「牧野さん、あなたですか?」その時突然、明凛を呼ぶ声が聞こえてきた。明凛と涼太の二人は声がしたほうへ顔を向けた。唯花は淡々とお酒を飲んでいて、悟のことなど見ていないようだった。「九条さん?」こんなところで悟に会うなんて、明凛は意外に思った。悟は言い訳をした。「週末、友人たちと酒でも飲んで日頃の疲れを癒そうと思って。それがまさかこんなところで牧野さんに会うとは思ってませんでしたよ。座ってもいいですか?」明凛は笑って言った。「ここに座ってください。お友達はまだ来てないんですか?」彼女は周りを見たが、彼一人だけだった。悟は椅子に腰かけてから、唯花に挨拶をした。唯花は軽く会釈をして彼に挨拶を返した。「友人たちはもう帰りましたよ」悟はあのスケッチを見つけ、明凛に尋ねた。「これは誰が描いたんです?ちょっと見させてもらってもいいですかね?」明凛は親友のほうを見て、悟はすぐに唯花が描いたものだとわかった。唯花はこの時、お酒を飲むことにしか関心を向けておらず、ひとこともしゃべらなかった。悟は彼女が見せる気はないと思い、その紙を手に取ることはなかったが、何が描かれているのかは、はっきりと見ることができた。彼は一目でそれが理仁だとわかった。そして、心の中で呟いた。社長夫人、絵の腕前はなかなかじゃないか。理仁にそっくりだ。だが、わざわざ心臓まで描いてあり、しかもそれはとても、とても小さく描かれていた。これは……つまり心が狭い奴だと?理仁の絵の横には馬か牛であろう動物と鹿も描いてあって、その上には底が抜けた丸があるが、これはどういう意味だ?悟は絵を見て、また唯花のほうを見た。彼女の顔は真っ赤に染まっていて、目も視点が定まらない様子だった。これは彼女はもう完全に酔っぱらっている。「内海さん、この絵はあなたが描いたんですよね。とてもお上手ですね!」この絵の意味は――理仁と牛と鹿!いや、違う!悟はもう一度よくその絵を見てみた。理仁と、馬?牛?それから底の抜けたマル?悟はその絵を暫く見つめ、よく考えを巡らし、ようやくどういうことか理解したらしい。これは牛じゃなくて馬で、隣に鹿がいるから「馬鹿」そして、マルが抜けて「まぬけ」か。これは、これは!社長夫人ときたら、人を罵るにもなかなかセンスのあ
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