女性秘書は反射的に後ろを振り返った。ちょうど車がトンネルに入ったところで、男の顔は闇に隠れ、はっきりとは見えなかった。かろうじて見えたのは、膝の上に置かれた手が、ライターをくるくると弄んでいる姿だった。そのライターは全体がシルバー色で、模様も装飾もなく、有名ブランドでもなければデザイン性も語れない、ただの古めかしい回転式ライターにすぎない。ただ一つ特別なのは、底部に夕陽のような橙色の宝石が嵌め込まれていることだった。持ち主の身分とはまるで釣り合わない品だが、彼はそれを何年も肌身離さず持ち歩き、一日たりとも手放したことはなかった。車がトンネルを抜け、マスクの男は左右の車線を確認すると、車がいないのを見てアクセルを踏み込み、そのまま東の森へと疾走した。森の中は草木が密集し、車の進路を遮っていたため、彼らは車を捨てて徒歩で進むしかなかった。女性秘書――前田杉香(まえだ すぎか)はレザージャケットにレザーパンツ、ショートブーツに短髪という実に颯爽とした出で立ちだった。彼女はマスクの男と同時にドアポケットから懐中電灯を取り出し、素早く電池を装填して光を灯し、闇の森を照らした。彼女は後ろを振り返り、男に言った。「ボス、私と小池で探しに行きます。ボスは車でお待ちください」その言葉が終わるよりも早く、男は彼女の横を通り過ぎ、懐中電灯を受け取り、すでに一歩先に森へと入っていた。マスクの男――小池成南(こいけ せな)は肩をすくめ、無表情に戻ると、ボスのすぐそばに付き従った。森はあまりにも暗く、光は足元を照らすことに費やされ、顔にまで届く余裕はない。男の顔は依然として闇に沈んだままだった。彼は速い歩調で、無秩序に生えた木々をすり抜けて進み、コートの裾が低木を擦り切っても気にも留めなかった。杉香は追いつくのもやっとで、普段は何事にも泰然として動じないボスが、今はまるで別人のように見えた。――だが無理もない。相手は真田美羽なのだから。男は長い脚で小さな溝を飛び越えたとき、ふと彼女の言葉を思い出した。「あなたが今回去るなら、私はもう追わない」夜風が胸を吹き抜け、空虚で刺すように冷たかった。彼は顔を上げ、前方を見据えた。そこに、強烈な予感があった。美羽はきっと、この先にいる。……星のように点在する木々は互
Read more