All Chapters of 総裁、早く美羽秘書を追いかけて!彼女の値打ちは3000億円に達したからだ: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話

翌日、美羽はいつものように出勤した。保温ボトルを手に給湯室へ向かい、お湯を注ぎながら一息ついた。この日はまだ業務が正式に始まる前で、美羽はキャビネットにもたれながら携帯を取り出し、電話をかけた。翔太が彼女の母親について触れた日から、美羽は落ち着かない気持ちで過ごしていた。そして、2日間かけて家族の昔の隣人の連絡先を探し出し、思い切って電話をかけた。「もしもし、どちら様ですか?」電話の向こうで声がした。美羽は答えた。「千歳おばさん、私、美羽です」「あら、美羽じゃない!どうして私の番号を知っているの?」「以前、メモしていたんです」「それで、今日はどうしたの?何か用事かしら?」「おばさん、まだ私の両親とお隣同士ですか?最近の様子をご存じですか?」千歳おばさんは少し驚いたように言った。「いや、もう引っ越して随分経つわよ。今は息子夫婦と一緒に住んでいるの。だから、最近のことは全然知らないの。最後に会ったときは元気そうだったけどね」美羽はがっかりした。「そうなんですね」「美羽、彼らのことを知りたいなら、どうして直接電話しないの?確か遠くで働いているって聞いたけど、ずっと帰っていないの?」「電話したんです。でも、番号が変わったみたいで繋がらなくて……」「え?番号を変えるなら、普通は娘には知らせるでしょうに……じゃあ、今の番号を教えるから、直接かけてみたら?」美羽は感謝の意を込めて言った。「ありがとうございます、おばさん」番号をメモし、美羽はすぐにその番号にかけた。2コール目で電話が繋がり、聞き慣れた女性の声がした。「もしもし?」その瞬間、美羽は思わず電話を切った。「……」それは紛れもなく、彼女の母親の声だった。美羽は唇を強く結び、携帯をしまった。そして、キャビネットの上からティーバッグを取り出し、保温ボトルに入れた。自動給湯機のボタンを押すと、熱いお湯が注がれ、お茶の香りが立ち上がった。その香りとともに、彼女の記憶も揺れ動いた。3年前のことだった。翔太に従うことを決めた美羽は、彼から6000万円を手渡され、それを家の借金返済に充てるよう指示された。さらに、翔太が手配した車で実家に送り届けられた。両親が美羽を見た最初の反応は、「昨晩どこに行っていたのか?」や「何があったのか?」と尋ねることではなく、彼女
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第62話

美羽は、その言葉をきっかけに両親に完全に失望した。そこから3年間、一切連絡を取らなかった。そして、数か月前、突然思い立って電話をかけてみたが、繋がらなかった。その時、美羽は呆然としながらも笑っていた。「本当に冷たいのはやっぱり両親だよね。親子関係を絶つって言ったら、文字通り徹底的に絶たれるんだから」母親の声を聞いて、無事だとわかると、それだけで美羽はもう気にしなくなった。それぞれ自分の生活を送る方がいい。お茶を手に取り、美羽は再び秘書室に戻った。席に着いた途端、柚希が昨日の書類を彼女の机に叩きつけ、得意げな顔で言った。「夜月社長に話しておいたよ!夜月社長があんたに担当させるってさ!」「了解」美羽は、このゴタゴタしたオフィスに長く留まりたくなかった。何も言わずに書類とバッグを手に取り、そのまま出て行った。柚希は彼女の背中を睨みつけながら、悔しそうな目をしていた。会社を出た美羽は、近くのカフェに立ち寄り、適当にコーヒーを注文して席に座りながら書類に目を通した。30分ほどで、彼女はそのプロジェクトの概要を把握した。今一番重要なのは、鷹村社長に補足契約をサインしてもらうことだった。その日、署名漏れがあったのだ。だが、これは少し難しい話だった。何しろその時の契約は、半ば強引にサインさせたものであり、彼にとっては不愉快なものだったに違いない。今日もう一度話を持ちかければ、間違いなく彼に意地悪をされる可能性が高い。美羽がその難題をどう解決するか考えていると、誰かが軽くテーブルを二度ノックした。その細く整った指を辿って視線を上げると、そこには微笑む慶太の姿があった。今日は銀縁の眼鏡を掛け、眼鏡チェーンまでつけた彼は、どこか穏やかで知的な雰囲気を漂わせていた。美羽は少し驚きつつ、書類を閉じて背筋を伸ばしながら話しかけた。「相川教授がこんなところに?また結菜さんに天ぷらを買いに来たんですか?そういえば、あの日いただいた天ぷら、オフィスで同僚たちと分けましたけど、みんな美味しいって大好評でした。ありがとうございます」「もっと買っておけばよかったですね。あれじゃ全然足りなかったでしょう?」美羽は冗談っぽく言った。「そんなこと言われたら、まるで私がもっと天ぷらをねだってるみたいですね」慶太は苦笑しながら肩をす
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第63話

翔太はいつも通り感情も表情も見せず、哲也との待ち合わせ場所に到着した。哲也は寿司をかじりながら、まるで飢えた狼のように食べていた。翔太は彼を一瞥し、席についた。哲也はテーブルの上の資料を指しながら、口を動かしつつ言った。「欲しい資料はそこにあるから自分で見ろよ。俺は昨夜から何も食べてなくて、腹が減りすぎて死にそうだ」「家で誰もご飯作ってくれないのか?前に、お母さんが嫁を見つけてくれたって言ってたよな?」翔太は資料を手に取ってページをめくりながら、軽くそう尋ねた。哲也は「婚約者」の名目で勝手に家に住み着いたその年上の女を思い出すだけで嫌悪感を覚え、寿司を袋に投げ戻すと、ナプキンペーパーで手を拭きながら苛立った声で言った。「歳で言えば、あの女をおばさんって呼ばなきゃならないんだよな。俺より5歳も年上だぞ。嫁に押し付けるとか、よくもまあ母さんもそんなこと考えついたもんだよ。俺が欲しいのはあいつの遺産だけだ。嫁にするっていうより、家にもう一人の家政婦が増えただけだな……まあ、この話はこれで終わりだ」哲也は翔太を見上げながら言った。「それで、なんで急にこんな小さな会社の資料なんて必要になったんだ?お前の碧雲グループからすれば、こんなもんゴミ同然じゃねぇか?」それに、翔太が欲しいなら部下にやらせればいい話だ。わざわざ哲也に頼むなんて、何か狙いがあるに違いなかった。翔太は資料を真剣に見ながら答えた。「俺が直接動くと目をつけられる可能性がある」「ってことは、小さな会社を買収する気か?自分で新しい会社を立ち上げるわけじゃなくて、誰かのために作るってことか?」哲也は興味を引かれた様子で尋ねた。「一体誰のために会社なんて作るんだよ?」辞職のことが頭をよぎり、美羽を連想すると、哲也は面白がるように口角を上げて言った。「まさか、真田秘書に会社をプレゼントして、彼女を社長にでもする気じゃねぇだろうな?」翔太はふと笑みを漏らした。肯定もしなければ、否定もしなかった。哲也はペットボトルの水をひねって飲みながら続けた。「彼女、普通に仕事に戻ってるじゃないか。お前、まだ退職届を撤回してないのか?」翔太は資料を閉じ、立ち去ろうと席を立った。そして、最後に一言だけ残した。「撤回してない。でも彼女は辞めない」だって、彼女
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第64話

美羽は表情を変えずに言った。「お坊ちゃんが生まれたと聞きました。とても可愛いいそうですね。お会いする機会をいただけませんか?」「……」鷹村社長は無視して車に乗り込み、そのまま走り去った。しかし、彼は家には帰らず、ホテルに向かった。そこでは業界のサロンが開催されていたのだ。美羽は碧雲グループの首席秘書という肩書きがあるため、当然その場に入ることができたが、誰かと話す気はなかった。隅の席に腰掛け、一人静かに過ごしていた。宴会が終わる頃を見計らい、彼に近づき補足契約書にサインさせるつもりだった。もっとも、サインをしなくても問題ない。明日また来ればいいだけだ。むしろ、4日間粘られてくれればちょうど良い。4日後には辞職する予定だからだ。美羽は手元の雑誌をめくっていたが、ふと周囲が騒がしくなったことに気付いた。立ち上がり様子を見に行くと、鷹村社長が女性と口論になっていた。その女性は場の空気を全く気にせず、鷹村社長に向かって怒声を浴びせていた。「鷹村陽人!お前、会社の財産を横流ししやがって!地獄に落ちろ!」彼女の大声はサロン中に響き渡り、参加者たちは次々と二人を取り囲んだ。鷹村社長の顔色はみるみる悪くなっていった。美羽は隣にいた人に小声で尋ねた。「あの人は誰ですか?」「あれは鷹村社長の弟の奥さんだよ。有名なトラブルメーカーなんだ」美羽はすぐに思い出した。昨日契約の話をした際、柚希が鷹村社長の弟について触れていたことを。まさにその話題が原因で、彼女は鷹村社長に殴られたのだ。兄弟間には競争関係があり、現在は鷹村社長が優位に立っていた。だからこそ、弟の妻が公然と怒りをぶつけているのだろう。そして、どうやら鷹村社長もこの女性には手を焼いている様子だった。美羽は少し考えた後、携帯を取り出し、カメラを彼らに向けて声を上げた。「みなさん、見てください!これが今日のサロンの様子です!とても豪華で、ビュッフェにはサーモン食べ放題、フランスのエスカルゴ、フォアグラ、キャビアまでありますよ!」彼女の携帯が女性の顔の前に近づくと、その女性は警戒して顔を手で隠した。「何なの、あんた!何してるの!」「私ですか?ライブ配信してるんですよ。こんな盛り上がってる場面、視聴数も増えますからね」美羽は笑顔で答えた。女性
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第65話

美羽は平然と問い返した。「柚希をどうするつもりですか?」鷹村社長は冷笑した。「それは俺の問題だ。お前には関係ない」「もしあなたが彼女に危害を加え、犯罪に関わるようなことをすれば、私は共犯になります。だから、私にも関係ある話です」「これはお前のためでもあるんだよ。俺の予想が正しければ、元々この面倒な仕事は彼女が担当していたはずだろう。それが、お前に回ってきたのは夜月社長が彼女を贔屓したからだ。ある意味で彼女の存在はお前の妨げになっている。彼女を俺に任せれば、お前は競争の相手を一人減らせるし、肩の荷も下りるだろう?」鷹村社長はゆっくりと話しながら、まるで無害な提案のように美羽を誘い込もうとしているようだった。美羽は考え込み、そして、頷いた。「確かに、それは一理ありますね。私もちょうど彼女にうんざりしていたところです」鷹村社長は目を細めた。「承諾したのか?」「ええ、承諾しました。今すぐ電話します」美羽は携帯を取り出し、番号を押して耳に当てた。数十秒後、こう言った。「神田秘書。あなたの前の上司、鷹村社長があなたをここに呼び出せと言っています。彼があなたをどうするか見に来ませんか?場所は皇珠ホテルです」鷹村社長は驚きながら携帯を奪い取り、画面を確認した。しかし、発信履歴はなく、実際には電話をかけていなかった。彼は苛立ちながら携帯を返し、吐き捨てるように言った。「俺を騙したな!」美羽は冷静に答えた。「騙されたのはむしろ私の方です。鷹村社長には妻も子もいるでしょう?命を惜しむあなたが、本気で何かするつもりはないはずです。わざわざ脅かす必要がありましたか?」鷹村社長は弟夫婦との騒動で感情を発散したかっただけだった。今は気が静まったのか、彼女を責める気も失せたようだった。「持ってこい」美羽は書類とペンを差し出した。鷹村社長はその場でサインをし、契約書を返そうとした時、ふと思い出したように美羽を見上げた。「真田秘書が最近、転職を考えているって聞いたが、本当に碧雲グループを辞めるつもりか?」美羽は淡々と答えた。「ただの仕事上の異動です」「お前、面白いやつだな。うちに来ることを考えてみないか?規模は小さいけど、成長の余地は大きいぞ」鷹村社長はポケットから名刺を取り出し、書類と一緒に彼女に
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第66話

今夜の翔太はまるで美羽の腰に何か恨みでもあるかのように、いくつもの歯形や掴み跡を残していた。意識が朦朧としている中、美羽の耳元で彼が囁く声が聞こえた。「どうして今まで気づかなかったんだ?君がこんなにも人を惑わせる女だったなんて」彼が指しているのは鷹村社長のことだろう、と美羽は思ったが、その馬鹿げた発言に答える気もなく、目を閉じて彼の好きにさせていた。翌朝、美羽が先に起きた。翔太は昨夜荒っぽすぎたせいで、美羽はベッドから降りると体に違和感を覚え、動作がぎこちなくなっていた。翔太もその後すぐに起き、彼女に一瞥をくれただけで何も言わず、浴室に直行して洗面を始めた。彼は素早く支度を済ませたが、美羽が化粧を終えホテルを出る際、翔太もまた後に続いた。二人の間には一切言葉が交わされず、ホテルを出た。翔太の運転手が車を玄関前に停めると、翔太は車に乗り込んだ。「少し待て」美羽はホテルを出た後、彼の車を目にしても無視し、タクシーに乗り込んだ。運転手はバックミラー越しに後部座席の翔太をちらりと見た。翔太は無表情で短く言った。「出発だ」……午前中の仕事はいつも通りだったが、美羽が同僚と業務の引き継ぎをしている最中、自分のデスクにあった取締役資料が目に留まった。何気なく尋ねた。「どうしてこの資料を調べてるの?」同僚は一瞬で資料を隠し、ぎこちなく笑いながら答えた。「いや、別に……それより、さっき言ってた件ってどういうこと?」美羽は心の中で思った。おそらくこれは翔太が調べさせた資料で、さらに同僚に秘密厳守を命じたのだろう。だから説明できなかったのだ。美羽はそれ以上追及せず、何も知らないふりをすることにした。自席に戻ると、周囲の人々が彼女を見る目がどこかおかしいことに気づいた。普段なら他人の目を気にしない美羽も、あまりにも目線を感じるようになり、少々困惑し始めた。その時、結菜がそっと近寄り、小声で耳打ちした。「美羽お姉さん、噂になってるんです。あなたが契約を取るために鷹村社長と寝たって……」美羽の眉間が即座に深く寄った。「何ですって?」「私が言ったわけじゃありません。たまたま聞いただけです。でも、美羽お姉さんはそんな人じゃないって信じてるので、どこから広まった噂か調べた方がいいと思って……
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第67話

翔太の眉間がさっと冷たくなった。「いつのことだ?」美羽は淡々と答えた。「彼女が言うには、昨夜だそうです」昨夜、美羽が被害を受けたことになっていた。だが、それが本当に鷹村社長によるものかどうか、翔太ほどそれを理解している者はいなかった。翔太は柚希に視線を向けて尋ねた。「お前は何を見たんだ?」「わ、私は……」柚希の顔が真っ青になった。その時初めて、美羽が冗談ではないことに気づいた。彼女は焦って叫んだ。「美羽!あんた、何言ってるのよ!」美羽は冷静に返した。「私が何を言ったって?同僚たちの前で、私と鷹村社長が関係かあったって確信を持って言ったのはあなたでしょう?しかも具体的で、それらしく話してたじゃない。私は全く覚えていないけど、みんなが信じたんだから、私も信じざるを得ないわ」柚希は夢にも思わなかった。美羽がこんな風に対処するとは!スキャンダルなんて簡単に作り出せるものだった。当事者がどんなに否定しても、世間は疑念を捨てなかった。柚希はその噂で美羽の評判を完全に落とすつもりだった。美羽が彼女を問い詰めてくるなら、対策も考えていた。だが、美羽が直接警察を呼ぶとは!これで、美羽が潔白を証明する話から、柚希がその事実を証明しなければならない話に変わった。だが、実際に起こっていないことを、どうやって証明できるというのか?警察まで巻き込んだら、これはもう単なるゴシップでは済まない。美羽の冷ややかな目つきは、翔太によく似ていた。無情で、冷酷だった。柚希の狼狽ぶりを見ても、彼女は一切同情する気配を見せなかった。「私だけじゃない、他の同僚たちもあなたの話を聞いてる。証拠があるって言ったよね?警察が来たら、証拠を出して説明してちょうだい。鷹村社長がどこから睡眠薬を入手したのか、それをどうやって私の飲み物に混ぜたのか、どのホテルに連れ込んだのか、全部話してもらうわ」柚希には証拠なんてなかった。彼女は慌てて翔太を見た。助けてくれると思ったのだろう。翔太は背中で手を組み、口元に薄く笑みを浮かべた。「うん、まず証拠を見せてみろ。俺にも確認させてくれ」美羽は翔太を一瞥した。昨夜何があったか、彼が知っているべきだった。柚希が嘘をついていることも承知していた。だが、美羽はもう警察に通報していた。
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第68話

碧雲グループの19階は今日一日中ざわついていた。フロア内外には多くの社員が集まって、騒然としていた。警察がホテルの監視カメラの映像を確認すると、昨夜、鷹村社長と美羽が参加したのは、ホテルの宴会場で開かれたサロンだった。そして、鷹村社長は早朝にホテルを出ており、美羽が退出したのはその後だった。二人の行動時間は一致しておらず、何かが起こった可能性はゼロだった。結論として、柚希のデマだった。それでも柚希は、諦めるどころか、さらに攻撃的になった。「もっと映像を確認して!美羽には絶対に怪しいところがある!彼女の家は星煌市にあるのに、深夜に帰宅せずホテルに泊まったんだから、絶対何かあるはずよ!鷹村社長じゃなかったとしても、他の誰かがいるに決まってる!」映像をさらに再生すると、美羽が翔太に連れられて階上へ向かうシーンが映し出された。美羽は無表情で言った。「あなたがデマを流した証拠が取れればそれで十分。私がいつホテルを出たかなんて、あなたには関係ないでしょう?」柚希は歯ぎしりしながら言い返した。「それは後ろめたいからよ!映像を全部見せて!皆も見て!彼女が何を企んでるかはっきりさせましょう!」美羽は事態の対処方法を考えていたが、翔太が一言で締めくくった。「もう解決しただろう。皆、解散してくれ」翔太の一声で、周囲の人々は後ろ髪を引かれる思いでその場を離れていった。その日の社員たちの話題は、「真田秘書が裏で取引した」から「神田秘書がデマを流して失敗した」という劇的な反転に切り替わった。だが、美羽はこのまま終わらせる気はなかった。彼女は警察に尋ねた。「この後、彼女はどう処分されるんですか?まさか口頭注意で終わりというわけではないでしょうね?」警察は少し躊躇しながら答えた。「通常は調停を試みますが……」美羽は即座に遮った。「調停には応じません」警察は少し顔を曇らせながら説明を続けた。「悪質なデマや誹謗中傷は、最長5日間の拘留が科される可能性があります」柚希の顔は真っ青になり、先ほどまでの勢いは完全になくなり、涙声で訴え始めた。「お願いです!真田秘書、もうしません!警察に引き渡さないで!拘留なんてされたら、履歴が残って仕事が見つからなくなっちゃう!私、まだ卒業したばかりで未来があるんです!どうか見逃
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第69話

美羽は自分のデスクに戻って仕事を始めた。他の同僚たちは次々と彼女の元に来て、「柚希の話を信じたのは間違いだった」と謝ったり、彼女を慰めたりした。美羽は一様に「気にしないで」と答えた。しかし、結菜だけはいつもと様子が違い、自分の席に座ったまま、うつむいて何かをいじっていた。どこか不機嫌そうに見えた。実は結菜は、先ほど美羽を助けたい一心で、ホテルの監視カメラ映像を取り寄せるよう執事に頼んでいた。警察よりも先に映像を手に入れたのだ。だが、その映像の中に翔太と美羽が一緒にエレベーターに乗り、階上の部屋に向かう姿を見つけてしまった。一男一女がホテルの部屋に入るという状況から、何があったかは容易に想像できた。彼女は裏切られたような気持ちになった。美羽は結菜を翔太に引き合わせ、二人の仲を応援していたはずだ。それなのに、美羽がこんなことをするなんて!まるで親友の恋人を奪うようなものだと思った。一方、美羽は結菜の感情の変化に気づくことなく、直樹がオフィスを離れるのを見届けた後、立ち上がり、翔太の社長室へ入った。「夜月社長、数日間の休暇をいただきたいです」翔太は眉を少し上げた。「理由は?」美羽は平然と答えた。「今日の件で、心理的に大きな影響を受けました。医者に診てもらいたいので、休暇が必要です」翔太には、それが嘘であることがすぐに分かった。彼は手にしていたペンをくるくると回しながら、美羽をしばらく見つめた後、不意に言った。「心理的な問題は医者では解決しない。ちょうどいい機会だ。二泊三日のクルーズパーティーの招待を受けたから、一緒に来い。気分転換になるだろう」美羽は即座に拒否した。「夜月社長には、相川さんとご一緒されることをお勧めします」翔太は冷たく言い放った。「お前が上司なのか?俺が一緒に来いと言ったら、それしか選択肢はない」美羽は困惑した。翔太はここしばらく、彼女をこうしたイベントに連れて行くことはなかった。それなのに、なぜ最後の三日間になって急に態度を変えたのだろうか?しかし、拒否する余地はなく、美羽はしぶしぶ了承した。社長室を出た時、彼女は廊下で結菜を見かけた。「相川さん……」だが、結菜は無視してそのまま去っていった。美羽は少し驚いたが、深く考えなかった。翔太のような人間が
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第70話

美羽は手を伸ばして髪に挿した簪を軽く触れ、「うん」と小さく返事をした。この簪は翔太が彼女に贈ったものというより、自分自身の存在感を示すための道具だった。船上に集まった社長たちに、彼自身と碧雲グループの力を知らしめるための手段だった。言い換えれば、彼女はまたもや翔太のツール、彼のステータスを誇示するための道具となったのだ。一方、慶太は視線を戻し、ゆっくりとカクテルを口に含んだ。隣にいた友人が眉を上げて尋ねた。「もしかして、お前もあの簪が気に入ったのか?ずいぶん熱心に見てたけど」慶太は柔らかく微笑んだ。「ええ、気に入りましたよ」友人は驚いたように言った。「本当に?それなら、なんで競らなかったんだ?あの男は夜月家の翔太だろ?確かに彼の家はすごいが、相川家も負けてないだろう。どうしても欲しかったなら、彼から簪を奪うくらい簡単だったはずだ」慶太は軽く笑って答えた。「大丈夫、機会はいくらでもありますから」友人は慶太の顔を見てから、翔太と美羽の方をちらりと見やり、何かを悟ったような顔をした。「お前が欲しいのは簪じゃなくて……簪を挿しているその人か?」慶太は穏やかな表情を保ちながら、軽く否定した。「そんなことを口にするのは良くないですよ。その人の評判を傷つけることになります」友人は肩をすくめ、感慨深げに言った。「でも本気で彼女を気に入ったなら、家に帰ってそのことを話せばいい。相川家が全力で彼女をお前の嫁に迎える準備をするだろう。ようやくお前も結婚する気になったって、みんな大喜びするだろうな」慶太は微笑んだままだが、それ以上何も言わなかった。彼らが会話に夢中になっている間、すぐ後ろに座っていた哲也は二人のやり取りを聞いていた。声は小さかったが、内容の大半を聞き取ることができた。彼は翔太の方を見やり、ちょうどその時翔太が席を立ち、トイレに向かったのを見て後を追った。「翔太」呼びかけると、翔太が振り返り、二人でトイレに向かって歩いた。哲也が口を開いた。「お前、慶太と対立でもしてるのか?」翔太はきょとんとした表情を見せた。「慶太?いや、特に何もないけど」「さっき俺はっきり聞いたぞ。あいつ、真田秘書が好きだって」翔太の目が一瞬暗くなり、口元に薄い笑みを浮かべた。「彼が勇気がある
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