珠子は静かにシートベルトを外し、ドアに手をかけた。だが、そのまま黙っては降りられなかった。「遼一さん、私に......言いたいこと、ないんですか?」遼一はフロントガラス越しに、明日香の背中が完全に見えなくなるまで目を離さなかった。「珠子、試験が近いんだから。余計なことは考えずに、勉強に集中しなさい」もしその時、遼一が彼女の方を振り返っていたら、珠子の瞳に浮かぶ涙も、唇を噛みしめて耐える表情も目にしただろう。珠子は、ただ一言でも遼一から何か言葉があれば、それでよかった。理由でも、言い訳でも構わなかった。けれど彼は沈黙のままだった。落胆の色を隠しきれず、珠子は車を降りた。自分は、彼にとって一体何なのだろう。一方その頃、明日香は教室には戻らず、職員室へ直行して担任に会った。クラス替えの手続きが終わると、教室に戻り、黙って机の中の荷物をまとめ始めた。教科書、ノート、問題集。特別なものはない。けれど、それは彼女の過ごしてきた日々の痕跡だった。チャイムが鳴る少し前、明日香が教室に入ると、静まり返っていた空気がざわつき始めた。「え、マジで明日香、クラス替えすんの?」「見てみ、廊下に6組の担任いる。マジで行くぞ、あいつ」中には「6組で何日もつか賭けようぜ」と冷やかす声も混ざっていた。「3日でギブだろ」「6000円で俺は1日」「じゃあ俺は1週間ってことで」彼らの声は、皮肉と偏見に満ちていたが、明日香は一瞥もくれず、荷物を肩に担いで教室を出た。「渡辺先生、準備できました。お願いします」渡辺真弥(わたなべ まや)帝都でも指折りの実力を誇る進学指導のプロ。彼女の教え子は皆、全国トップレベルの大学へ進学している。明日香は、ついていけるのか不安を感じながらも、歩を進めた。「6組に入ったからには、6組のルールに従ってもらうわ。まず、恋愛は禁止。それから、受験までの半年間は学習に関係ないものの持ち込みも禁止。夜は45分の補習が2コマ。昼食と夕食は、通常より30分遅れで食堂に向かうこと。6組のスケジュールは想像より遥かに厳しい。覚悟がないなら、今のうちに引き返して」渡辺の言葉には一切の甘さがなかった。「あと、前回の定期試験で順位が下がったら退学。学年30位以内にいなければ、即除籍。わかった?」「はい。わか
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