明日香は寝床に慣れるまで時間がかかる性質で、この夜も熟睡できず、うつらうつらとした浅い眠りを繰り返していた。モーニングコールの電話が鳴り響くまで。目を覚ましたときには、千奈はいつの間にか身支度を整え、化粧鏡の前で髪を結い終えていた。明日香はベッドに腰掛け、目の下にはうっすらとクマが浮かび、どこか疲れた表情を見せていた。鏡越しに彼女を見やりながら、千奈が声を掛けた。「今日は学校に行く日だよ、忘れないで。自分がどのクラスか分かってる?」明日香は眉間を押さえ、力なく返事をする。「分かってるならいいわ。私は一緒に行かないから。もし道に迷ったら、その時は電話して」「はい」千奈は今日は特に念入りに化粧をして、顔のそばかすを隠し、黒縁の眼鏡をかけていた。机の上に置かれたルームキーを見て一瞬ためらったが、結局手に取り、バッグを背負って出ていった。部屋のドアを開けると、ちょうど俊明と元良も出てきたところだった。「明日香は?」と俊明が尋ねる。千奈は眼鏡を押し上げながら淡々と言った。「彼女は起きたばかり。待たなくていいわ、先に先生と合流しましょう。一人で迷子になるほどじゃないから」元良は髪をかき上げ、冷えた息を吐いて言った。「それはまずいんじゃない?先生は特に注意してたよ。彼女を安全に学校に連れて行けって。もし一人にして迷子にでもなったら、どう説明するつもり?彼女は藤崎の奥様なんだ。今回のパリ滞在の経費を全部負担してるのは藤崎グループだぞ。そんな扱いをしたら、後で彼女が一言でも告げ口すれば、俺たち三人とも叱られるのは目に見えてる」千奈は無表情のまま彼を見返した。「行きたいなら自分で連れて行けばいい。私はそんな暇ないわ。私たちは試合に参加するために来たのであって、お嬢様にご機嫌を取るためじゃない。先生が私たちに何を期待してるのか、忘れないことね」そう言い捨てて千奈は背を向ける。俊明は去っていく背中を見送りながら、笑って元良の肩を軽く叩いた。「千奈の言うことも一理あるさ。お前がいくらペコペコしたって、相手はお前を見向きもしない。もう持ち主がいるんだからな。骨折り損のくたびれ儲けはやめとけ。それより今回の試合で賞を取ることを考えろよ。女心に優しいなら、ここで彼女を待ってやれ。俺と千奈は先に朝食に行く」そ
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