特集:一条グループ初の女性幹部 一条 玲さん
玲は、副社長としてメディア露出を増やし華々しく改革を謳っていた。しかし、玲に脚光が当たるほど、その裏で俺の実権は巧妙に削られていく。
重要なプロジェクトの責任者は次々と外部の人間や玲の息のかかった者にすり替わり、俺の承認なしに大規模な組織改編が断行されることもあった。会議で意見を述べても、玲は冷静な顔で「瑛斗さんのご意見ももっともですが、現状にはふさわしくないかと」と切り返し、最終的な決定権は彼女が握っていた。俺は、会社でお飾りの社長になりつつあった。
家庭でも状況は変わらなかった。父とは華との一件依頼確執が生まれ、その空気を察した玲が上手く父の懐へと入っていった。父と母は、玲の献身的な態度にすっかり心酔していた。「玲さんがいてくれるから助かるよ」という父の声を聞くたび、俺の胸には冷たい風が吹き抜けた。
「お父様、瑛斗さんはこのところずっと疲れているようで最近は顔色も優れません。私が会社でのサポートをより深めるようにしたいのですが……」
「そんなことはない、大丈夫だ」
「瑛斗さん、無理をしないでください。本人が気がついていない状態が一番危険なのよ。夜中、いつもうなされているんです。」
玲は俺を庇うような体裁を取りながら、あたかも事実のように話をしている。実際は不眠に悩まされており玲の横でまともに寝ることが出来ず悪戯に時間ばかりが過ぎている。玲のいない時間が俺がゆっくりと休める時間だった。
会議室で役員たちがいなくなると、玲は不機嫌を隠すことなく俺に問い詰めてきた。「火曜日午後の役員会議ってなに?なんで私も毎回出席なのに事前に連絡もなく決めるのよ?」「何か困ることでもあるのか?役員会議以外にもみなやることはある。だから他の会議とかぶらないように、俺の秘書にここ数か月の予定を確認させて、一番都合がつけやすそうな日にしたんだ。スケジュールが空いていたが、人に言えない用事でもあるのか?」玲の顔がわずかに引きつった。その瞳には、焦りと俺への強い怒りが入り混じっている。「――――っ、ないわよ。でも、こういうことは今後、事前に連絡ぐらいして欲しいわ」玲は睨むようにしてその場を去った。俺は、玲の背中を見送りながら静かに微笑んだ。それから二週間後―――――――「瑛斗、ちょっとこれ見て!!!」空が、慌てた様子で社長室に入ってきた。手に持っているのは、既に決済された人事異動関連の書類だ。玲の秘書の一人である女性社員が一名異動になっている。「どうしたんだ?これがなんだと言うんだ?」「彼女、玲さんの秘書の一人だよ。あと、僕に火曜日の午後にスケジュールを入れな
瑛斗side「今まで曜日が不定期だった役員会議だが、これからは基本的に火曜日の午後に行うことにする。専務以上は毎回出席だが、効率化のため、出席者は該当部門のみであとは資料にて共有とする。何か意見があるものはいないか?」役員会議の最後に俺がそう告げると、会議室が静まり返った。玲は一瞬、俺の顔を見てから、すぐに手元の資料に視線を落とした。他の役員たちの中には、毎回出席しなくてもいいことに安堵の表情を浮かべるものもいる。意見がないのは賛成とみなして会議を終わらせた。火曜日の午後、それは玲が神宮寺家を訪問している日だった。空が玲の行動を調べているうちに、毎月必ず火曜日の午後に数時間の外出をしていることが判明した。調べてみると、秘書にも予定を入れないように指示していた。不審に思い、空が探偵に尾行を依頼すると玲は神宮寺家を訪れていた。そして、その日は三上の往診日で、玲が滞在しているタイミングで三上も屋敷内に入っていた。神宮寺家は、玲の両親が本邸に住んでおり、祖父は旧本邸にいる。そのため、三上と玲が同じタイミングで敷地内に入っても顔を合わせない可能性はある。問い詰めるために玲に尋ねると、玲は少し動揺してから、祖父の調子が悪いから実家に行っていると言っていた。もし本当に祖父の体調を気にしての訪問なら、主治医である三上と顔を合わせたり話をしたりするのではないだろうか?ただの見舞いにしても、その頻度
華side父との電話を切った後、私の心の中で疑惑の渦が少し大きくなったのを感じた。(玲は、平日の昼間に実家に顔を出している?玲も仕事があるのに、平日の昼間に実家に行っているというの?護さんは、玲とは会っていないと話していたけれど、もし護さんが、玲が来る曜日に合わせて実家に出入りしていたら……。)護さんが以前、私に「玲とはもう何年も会っていない」と話していた言葉が頭の中で反芻される。しかし、玲は平日の昼間に実家へ行っているらしい。護さんは毎日、神宮寺家を訪れているわけではないので、必ずしも居合わせるとは限らない。この情報だけでは、護さんが嘘をついていると断定することはできなかった。そして、父から聞かされた話も私の心に重くのしかかる。『三上くんが、私が別荘を訪問した次の日に電話をくれたんだ。華と付き合っていることを本来ならすぐに報告すべきところを黙っていて申し訳なかったと言っていたよ。』護さんの真面目な性格につい笑みが零れたが、次の言葉で表情は硬直した。『真剣に付き合っていて、結婚も考えていて既に華にも伝えたと聞いた。それで、今までの事や、色々と問題もあるから、結婚を機に家族四人で暮らしたいと伝えられたんだ。場所も長野ではなく全然違う場所がいいとね。今の場所に何かトラブルでもあったのか?』結婚の返事をまだしていないことにしびれを切らした
華side月曜日、昼休みの時間帯を見計らって父に電話を掛けた。この時間なら仕事で会社にいるため、継母や神宮寺家の人間に会話を聞かれることはないと思ったからだ。「この前は、子どもたちにお祝いをありがとうございました。ランドセルや入学準備などに使わせてもらいますね。ご迷惑でなければ写真を送ってもよろしいでしょうか?」「ありがとう。楽しみにしているよ。あの子たちは、私の孫には変わりないからな……」少し戸惑いながらも受け入れようと言い聞かせているようにも聞こえる口調で、父は答えた。父としては複雑な心境だが、それでも子どもたちのことを認めてくれたことがとても嬉しかった。「みなさん、お元気ですか?おじいさまの体調はいかがですか?」「大丈夫だ。薬は飲んでようだが、元気にやっているよ」父の言葉は、以前護さんが話してくれた時と一致している。私は、わずかな手の震えを抑え、小さく深呼吸をして呼吸を整えてから、一番聞きたかったことを尋ねた。「それなら良かったです。あの、玲とはよく会っていますか?家に来ることはあるのですか?」父は、一瞬だけ沈黙した。その沈黙が私の心臓を強く締めつけた。
華side「華、この近くに湖があるそうなんだ。少し散歩してから帰らないか」店を出た後、護さんはそう言って湖へと車を走らせた。車の中はいつもよりも静かで、少しだけ重苦しい空気が流れている。護さんの口数は少なく、私は窓の外を流れる景色をただ眺めていた。「足元、少し歩きにくいから気を付けて」湖畔に到着し車を降りると、護さんがドアを開けて手を差し伸べてくれる。その手に重ねて、私たちはゆっくりと湖畔を歩き始めた。「さっきの華からの質問にはビックリしたよ。まさか、あのタイミングで変なメールを見られるなんてさ。でも、嬉しかったな」さきほどの表情とは打って変わって、陽気におどけた様子で言ってくることが信じられない。そして、どこに嬉しいと思う場面があったのか、私にはさっぱり分からなかった。「え……?」「だって女性かどうか聞くのも、僕が他の女性と浮気とか親しい関係にあるんじゃないかと心配したということだろう?華が嫉妬してくれるなんて、なんだか嬉しいよ」(嫉妬……?)『浮気を疑われることは、相手の嫉妬心からくるもの』という解釈に、私の頭は追い
華side「ああ、これは産科の先生からのメールだよ」「産科の先生?先生とこんなメールをやり取りするの?それに、護さんは神宮寺家の専属医じゃないの?」「もちろん神宮寺家の専属医が本職だ。しかし、今は診る人も少ないからね。僕は、産科の医師でもあるから、知り合いの個人病院で臨時医として契約しているんだ。学会とか予定が入った時は代わりに診察したりするんだ。華のお父さんも知っているよ」「先生とのやり取りにしては、親しい間柄に見えたけど」「昔からの付き合いだからね。火曜日、研修で代理を頼むかもしれないって言っていたから、その返事だよ。行けることになったって」「そうなの。それなら、なんでイニシャルで登録しているの?私も他の人もフルネームで登録していたじゃない」私の問いに、護さんの目が泳いだ。「それは……登録する時に先生が自分で入れたんだ。イニシャルの方が誰か分からなくて面白いって。まあ、そんな登録しているのは一人だけだから、すぐに分かるんだけどね」護さんの話を聞いても、腑に落ちなかった。(イニシャルでわざわざ登録する?護さんは几帳面だから、もし相手が好き勝手に登