かつて明日香は、頻繁に遼一を追いかけて会社に現れていた。そのため、受付の社員たちは彼女を見るたびに露骨におびえた表情を見せた。なにしろ、明日香は「厄介なお嬢様」として社内でも有名だったのだ。「お嬢様、本日は遼一社長にお会いですか?ただいま会議室で来客と面談中のため、少々お待ちいただくことになるかもしれません」受付が恐る恐る声をかけると、明日香は淡々と答えた。「お水を一杯いただけますか?ありがとう」「は、はい......」受付はあまりの驚きに、表情が一瞬で固まった。「ありがとう」って、明日香の口からそんな言葉を聞いた記憶は一度もない。耳を疑いたくなるような衝撃だった。すでに遥を34階へと先に向かわせており、明日香は邪魔にならないよう休憩室へと足を運んでいた。ソファに腰を下ろし、傍らに置かれていた美容雑誌を手に取り、退屈そうにページをめくり始めた。ちょうどその頃、中村が32階での用事を済ませて通りかかったところ、受付に呼び止められた。「中村さん、ちょうどよかった。遼一社長宛の書類をお預かりしてます」中村は書類の入った封筒を受け取りながら、休憩室の奥に見えた人影に目を止めた。長い髪、座る姿勢、雑誌をめくる仕草。どう見ても明日香だ。だとすると、さっきエレベーターで上がっていった人物は......?中村の目が鋭くなった。「......彼女、何しに来た?」「分かりません。来てすぐに座って......それからは、ずっと雑誌を見てます。あの、中村さん......何かあったんですか?」受付は小声で答えた。その問いに、中村はぴしゃりと冷たく言い放った。「余計な詮索はするな。仕事に集中しろ」「は、はい......」受付はそれ以上口を開けず、ただ中村がエレベーターに乗り込む後ろ姿をぼんやりと見つめた。どれほど時間が経っただろうか、明日香はすでに何杯目か分からない白湯を飲み終え、手元にあった模試の問題集もすべて解き終わっていた。筆箱を片付け、ふと外を見やると、窓の外にはすっかり夜の気配が広がっていた。普通に考えれば、遼一はもう退社しているはずだ。時計を見ると、すでに19時半。うとうとしていたのは明日香だけではない。34階の社長室――そこでは、社長専用の椅子に遥が身を預け、静かに眠っていた。明日
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