All Chapters of 総裁、早く美羽秘書を追いかけて!彼女の値打ちは3000億円に達したからだ: Chapter 101 - Chapter 110

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第101話

美羽の実家は、奉坂町という町にある。ここ数年、全国各地で観光業の発展が進められており、奉坂町も「歴史や文化を感じさせる古い町並み」として整備され、多くの観光客を惹きつけている。全体的に見れば、この町はそれほど発展が遅れているわけではない。彼女の実家は路地裏にあり、車は入らない。美羽は両手に袋を提げ、3年ぶりの我が家の玄関ドアの前に立った。ドアは開いていた。このような路地の民家では、夜でなければ、日中はドアを開けっぱなしでも、特に危険ということはない。中に入ろうかどうか迷った。どんな表情で、どう挨拶すればいいか悩んでいたところ、中から誰かが出てきて、彼女は思わず壁の後ろに身を隠した。そっと覗くと、出てきたのは母、真田朋美(さなだ ともみ)だった。朋美は草の束を手に、玄関前の水道で洗っていた。それが仙草であることを、美羽はすぐに分かった。仙草は煮出してデンプンを加え、冷やせばゼリー状に固まり、仙草ゼリーが作れる。それに黒糖をかければ、涼しくて喉の渇きを癒すデザートになり、夏に欠かせない一品だ。かつて彼女は仙草ゼリーが大好きだった。母はよく仙草を摘んできては作ってくれたが、家を出てからというもの、一度も食べなかった。ぼんやりしていたその時――「ガシャーン!」と大きな音が響いた。家の中から父、真田正志(さなだ まさし)が出てきて、朋美がそんなことをしているのを見るや否や怒り出し、野菜洗い桶を足で蹴飛ばしたのだ。「そんなくだらないもん弄ってるヒマがあるなら、少しは金になることを考えろ!お前のその病気にいくらかかるか、わかってんのか!」美羽は愕然とした。――病気?母が?目を凝らしてよく見ると、たった3年で母は確かに老け込み、やせ細っていた。黄ばんだ白いセーターを着て、小さな椅子に腰を下ろしている。蹴り飛ばされた仙草を見つめる彼女の顔は、生気を失っていた。朋美は無感情なまま仙草を野菜洗い桶に戻しながら、淡々と言った。「分かってるよ……だから治療はしないって言ったじゃない。生きられるだけ生きて、ダメになったら火葬にでもしてくれればいい。たいしたことじゃない」正志は怒鳴り返した。「死ぬだと!?お前はそれで楽になるだろうが、俺はどうなる!?これからずっと罪悪感抱えて生きろってのか!なんて自己中心的なんだ
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第102話

美羽は、朋美に心肺蘇生を5、6分間続けて行い、ついに朋美の眉がぴくりと動いた。すぐさま耳を当てて心音を確認すると、鼓動が戻っている。呼吸も感じられる。美羽は喜びのあまり涙をこぼしながら、必死に呼びかけた。「お母さん!お母さん!」しかし朋美はまだ目を覚まさなかった。美羽は再び心臓マッサージを続けた。しばらくして、路地に救急車が到着した。医療スタッフが担架で朋美を運び、病院に着くとすぐに処置室へと運ばれた。美羽と正志は、外で足止めされた。突然の出来事に、正志は膝から崩れ落ち、地面に座り込んだ。顔色はひどく悪かった。それに比べ、美羽は落ち着いていた。彼女は正志の前に立ち止まり、しばしの沈黙の後、彼を椅子に座らせた。その後、自販機で水を2本買い、1本を正志に渡した。正志は飲まず、ただ手に握りしめたままだったが、少しは落ち着いたようだった。美羽は率直に訊いた。「お母さん、何の病気なの?心臓が何か……」正志は目を閉じ、深く溜め息をついて答えた。「……ああ、心臓だ。半年前に分かったんだ。でももう手遅れだって医者に言われたよ。今、お母さんの命を救う方法は……心臓移植手術しかないんだ」すでにそこまで深刻だったとは――喉がカラカラに乾いて、痛みさえ感じた。ペットボトルの水を半分ほど飲み干し、椅子に腰を下ろしたまま黙り込んだ。正志は何度も彼女を見て、言いたげな様子だったが、結局言葉を発せずにいた。しかしこの時の美羽は、処置室の中にいる母のことしか頭になく、何も話す気にはなれなかった。沈黙のまま、2時間が経った。処置室のドアが開き、美羽はすぐに立ち上がり医師の元へ駆け寄った。「先生、母の状態はどうですか?」医師は落ち着いた声で答える。「現在、命に別状はありません。ただし――真田さん、以前もお話しましたが、患者さんの状態では、心臓移植手術が必要です。でないと、次に心停止が起きたときに助かる保証はありません」正志は口を開こうとしたが、言葉が出なかった。助けたい気持ちはあっても、その費用は彼にとって、とんでもない額だ。美羽は正志を一瞥し、医師に尋ねた。「先生、この手術の費用は……大体どれくらいですか?」「手術と、その他の医療材料などを含めて……おおよそ3千万円です」神経が少し緩み、彼女
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第103話

美羽は黙って母の話を聞いていた。胸の奥が締めつけられるように痛み、ティッシュを取ってそっと母の目尻の涙を拭った。「大丈夫だよ」とも、「恨んでなんかないよ」とも、どうしても口にはできなかった。けれど……今の彼女には、もうあの頃ほどの憎しみはなかった。「過去のことは水に流して、話すのをやめよう。お母さんを恨んでないし、私のことも心配しないで。この数年、思ったよりちゃんと生きてきたの。……手術費も、私が出すから心配しないで。適合するドナーが見つかれば、すぐ手術しましょう」朋美はかすかに微笑んだ。「あなたが元気なら……それでいい。本当によかった……」彼女の耳に届いたのは、「思ったよりちゃんと生きてきた」の一言だけだった。美羽は長い時間、母のそばにいた。お粥を少し食べさせ、夜、母が眠りについたのを見届けてから病室を出た。病室の前の椅子に正志が座っていた。彼女の姿を見るなり、立ち上がって、どこか落ち着かない様子を見せた。何か話したそうだったが、過去のあれこれと、今までの溝が、その口を重くしていた。先に口を開いたのは美羽だった。「お姉さんと心音は?」正志はすぐに答えた。「お姉さんは旦那さんと清区で働いてて、この前子どもが生まれたばかりだから、明日来てもらうことにしたんだ。心音は……2年前に男と一緒に出て行って、それっきり連絡が取れないんだ。どこにいるのかも、分からない……」美羽はしばらく黙り込んだ。たった3年で、家の中にこんなにもいろいろなことが起きていたとは。彼女はスマホを取り出した。「キャッシュカード、貸して」正志は本能的にカードを差し出した。美羽は口座番号を入力し、200万円を振り込んだ。「とりあえず、今はお母さんの看病に集中して。治療費が足りなければすぐ教えて。先生の話、お父さんも聞いてたでしょ。お母さん、感情が高ぶったら命にかかわるから、絶対怒鳴ったりしないでね」正志は小さくうなだれ、しぼんだ声で答える。「……分かってる」「それに、病院に付き添い用の簡易ベッドが貸し出されているはずだから、看護師さんに場所を聞いて、一つ借りてきて。今夜はお父さんが付き添って。明日になったら、介護士を手配するから。そうすれば、少しは楽になるでしょう」美羽はバッグから紙とペンを取り出し、自
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第104話

夜月夫人はややゆったりめの服を着ていたため、お腹の様子はよく分からなかった。彼女も美羽の姿に気づき、顔色一つ変えず、むしろ笑顔で歩み寄ってきた。「美羽、こんなところでどうしたの?」美羽は気遣うように問いかけた。「夫人は、どこか体調が悪くて病院に?」「私は平気よ、友達のお見舞いに来たの。でも階を降りる時に道に迷っちゃって……気づいたらここまで来てたのよ」夜月夫人は穏やかに笑った。美羽も説明した。「そうですか。私は健康診断を受けに来ました」夜月夫人はため息をついた。「一度ちゃんと検査したほうがいいわ。ほら、自分の顔色を見てごらんなさい。若いお嬢さんなのに、仕事に追われてちゃんと休めないなんて……見ていて胸が痛むわ。翔太は人を気遣えない子だから、大変でしょ?」「そんな、社長とは関係ありません」美羽は淡々とそう返した。病院は立ち話をする場所ではないし、お互いに用事もあり、二人はほどなくその場を離れた。……翌日、健康診断の結果が出た。結果を手に、美羽は医師の元へ向かった。医師はカルテをめくりながら、冗談めかして言った。「見た目は25歳ですけど、体は35歳並ですね」美羽は少し眉をひそめた。「……そんなに悪いんですか?」「大きな問題はありませんが、細かい不調が多いですね。まだお若いですから、気にならないかもしれませんけど、このまま年を重ねると後で苦労しますよ」それならまだいい。だが、美羽が一番気にしていたのは別だった。「超音波検査の結果に何か異常は……?」医師は資料をめくりながら尋ねた。「どこか自覚症状がありますか?」美羽は唇を引き結び、低い声で答えた。「数ヶ月前に流産しました。何か影響があるんじゃないかと思って……」医師は検査結果をじっくり見直し、眉をひそめた。「確かに、あまり良くありませんね。流産後、きちんとケアしましたか?」それは――できていなかった。美羽が流産した数日後には、翔太の命令で霧嵐町に出張させられ、難しいプロジェクトを任された。毎日が戦場のようで、休む暇もなかった。「真田さんの子宮の壁は生まれつき薄くて、妊娠しにくい体質なんです。しかも一度の流産を経験していますから、ダメージはかなり大きいです。これから子どもを望むなら……相当難しいかも
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第105話

美羽は、これから母の病院に行って見舞う予定だったので、これ以上この男と口をきく気はなかった。背を向けてその場を去ろうとした。だが――「親父も、あの夫人も……本当に君のことを気に入ってるらしい。親父なんて、わざわざ会社まで来て俺に会ったんだぜ」翔太は鼻で笑いながら続けた。「……どうやら、君を夜月家に嫁がせたいらしい。だが、悪いな。俺は中古品なんか、いらないよ」美羽は一瞬、目を閉じた。それから開き直ったように、投げやりな態度で振り返った。「だったら、夜月社長――お願いだから、もう私のこと放っておいてください。これ以上、私の就職の邪魔をしないでいただきたいです。もし仕事が見つからなくて、生きていけなくなったら――夜月会長と夫人のもとに泣きつきに行くしかありません。それに……今の私の体がここまでボロボロになったのは、社長と月咲のせいだって言うかもしれません。そうなれば、月咲が夜月家に入るなんて、夢のまた夢になるでしょうね」翔太の顔色は一瞬で凍りついた。漆黒の瞳の奥に燃えるのは、底知れぬ怒り。「美羽……死にたいのか?」「そんな、とんでもございません。……でも、兎も七日なぶれば噛み付くって言うでしょう?社長こそ、そこまで追い込まないでくださいね」そう言い残して彼女は歩き出した。翔太の車も、何も言わず彼女の背後を通り過ぎて去っていった。美羽は足を止め、車の去っていく方向を見つめた。……さっきの着信は、葛城月咲。あれは――翔太の腕が良くて、とうとう送り出された月咲を見つけ出したってこと?それとも、夜月会長がついに折れて、月咲との交際を認めた?どちらにしても、翔太と月咲はまた繋がったってことは明白だ。……実のところ、翔太は美羽を探すために病院に行ったわけではなかった。たまたま病院の前を通りかかったときに、立ち尽くしている彼女の姿が目に入り、運転手に車を寄せさせただけだった。彼は最近、直樹とあるプロジェクトで協力しており、その日は会う約束があった。直樹は一目で彼の機嫌が悪いことに気づいた。ついさっき聞いたある話を思い出し、彼の機嫌がその件で悪いのだと思い、慰めるように言った。「でも結局、彼女を中に入れたんだろ?」翔太は目を上げて彼を見た。「ん?なんだよ、お前……月咲が雨の中、夜月家の門前で倒
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第106話

朋美は5日間入院した後、退院できることになった。退院の日、美羽は友人に車を借りて、家族を奉坂町まで送り届け、家で昼食をとった。昼食は正志が作り、食後は美羽が皿を洗った。ほんのかすかながら、再び家族としての感覚が戻ってきたような気がした。リビングから声が聞こえてきて、美羽が手を拭きながら出てみると、姉と義兄が娘を連れて祖母を訪ねて来ていた。美羽は病院で彼らに一度会っていたが、何年も会っていなかった。姉もすでに結婚して家庭を持ち、生活環境や交友関係も異なるため、疎遠になるのも無理はなかった。だが、まだ赤ん坊の姪はとても可愛く思えて、美羽はしばらくの間抱いていた。しばらくして、姉夫婦が帰ることになり、美羽も出かける予定だったため、ついでに車で送ることにした。家を出ようとしたとき、正志が追いかけてきて、小さな包みを手渡した。「これは、お母さんが君に渡してくれと言っていたものだ」中を開けると、三つの赤い封筒が入っていた。美羽は思わず返そうとした。「いらないよ、私にはまだお金があるから」「これはお年玉だ。毎年、お母さんはお姉さんや妹にも渡していたし、君にもちゃんと用意していたんだ。いつか渡せる日が来たらいいなって思ってたな。家族は一刻も、君のことを忘れていないよ」美羽は手の中の封筒を見つめ、言葉にできない感情に包まれた。正志は気まずそうに言った。「もう『お金がある』なんて言うなよ。女の子一人でお金を稼げるのは、大変だと分かってる。お母さんの手術費は大金だ。俺も150万くらいは貯めてあるし、お姉さんも少し出してくれると言ってる。……家族なんだから、みんなで支えないと」美羽は車に乗る前に封筒の中を覗いてみた。多くはない、一万円程度。でもその重みは、何万、何十万よりも重く感じられた。帰市の車内で、義兄は丁寧に美羽に今どこで働いているのか尋ねた。美羽は隠さず正直に答えた。「ちょうど退職したばかりで、今は仕事を探しているところです」「そうか、でも美羽さんならきっとすぐに見つかるさ」美羽はただ微笑み、彼らを家に送ったあと、車を友人に返し、最後は地下鉄で自宅に戻った。あちこち動き回って、家に着いた頃にはすでに夜になっていた。彼女はパソコンを開いてメールを確認した。案の定、広告メール以外は何もなかった。
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第107話

直樹は察した。「多分相川家の末娘だと思うよ。翔太が最近、彼女を秘書として雇ったんだ」翔太は黙ってビリヤードを続けた。「もう辞めさせた」相川家の人間は目の前にいるだけで鬱陶しい。だが結菜は諦める気配もなく、あちこちで彼を探し回っていた。だが翔太に彼女を相手をする暇はない。「秘書といえばさ、俺もう何日か戻ってきてるけど、翔太は今回、真田秘書を連れて遊びに来てないんだな?前はいつもくっついてきてたじゃん、まるでガムみたいに、翔太がどこ行くにもついてきてさ」恭介はキューを取り、パウダーをつけて、翔太と1ラック打つことにした。直樹は首を振った。「真田秘書、辞めたよ」恭介の手が止まった。「辞めた?」直樹はゆっくりと言った。「契約満了で、もうやりたくないってさ。翔太にどうしようもないだろ?仕方なく手放して、裏で彼女の就職を邪魔して気を晴らしてるんだ」翔太には恭介に対する恩がある。だから恭介は翔太が不快になるのを見過ごせず、冷笑して言った。「恩知らずな女だな」翔太は角度を変え、キューを一振りして一気に台上をクリアにした。さらりと言った。「どうせ戻ってくるさ。頭を下げてな」初めてじゃない。あの時、彼女を霧嵐町支社に飛ばした時も、最後には彼女の方から折れて、戻してくれと頼みに来たじゃないか。時間の問題だ。……美羽はもう転職に期待していなかったが、翌日、思いがけず面接の案内メールが届いた。もちろん、美羽は了承した。一次面接はオンライン面接で、相手の反応は良く、会社で行う二次面接へと進んだ。その会社は地方にあり、新幹線で3時間かかる。美羽は少し考えて、出発することにした。移動中、さらに2社から面接のオファーが届き、電話のやり取りも良好で、会社訪問の招待も受けた。その2社も今向かっている会社とそこまで離れていない。美羽はまとめて引き受けることにした。なぜ彼女を採用しようとするのか、理由もわかっていた――会社の規模が小さいからだ。翔太ほどの立場の人間が、こんな小さな会社にまで手を伸ばすことはない。おそらく翔太も、彼女が小会社で働くとは思っていなかったのだろう。面接は順調で、面接官からは「社内で検討しますので、結果は後日お知らせします」と言われ、手応えはあった。この3社以外
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第108話

翔太はそのまま電話を切った。美羽はスマホを置き、咳き込みながら咳止めを探し出し、水と一緒に飲んでようやく咳が少し収まった。落ち着くとすぐにチケットを取り、新幹線で星煌市へ向かった。星煌駅に到着し、改札を出るとき、美羽はふと見覚えのある人影を目にし、目を凝らすと、それは月咲だった。二人の距離は近すぎず遠すぎず、月咲も彼女に気づいた。咳のためにマスクをつけてはいたが、露出した双眸と体つきで、月咲はすぐに彼女だと分かったのだろう。月咲は中年の女性と一緒で、その女性は月咲とどこか似ており、おそらく彼女の母親だ。月咲は視線を避けることなく、小鹿のような瞳をまっすぐ向けてきた。その瞳が何を伝えようとしているのかは分からない。その時、美羽のスマホが突然鳴った。見ると知らない番号だ。何気なく出た。「もしもし、どちら様ですか?」「真田朋美さんのご家族の方でしょうか。こちらは星煌市立病院です」美羽は一瞬固まり、すぐに答えた。「はい!私です!」「先ほど臓器移植ネットワークから連絡があり、ドナーの心臓が見つかりました。各種データが真田さんと一致しており、手術が可能です」美羽の全身を、抑えきれない喜びが一気に駆け抜けた。「本当ですか?心臓が見つかったんですか?」「はい。ですので、ご家族の方は明日中に、患者さんと一緒に病院へお越しください。ドナーの心臓は現在京市にありますが、すぐにこちらへ搬送されますので、真田さんは入院して術前準備に入る必要があります」美羽はためらうことなく答えた。「分かりました。明日母を連れて行きます」電話を切っても、喜びは収まらなかった。このところ彼女を覆っていた低迷と暗い気持ちは、この知らせですっかり吹き払われた。適した心臓が見つかるというのは、とても困難なことだ。毎日何万人もの人が心臓を待っているが、提供者は生前に臓器提供の意思を示し、不慮の事故や自然死の後でなければ得られない。さらに、心臓があっても適合しなければ移植はできない。その確率は非常に低く、医師は「亡くなるまで自分に適した心臓が見つからない人もいる」と言うのも無理はない。美羽はネットでそのことを調べたので、分かるんだ――こんなに早く見つかるなんて、彼らは間違いなく幸運だ。彼女はすぐに実家に電話をかけ、正志
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第109話

しゃぶしゃぶを食べ終えると、美羽と花音は家に戻った。帰宅後、美羽は翌日母が入院する時に必要なものを準備し、花音はソファでスマホをいじっていたが、突然、興奮した声を上げた。「美羽!」美羽が顔を向けた。「どうしたの?」花音は目を輝かせて言った。「美羽の仕事、見つけたわ!」美羽は驚きの声を上げた。「……えっ?」花音は身振り手振りを交えて説明した。「さっきモーメンツを見てたら、前の上司が求人を出してたの。部門マネージャーを探してるって。美羽にピッタリだと思ってすぐに連絡して、履歴書も送っておいたの。そしたら、美羽のことは『求めている人材』だって!」美羽は思い出した。「前は万華グループにいたよね?同僚にいじめられて辞めたんじゃなかった?」「そうよ。碧雲の規模には及ばないけど、正直、碧雲に匹敵できる会社なんてそうそうないわよ。万華だって、十分立派な会社だわ」花音の瞳がさらに輝いた。「例のクソ同僚以外は全部良かったのよ。あのクソ同僚さえいなければ、辞めるのが惜しいくらいだったわ。それに、辞めたけど上司とはまだ連絡を取ってるの。彼女、本当にいい人なの!」美羽はくすっと笑った。「なんだか心が動いちゃうわね」花音の元上司には、一度会ったことがある。以前、翔太に呼ばれてバーまで迎えに行った時、ちょうど恭介が知的な雰囲気の美女を抱き寄せて通り過ぎた。その美女こそ、花音の元上司だった。しばらくして、花音がこっそり教えてくれた。上司は失恋して泣き腫らしていたそうで、美羽はすぐに察した。きっとあの薄情な恭介が飽きて捨てたのだろうと。「その上司がね、今夜ご飯をご馳走してくれるって。顔合わせを兼ねて」花音は誘いかけた。「一緒に行こうよ。たとえ仕事が合わなくても、女同士で食事してもいいでしょ?」そこまで言われて、美羽は深く考えずに「分かった」と答えた。もし仕事が決まれば、まさに二重の喜び。母の手術後の療養費にもあてられる。美羽は咳止めを飲み、服を着替えて薄化粧を施した。夜になり、二人はタクシーで待ち合わせ場所の「西宮」へ向かった。二人が店に入った直後、翔太の携帯に一本の電話がかかってきた。恭介は煙草に火をつけ、指先で灰を落としながら、電話がつながるや否や京市なまりで軽く笑った。「翔太、こ
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第110話

二人はまだ出口にたどり着く前に、美雲がまたしても行く手を塞いだ。「なんでそんなに急いで帰ろうとするの?」花音も少し腹を立てた。「北村さん、それどういうつもりですか?」美雲はわざとらしく無邪気な顔をした。「どういうつもりって……ただ仕事を紹介してあげようとしてるだけよ」「仕事の紹介ですか?それとも、私たちを売り飛ばそうとしてるんですか?」花音は鋭く問い詰めた。あんなに彼女を信じていたのに!佐藤社長はグラスを持って近づき、笑いながら言った。「そんな言い方はひどいよ。人に濡れ衣を着せるのは、良くないな……駄目だ、謝ってもらわないと。この酒、一杯飲んでくれ。飲まなきゃ、今日は帰れないぞ」ついに本性を現した!美羽と花音は目を合わせた――今日は酒を飲んでも帰れそうにない。もう我慢できず、二人は北村さんを押しのけ、そのまま外へ突進した。――この部屋から一刻も早く出なければ!美雲は床に倒れ込み、佐藤社長は怒鳴った。「彼女たちを捕まえろ!」扉を開けると、外にはなんと二人のボディガードが待ち構えていた。彼らは一斉に飛びかかり、彼女たちを押さえつけようとしたが、彼女たちは黙って捕まるつもりはなかった。バッグを思い切り相手の顔に叩きつけ、足で急所を蹴り上げた。瞬く間に、個室は戦場のような騒ぎになった。「誰か!助けて!」彼女たちは外に向かって叫んだ。外には確かに人がいたが、ちらっと見ただけで、何事もなかったかのように視線をそらした。――この場所では、こんなこと日常茶飯事で、誰も関わろうとはしないのだ。美羽はボディガードの一人を突き飛ばし、全力で走った。かなり先まで行ってから振り返ると……花音がついてきていない!彼女はまだ個室から出てきていないのだ!美羽は歯を食いしばり、スマホを取り出して通報しながら走り戻った。個室のドアは閉まっており、彼女は蹴り開けた。中に飛び込むと、肥え太った佐藤社長が花音をソファに押し倒していた。花音の服はほとんど破かれ、泣きながら必死に助けを求めている。――まさに、手が下される寸前!美羽は迷わず、テーブルの上の酒瓶を掴み、佐藤社長の頭に叩きつけた。パリン――!「ぐあっ!」佐藤社長は悲鳴を上げ、反動で床に倒れ込んだ。美羽はすぐに花音の元へ駆け寄った。花
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