All Chapters of 拗れた愛への執着: 結婚から逃げた総裁に愛された: Chapter 801 - Chapter 810

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第801話

香織はレストランの入り口でふと足を止めた。引き返そうかと迷ったが、その時背後から圭介の声がした。「どうして入らないんだ?」彼女は振り返って圭介を見て尋ねた。「どうして憲一がここにいるの?」「奢ってくれるのは彼だからな、もちろんここにいるさ」圭介は彼女の肩を抱き寄せた。「もうすぐ一時だぞ。お腹、空いてないのか?」「……彼には会いたくないの」圭介は意外そうに目を細めた。「君たち、仲がいいんじゃなかった?しかも彼は君の先輩だろ?」圭介はそう言いながら、内心少しモヤモヤしていた。憲一が自分より先に香織と知り合っていたという事実が、なんとなく引っかかっていた。別にやきもちを焼いているわけじゃない。だって、憲一と香織の関係は純粋で、男女の関係なんてないから。でも、なんだか気分がスッキリしない。この気持ちがおかしいのかどうか、自分でもよくわからなかった。香織は彼をチラッと睨んだ。「由美が結婚するって聞いたんだけど、彼に会った時、もし由美のことを聞かれたら、どう答えればいいかわからないの」圭介はさほど気にする様子もなく、淡々とした口調で言った。「何も知らないふりをすればいい」香織は仕方なく頷いた。「そうするしかないわね……」二人は並んで店の中へと入った。すでに席についていた憲一は、彼らの姿を見ると笑顔で立ち上がった。「やっと来たな」「ちょっと用事があって遅れたの」香織は軽く微笑み、適当に答えた。彼女は圭介から電話がかかってきた時、二人で美味しいものでも食べに行くのかと思った。まさか、憲一が奢る場だったとは思いもしなかった。「もう料理は注文しておいたよ」憲一は言った。「お前たちの好みは、大体わかってるんだ」香織と圭介は並んで座り、憲一は向かいに腰を下ろした。「どうして今日は食事に誘ったの?」香織は尋ねた。憲一が急に食事に誘うなんて、少し気になる。これは単なる友人としての食事なのか、それとも……何かを聞き出そうとしているのか?「最近はずっと忙しくて、なかなか会えなかったからね。今日はちょうど時間ができたから、圭介に連絡してみたんだ」憲一は香織をじっと見つめた。「なんだか、俺を警戒してるみたいだけど?」「そんなことないわ」香織はすぐに否定した。「冗談だよ」憲一は珍しく微笑ん
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第802話

圭介は憲一を横目で見て、予想通りといった表情を浮かべた。「言ってみろ」憲一はため息をついた。「さっき香織に由美のことを聞こうとしたんだけど、どうも俺を警戒しているみたいで、結局聞けなかった。彼女、何か知ってるんじゃないか?」「考えすぎだ」圭介はきっぱりと言い切った。「最近は仕事に集中してるんだろう?その調子で続けろ」「……」憲一は言葉に詰まった。こいつ、自分が満ち足りた生活をしているから、こっちの気持ちなんて全然考えないんだな。自分は香織と幸せにやってるからって、他人の悩みはどうでもいいってわけか。「まあ、いいけどな」憲一は椅子にもたれかかった。圭介は箸を置くと、淡々と言った。「いい相手が見つかったら、ちゃんと向き合え。この世に女は一人しかいないわけじゃないから」「本当にそうか?」憲一はニヤリと笑った。圭介が以前、香織のことで沈みきって、生きた心地もしない様子だったのを、彼はしっかり覚えていた。圭介はしばらく憲一をじっと見つめると、鼻で笑った。「お前のためを思って言ってやってるんだ。余計なことを言うな」「ムキになった?」憲一は面白がるように言った。圭介は彼を相手にする気もなく、立ち上がって去ろうとした。ドアの前で彼は足を止めた。憲一に諦めさせるため、ずっと考え続けないようにと彼に言った。「香織が言ってた。彼女はもう新しい人生を選んだってな。だから、もう諦めろ」そう言い残し、一歩踏み出したが、すぐにまた止まった。憲一も後を追い、怪訝そうに尋ねた。「どういう意味だ?」「自分で考えろ」圭介は淡々と答えた。そして最後にこう警告した。「これからは香織って呼ぶな」「ずっとそう呼んでたんだから、いきなり変えるのは無理だろ」憲一はしれっと言った。簡単に了承してやるのも癪だし、圭介が気分よく過ごせるのも面白くない。ちょっとくらい、邪魔をしてやらないと。「まあ、頑張ってみるよ。でも、急には無理だな」そう言って憲一は大股で去った。圭介はただ立ち尽くし、その背中を見送った。あの野郎……死にたいのか…………香織が研究所に戻ったところ、峰也から「面会の方が見えています」と伝えられた。「誰?」「知らない方です。今、会議室でお待ちいただいています」香織は会議室へ向かいながら、
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第803話

慶隆は立ち上がって会議室を後にし、香織は自ら彼を見送った。慶隆の言葉を聞いて、彼女の心もずいぶん軽くなった。彼女は山本博士に連絡を取り、新日薬業との契約について話し合うよう促した。「まだ待つんじゃなかったのか?」博士は尋ねた。どうしてそんなに早いんだ?「問題を解決してくれる人がいるから、スムーズに進んでるのよ」香織は微笑んで答えた。「そうか、それじゃあ行ってくる」「君も一緒に行くか?」博士は少し考えてから言った。「私は行かないわ」もし自分が同行すれば、新日薬業に自分が関与していることを知られてしまうから。「でも私のボディーガンドを同行させて、あなたの安全を守らせるわ」香織は博士が一人でいじめられないか心配だった。「わかった、ありがとう」博士は言った。香織は鷹に博士を迎えに行かせ、そのまま新日製薬に向かわせた。彼女は研究所で結果を待った。ようやく夜の七時になって、鷹が博士を連れて戻ってきた。「うまくいった?」香織は尋ねた。「まあまあ順調だったよ」博士は言った。「危ないところもあったけど、何とか」「どういうこと?」博士は椅子に座ると、大きく息をついた。「彼らは私が契約するために来たと思ってたんだ。でも、『契約しない』って言った瞬間、みんなの顔が一気に真っ青になったよ。空気が張り詰めて、一触即発って感じだった。君のアドバイス通り、はっきり言ったんだ。『私は君たちを恐れてない』って。そしたら、彼らは『写真を盗んだのはお前か?』って詰め寄ってきた。俺は『ああ、そうだ。君たちがまず汚い手を使ったんだろ。俺はただ自分の権利を守っただけだ』って言い返した。そしたら、会社の中で俺に手を出そうとしてきたけど、鷹がいたから何もできなかった。その後、彼らのボスが急に電話に出たんだ。どうやら会社の中が大変なことになってたらしい。調査が入るって話で、俺にかまってる暇なんてなくなったみたいだ。それで、やっと帰らせてくれたんだ。まったく、危ないところだったよ……」「無事に戻ってきてくれてよかったわ」香織は言った。「新日薬業が告発されたのって……君がやったのか?」博士は尋ねた。「きっと、彼らが恨みを買った誰かがやったんじゃない?」香織は微笑みながら、真実を明かさずに答えた。博士は特に疑うことも
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第804話

普段の越人と様子が違う。圭介は疑問を持ちながら、越人が渡した書類を開いた。読み終わっても、特に異常は感じなかった。ただの会社の資料だ。「この会社と取引できるかどうか、考えてもらえますか?」圭介は軽く眉をひそめ、不思議そうに越人を見つめた。それはM国の日用品メーカーで、化粧品を扱う会社だった。化粧品業界と取引?うちの会社にはまったく関係のない分野だ。たとえ事業拡大を考えたとしても、少なくともこの分野ではないだろう。越人は慌てて説明した。「私が調べたところ、愛美はこの会社で働いています。もし私たちがこの会社と取引を持てれば、彼女に会えるかと思いまして」「……」圭介は言葉を失った。そんなに回りくどいことをする理由が、ただ会うため?「もしお前に会ったせいで、彼女が退職したらどうする?」「……」越人は言葉に詰まった。「そしたら次に彼女が飲食業界の会社に転職したら、お前はレストランでも開くつもりか?」圭介は尋ねた。越人は言葉を失った。圭介は席を立ち、越人の肩をポンと叩いた。「会いたいなら、素直に会いに行け。そんな回りくどいことはするな」越人は直接的になりたくないわけではなかった。ただ、彼女が自分に会ってくれないのではないかと恐れていた。「まだ行ってもいないのに、否定するのか?」圭介は彼の不甲斐なさに腹を立てた。越人は考えてみると、確かにそうだと思った。もし直接会えなくても、こっそり一目見て、彼女が今幸せに暮らしていると知れば、自分も安心できる。そうすれば、ずっと気に病むこともなくなる。彼はすぐに携帯を取り出し、航空券を予約した。航空券を予約し終えると、越人は尋ねた。「それで、前に言ったことはいかがでしょうか?」圭介は椅子に座り直した。「まだ彼女と相談していない」最近、香織は忙しそうだった。帰宅も遅く、まだ話すタイミングを見つけられていなかった。越人は疑問を抱いた。もし圭介が本気でやるつもりなら、こんなに悩むはずがない。「何か気になることがあるのでしょうか?」圭介は机の上で指を叩きながら答えた。「この件は、俺たちが思っているより単純じゃない。お前は香織の周りに人がいなくなれば、裏で手を引いている奴を炙り出せると言ったが、今回の手口を見ても分かるように、やつは慎重
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第805話

彼女は身の上の重みを押しのけようとした。けれど、どれだけ力を込めても微動だにしない。目を開けると、ほんのりと酒の匂いが漂ってきた。彼女は眉をひそめながら、柔らかい声で尋ねた。「お酒、飲んだの?」「少しだけ」彼は彼女の首元に顔を埋め、くぐもった声で答えた。「重い……」香織は彼をもう一度押し返そうとした。圭介は彼女の首筋にキスを落としながら、服を引き寄せつつ答えた。「重くない」彼の呼吸は次第に荒くなっていった。香織はその熱に包まれ、次第に抗う気持ちを失っていった。いつの間にか、彼女は力尽きていた。腕も脚も思うように動かなかった。しかし、圭介はなおも精力的で容赦なく求め続けた。「明日は……また……んっ……」彼女が言いかけた言葉は、すぐさま唇を塞がれ、すべて飲み込まれてしまった。長い時間が経って、圭介はようやく彼女を解放した。彼女は布団の下にぐったりと横たわり、動かず、かすれた声で言った。「薬、取って……」圭介は引き出しを開け、中の箱は空で、薬はなくなっていた。彼はコップに水を入れて持ってくると、そっと彼女の唇に当てた。「もうなくなってたよ」「あ……そういえば、前に最後の一粒を飲んだんだった……」「この薬、体に悪くないのか?」圭介は彼女の乱れた髪を整えながら尋ねた。「大丈夫。副作用はほとんどないから」彼女は目を閉じたまま答える。「また買わなきゃ……」そう言ったまま、彼女はすぐに眠りに落ちてしまった。圭介は、彼女に別の方法がないのか、それとも自分が薬を飲むべきなのか聞こうとしたが――あまりにも疲れきった彼女の寝顔を見て、何も言わずにそっと布団を掛け直した。そして、静かにシャワーを浴びに行った。……翌朝、香織は寝坊した。目が覚めた時、もう9時近くだった。急いで階下に降りると、圭介はすでに出かけた後だった。皆は朝食を食べ終わり、双はリビングで遊んでいた。彼女の姿を見て、佐藤が声をかけた。「朝ごはん、まだ温めてありますよ。今食べますか?」「食べない」香織は手を振って言った。恵子は彼女を呼び止めた。「忙しくても、食事を済ませてから出かけなさい。食事の時間なんてちょっとだけよ」香織は困った顔をした。「その通りです、体が何より大切です。お母様の言うことをしっ
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第806話

「愛美」越人は呼びかけた。しかし呼べば呼ぶほど、愛美はどんどん早く歩いていった。越人は走って彼女の手首を掴んだ。「そんなに急いでどこへ行くんだ?」彼の口調は軽く、感情を込めることなく淡々としていた。しかし、愛美には彼のように振る舞うことなどできなかった。彼女は越人の触れることをひどく嫌悪し、まるで汚されたかのように感じた。「放して!」彼女は厳しい口調で言った。だが、越人は手を離さなかった。「はるばる君に会いに来たんだ。それなのに避けられたら、俺は悲しくなるよ」彼は、愛美が過去を乗り越えられるよう、そっと優しい口調で言った。「俺の誠意に免じて、今夜、一緒に映画でもどう?」愛美は何の反応も示さず、冷たくまた言った。「放して!」越人は相変わらず手を離さず、笑みを浮かべたまま言った。「いいから、いいから」愛美は何度も振り払おうとしたが、どうしても振り解けなかった。極度の混乱と嫌悪の末、彼女は衝動的に越人の手に噛みついた。彼を振り払うために。しかし、口の中に血の味が広がっても、越人は微動だにしなかった。ただ、まっすぐ彼女を見つめ、静かに言った。「前にも、俺を噛んだことがあるよな」愛美の頭の中に、彼と初めて出会ったころの場面が素早くよみがえった。二人で揉み合っていた記憶、まるで昨日のように鮮明だった。しかし――もうあの頃とは違う。もはや、戻られない。「私はもう、昔の私じゃない……」彼女は越人を見つめて言った。「いや、君は君のままだよ。俺の中では、君はずっとあの頃のまま何も変わらないよ」越人は言いながら、そっと彼女を抱きしめようとした。愛美の顔色は瞬時に青白くなった。「触らないで!」彼女は泣き叫び、驚いた越人は無意識に彼女を放した。彼女の激しい感情が、周りの視線を集めた。愛美は冷静さを失い、狂ったように走り出した。越人は我に返り、急いで追いかけた。今回は無闇に近づくことなく、距離を保ちながら追いかけた。彼女が家へと戻るのを確認し、ようやく彼は足を止めた。愛美は部屋に駆け込んだ。突然戻ってきた娘を見て、晋也は驚いて尋ねた。「どうしたんだ?」出勤したんじゃないのか?今日は休みでもないのに……心配になり、彼は娘の部屋のドアを叩いた。コンコン!「
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第807話

越人は、晋也が何を言おうとしているのか察し、先に自分の気持ちを伝えた。「時間が経てば、すべてが薄れていくと思います。愛美が受けた傷も、長い年月の中で少しずつ癒えていくはずです。傷跡は残るかもしれませんが、ずっと痛み続けることはないと信じています。だからこそ彼女のそばにいて、これからの時間を一緒に過ごしていきたいんです。どうか、愛美を私に託していただけませんか。一生、彼女を大切にすると約束します」晋也は、彼に確認したかった言葉を飲み込んだ。「彼女はまだ落ち着いていない。少し時間をあげてほしいんだ」越人は静かに頷いた。「ただ、彼女の様子を見たくて来たんです。まさか、こんなに動揺させてしまうとは思いませんでした」「俺や周りの人間には、愛美は冷静でいられる。でも、お前に対してはそうはいかない。それは、お前のことを大切に思っているからだ。お前の考え、お前の気持ちを気にしているからこそ、感情を抑えきれないんだ。そのことを理解してやってほしい」晋也は言った。「……わかっています」越人は、そういうことを気にする男ではなかった。「今はどこに泊まっているんだ?俺にもう一軒家があるが……」晋也は尋ねた。「ライスホテルです。仕事の合間を縫って来たので、またすぐに戻らないといけません。だから、宿泊先の心配はいりません。ホテルが便利ですから」晋也は頷いた。「何かあったら、遠慮なく連絡してくれ」「ありがとうございます」越人は、愛美が家で一人でいるのを心配していた。そこで、晋也を家に帰すことにした。晋也は、越人の気持ちが本物であることを感じ取り、安心した。そして、自然と彼を家族のように思うようになっていた。「愛美のことは俺がしっかり見守る。だから、心配しなくていい。彼女の様子を知りたくなったら、俺に連絡してくれ」……カフェから帰ると、晋也はリビングに座る愛美の姿を見つけた。彼は歩み寄り、笑いながら尋ねた。「落ち着いたか?」愛美は、さっきまでの激しい感情をようやく鎮めていた。先ほどのように取り乱すことはなくなったものの、まだ心の奥にわだかまりが残っていた。彼女は気まずそうに微笑んで言った。「さっき会社に電話して、今日は休みを取ることにしたの」晋也は水を一杯注ぎ、彼女の隣に腰を下ろすと、静かに尋ねた。「気分は良
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第808話

ドアの前に立っているのが愛美だとわかると、越人のしかめっ面はすぐにほぐれ、驚きと喜びの表情に変わった。「どうして来たんだ?俺に会いに来たのか?俺が無駄足を踏むのをかわいそうに思ったんだね?」愛美は目を伏せ、その視線が彼の手の甲にある傷に向かった。その傷を見た瞬間、彼女の目に一瞬、痛みの色が浮かんだが、すぐにそれを隠した。バッグの取っ手を握る指が少しずつ強くなり、彼女は声をできるだけ平静に保ちながら言った。「あなたに会いに来たわけじゃない、少し話がしたかっただけ」「とりあえず入って」越人は身をかがめた。愛美は歩を進め、部屋に入った。彼女の視線がすぐにテーブルの上の食べ物に移ったが、どう見ても手をつけていない様子だった。「昼ごはん、食べなかったの?」「まだお腹空いてないんだよ。何か飲む?」越人は笑いながら答えた。「喉は渇いてない」愛美は椅子に腰を下ろし、まっすぐ彼を見つめた。「座って。話があるの」越人のコップを持った手が一瞬止まり、それからコップを置いた。たぶんそれは別れの話だろうと感じたのだ。彼は深く息を吸い込み、心を落ち着けてから、彼女の前に座った。「俺は別れない」愛美が用意していた言葉が、彼の一言によって封じられ、思わず眉をひそめた。越人は彼女を見つめ、穏やかに微笑んだ。「時間ならやるよ」「十年よ。それでも待てる?」愛美はわざと長い年数を言って、彼に諦めさせようとした。だが、越人は微塵の迷いもなく、はっきりと答えた。「一生でも待てる」「……バカじゃないの?」彼女は思わず口走った。「バカじゃない。ただ、お前を手放したくないだけさ」越人は軽く笑った。「君が浮気したわけじゃない。なら、俺が別れる理由はどこにもないんだ」愛美は両手をぎゅっと握りしめ、まっすぐに彼を見つめた。「もう好きじゃないの」「そんなことあるか?ずっと愛してたんだろう?」「……」愛美は言葉に詰まった。以前の彼はこんな風じゃなかった。いつも真面目な顔をしていた。突然こんな風に型破りなことを言われて、愛美はどう返していいかわからなかった。越人は軽く目を伏せ、彼女の強く握られた手を見つめ低い声で言った。「俺が植物人間になったときも君は俺を嫌わなかった。目を覚まさないかもしれないって分かっていても、俺
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第809話

越人は彼女を見つめ、微笑んだ。「君の怒っている姿も好きだよ」怒るということは、自分を気にかけている証拠だ。ほかの女に自分の身体を分けたくないということだ。愛美は頭を下げ、知らず知らずのうちに声がかすれた。「あなた、本当にうるさい」越人は優しく、試すように両腕を広げて彼女を抱こうとした。今回、愛美は彼を押し返さず、彼のシャツの襟をつかんで強く抑えようとしながらも、抑えきれない涙声で言った。「お願い、困らせないで」彼女の肩はわずかに震えていた。そして、とうとう涙がこぼれ落ちた。彼女は越人の胸に寄りかかった。「私、もうあなたと一緒になる資格がないと思うの」越人は彼女を強く抱きしめ、彼女の髪や頬にキスをした……彼の唇が愛美の耳元に寄せられた。「君の初めては、俺だったな。俺が手にしたのは、君の、最も純粋な姿だった」「……違う。私は、もう純粋じゃない……」「しっ」越人は彼女の唇に指を当て、静かに囁いた。「それらはもう過ぎ去ったことだ。君を傷つけた奴らには、もう報いを受けさせた。やつらは、これから先ずっと牢獄で生き地獄を味わう」「でも……」「本当に、俺が君のために彼らのように生き地獄を味わうのを見たいのかい?」愛美は清らかで、やせてはいるが美しい顔を上げ、涙でいっぱいの瞳で彼を見つめた。「いいえ、そんなの嫌よ。あなたには幸せでいてほしい。平穏でいてほしい……」「君と一緒にいることだけが、俺の幸せなんだ。わかってるかい?」越人は彼女の額に軽くキスをした。「俺を信じて。たった一度でいい」そして彼は目を閉じ、温かい唇が彼女の涙を拭うように、目の端に優しくキスをした。「俺を悲しませないで」愛美は彼の首をしっかりと抱きしめ、顔をその首に埋めながら言った。「私、あなたのことがすごく好きで、どうしたらいいのか分からない。もし誰かが苦しむなら、私がその痛みを引き受けたいの」越人は彼女の腰を抱きしめた。「信じろ。闇はいつか晴れる。俺たちがたどり着くのは、明るい光が降り注ぐ、命に満ちた春の世界だ」「……私、何も考えずに、何の重荷もなく、ただあなたと一緒にいていいの?」「もちろんだ」越人はかすれた声で言った。「君を手放すつもりなら、ここには来なかった」愛美はますます激しく泣きじゃくった。抑えきれない、か
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第810話

「冗談だよ」越人は笑いながら言った。愛美は立ち上がった。「もう、1人で食べて」越人は彼女を引き止めた。「本当に怒ったのか?なら、君も俺をからかってみてよ」愛美は彼を見つめた。「どうしてそんなに変わったの?」まるで別人みたいだ。以前の彼は、こんなことをする人じゃないのに。短期間で、どうやってここまで性格を変えたのか?「楽しませたいだけだよ」越人は彼女を椅子に座らせながら言った。「はい、はい、もうからかわないよ。今度は君がこのステーキを持って、俺をからかってみて」愛美は呆れつつも、思わず笑ってしまった。「そんなことしないわよ。子供っぽすぎる」越人は、彼女が微笑む顔を見つめながら、口元にほのかな笑みを浮かべた。食事を終えた後、二人は午後の映画を観に行った。昼間の映画館は人が少なく、まるで貸し切りのようだった。広いシアターの中に、彼らしかいなかった。二人は並んで座って、越人は彼女を抱き寄せて言った。「俺の肩に寄りかかって」愛美は素直に身を寄せ、小さく囁いた。「前はこんなことしなかったのに」「どんなこと?」越人は目を伏せて尋ねた。「こんなふうに」愛美は映画に視線を戻した。「ちゃんと映画観てよ。こうやって一緒に映画を観るの、初めてじゃない?前はいつも『時間がない、時間がない』って、毎日忙しかった」「……」越人は言葉に詰まった。しかし、愛美がリラックスしているのを感じ、彼はふっと微笑んだ。「これから、ちゃんと時間を作って君に会いに来るよ」愛美は心が温かくなり、そっと彼の胸に寄り添った。「うん」彼らが見たのはラブコメディだった。笑いと感動が詰まった物語に、二人の心も温かくなっていった。越人と一緒にいるうちに、愛美の気持ちは少しずつ穏やかになっていった。翌日、越人が帰る時、愛美の心は強い寂しさに包まれた。しかし、それを表には出さなかった。「時間ができたらまた来るよ」越人は言った。愛美は笑顔で頷いた。「うん」しかし、飛び立つ飛行機を見つめていると、彼女の目が赤くなってしまった。……華遠研究センター。香織はこの間、動物に心臓を移植した後の体の変化の記録を確認していた。今のところ、すべて正常範囲内だった。「これで成功したんじゃないですか?」峰也が言
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