「もう行くの?」明日香の声が静かに響いた。樹は無表情のまま彼女を見つめ、包帯を巻かれた手に視線を落とすと、その瞳の色が一層深まった。「……婚約式は予定通りに執り行う。僕が望んだことだし、急な中止は藤崎家の評判を傷つける。ただし、いつ取り消すことになるかは保証できない。今後は学校と自宅以外、どこにも行くことを禁じる」明日香は答えず、手にしたファイル袋をテーブルに置き、淡々と口を開いた。「車が故障したから修理に出したの。使用人があなたの車から見つけたものよ。お酒はほどほどにして。先に部屋に戻るわ」「待て」振り返ろうとした彼女を、樹が鋭く呼び止めた。「まだ何か?」「中身が気にならないのか?」明日香は俯き気味に答えた。「それはあなたの物。私が勝手に開ける権利はない」樹は彼女の前に立ち、見下ろすように冷たい眼差しを向けた。「今、その権利を与える。開けろ」明日香は動かなかった。樹は危うげに目を細める。「どうした、怖いのか?それとも……恐れているのか?」明日香は黙って封を切った。「中身を出せ」命じられるままに、明日香は写真を取り出す。醜悪な写真を凝視しながら、樹は彼女の反応をうかがった。だが、明日香は意外にも平然としていた。「言い分はあるのか?」明日香は落ち着いた眼差しで彼を見据える。「ここ数日、あなたが帰ってこなかったのは、このため?さっき落ちた時に見えたの。あの瞬間、私が何を思ったか分かる?あなたが私を調べていて、ほかにどんな秘密を抱えているのかって。そして……こんな事態なのに、あなたは一言も私に問いたださなかった。ただ一言でも問い詰めてくれれば、説明できたのに。でも、あなたはそうしなかった。樹……私のすることは、あなたにとって説明する価値すらないの?それなのに、南緒さんのことなら信じるのね?もし私たちの間に最低限の信頼さえないのなら、長くは続かない。もし……婚約の延期があなたの決断なら、その選択を尊重する。無視し合っても、何ひとつ解決しない。あなたが南緒さんに会いに行ったことは、さっき父から聞いた。隠す必要なんてなかったのに。樹……嘘はつきたくない、でも騙されるのも嫌なの」樹は突如、漠然とした不安に襲われた。何かが手の中から零れ落ちていくような感覚。掴もう
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