美羽の実家は、奉坂町という町にある。ここ数年、全国各地で観光業の発展が進められており、奉坂町も「歴史や文化を感じさせる古い町並み」として整備され、多くの観光客を惹きつけている。全体的に見れば、この町はそれほど発展が遅れているわけではない。彼女の実家は路地裏にあり、車は入らない。美羽は両手に袋を提げ、3年ぶりの我が家の玄関ドアの前に立った。ドアは開いていた。このような路地の民家では、夜でなければ、日中はドアを開けっぱなしでも、特に危険ということはない。中に入ろうかどうか迷った。どんな表情で、どう挨拶すればいいか悩んでいたところ、中から誰かが出てきて、彼女は思わず壁の後ろに身を隠した。そっと覗くと、出てきたのは母、真田朋美(さなだ ともみ)だった。朋美は草の束を手に、玄関前の水道で洗っていた。それが仙草であることを、美羽はすぐに分かった。仙草は煮出してデンプンを加え、冷やせばゼリー状に固まり、仙草ゼリーが作れる。それに黒糖をかければ、涼しくて喉の渇きを癒すデザートになり、夏に欠かせない一品だ。かつて彼女は仙草ゼリーが大好きだった。母はよく仙草を摘んできては作ってくれたが、家を出てからというもの、一度も食べなかった。ぼんやりしていたその時――「ガシャーン!」と大きな音が響いた。家の中から父、真田正志(さなだ まさし)が出てきて、朋美がそんなことをしているのを見るや否や怒り出し、野菜洗い桶を足で蹴飛ばしたのだ。「そんなくだらないもん弄ってるヒマがあるなら、少しは金になることを考えろ!お前のその病気にいくらかかるか、わかってんのか!」美羽は愕然とした。――病気?母が?目を凝らしてよく見ると、たった3年で母は確かに老け込み、やせ細っていた。黄ばんだ白いセーターを着て、小さな椅子に腰を下ろしている。蹴り飛ばされた仙草を見つめる彼女の顔は、生気を失っていた。朋美は無感情なまま仙草を野菜洗い桶に戻しながら、淡々と言った。「分かってるよ……だから治療はしないって言ったじゃない。生きられるだけ生きて、ダメになったら火葬にでもしてくれればいい。たいしたことじゃない」正志は怒鳴り返した。「死ぬだと!?お前はそれで楽になるだろうが、俺はどうなる!?これからずっと罪悪感抱えて生きろってのか!なんて自己中心的なんだ
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