玄関で靴を履きかけていた樹は、ふと何かを思い出し、振り返って千尋に言った。「桜庭家の者に伝えてくれ。打撲と捻挫の薬を後庭まで持ってくるように、と」「かしこまりました」何があったのかはわからなかったが、千尋は出発前に使用人と手伝いの者に荷物を預け、後庭へと向かわせた。その頃、プールサイドでは音楽が最高潮に達していた。ふと視線を上げた哲は、遠くから歩いてくる見慣れたシルエットに気づいた。目を凝らしてよく見ると、それは淳也だった。そして、彼の肩に担がれているのは......女?おいおい、成人したばかりでこんな大胆な遊びに走ってんのか?まさか......そんな、もう童貞捨てたってのかよ!だが、次に聞こえてきた声で、哲は仰天した。「うわっ!」その声――性別が変わろうと、明日香の声は聞き違えようがない。淳也は明日香の身体を、乱暴に椅子へと投げ出した。「重いんだよ、豚みてぇに。ちょっとは食う量、減らせっての」「余計なお世話よ!」と叫ぼうとした明日香だったが、次の瞬間、胃が裏返るような激しい吐き気に襲われ、身をひるがえすや否や、さっき食べたものすべてを吐き出した。胆汁まで混じった苦い嘔吐物。来る途中、あまり空腹を感じなかったために夕食を抜いていたが、そのせいで今、胃が痙攣するほど痛んでいた。「うわあっ!俺の服に吐きやがって......殺すぞ!」哲は思わず目を閉じて視線を逸らした。見ているだけで自分まで吐きそうだった。......汚ねぇ、本当に、汚い。吐き終わった明日香を見届けた淳也は、うんざりした様子で首の後ろを掴み、ずるずると引き起こした。その目には、はっきりと嫌悪の色が浮かんでいた。そして、そのまま哲に向かって怒鳴った。「何ぼさっと突っ立ってんだよ?さっさと失せろ、目障りなんだよ!」「はあ?何それ、俺のせいなの?俺が何したってんだよ......!」哲は怒りに震えながらも、「消えろ!」という一喝に押され、しぶしぶ後始末に向かった。そのとき、薬箱を手にした使用人がやってきた。「お嬢様、お薬をお持ちしました」吐ききってようやく落ち着いた明日香は、その好意に素直に断るのもためらわれたが、すでに身体は少し楽になっていた。「でも......薬なんて、私、頼んでませんけど......」
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