明日香が部屋に籠ってから、リビングには静寂だけが沈殿していた。遼一が今、何を考えているのか。それは明日香には分からなかった。先ほど自分が吐き出した言葉を気にしているのか。悔いているのか。それとも、これまで明日香にしてきたことのすべてを後悔しているのか。だが、明日香の知る遼一は情けという言葉から最も遠い人間だった。冷酷さを己の芯に据え、決めたことを後悔するような男ではない。彼は淳也を利用して藤崎グループを奪い、淳也が追い詰められて明日香の命を盾に脅した時でさえ、眉一つ動かさなかった。最後に淳也は飛び降りを選び、明日香に「ごめんなさい」と場違いな言葉を残して彼女を突き飛ばし、そのまま身を投げた。震え崩れ落ちた明日香に、たとえ夫であっても遼一は手を差し伸べなかった。ただ冷えた瞳で見下ろし、葵を連れて背を向けた。遼一の冷酷さは、とっくに骨の髄まで思い知らされていた。生まれ変わったところで、誰かに情けをかけるような男になるなど到底思えなかった。明日香は身支度を整え、ベッド脇に腰を下ろし、経典をゆっくりと訳しながら読んだ。夜十一時、眠気が押し寄せ、本をそっと脇に置いて照明を落とし、そのまま眠りに落ちた。リビングでは、煙が薄く漂っていた。灰皿には吸い殻が山のように積もり、灰が床に散らばっている。遼一は、明日香がどこまで知っているのか掴めず、胸の内に渦巻くこの複雑な感情を、これまで一度も味わったことがなかった。子供……明日香の子供……遼一は、自分が父親になる未来など一度も望んだことはなかったし、自分が良い父親になれるなどと思ったこともない。退屈で味気のない結婚生活ならなおさらだ。本気で望むなら、彼の立場なら子供などいつでも手に入る。しかし、「結婚」「子供」という言葉が脳裏に像を描いた瞬間、これまでどの女にも抱かなかった思いが、不意に胸の奥からせり上がってきた。もし、自分と明日香の間に子供ができたら──瞬時に光景が浮かぶ。家の中で、赤ん坊を抱き、微笑んで彼を迎える明日香の姿。「……お帰りなさい。ご飯、もうできてるわ。今日、赤ちゃんはすごくいい子だったのよ」まるで夢の断片のようなその幻に、遼一はそっと目を閉じた。心の奥底から、正体の掴めない渇望がひたひたと込み上げる。その光景を、このまま貪る
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