その後、弘次は弥生と言い争いを続けることはしなかった。弥生が何を言っても、彼はどこまでも穏やかな口調で返してくるからだ。彼女を縛り、傷つけながらも、まるで「君のためだ」とでも言いたげな顔を平然としている。弥生がどれだけ怒り、どれだけ辛辣な言葉を投げても、弘次は動じることなく受け流した。そんな相手と口論しても意味がないと悟った弥生は、ひなのと陽平を連れて部屋へ戻った。部屋に戻ると、弥生は窓際に立ち、しばらく外を見つめていた。五分ほど経った頃、彼女の視界に、弘次が車に乗って出て行く姿が映った。しかも、普段屋敷を取り囲んでいた人員の多くも一緒にいなくなっていた。弥生は思わず息を呑んだ。友作は、これを予期していた?でも、弘次はもともと自分をここに閉じ込めるつもりだったはずだが。それなのに、なぜ人を引き払ったのか。まさか、誰かが自分の居場所を突き止めた?だとしたら、普通はすぐに他の場所へ移すはずなのに......思考を巡らせる弥生の耳に、ノックの音が響いた。弥生は素早くドアの方へ行き、扉を開けた。そこに立っていたのは、やはり友作だった。「霧島さん」「はい?」弥生が言葉を継ぐ前に、友作が低く切り出した。「霧島さん、陽平くんとひなのちゃんを連れて、僕と一緒に来てください」数分後。友作はひなのを抱え、弥生は陽平を抱いて、急ぎ足で屋敷を抜けた。道は驚くほど空いていて、車一台も止められなかった。弥生の心臓は早鐘のように打ち続けた。まるで大脱走だ。やがて一台の車の前に着くと、友作は素早くドアを開け、弥生たちを促した。弥生と子どもたちが乗り込むと、友作もすぐにシートベルトを締め、振り返って言った。「霧島さん、申し訳ないのですが、これから座席の下に身を伏せていただけますか」あまりの提案に、弥生は目を見開いた。「ただ伏せるだけで、本当に見つからない?」友作は唇を引き結び、真剣な表情で答えた。「車のドアを開けられなければ、見つかりません」それで意味を察した。ドアさえ開けられなければ、存在が気付かれない。でも、もし運悪く開けられてしまったら......「これが僕に残された、ただ一度のチャンスです。失敗しても、黒田さんは霧島さんをどうこうしません」「でも..
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