All Chapters of 社長、早く美羽秘書を追いかけて!: Chapter 191 - Chapter 200

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第191話

「……よづ……」翔太はそのまま歩みを進め、回転ドアから外へ出ていった。美羽もまた、そのドアに「押し出される」ようにして外に出てしまった。背を向けて去っていく彼の姿を、美羽は振り返りながら見つめ続けていた。――そのとき、配達員の声が響いた。「電話番号の下4桁は2055のお客様ですか?」美羽はようやく目を戻し、「ええ、そうです」と答えた。受け取った料理を部屋に持ち帰った。だが目覚めた時にあった晴れやかな気分は、すっかり霧散していた。彼女には分かっていた。翔太が瑛司に強い敵意、いや嫌悪を抱いていることを。けれど、その感情の理由がまったく分からない……二人は同じ高校の同級生ではなかったのか?しかもあのクルーズの時、翔太は竹内会長と親しくしていた。実の父親以上の親密さに見えたほどなのに、なぜ瑛司にだけこれほど反感を抱くのか。自分のせいで二人の仲がこじれた――などとは、美羽は思わなかった。仮に自分が原因の一端だったとしても、それはごくわずか。二人の間には、必ず別の理由があるはずだ。今回注文したのはラーメンだ。前にホテルで食べたときは美味しかったのに、気分が沈んでいる今はどうにも味気ない。食べ終えると、そのまま北江通りの研究所へ。慶太と合流した。今日で彼らが滝岡市に来てから7日目。必要なデータはほぼ揃い、この調子なら2、3日で星煌市へ戻れる見込みだ。午後いっぱい動き回った美羽は、少し暑くなってマフラーを外した。慶太がペットボトルの水のキャップをひねり、彼女に差し出した。何か言おうとしたその時、彼の目の端に警官服の男が二人近づいてくるのが映った。「真田美羽さん……ですか?」美羽が振り向き、警官を見た。思わずきょとんとした顔になった。「はい、そうですが……」「私たちは滝岡市市警局の者です。いくつかお話を伺いたいのですが」慶太がすぐに彼女の前に立ちはだかった。「ご用件は何でしょうか?」「そちらは?」「彼女の上司です」だが警官たちは美羽にだけ視線を向けた。「私たちが探しているのは真田さんです。――昨夜、東側の森に行かれましたね?」彼女は唇を噛み、「ええ」と答えた。「少しお話を伺っても?」美羽は考え込んだあと、慶太の服の裾を引っ張った。「警官の方と話してきます」慶太は立ち
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第192話

翔太と清美の会話の中に出てきた「二階堂市長が言っていた件」という言葉。――それはつまり、二階堂市長はすでに誰かが殺されたことを察している、という意味なのか?さらに彼女が漏らした「穴を掘った」という言葉を合わせれば、被害者はすでにこの世にいないと確信できた。だからこそ、今日になって翔太は通報し、警察が美羽に事情聴取を求めてきた……そういうことか。慶太の表情も曇った。温和で知的な顔立ちが、今は深刻さを帯びている。「昨夜、君は危うく襲われかけたんだって?なぜ言わなかった?」美羽は再びマフラーを首に巻き直し、唇をきゅっと結んだ。「……何もされていないわ。彼らの意図に気づいた瞬間、すぐに逃げたから」慶太は低い声で問いかけた。「本当に……千早を許すつもりか?」ただの「悪ふざけ」なら、見逃してもいい。だがその「悪ふざけ」が原因で、ここまで深刻な事態に発展したのだ。美羽が許しても、慶太には到底受け入れられない。しかし、美羽は余計な波風を立てたくなかった。「和解金も受け取ったし、もういいわ」そう言って話題を変えた。「関村って、どんな場所?」「僕たちがデータを取る最後の地点だ。関山のふもとにある村でね。再開発に従わず、移転を拒んでいるらしい。ただ……それは僕らが考えるべきことじゃない」慶太は視線を落としながら答えた。「分かってる」警官たちに聞かれたから、美羽はちょっと気になっただけ。……夜の会議に、翔太も直樹も現れず、それぞれ秘書だけを寄こしてきた。美羽は、彼らが関村の件で忙しいのだろうと察した。その一方で、紫音の業務を引き継ぐために相川グループから営業部の副マネージャーがやってきた。意外だったのは、その人物に付き従って結菜も現れた。碧雲を辞めてから会っていなかった結菜は、今は相川グループのインターンで、副マネージャーのアシスタントをしているという。けれど、どうやら翔太への未練は捨てきれないようで、彼の姿がないのを知ると、隠しもせず落胆の色を浮かべた。その様子を見逃さなかった慶太は、会議が終わると人目を避けて彼女を叱責した。「結菜、君はもう子供じゃない。自分の行動を理解しろ」だが結菜は相変わらずわがままな態度で、唇を尖らせた。「分かってるもん」「この2ヶ月で職場を三度も変えた。その度に僕に泣きついて
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第193話

美羽は一瞬、呆然とした。慶太が眉をひそめた。「結菜!」だが彼女は無邪気を装い、悪びれもせず笑った。「どうしたの?バーでゲームするなら、このくらい普通でしょ?盛り上げ役ってやつだよ。信じないなら、他のみんなに聞いてみたら?」美羽は表情を変えず、静かに問い返した。「……私がルールを分かってないだけね。もし『挑戦』を選んだら、何をするの?」結菜は意味ありげに微笑んだ。「右隣の男と、10秒間キスすることよ」美羽の右隣には、今日研究所で合流した現地の担当者が座っていた。彼は地元出身で、「どの店が一番面白いか案内できる」と言って、彼らの一行に加わったのだ。だが左隣にいるのは――慶太。みんながさっきまで二人をからかっていたのだから、たとえ本当に「キス」が挑戦の内容だとしても、「左隣の男性と」が自然な流れだ。わざわざ「右隣」と言ったのは、明らかに悪意ある狙いだった。慶太の顔色は険しくなった。「……本当に甘やかしすぎたようだな。大学生にもなって、最低限の礼儀すら分からないのか」結菜は冷笑した。昨夜美羽の姿を見て以来、抑えていた感情をついに爆発させた。「礼儀?相手を選ぶわ。会社じゃ秘書として上司と怪しい関係、大学じゃ助手として教授と怪しい関係……いつだって男上司とべったりな女に、尊敬なんて必要?」――ああ、そういうことか。美羽は、彼女の態度が変わった日を思い出した。柚希に「鷹村社長と関係を持った」と中傷されたあの日。翔太のオフィスを出たところで結菜と鉢合わせし、そのことを自分に教えてくれたことに感謝を伝えようとした。だが彼女は一瞥すらせず、通り過ぎていった。慶太は普段穏やかだが、妹可愛さにも限度がある。「……いいだろう。相川家の娘、僕の妹が、人を平気で貶めるとは――立て!」結菜は唇を噛み締め、立ち上がった。だが首を強張らせ、言い返した。「私は嘘なんて言ってない!本当に見たんだから!翔太さんと一緒にホテルの部屋に入るところを、監視カメラで!彼女は翔太さんを誘惑したのよ!それなのに、私には『応援してあげる』なんて言って……私のことをバカにして!あんな嘘つきで、計算高いビッチを、私が義姉と認めるわけない!もし兄さんが彼女と付き合うなら、父さんと母さんに言うから!兄さんが選んだのは――」「黙れ!」慶太の怒声が、店内を震
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第194話

二階のVIP席。翔太は、騒がしい場所を好まない。恭介が経営する「西宮」のように比較的静かな場所でも、ほとんど顔を出さない。ましてや、こうした純粋に娯楽だけのバーなど、ほとんど縁がなかった。今夜ここへ来たのは、自ら望んだわけではない。呼び出した相手が勝手に場所を決めたのだ。到着して初めて、バーだと知った。彼はソファ席に深く腰を下ろし、足を組んだ。目の前に置かれた酒には手をつけず、喉が渇いたから果物皿からみかんをひとつ取り、ゆったりと皮を剥いては一房ずつ口に運んだ。その所作は悠然と、そしてどこか高貴な気配をまとっていた。黒のタートルネックに、濃茶のジャケット。この享楽的な空間にあっても、彼だけは冷ややかで傲然としていた。「小泉さんが俺を呼び出したのは、まったく無駄なことだよ。立ち退き補償の金額など、とっくに決まっている。いくつかの村もすべて同じ条件だ。俺が個人的に上乗せすることはありえない」階下の音楽は地鳴りのように響き渡った。だが彼の表情は淡々としており、声色もまた冷ややかだった。「それに、このプロジェクトには他の三社も関わっている。俺ひとりでどうこうできる話ではない」「夜月社長がそう言うのは、俺を仲間扱いしてないってことか?それ単なる言い逃れじゃねぇのか?」向かいの男――小泉勝望(こいずみ かつみ)は皮肉げに笑った。「誰だって知ってることだ。この計画は三社の共同事業だが、久安を引き込んだのは夜月社長。相川グループの持株は最初わずか二割。この案件を最初から最後まで掌握してるのは夜月社長、あんただろ?値段がどうなるかなんて、あんたがどこまで出す気があるか次第さ。俺たちが欲しいのは、たかが夜月社長の車一台分の金。払ってくれりゃすぐにでも出ていく。いつまでもこうして足止めされりゃ、工事が始められず、あんたの損失も少なくねぇだろ?」翔太は視線を上げた。この小泉勝望って男はただのチンピラにすぎない。関村の村人を扇動して、既に結んだ補償契約を破棄させ、再び値を吊り上げ、その差額を懐に入れようとしてる。普段なら、こんな連中に翔太が会う価値はない。だが関村での殺人事件に、勝望が関わっている可能性があるからこそ、あえてこうして顔を合わせていた。翔太の唇が僅かに歪んだ。だがそこに笑いが宿っていなかった。「俺にはどうにもで
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第195話

美羽は唇を噛みしめ、必死に意識を繋ぎとめながら、彼の方へと進もうとした。「相川教授!相川慶太さん!」だがダンスエリアはあまりにも騒然としていた。慶太の目は結菜にしか向いていなかった。ようやく目の前まで辿りつき、あと一歩――手を伸ばせば届くはずだった、その時。結菜が人にぶつけられ、無残にも倒れ込んだ。この混雑の中で転倒することは、すなわち踏みつけられ、大怪我を負う危険と直結する。慶太は血相を変えて前の人垣を押しのけた。その拍子に押された男が、ちょうど美羽の腕を弾き飛ばした。慶太は泣き叫ぶ結菜を抱き上げ、人波から抜け出していった。その背後で、美羽は弾かれて床に倒れ込み――彼の視線には映らなかった。2階から見下ろしていた翔太は、一部始終を眺めて嗤った。――見ろ。これが、あの女が自ら選んだ男だ。転倒の衝撃で、美羽の眩暈はさらにひどくなった。ようやく立ち上がった時、目の前には小太りの男、背後には長身の影。「……」逃げ場はない。両脇から挟み込まれ、布を口鼻に押し当てられ、そのまま強引に連れ去られた。――酒場で男が女を引きずっていく。目に映ったとしても、誰も口を出す者などいない。この場にいる人間はみな、快楽に溺れ、道徳も理性もとうに捨てているのだから。翔太は、その姿が裏手へ消えるのを確認すると、最後のみかんを食べ終え、手を差し出した。清美がおしぼりを彼に渡した。彼は悠然とそれで手を拭き、勝望へと視線を戻した。「焦っているのは俺じゃない。お前らだ」声は冷ややかに響いた。「まだ死体は見つかっていないが――でもこの時代で、人を殺して逃げ切れるとでも思っているのか?」勝望の顔色が変わった。「賢いなら今すぐ自首しろ。情状酌量を狙え。値を吊り上げる話などしている場合じゃない。命を失ってしまえば、金など何の役に立つ?せいぜい自分の墓地を買うくらいだろう」おしぼりを無造作に投げ捨て、最後に付け足した。「みかんは、なかなか甘かったよ」……その頃。小太りと長身は美羽の手足を縛り、口にテープを貼り、小さな個室に放り込んでいた。外にはまだ客が多く、すぐに連れ出すのは危険だ。夜が更け、人が減った時を狙って、関村へ運ぶつもりなのだろう。美羽は床に転がされたまま、目を閉じて考えた。彼らが自分
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第196話

小太りと長身は部屋の前でタバコをふかしていた。長身が言った。「お前はここで見張ってろ。俺は親分を呼んでくる。絶対に逃がすなよ!」小太りは鼻で笑った。「へへっ、女一人がどうやって逃げられるんだ?それに薬も効いてる。今頃、足なんか力が抜けてるはずさ」「お前が使ったのは催眠薬じゃなかったのか?」「森でしくじったあの日から、ずっと狙ってたんだよ」「まさかああいう『薬』を……?」「そうさ。早く行けよ。戻ってきたら一緒に楽しもうぜ。親分は『触るな』とは言ってねぇんだからな」長身は顎を撫で、慌ただしく立ち去った。残された小太りは舌なめずりし、獲物にありつく妄想を膨らませた。――その時。個室から「ガタンッ」と、机や椅子が倒れる音。小太りは反射的に扉を開けた。目に飛び込んできたのは、床に散らばる麻縄だけ。女の姿は――無い!「なっ……ど、どこへ消えやがった!?」必死に室内を探すが、見つからなかった。美羽は扉の背後に身を潜めていたのだ。――今だ!彼が踏み込んだ瞬間、彼女は飛び出し、扉を外から叩き閉めた。「ガチャン!」鍵を回し、外側から閉じ込めると、振り返りもせず走り出した。走れ。ただ走れ。――ここから離れろ!頭の中は逃走一色。迷路のような廊下を駆け抜けたが、運動することで薬が血中を巡り、効果は強まっていった。喉は焼けるように渇き、肌は蟻に這われるように痺れ、痒みにも似た震えが広がった。振り返った。追ってくる気配は、まだない。だが前を見た瞬間、視界が揺れ、世界が回った。「っ……」力尽きるように床に崩れ落ちた。――電話をかけて助けを呼びたい。だが携帯は奪われた。せめて同僚たちがまだ残っていれば……今の自分にできる最も安全なことは、彼らを見つけること。――前へ……前へ行け……壁を伝い、立ち上がろうとしたが、脚は震え、呼吸は灼熱のよう。ぼやけた視界に人影。こちらへ歩いてきた。――長身が戻ってきたのか!?ダメだ、人がいないところに隠れなければ。ふと頭上を仰いだ。そこにあったのは「清掃用具室」の札。清掃員が道具をしまう小部屋だろう。扉を押し開け、身体で押さえながら閉じた。鍵をかけようとしたが、錠は壊れていて使えなかった。彼女は震える体を引きずり、
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第197話

美羽は連鎖反応のように、あの夜の記憶を思い出してしまった。その瞬間、体内の薬の作用が一層強まった。視線は焦点を失い、抗えずに翔太へと身を寄せ、腰にしがみついた。翔太の表情はさらに冷たくなった。――もし自分がここに居なかったら。もし彼女を見つけられなかったら。この女は薬に支配され、あの男たちの腕に飛び込んでいただろうか。彼の瞳には氷のような光が宿った。彼女の顎を掴み上げ、強引に顔を上げさせた。火照った頬と、理性を失った瞳。確かに、普段の冷静な顔よりは「面白い」。美羽はその視線に、まるで玩具のように弄ばれていると感じた。理性が辛うじて本能を押しとどめ、反発の声を絞り出した。「……触らないで!」しかし、翔太は躊躇せず、彼女の体の上に覆いかぶさった。美羽は隅に追い詰められ、どうにも逃げ場がなかった。――こんな状態では、そもそも逃げられなかった。「ここまで来て、放せだと?じゃ、誰に助けを求めるつもりだ。慶太か?あいつは君を置いて行った。選んだ男は、結局君を見捨てたんだよ。それとも瑛司か?……あいつはまだ滝岡市にいるはずだが、君の今の状況を知っていると思うか?」混濁した意識の中で、美羽は彼の胸を押し返そうとした。だがその手は逆に力なく彼に縋りついた。何を言っているのかは聞こえなかったが、何か繊細な言葉を感じ取り、呟いた。「……瑛司……?」瑛司がどうしたの?その名を耳にした瞬間、翔太は冷笑した。「瑛司の方がいいのか?残念だな。今、君を抱えているのは俺だ」瑛司が彼女の部屋に入るのを直接見てしまった――そのことは、たとえもう2日が過ぎても、思い出すだけで翔太の心に怒りが渦巻いた。ずっと陰で彼女を見守っていたのか?いいだろう。今日だって、ちゃんと見ていなければならない。翔太は美羽の頬を掴み、彼女は一言も発せぬまま、唇を奪われた。男の息は濃厚で、彼女のすべてのところに絡みつき、美羽は抵抗する力も方法も持たなかった。薬の作用で感覚が鋭敏になり、脳裏にはさまざまな光景が走馬灯のように過ぎた。二人のかつての親密な絡み合い、そして2か月前の翔太の一歩一歩迫る攻勢。二人の間には、断ち切れず、整理もできない恩讐が横たわっていた。彼女は嫌だった、彼とこんなことは……「放して、翔太、あなたは……」美羽は柔らか
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第198話

木の葉が風に揺れ、地面に落ちる影もまた柳の枝のように震えていた。美羽は終始、受け身でしかいられなかった。翔太は、彼女が先ほど「瑛司」の名を口にしたせいか、冷ややかな沈黙を瞳の奥に沈めたまま、容赦のない仕草を続けていた。まるで自分は当事者ではなく、傍観者であるかのように。不意に、携帯電話の着信音が響いた。美羽の身体がびくりと震えた。「力を抜け」と翔太は低く囁く声で言った。だが、美羽は力など抜けるはずもない。それは……彼女の携帯の音?あの二人に奪われたはずではなかったのか?頭が霞んだまま思考を巡らせた。もし手元にあると知っていれば、さっき警察に通報していたのに。一歩の誤りが、次の誤りを呼んだのだ。最初から酒場など来るべきではなかった……翔太は彼女の考えなど知らぬまま、音を聞いて口元を歪めた。「……恋人からの電話か?」指しているのは慶太のことだった。美羽の呼吸は途切れ途切れで、彼を押しのけることもできず、ただ顔を背けて灼熱の息から逃れ、自分の下唇を噛みしめるしかなかった。しかし、翔太はわざと彼女を声を出させるように仕向けた。彼女は歯を食いしばり、低く呟いた。「……翔太!」「君とあいつも、こういうことをしたんだろう?今の君の声を、あいつが聞いたらどう思うかな」彼が本当にそんなふうに慶太を辱めて復讐する可能性を考えた瞬間、美羽の顔は青ざめた。「……そんなこと、許さない!」「俺が、出来ないことがあると思うか?」翔太は軽々と、彼女の腕にかけてあったコートのポケットに入っていたスマホを手に取り、美羽は全く取り返せず、頭の芯が痺れるほど全身が固まった。「翔太!もしそんなことをしたら、絶対に許さないから!」翔太は下に力を加え、美羽はすぐに彼の腕をしっかり握り、荒い息を吐いた。怒りと絶望が入り混じた。彼はスマホで彼女の顎を軽く持ち上げた。「これで勝負するつもりか?」「……」美羽は屈辱でいっぱいになり、手を伸ばして彼の顔を叩こうとしたが、軽々と掴まれ頭の上に押さえつけられた。彼がスマホをちらりと見たところ、着信は慶太ではなく、彼女の姉の雪乃からだった。翔太は少し表情を和らげ、まるで敬意を払うかのように彼女に尋ねた。「出るか?」……今の彼女のこの姿で、どうやって出られというのだ!全身がぐちゃぐ
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第199話

同じ頃、星煌市では。何度電話をかけても、雪乃は美羽と繋がらなかった。朋美が先ほど突然意識を失い、医師が慌ただしく駆けつけて処置を施した。一度危機を経験しているとはいえ、二度目となると慣れるどころか、恐怖はさらに大きくなった。雪乃は思わず朋美の言葉を忘れ、美羽に電話をかけていた。だが応答はなかった。もう一度かけ直そうとした瞬間、医師が処置を終えて告げた。「ひとまず安定しました。先ほどのは、脳の酸素不足による昏倒です」「……じゃあ、もう大丈夫なんですか?」「そうは言い切れません。脳への酸素不足は神経に損傷を与えます。将来、手術後に合併症を起こす可能性が高まります。ご家族は覚悟を」「……」雪乃は呆然とした。合併症?つまり、手術のリスクがさらに増えたということ……?自分はまた間違いをしてしまったのか……?彼女の手は震えた。いや、悪いのは自分じゃない。そもそも全ては美羽が勝手に決めたことだ。心臓移植だの何だのと金を湯水のように使い、何百万、何千万――うちは裕福でもないのに。そんな大金があるなら子供の将来に回すべきだ。だから、たとえ合併症が出ても、それは美羽の責任だ。……一方その頃、酒場では。この店は勝望の所有。小太りと長身も彼の部下であり、だからこそあの薬を持っていた。店を経営する裏社会の人間にとって、そうした「下品なもの」は決して珍しいものではない。本来、彼らは勝望の指示で美羽を捕らえに来ただけ。だが自分たちの縄張りで動いたのは偶然だった。逃げ場はないはず――そう高を括っていたのに、彼女は思いがけず逃げ延びた。激怒した勝望は、即座に店を封鎖し、徹底的に探させた。だがどこにも見つからなかった。監視カメラを確認したところ――彼女はまだ清掃用具室にいるはず。勝望は大勢を率いて包囲した。扉を蹴破ろうとした瞬間、中から静かに扉が開いた。現れたのは、衣服を乱さぬ翔太。その腕には一人の女が抱きかかえられていた。西装の上着に顔も上半身も覆われていたが、覗くスカートだけで、小太りと長身には分かった。――間違いなく、あの女だ。彼女の体から薬の効力は消えていたが、まだ力が戻らず、身動きできなかった。上着の中からは外の様子が見えず、ただ多くの足音と、周囲に群がる気配だけが伝わってきた
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第200話

美羽は思わず、彼の胸元のセーターをぎゅっと掴んだ。翔太は伏し目がちに彼女を一瞥した。――この状況になって、ようやく自分を頼る気になったか。そして勝望に向き直り、淡々と告げた。「恵?それは人違いだな。彼女は俺の秘書だ」勝望は陰険に笑った。「ありえないよ。彼女は恵だ。俺が見間違えるはずがねぇ」「……つまり、俺が間違っていると?」翔太は声を荒げてはいない。だが彼の存在そのものが威圧となり、ただ立っているだけで、誰も逆らえぬ空気を纏っていた。その威圧は、代々積み上げられた夜月家の財と権力、碧雲グループの商界での地位、そして若くして冷徹果断と名を轟かせた彼自身の手腕から来ている。傲慢も、眼下の人を顧みぬ態度も――すべてが許されるだけの資格を持っているのだ。だから彼が「間違っていない」と言えば。勝望に「間違っている」と言えるはずがなかった。勝望の顔色は赤から黒へと変わり、恐喝するつもりが逆に脅される形となった。その時、翔太は腕に抱いた美羽を前へ差し出した。「小泉さんが信じられないというなら、確かめればいい。彼女が恵か、それとも俺の秘書か」――心臓が喉にせり上がった。美羽には二人のやり取りは見えなかった。ただその仕草だけで、血の気が引いた。勝望はじっと翔太を睨みつけた。彼は終始変わらぬ冷淡な表情で、圧倒的な自信を漂わせていた。30秒の沈黙。結局、折れたのは勝望だった。苦笑を浮かべ、引き下がった。「……まさか。そんなことはありえないよ。夜月社長、どうぞ」「親分!間違いなくあの女です!逃がしたらマズイですよ!」小太りが食い下がらなかった。しかし勝望は顔を引きつらせ、低く叱りつけた。「夜月社長がそう言うなら、それでいい。どけ!」小太りと長身は渋々道を空けた。翔太は一瞥もせず、美羽を抱えたまま大股で通り過ぎた。背後から、勝望の声が追いかけてきた。「夜道は危ないぞ。気をつけないとね――夜月社長!」酒場を出て、喧噪とアルコールの匂いが遠ざかって初めて、美羽は胸の鼓動を落ち着けた。翔太は歩道を大股で進みながら、低く呟いた。「しわになったら、君が弁償だぞ」「……」美羽ようやく気づいた。自分の手が彼の服を掴んだままだったことに。慌てて手を離し、彼から降りようと身をよじった。別れて逃げた方がいい。
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