憎しみと愛~共犯者と綺麗になった私の七年越しの復讐計画~

憎しみと愛~共犯者と綺麗になった私の七年越しの復讐計画~

last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-05-01
โดย:  悠・A・ロッサจบแล้ว
ภาษา: Japanese
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二十二歳の春、朝倉朱音は恋人・晴紀との初めての誕生日デートをすっぽかされ、プレゼントはゴミ箱に捨てられた。さらに、令嬢に押し倒され、深くキスされている晴紀の姿まで見てしまう。 朱音を救ったのは、中性的な美貌のイメージディレクター・天野黛(D)。Dに導かれ、朱音は七年後、美しく成熟したマーケティング部長となる。そして仕事相手として再会した晴紀は、謝罪する。だが朱音は知っていた。彼が背負う家の事情を──そして自分が奪われたものを。七年越しの復讐がいま静かに始まる。けれどその計画は、憎しみでは終わらず、次第に別の感情へと形を変える──。

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บทที่ 1

第1話 綺麗になった私を、彼は待たせた──そして捨てた

「──朱音、目、開けて」

 鏡の中にいたのは──見知らぬ「綺麗な女」だった。

 肌は淡く光り、瞳は深く、睫毛がきれいに影を落とす。

 髪は滑るように揺れ、Dが選んだ深紅のワンピースは、光を吸ってわずかに艶が立ち上がる気品のある赤で、身体の線を静かに拾っていた。

 薄い光が布の表面をかすめるたび、まるで高価な墨をひと刷けしたみたいに深みが滲む。

 メイクも服も、どこも破綻がなくて、息をのむほど完成されていた。

(……誰……? 本当に、私?)

 普段の私はノーメイクで、髪も後ろで適当にまとめるだけ。でも、三週間だけは違った。早起きしてスキンケアを変えて、間食をやめ、脚が震えるほどスクワットして……この日のために、別人のように変わった。

「努力の成果がきちんと出てるわよ」

 背中越しにDの指先が髪を整える。ふわりと、いつものあの香り──Dの手にかからなければ絶対に出ない仕上がりの匂い。

「朱音。これで落ちない男は、ゲイよ」

「……Dのことじゃん」

「私はゲイじゃなくてバイ」

 言うと、Dはゆっくりと目を細めた。

 長い指で前髪を払う仕草ひとつさえ洗練されていて、成熟した大人の余裕と、中性的な美貌の危うさが同居する横顔が、かすかに笑った。

 その笑みを追うように視線を落としたとき──鏡の中の自分と目が合った。

 そこにいた私は、信じられないほど幸せそうに微笑んでいた。

 バッグには、晴紀に渡す淡い水色の革のメモ帳。

(……喜んでくれるかな)

***

 今日は、晴紀の誕生日。

 そして——私たちが付き合って一年になる、大事な日。

 待ち合わせは、晴紀が予約したホテル・クラウンセレスティアのフレンチダイニング〈ラ・ルミエール・サンクチュアリ〉だった。

 ――最豪華コース。

 一ヶ月分のバイト代では、話にもならない値段だった。

 画面でその数字を見た瞬間、思わず息をのんだ。

 写真の中の店内はあまりに美しくて──

 自分なんかが本当にあんな場所に座っていいのか、不安が胸に滲んだ。

(でも……晴紀は、大丈夫って笑ってくれた)

(大事な日だからって)

 思い返すほどに、その言葉が胸の奥をそっと温めていく。

(……好きって言われて、手をつないで、キスまでして)

(──これって、次に進むってこと、なんだよね?)

 期待と緊張がゆっくり混ざり合う。

 胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。

 晴紀と初めて会ったのは、被災地のボランティアだった。泊まり込みで炊き出しや片付けをする、けっこうハードなやつだ。

 なのに彼は、自分の荷物もロクに用意しないまま現れて、配られたおにぎりを見て、開口一番こう言った。

「夕食、これだけなんだ?」

 その瞬間、カチンときた。

「ここホテルじゃないんだけど。もてなされる側で来たわけ?」

 思わず噛みついたら、彼はぽかんとしたあと、少しだけ笑った。

 なぜかうれしそうだった。

 それから、彼は気まずそうに頭をかき、周囲を気遣ってテキパキと動き出した。

 初対面の人にすぐ手を貸せる優しさと、どこか放っておけない不器用さ。

 そのアンバランスが、妙に目を引いた。

 それからなぜか、会えば口喧嘩ばかりして、なのに、彼はいつも私の班に紛れ込んでくる。

 ある日、作業が終わった夕暮れ、彼は何でもない声で言った。

「……朱音のそういうとこ、好きだよ」

 驚いた瞬間、胸の奥がじわっと熱くなって手足の先までぽうっと温度が広がった。

 頭の芯がふわふわした。

 そこから先は、よく覚えていない。気づいたら一緒にご飯を食べるようになって、気づいたら手をつないでいて、気づいたら、付き合っていた。

 彼の誕生日に選んだのは、掌に収まる小さな革のメモ帳だった。明るい水色で、触れるとゆっくり沈んで戻る。彼の好きな色。

 晴紀は昔から「メモ魔」だ。京都の老舗の和菓子屋の跡取りだという彼は、和菓子の形や味のアイデアを思いつくたび、くしゃくしゃの大学ノートに急いで書く。角が折れて、紙は波打って、それでも律儀に全部取っておく。

(こんなに大事なことを、こんな紙に……)

 ずっと気になっていた。

 晴紀は明るくて、どこか浮ついて見えるときもあるけれど──

 そんな彼がアイデア帳を開く瞬間だけは、子どもみたいに目がきらきらする。

 その晴れた感じに合わせたくて、この色を選んだ。

 淡い水色の革。開くたびに光を吸って少し明るく見える、軽やかなやつ。

 中にそっと紙を挟む。

「どうか──自分の晴れを、誰かのために使える人でありますように」

 言葉はそれだけ。

 言わなくても、伝わると信じた。

***

 タクシーを降りた瞬間、ホテルのガラス壁に映った「美女」に息が止まった。

 光を滑らせる髪、肌の艶、揺れるワンピースの線。

 通りすがりのスーツの人が、ちらっと振り返る。

(……今日の私は、ちゃんと綺麗だ)

 胸の奥がじん、と熱くなる。

 ホテル・クラウンセレスティアの自動扉が開いた瞬間、空気が低い温度で肌に触れる。

 ロビーの女性たちの視線が、一瞬「有名人?」とでも言うように止まった。

(晴紀、驚くかな)

 レストラン受付で「清水晴紀・二名」と告げる。

 スタッフが一瞬だけ眉を動かした。

「……少々お待ちください。ええと──本日のご予約は……」

 タブレットを確認して、ほんの一拍の沈黙。

「席を、おつくりいたしますね」

 「おつくりします」の言い方に、なにか小さな違和感が刺さった。

 でも、深く考えず頷いた。

(忙しいのかな。満席なのかも)

 案内された席に腰を下ろしながら、思わずスマホを開く。

《着いたよ。もうすぐ?》

 送信。未読。

(大丈夫、少し遅れてるだけ)

 周囲では、ワインの香りと、カトラリーが触れ合う軽い音が溶けていく。

 その音が、なんだかテーブルの上のひとりを強く照らし出す。

 五分後──《まだ?》

 送信。未読。

(迷ってるのかな。ロビーで待ってる、とか)

 そう思って背筋を伸ばすけれど、

 さらに視線に気づいてしまう。

 最初にロビーでもらった「綺麗な人」という視線が、今は「ひとり?」と温度を変えていた。その瞬間から、時間だけが止まってしまったみたいに遅くなり、座っている場所のすべてが急に居心地悪く感じられた。

 給仕がそっと近づく。

「お連れさまがお揃いになるまで、お飲み物だけでもご用意できます」

「だ、大丈夫です」

 自分の声の震えがわかる。

(二十分……まあ、あるよね)

 二十五分。

 三十分。

 スマホの画面は、ただ暗く光っているだけ。

(晴紀……どうしたの……?)

 四十分。

 五十分。

 テーブルクロスの赤が、だんだん重く感じる。

 指先がひやりと冷たくなっていく。

(何かトラブルがあったの? 大丈夫かな)

 一時間。

 ワクワクしていた胸の奥が、少しずつ、置き場所のない熱で満たされていく。ここにいること自体が、

 だんだん苦しくなる。

 二時間の後、立ち上がりかけた瞬間──

「朱音?」

 振り向くと、晴紀が立っていた。

 普通の顔。

 遅れた理由を言う気配もない。

「……よかった。ずっと未読だったから……」

 言いかけると、

「何やってんの、こんなところで」

(……え?)

 声の温度が冷たい。

 優しさも、謝罪もない。

「え、だって……予約、晴紀が……」

「キャンセルしたよ。言ったと思ったけど」

「……言われてないよ。どうして……?」

 今日は何の日か、忘れた?

 そんなはずないでしょう。

 なのに晴紀は、私のことなど何も気にしないみたいに、軽く笑って肩をすくめた。

「覚えてないだけじゃない? 最近忙しいみたいだし」

(……え? 私が悪いの……?)

 何かが、かすかに噛み合わない。

 今までも、こんな温度差……あったっけ?

「で? その袋、何?」

 話題を、まるで最初から興味なんてなかったみたいに切り替える彼の声。

 胸の奥に、生温い不安がじわりと広がる。

(……なんで? 私、何か間違えた?)

 震える手でプレゼントを差し出す。

 包装紙もリボンも、時間をかけて選んで──自分で丁寧に包んだものだ。

「……誕生日、だから……」

「へー」

 晴紀は包装紙をその場で乱暴に引きちぎった。

 ビリッ。

「メモ帳? 子どもかよ。こういうの、重いんだよ。わかんない?」

 そして──

 ゴミ箱へ向けて。

 ためらいも、振り返りもなく。

 ゴトン。

 革表紙の鈍い音が底に落ちた。

(……こんなの、嘘だ)

 私の指先には、破れた包装紙の端だけが残っていた。

 泣いてなんかいない。けれど、胸の奥がじわりと熱くゆらぎ、まぶたの裏だけが、ひどく痛む。

***

 ──この後の「わずかな違和感」に気づく余裕なんて、いまの朱音にはなかった。

 ゴミ箱の影で、一度だけ立ち止まった晴紀の横顔にも。

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ぷっかりん
ぷっかりん
たんたんとした語り口で、さり気なく物語に引き込まれます。過去も現在も見据えて、今を切り拓いてく女性の姿が優しくもありこれからが気になります。
2026-04-02 15:17:08
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レイン
レイン
うーん。ヒロインの心が弱い弱い。 事情があったとはいえ当時の彼氏の誕生日ほったらかされたと思ったら暴言吐かれてプレゼントもゴミ箱に捨てられてそのまま新しい女と車でディープキスしうっとりした顔で去り、次にあったのは元カレと女の結婚式。 復讐誓って良い女になったのに元カレ既婚者のくせにヒロインにふらふら。 ヒロインも心弱いのですぐ決心揺らいで許しちゃう。 なんじゃこりゃ…
2026-01-23 02:37:52
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第2話 深紅のキスと、崩れた誕生日の夜
 どうしたらいいのかわからなくて、ロビーの端のソファに沈んだ。  ホテルの照明はあたたかいのに、自分の身体だけが冷えていくみたいだった。  膝の震えだけが、自分のものじゃないみたいに止まらなかった。(……帰らなきゃ……でも……動けない……) そんなときだった。  自動扉が開く音が、妙に大きく響いた。 晴紀だった。 すぐ目の前を、誰もいないみたいに、一度も振り返らず真っ直ぐ歩いていく。「……はる、き……?」  声にしたつもりなのに、喉の奥で溶けた。  彼はそのまま外へ出た。 黒い車のドアが静かに開いた。 車内の灯りに浮かんだのは、青みを帯びた深い紫の装いの女──派手さはないのに、纏う空気だけが別格で、思わず息が止まる。 脚を揃えて座り、白い指先で髪を払う仕草が、妙に洗練されていて目が離せない。  横顔だけで、どこかの世界の人とわかる。  世界の光が、その女だけを照らしていた。 「遅いわ、晴紀。……早く来て」  声の響きだけが、直接、胸の奥に落ちてくる。 指先が冷たくなる。  呼吸の仕方がわからなくなる。(なんで……目の前を……通り過ぎて……) 世界が細いトンネルみたいに歪んで、音も光も全部そこへ吸い込まれていく。  その先には──深紫の女と、晴紀しかいなかった。 晴紀が乗り込み、ドアが閉まる一瞬、車内の照明がはっきり二人の姿を照らした。 令嬢が晴紀の胸元をつかみ、強く引き寄せる。「ちょ……っ……」 押し殺したような声が聞こえた次の瞬間、唇が激しく重なった。 私とするみたいな軽いキスじゃない。  押しつけるみたいな、深いやつ。 晴紀の背中がシートに叩きつけられ、令嬢がその上に覆いかぶさるように身体を倒す。 噛み殺した息が混ざる。  服が擦れる音が、ロビーまで届く気がした。  令嬢の手が晴紀の顔を固定し、角度を変えて、何度も、何度も、貪るみたいにキスを落とす。 ガラス越しでも分かるほど「熱」があった。(……やだ……やだ……なに、これ……) 視界が揺れる。  涙が出ないのに、涙の味だけがする。 令嬢は晴紀の襟を指で引き下ろし、首筋にキスを落とした。 晴紀が小さく息を吸った。  その顔は、私と向き合っていたときより、  ずっと、ずっと……甘い。(……あ……) 呼吸を忘れたまま、ただ見ているしか
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第3話 地獄への手を、私は取った
 あの夜から、私の世界の輪郭は急に冷えた。  誰かに触れられるのも、優しくされるのも怖い。  恋なんて、もう二度とできないと思った。 朝、鏡に映るのは、Dが整えてくれた眉じゃない。  自分で描けば曲がって見える、冴えない顔だけ。(綺麗になろうとした自分が、一番バカだった) 化粧も、明るい服も捨てた。  黒と灰色ばかりを纏って、外見を放り出したら、自信も一緒に落ちていった。  人と目を合わせるのが苦しくなって、息が詰まることもあった。(誰にも期待されなくていい。誰にも見つけられなくていい) 就職したのは、都内の小さな広告代理店。  地味で忙しくて、数字だけが裏切らない世界だった。 そんなある日、上司から新規案件を任命された。 「お客様からの直々のご指名で、君が担当だ。ちゃんとやれよ」  渡された書類には、淡々とした活字が並んでいた。 〈清晴堂〉婚礼引き出物企画 式場:ホテル・クラウンセレスティア 新郎:清水晴紀 新婦:神園いずみ (晴紀が……結婚?  そして、あの夜の、ホテルで……?)「大丈夫?」 振り返ると、Dが立っていた。  フリーランスのイメージコンサルタントとして出入りしているDは、この会社とも何件か一緒に仕事をしている。  資料を見て、ほんのわずかに眉をひそめる。「最悪ね。打ち合わせ、同席するわ」*** ホテル・クラウンセレスティア。  一年前と変わっていない照明の高さも、香りも、でもそこに立つ私は、まるで別人になってしまったみたいだった。 Dの横顔を頼りに、なんとか呼吸を整える。 打ち合わせは淡々と進んだ。  晴紀の姿は——なかった。「では、ご家族との顔合わせを」 専務の声に、背筋が強張る。 披露宴フロアのロビーには、白い花と囁きが満ちていた。「……神園家と清水家よ?」 「神園家って資産、何百億とか。旧財閥の本家筋だって」 「令嬢、本物ね」 「清水家のご母堂も……今日は格が違うわ」 視線も、スタッフの動きも、二家に吸い寄せられていく。(見なければいい。仕事だけして帰ればいい) そう思った瞬間——「晴紀、こっち」 その名が耳を刺した。 純白のドレスの令嬢が、青みを帯びた薔薇色の唇で笑いながら、  タキシード姿の晴紀の腕を当然の
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第4話 七年越しの再会と、最初の刃
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第5話 公開処刑は、復讐の始まり
 エントランスを出ようとした瞬間、背後から声が追ってきた。 「朝倉部長、待ってください」  振り返ると、悠斗が立っていた。  感情を表に出さないはずの男が、今は焦りを隠せていなかった。 「……実は今、帝都グランドホテルチェーンから、契約を切られかけてるんです」  私は何も言わず、悠斗を見た。 「義姉が、先方の提示条件は清晴堂の格を下げるって突っぱねた。兄も止めきれなかった。このままじゃ、本当にまずい」 「朝倉部長。あなたなら、まだ覆せるはずだ。力を貸してください」  七年前の私なら、必要とされるだけで揺れたかもしれない。  でも今は違う。 「私に助けを求めるなら、条件があります」  悠斗の喉がわずかに動く。 「あの二人を見捨てて、私たちを支持できます?」 「庇って、先送りして、会社ごと沈むのを見ているつもりなら、私は手を貸しません」  悠斗の目がすっと細くなる。 「……随分、言いますね」 「事実です」 「あなたの方が、よほど経営者に向いている。  守るべきものと、切るべきものの区別がついているでしょう。  だから決めてください。あの二人の身内でいるのか、会社の側に立つのか」  短い沈黙のあと、悠斗は低く息を吐いた。 「……俺は、会社のためになることをします」 「なら、話は早いです」  ちょうどそのとき、背後の扉が開き、いずみのヒールの音が廊下に響いた。  悠斗は一瞬だけそちらを見た。  けれど、もう迷っていなかった。  清晴堂を救うなら、誰かを切るしかない。  その刃を最初に握るのは、たぶんこの男だ。  隣で、Dがふっと笑った。 「計画通り、悠斗を引き込めたわね」 「ええ。ここまでは」 *** 「その条件、要するに『もっと大衆向けに落とせ』ということでしょう? 清晴堂を、そこまで安く見られるのは心外ですわ」  帝都グランドホテルチェーン側の二人の表情が、同時に固まった。  帝都の担当常務は、手元の資料を静かに閉じた。 「――よく分かりました」  いずみはまだ微笑んでいる。 「清晴堂さまのお考えは理解いたしました。  ですが、当チェーンが今後ご一緒したいのは、格式を守るために客を選ぶお菓子ではありません」
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第6話 奪い返したはずだった
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第7.1話 最高傑作と呼ばれた夜 
 ──東京都内・中目黒。  私のマンション、深夜0時27分。 (……完璧に勝つには、まだ足りない)  ローテーブルに企画書を広げたまま考え込んでいた時、玄関の鍵がカチャ、と鳴った。 「……戻ったわよ」  黒のコートを肩にかけたDが、慣れた動作で靴を脱いで入ってきた。  いつもの余裕の笑みが──今夜はない。 「遅かったわね。会食?」 「ええ。でもそれより……大変なものを拾った」  Dは部屋に上がると、そのままソファに腰を落とし、タブレットをテーブルに置いた。 「いずみが連れてくる切り札が分かったわ」 「切り札?」 「鬼塚 剛」  その瞬間、心臓が一拍だけ止まった気がした。  息が、喉の奥で細い糸みたいに途切れた。  知らないわけがない。マーケターなら、その名に反応しない方がおかしい。 「……本気で来るの? あの鬼塚が」  自分の声が震えているのが、分かった。  10年間赤字だった大型テーマパークを18か月で黒字転換した怪物。  来場者を180万人から900万人に。  動線から感情まで全部読み切って作り変えた伝説のマーケター。 「確定。もう動いているわ」  私は無意識に、自分の腕を抱いていた。  暖房が効いているのに、肌が少しだけ冷える。 「鬼塚は顧客に憑くと言われてる」  Dの声が静かに落ちる。 「鬼塚が拾っているのは、その人自身も気づいていない欲望。  呼吸の揺れ、歩幅の乱れ、視線の逃げ先、ため息の理由──  無意識に滲んだ欲望の芯をまず見抜く。  そして、その願いを数式に落とし、本人が望んだ以上の形で組み上げてしまう」 「知ってる……嫌というほど……」  喉の奥にたまった小さな恐怖が、自分でも抑えられなかった。  ふっと息が揺れて──気づけば、口が勝手に動いていた。 「……勝てるかな、私」  言った瞬間、Dの動きが止まった。  ソファに片肘をついていた姿勢のまま、ゆっくりと顔を上げる。  いつもの余裕の笑みじゃない。  珍しく──本気の、深い真顔。 「勝つしかないでしょう」  声が低い。  甘さも茶化しもない。  ただ、真っ直ぐ。 「本気で勝ちにいくのよ。あなたも、私も。  ……鬼塚が相手だから
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第7.2話 復讐相手が、未来を一緒に作りたいと言ってきた
「俺は君に勝ってほしい。一緒に清晴堂を復活できればって……ずっと思ってた」  朝のコーヒーショップで、突然現れた晴紀は、何の前触れもなくそんなことを言った。  一瞬、何を言われたのか分からなかった。  思考が止まる。  紙カップがきしむほど、指に力が入る。 (……何、それ)  今さら。  あまりにも今さらだった。  七年前、何も言わずに私を捨てた男が。  清晴堂のために私を切ったその男が。  どうして今になって、そんな顔で、そんなことを言うの。  私は視線を落としたまま、ようやく息を吐いた。 「……そんなの、信じられると思う?」  声が少し掠れた。  悔しいくらい、平静じゃいられない。  向かいに座る晴紀は、黒のスーツの袖口をわずかに握りしめたまま、低く言った。 「それでもいい」  その声音は静かだった。  押しつけるような強さはないくせに、妙に真っ直ぐで、余計に腹が立つ。 「……勝ってほしいから、鬼塚の案を教える」  その名前が出た瞬間、胸の奥がひゅっと冷えた。  喉から手が出るほど欲しい情報だった。  たった今まで、私は鬼塚に届く案を組めずにいた。  ショート動画。パッケージ刷新。都内ポップアップ。  どれも悪くはない。今の市場にも刺さる。  それでも、鬼塚には届かない気がしていた。  この男が今、何を見ているのか。  それが分かれば、勝ち筋が見えるかもしれない。  でも。 「必要ないわ」  気づけば、そう答えていた。  晴紀の目がほんの一瞬だけ沈む。 「……そうだよな」  その顔に、胸の奥がまた鈍く痛んだ。  本当は、頼りたくなかった。  彼の助けを借りるなんて、あの夜の痛みをもう一度飲み込むようなものだ。  自分の足で立って、数字で叩き伏せたい。  それが、この七年ずっと守ってきた矜持だった。  けれど。 (……勝ちたい)  自尊心より先に、その思いが喉元までせり上がってくる。  負けたくない。  いずみのあの勝ち誇った顔なんて、二度と見たくない。  鬼塚に押し切られて、清晴堂ごと奪われるなんて、もっと嫌だった。  私は紙カップをテーブルに置き、ゆっくり晴紀を見た。 「鬼塚は、今ど
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第8話 捨てたはずの私と、捨てなかった彼。京都行きの朝に
 翌日からの京都出張に備えて、スケジュールを細かく調整していたとき──晴紀から、短い連絡が届いた。 「明日は工房の職人たちが、早い時間しか作業を見せられない。だから──同じ新幹線じゃないと間に合わないんだ。……もしよければ、同じ便で行かないか?」  指先が、画面の上でわずかに止まる。  嫌だ。できれば断りたい。  二人きりで向き合うなんて、呼吸すらうまくできなくなる。  屋上であの日、彼の言葉を聞こうとした瞬間、胸が張り裂けそうで、まともに耳を傾けることさえできなかった。  もし、あの時彼は仕方なく私を傷つけただけなら。この六年間積み重ねてきた復讐の計画が、全て水の泡になってしまう。  7年前の彼も、今の彼も、完全には読めない。計画通りに進められるか、勝算は……ゼロに近いかもしれない。  でも──  本店、工房、卸、そして大口の取引先まで回るなら、確かに一緒に動いた方が合理的だ。何より、この京都行きはただの出張ではない。まだ終わっていないことを進めるためにも、外せない一歩だった。  ため息をつき、返信した。 『了解。合わせるわ』  仕事のため。それだけのはずなのに、胸の奥が少しざわつく。まるで──この京都行きが、穏やかに終らないことを知っているかのように。 ***  二人で並んで座ると、私はすぐにPCを開いた。晴紀はスーツの袖を少し捲り、スマホでメールのチェックをしている。静かに新幹線が動き出した。 「……仕事、忙しいの?」  前を向いたまま、晴紀がぽつりと言う。 「そうね。あなたは?」 「俺も。……頑張ってるみたいだな。朱音は仕事でうまくいくって、昔から思ってたよ」  理由なんて説明しない。ただ淡々と、当たり前みたいに。  胸がかすかに痛くなった。 (……昔から?) (私がこうなったのは、あの日の裏切りがあったから)  なのに、そんな声で言われると、胸がざわつく。 「部長になったって聞いたときも驚いたけど……正直、不思議じゃなかった。」  窓の外に目をそらす。強くなった理由は、あなたのせいなのに。胸の奥が、じりじりと焼けるみたいに締めつけられていく。  窓の影の向こうで、晴紀の左手に光る指輪がふっと目に入った。胸の奥が、わずかにきゅっと締まる。耐えきれなくて、窓の外に視線を逃がした。 「……あなたはどうなの。い
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第9話 知らない晴紀を、私は初めて知った
 晴紀は、何か言いかけてやめた。  結局なにも言わなかった。  スマートフォンの画面を、意味もなく何度も点けては消す。  新幹線のアナウンスが、互いの呼吸音をかき消していた。 ***  細い路地を抜けた先に、清晴堂の「工房」はひっそり立っていた。 冬の朝の空気がしんと冷えていて、鼻先が痛い。  戸を開けると、木と砂糖が混ざった甘い匂いがふわりと流れてきた。 職人たちの動きは正確で、無駄がない。  これほど腕の立つ職人たちがいるのに、どうして清晴堂はここまで追い込まれてしまったのだろう。 「……おはようございます。今日はリュエールの朝倉さんが見学を」  晴紀が頭を下げる。 最年長と思しき職人がこちらをひと睨みした。 「忙しいんでね。東京の人に見せるほどのもんは、ないですよ」 気まずい空気が流れる中、晴紀は少し困ったように笑って言った。「親方……頼むよ。今日は、ちゃんと話を聞きに来たんだ」  相手のそっけない口調にも、まるで動じていないようだった。  昔の彼なら、きっとどこかで不機嫌さを隠せなかったはずだ。 「おい晴坊、ええからこっち来い。  型の温度、微妙に狂ってんねん。早よ見てくれ」  白髪まじりで、眉間に皺を寄せた別の職人が奥から顔を出した。「はい、すぐ行きます」 晴紀は小さく会釈し、白衣の袖をまくりながら職人たちの方へ歩いていく。  その背中は、不器用に真面目で、少しだけ懐かしく見えた。  工具のこすれる金属音が響く。 ふと横を見ると、後藤が腕を組んだまま、晴紀の背中を無言で見つめていた。「……あれでな、がんばっとるんや」 ぽつりと落ちた言葉は、さっきまでのそっけなさとは違っていた。 窓から射す冬の光が、木粉の微かな粒を照らしている。 「……あんた、東京の子なんやな」 私をじっと見た。「は、はい。マーケティング会社リュエールの──」「緊張せんでもええ。  怒鳴るんは晴坊だけや」 その言い方に、思わず瞬きをした。「……晴坊?」「あの子の、小さい頃の呼び名や。  晴紀はん、こっちでは晴坊で通っとった」 後藤は視線を工房の奥へ投げる。「ちっこい時分は、ようここ走り回っとったわ。  危なっかしいんに、職人の真似して工具触ってな。  『晴坊、落ちるで!』言うて毎日怒鳴っとった」 言葉の端々
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