくれた。少なくともおかず数品に汁物がつき、毎週の献立が被ることはなかった。

今朝はどうしたんだ?

「もしかして、俺が昨夜帰らなかったから怒ってるのか?」智也は急に真剣な声で呼びかけた。「なあ、凛ちゃん」

だが、その呼びかけに、凛の胸はさらに苦しくなった。

智也は優しくて、話し方が上手な男だった。付き合い始めた頃、不意に耳元で、「凛ちゃん?」と囁かれ、彼女はいつも恥ずかしくて耳まで真っ赤になった。そして耳元で囁くのは人前でしないでほしいと彼によく言ったものだった。

あの頃は智也も彼女の気持ちを気遣ってくれたものだった。

それからしばらく二人は仲睦まじい生活を送り、智也も、いつも「凛ちゃん」と優しく呼びかけてくれていたのだった。

「ほら、凛ちゃん、機嫌を直せよ。お前の言うこと、ちゃんと聞いてるだろ?親友との集まりでも、酒は飲まなかったし」智也は手を伸ばし、凛の後頭部を優しく撫でた。「ご飯作らないならそれでも構わないさ。俺はシャワーを浴びてくるから」

凛は小さく、「うん」とだけ答えて、彼の方は見なかった。

それを見て智也は眉をひそめ、心の中の疑問を口にせずにはいられなかった。「凛ちゃん、今日何か変だぞ」

「寝不足なの」凛は無理に笑みを作ると、シャワーに行くように促した。すると、智也は突然シルクのスカーフを取り出した。ロゴを見て、かなり高価なものだと一目で分かった。

「昨日の帰り道にたまたま見つけて、お前に買ったんだ」彼はそう言って渡すと、バスルームに入っていった。

凛は柔らかなスカーフを握りしめてしばらく呆然としていたが、それをバッグに入れ、研究所へ向かった。

一方、「マイクロチップ開発プロジェクト」は史哉の死によって一度中断したが、再開後は凛が責任者となった。機密保持のため、史哉の妻・二宮杏(にのみや あん)が口利きをしてくれて、表向きは竹内グループの事務職員ということになっていた。

だから智也は未だに、凛のことを月給18万円の平社員だと思い込んでいるのだった。

しかし実際のところ、彼女は毎日家から竹内グループへ向かい、東門から入り、広大なテクノロジーパークを通り、西門へと抜けていた。そこには、研究所が手配した専用の運転手が待っているのだ。

その日、凛は研究室にいても一日中上の空だった。夕方近くになって、教授の佐野克哉(さの かつや)が心配そうに尋ねてきた。「今夜、小林さんと食事だから、機嫌が悪いのかい?」

「小林柚葉ですか?」凛は顔を上げた。

克哉はとても驚いた顔をした。

「覚えてたのか!君は旦那さんのこと以外、誰にも興味がないのかと思ってたよ。もうみんなは顔を合わせているんだ。君たちだけだよ、まだ会ってないのは。これ以上会わないと、和を乱してるって思われかねないぞ」

凛は眉をひそめた。

自分は智也に出会った時、彼が失恋の痛みを抱えていることには気づいていた。でも、その相手が誰なのかは知らなかった。

智也の心の傷に触れたくなくて、一度も尋ねたことはなかった。

そして、彼もこの4年間、一度もその女性の話をしなかった。まるで、そんな人はいなかったかのように。

だから、もう過去のことなのだと思っていた。誰にだって、過去の一つや二つはあるものだから。

でも昨日、知ってしまった。智也は忘れるどころか、陰でその女性のためにお金と労力をつぎ込んでいたのだ。

そう思うと、凛は何も言わなかった。

すると克哉は困ったように唇を噛んだ。彼は、凛が柚葉を快く思っていないことを知っていた。このプロジェクトは凛の恩師の、そして今では彼女自身の血と汗の結晶だ。

そこに、赤の他人が足を踏み入れられたら誰だって嫌なはず。そんな成果だけを横取りしにきた人間に、席を一つ譲ってあげるだけでも、十分すぎるほど寛大だと言えるだろう。

それなのに今、その相手と食事に行けと言われれば、それは少し、酷な要求かもしれない。

それでも克哉は、忠告せずにはいられなかった。「今回は断らない方がいい。でないと、松田さんがご機嫌を損ねかねない」

松田英樹(まつだ ひでき)は研究所の最高責任者で、柚葉の母方の祖父でもあった。

この関係は、凛もアシスタントの高木梓(たかぎ あずさ)がこっそり話しているのを聞いて知っていた。

そしてチームのメンバーも皆、柚葉が突然加わったことを快く思っていなかった。彼女の経歴が素晴らしいのは確かだ。しかし、この研究所に入れる人間で、優秀じゃない者などいるだろうか?

みんなが4年間、必死で頑張ってきて、あと数ヶ月で成果を発表できるという、まさにそのタイミングだった。

そこへ柚葉が、外部専門家という肩書きで割り込んできた。開発プロセスには一切参加していないくせに、成果だけは横取りしようというのだ。それはまるで、論文を提出する直前に、全く貢献していない第二著者の名前を加えろと言われるよりも、不快なことだ。

だからこそ、凛はずっと、外部専門家がプロジェクトの中枢エリアに入ることを許可していなかった。そして彼女は研究所での仕事が終わればすぐに家に帰っていたので、柚葉はまだ彼女に会ったことすらなかった。

凛はマジックミラー越しに、外の様子を眺めた。

すると柚葉が白衣を脱ぎ、ブラウンの本革のコートを羽織るのが見えた。彼女は栗色の髪をかきあげ、高そうな白いクロコダイルのバッグを肩にかけた。

今朝、智也がくれたスカーフと、同じブランドのものだ。

それに気が付いた凛は、思わずバッグからスカーフを取り出した。そして何かがおかしい、という不安が胸をよぎった。

ちょうどその時、アシスタントの梓がノックして部屋に入ってきた。彼女は凛が手にしているスカーフを見て、驚いたように言った。「先輩、ボーナスでそこのバッグ、買ったんですか?」

「ううん」凛は目の前の梓を見て、少し不思議そうに付け加えた。「バッグは買ってないわ」

梓は言った。「あ、スカーフが見えたから、てっきりバッグを買ったのかと思いました。普通、このブランドのスカーフって、バッグ買った人にしか出してないんですよ」

「バッグを買った人限定?」そう聞き返しながら、凛の胸がぎゅっと締め付けられた。

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ぷっかりん
ぷっかりん
たんたんとした語り口で、さり気なく物語に引き込まれます。過去も現在も見据えて、今を切り拓いてく女性の姿が優しくもありこれからが気になります。
2026-04-02 15:17:08
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レイン
レイン
うーん。ヒロインの心が弱い弱い。 事情があったとはいえ当時の彼氏の誕生日ほったらかされたと思ったら暴言吐かれてプレゼントもゴミ箱に捨てられてそのまま新しい女と車でディープキスしうっとりした顔で去り、次にあったのは元カレと女の結婚式。 復讐誓って良い女になったのに元カレ既婚者のくせにヒロインにふらふら。 ヒロインも心弱いのですぐ決心揺らいで許しちゃう。 なんじゃこりゃ…
2026-01-23 02:37:52
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第2話 深紅のキスと、崩れた誕生日の夜
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第3話 地獄への手を、私は取った
 あの夜から、私の世界の輪郭は急に冷えた。  誰かに触れられるのも、優しくされるのも怖い。  恋なんて、もう二度とできないと思った。 朝、鏡に映るのは、Dが整えてくれた眉じゃない。  自分で描けば曲がって見える、冴えない顔だけ。(綺麗になろうとした自分が、一番バカだった) 化粧も、明るい服も捨てた。  黒と灰色ばかりを纏って、外見を放り出したら、自信も一緒に落ちていった。  人と目を合わせるのが苦しくなって、息が詰まることもあった。(誰にも期待されなくていい。誰にも見つけられなくていい) 就職したのは、都内の小さな広告代理店。  地味で忙しくて、数字だけが裏切らない世界だった。 そんなある日、上司から新規案件を任命された。 「お客様からの直々のご指名で、君が担当だ。ちゃんとやれよ」  渡された書類には、淡々とした活字が並んでいた。 〈清晴堂〉婚礼引き出物企画 式場:ホテル・クラウンセレスティア 新郎:清水晴紀 新婦:神園いずみ (晴紀が……結婚?  そして、あの夜の、ホテルで……?)「大丈夫?」 振り返ると、Dが立っていた。  フリーランスのイメージコンサルタントとして出入りしているDは、この会社とも何件か一緒に仕事をしている。  資料を見て、ほんのわずかに眉をひそめる。「最悪ね。打ち合わせ、同席するわ」*** ホテル・クラウンセレスティア。  一年前と変わっていない照明の高さも、香りも、でもそこに立つ私は、まるで別人になってしまったみたいだった。 Dの横顔を頼りに、なんとか呼吸を整える。 打ち合わせは淡々と進んだ。  晴紀の姿は——なかった。「では、ご家族との顔合わせを」 専務の声に、背筋が強張る。 披露宴フロアのロビーには、白い花と囁きが満ちていた。「……神園家と清水家よ?」 「神園家って資産、何百億とか。旧財閥の本家筋だって」 「令嬢、本物ね」 「清水家のご母堂も……今日は格が違うわ」 視線も、スタッフの動きも、二家に吸い寄せられていく。(見なければいい。仕事だけして帰ればいい) そう思った瞬間——「晴紀、こっち」 その名が耳を刺した。 純白のドレスの令嬢が、青みを帯びた薔薇色の唇で笑いながら、  タキシード姿の晴紀の腕を当然の
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第4話 七年越しの再会と、最初の刃
 七年後。  Dと私は、銀座の清晴堂――晴紀の会社の本社ビルを見上げた。 「清晴堂、もう限界ね」  Dが言う。 「老舗でも、先代が亡くなって、神園家が金を入れて……それでも立て直せなかった」 「だから、私たちに支援を求めてきた」 「ええ」 「助けるわ」  私は言った。 「――でも、それで終わりじゃない。七年前の借りは、返してもらう」  ガラス壁に映る自分を見る。  黒のスラックスに、深いボルドーのシルクブラウス。  線の甘さは消え、そこにいるのは七年前の少女とは別の、磨かれた女だった。  天野 黛――通称Dが、私をここまで連れてきた。 (――七年前より、ずっと強い)  笑みを消し、重いガラス扉へ手を添える。  今夜は、七年前の続きを奪い返す夜だった。  約束の五分前、商談室の扉を開けた。  空気が、一瞬だけ凍った。  向かいの席の男が、ゆっくり顔を上げる。  その視線が私に触れた瞬間、晴紀の目がわずかに見開かれた。  息を呑む気配。  短い沈黙。 (……今、見惚れた?)  ダークネイビーのスーツ。  寡黙な色のネクタイ。  昔と変わらない、少し影を引く横顔。  時間が七年前へ手を伸ばしてくる。  胸の奥が一瞬だけ波立ったが、私は押し殺した。  そして、晴紀の少し斜め後ろに座るもう一人へ視線を移す。  清水悠斗。  晴紀の弟。海外MBA帰りで、家族一の切れ者。  若いのに、その目だけは数字を読む人間のものだった。  神園家の金と、晴紀の曖昧さで沈みかけたこの会社を、まだ見捨てていない目。  この男をこちら側に引き込めれば、清晴堂は救える。  そして――晴紀といずみから、奪い取れる。  それが、私たちの復讐だった。 「本日はよろしくお願いします。リュエール マーケティング部の朝倉です。この案件は、部長として私が直接担当します」  名刺を差し出すと、晴紀はわずかに間を置いて受け取った。 「……部長、ですか。こちらこそ。清晴堂の……清水晴紀です」  声は落ち着いているのに、ほんの少しだけ揺れていた。  私は席に着き、資料を広げる。  数字の列を指で追いながら、淡々と説明を進めた。  
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第5話 公開処刑は、復讐の始まり
 エントランスを出ようとした瞬間、背後から声が追ってきた。 「朝倉部長、待ってください」  振り返ると、悠斗が立っていた。  感情を表に出さないはずの男が、今は焦りを隠せていなかった。 「……実は今、帝都グランドホテルチェーンから、契約を切られかけてるんです」  私は何も言わず、悠斗を見た。 「義姉が、先方の提示条件は清晴堂の格を下げるって突っぱねた。兄も止めきれなかった。このままじゃ、本当にまずい」 「朝倉部長。あなたなら、まだ覆せるはずだ。力を貸してください」  七年前の私なら、必要とされるだけで揺れたかもしれない。  でも今は違う。 「私に助けを求めるなら、条件があります」  悠斗の喉がわずかに動く。 「あの二人を見捨てて、私たちを支持できます?」 「庇って、先送りして、会社ごと沈むのを見ているつもりなら、私は手を貸しません」  悠斗の目がすっと細くなる。 「……随分、言いますね」 「事実です」 「あなたの方が、よほど経営者に向いている。  守るべきものと、切るべきものの区別がついているでしょう。  だから決めてください。あの二人の身内でいるのか、会社の側に立つのか」  短い沈黙のあと、悠斗は低く息を吐いた。 「……俺は、会社のためになることをします」 「なら、話は早いです」  ちょうどそのとき、背後の扉が開き、いずみのヒールの音が廊下に響いた。  悠斗は一瞬だけそちらを見た。  けれど、もう迷っていなかった。  清晴堂を救うなら、誰かを切るしかない。  その刃を最初に握るのは、たぶんこの男だ。  隣で、Dがふっと笑った。 「計画通り、悠斗を引き込めたわね」 「ええ。ここまでは」 *** 「その条件、要するに『もっと大衆向けに落とせ』ということでしょう? 清晴堂を、そこまで安く見られるのは心外ですわ」  帝都グランドホテルチェーン側の二人の表情が、同時に固まった。  帝都の担当常務は、手元の資料を静かに閉じた。 「――よく分かりました」  いずみはまだ微笑んでいる。 「清晴堂さまのお考えは理解いたしました。  ですが、当チェーンが今後ご一緒したいのは、格式を守るために客を選ぶお菓子ではありません」
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第6話 奪い返したはずだった
 応接室を出て、私はDと並んで廊下を歩いていた。 「――朝倉さん、ちょっとお待ちなさい」  甲高い声が背後から飛んだ。  振り返ると、いずみが立っていた。  さっきまで取り繕っていた上品さはもう薄く剥がれている。頬は上気し、呼吸も浅い。  負けを認めたくない人間の顔だった。  その後ろに晴紀。  さらに少し距離を置いて悠斗がいる。 「何でしょう」 「何でしょう、ではありませんわ」  いずみは笑おうとした。  けれどその笑みは、口元だけで引きつっていた。 「外部の方が、ずいぶん好き勝手なさるのね。  たまたま口がうまくいったからって、清晴堂のことを分かった気にならないでくださる?」  Dが私の隣で、任せるというように悪戯っぽい視線を寄越す。  私はいずみをまっすぐ見返した。 「分かった気、ではありません。  切られる理由が見えただけです」  いずみの眉が跳ねた。 「……っ、本当に不愉快ですわね」 「そうでしょうね」 「だいたい、部外者がここまで口を出す筋合いはありませんでしょう?  さっきの件だって、本来なら清晴堂の身内だけで決める話ですのよ」  私は少しだけ首を傾けた。 「身内だけで決めて、あの結果だったのでは?」  いずみの顔色が変わる。 「あなた……!」 「義姉さん」  けれど、いずみは止まらない。 「悠斗さん、あなたもよ。  なぜ外の女の肩なんか持つの?  この人、七年前に兄さんに捨てられたからって、ここぞとばかりに――」  晴紀の表情が一瞬で硬くなる。 「いずみ、やめろ」  止めるには遅すぎた。  私は黙っていずみを見ていた。  七年前、ホテルのロビーで「勘違いした子」と笑った女が、今は自分の負けを隠せなくて、とうとうそこまで落ちた。 「続けてください」  私が静かに言うと、いずみが詰まる。 「……は?」 「どうせなら、最後まで。  あなたが私をどう思っているか、今ここで全部言えばいい」 「七年前の私は、あなたに笑われて、黙って立ち尽くすしかありませんでした。  でも今は違います」  私は一歩だけ前に出る。 「今日、帝都グランドホテルチェーンに切られたのは私じゃない。  あなた
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第7.1話 最高傑作と呼ばれた夜 
 ──東京都内・中目黒。  私のマンション、深夜0時27分。 (……完璧に勝つには、まだ足りない)  ローテーブルに企画書を広げたまま考え込んでいた時、玄関の鍵がカチャ、と鳴った。 「……戻ったわよ」  黒のコートを肩にかけたDが、慣れた動作で靴を脱いで入ってきた。  いつもの余裕の笑みが──今夜はない。 「遅かったわね。会食?」 「ええ。でもそれより……大変なものを拾った」  Dは部屋に上がると、そのままソファに腰を落とし、タブレットをテーブルに置いた。 「いずみが連れてくる切り札が分かったわ」 「切り札?」 「鬼塚 剛」  その瞬間、心臓が一拍だけ止まった気がした。  息が、喉の奥で細い糸みたいに途切れた。  知らないわけがない。マーケターなら、その名に反応しない方がおかしい。 「……本気で来るの? あの鬼塚が」  自分の声が震えているのが、分かった。  10年間赤字だった大型テーマパークを18か月で黒字転換した怪物。  来場者を180万人から900万人に。  動線から感情まで全部読み切って作り変えた伝説のマーケター。 「確定。もう動いているわ」  私は無意識に、自分の腕を抱いていた。  暖房が効いているのに、肌が少しだけ冷える。 「鬼塚は顧客に憑くと言われてる」  Dの声が静かに落ちる。 「鬼塚が拾っているのは、その人自身も気づいていない欲望。  呼吸の揺れ、歩幅の乱れ、視線の逃げ先、ため息の理由──  無意識に滲んだ欲望の芯をまず見抜く。  そして、その願いを数式に落とし、本人が望んだ以上の形で組み上げてしまう」 「知ってる……嫌というほど……」  喉の奥にたまった小さな恐怖が、自分でも抑えられなかった。  ふっと息が揺れて──気づけば、口が勝手に動いていた。 「……勝てるかな、私」  言った瞬間、Dの動きが止まった。  ソファに片肘をついていた姿勢のまま、ゆっくりと顔を上げる。  いつもの余裕の笑みじゃない。  珍しく──本気の、深い真顔。 「勝つしかないでしょう」  声が低い。  甘さも茶化しもない。  ただ、真っ直ぐ。 「本気で勝ちにいくのよ。あなたも、私も。  ……鬼塚が相手だから
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第7.2話 復讐相手が、未来を一緒に作りたいと言ってきた
「俺は君に勝ってほしい。一緒に清晴堂を復活できればって……ずっと思ってた」  朝のコーヒーショップで、突然現れた晴紀は、何の前触れもなくそんなことを言った。  一瞬、何を言われたのか分からなかった。  思考が止まる。  紙カップがきしむほど、指に力が入る。 (……何、それ)  今さら。  あまりにも今さらだった。  七年前、何も言わずに私を捨てた男が。  清晴堂のために私を切ったその男が。  どうして今になって、そんな顔で、そんなことを言うの。  私は視線を落としたまま、ようやく息を吐いた。 「……そんなの、信じられると思う?」  声が少し掠れた。  悔しいくらい、平静じゃいられない。  向かいに座る晴紀は、黒のスーツの袖口をわずかに握りしめたまま、低く言った。 「それでもいい」  その声音は静かだった。  押しつけるような強さはないくせに、妙に真っ直ぐで、余計に腹が立つ。 「……勝ってほしいから、鬼塚の案を教える」  その名前が出た瞬間、胸の奥がひゅっと冷えた。  喉から手が出るほど欲しい情報だった。  たった今まで、私は鬼塚に届く案を組めずにいた。  ショート動画。パッケージ刷新。都内ポップアップ。  どれも悪くはない。今の市場にも刺さる。  それでも、鬼塚には届かない気がしていた。  この男が今、何を見ているのか。  それが分かれば、勝ち筋が見えるかもしれない。  でも。 「必要ないわ」  気づけば、そう答えていた。  晴紀の目がほんの一瞬だけ沈む。 「……そうだよな」  その顔に、胸の奥がまた鈍く痛んだ。  本当は、頼りたくなかった。  彼の助けを借りるなんて、あの夜の痛みをもう一度飲み込むようなものだ。  自分の足で立って、数字で叩き伏せたい。  それが、この七年ずっと守ってきた矜持だった。  けれど。 (……勝ちたい)  自尊心より先に、その思いが喉元までせり上がってくる。  負けたくない。  いずみのあの勝ち誇った顔なんて、二度と見たくない。  鬼塚に押し切られて、清晴堂ごと奪われるなんて、もっと嫌だった。  私は紙カップをテーブルに置き、ゆっくり晴紀を見た。 「鬼塚は、今ど
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第8話 捨てたはずの私と、捨てなかった彼。京都行きの朝に
 翌日からの京都出張に備えて、スケジュールを細かく調整していたとき──晴紀から、短い連絡が届いた。 「明日は工房の職人たちが、早い時間しか作業を見せられない。だから──同じ新幹線じゃないと間に合わないんだ。……もしよければ、同じ便で行かないか?」  指先が、画面の上でわずかに止まる。  嫌だ。できれば断りたい。  二人きりで向き合うなんて、呼吸すらうまくできなくなる。  屋上であの日、彼の言葉を聞こうとした瞬間、胸が張り裂けそうで、まともに耳を傾けることさえできなかった。  もし、あの時彼は仕方なく私を傷つけただけなら。この六年間積み重ねてきた復讐の計画が、全て水の泡になってしまう。  7年前の彼も、今の彼も、完全には読めない。計画通りに進められるか、勝算は……ゼロに近いかもしれない。  でも──  本店、工房、卸、そして大口の取引先まで回るなら、確かに一緒に動いた方が合理的だ。何より、この京都行きはただの出張ではない。まだ終わっていないことを進めるためにも、外せない一歩だった。  ため息をつき、返信した。 『了解。合わせるわ』  仕事のため。それだけのはずなのに、胸の奥が少しざわつく。まるで──この京都行きが、穏やかに終らないことを知っているかのように。 ***  二人で並んで座ると、私はすぐにPCを開いた。晴紀はスーツの袖を少し捲り、スマホでメールのチェックをしている。静かに新幹線が動き出した。 「……仕事、忙しいの?」  前を向いたまま、晴紀がぽつりと言う。 「そうね。あなたは?」 「俺も。……頑張ってるみたいだな。朱音は仕事でうまくいくって、昔から思ってたよ」  理由なんて説明しない。ただ淡々と、当たり前みたいに。  胸がかすかに痛くなった。 (……昔から?) (私がこうなったのは、あの日の裏切りがあったから)  なのに、そんな声で言われると、胸がざわつく。 「部長になったって聞いたときも驚いたけど……正直、不思議じゃなかった。」  窓の外に目をそらす。強くなった理由は、あなたのせいなのに。胸の奥が、じりじりと焼けるみたいに締めつけられていく。  窓の影の向こうで、晴紀の左手に光る指輪がふっと目に入った。胸の奥が、わずかにきゅっと締まる。耐えきれなくて、窓の外に視線を逃がした。 「……あなたはどうなの。い
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第9話 知らない晴紀を、私は初めて知った
 晴紀は、何か言いかけてやめた。  結局なにも言わなかった。  スマートフォンの画面を、意味もなく何度も点けては消す。  新幹線のアナウンスが、互いの呼吸音をかき消していた。 ***  細い路地を抜けた先に、清晴堂の「工房」はひっそり立っていた。 冬の朝の空気がしんと冷えていて、鼻先が痛い。  戸を開けると、木と砂糖が混ざった甘い匂いがふわりと流れてきた。 職人たちの動きは正確で、無駄がない。  これほど腕の立つ職人たちがいるのに、どうして清晴堂はここまで追い込まれてしまったのだろう。 「……おはようございます。今日はリュエールの朝倉さんが見学を」  晴紀が頭を下げる。 最年長と思しき職人がこちらをひと睨みした。 「忙しいんでね。東京の人に見せるほどのもんは、ないですよ」 気まずい空気が流れる中、晴紀は少し困ったように笑って言った。「親方……頼むよ。今日は、ちゃんと話を聞きに来たんだ」  相手のそっけない口調にも、まるで動じていないようだった。  昔の彼なら、きっとどこかで不機嫌さを隠せなかったはずだ。 「おい晴坊、ええからこっち来い。  型の温度、微妙に狂ってんねん。早よ見てくれ」  白髪まじりで、眉間に皺を寄せた別の職人が奥から顔を出した。「はい、すぐ行きます」 晴紀は小さく会釈し、白衣の袖をまくりながら職人たちの方へ歩いていく。  その背中は、不器用に真面目で、少しだけ懐かしく見えた。  工具のこすれる金属音が響く。 ふと横を見ると、後藤が腕を組んだまま、晴紀の背中を無言で見つめていた。「……あれでな、がんばっとるんや」 ぽつりと落ちた言葉は、さっきまでのそっけなさとは違っていた。 窓から射す冬の光が、木粉の微かな粒を照らしている。 「……あんた、東京の子なんやな」 私をじっと見た。「は、はい。マーケティング会社リュエールの──」「緊張せんでもええ。  怒鳴るんは晴坊だけや」 その言い方に、思わず瞬きをした。「……晴坊?」「あの子の、小さい頃の呼び名や。  晴紀はん、こっちでは晴坊で通っとった」 後藤は視線を工房の奥へ投げる。「ちっこい時分は、ようここ走り回っとったわ。  危なっかしいんに、職人の真似して工具触ってな。  『晴坊、落ちるで!』言うて毎日怒鳴っとった」 言葉の端々
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