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第67話

Author: 山田吉次
翔太の眉間がさっと冷たくなった。

「いつのことだ?」

美羽は淡々と答えた。

「彼女が言うには、昨夜だそうです」

昨夜、美羽が被害を受けたことになっていた。

だが、それが本当に鷹村社長によるものかどうか、翔太ほどそれを理解している者はいなかった。

翔太は柚希に視線を向けて尋ねた。

「お前は何を見たんだ?」

「わ、私は……」

柚希の顔が真っ青になった。その時初めて、美羽が冗談ではないことに気づいた。

彼女は焦って叫んだ。

「美羽!あんた、何言ってるのよ!」

美羽は冷静に返した。

「私が何を言ったって?同僚たちの前で、私と鷹村社長が関係かあったって確信を持って言ったのはあなたでしょう?しかも具体的で、それらしく話してたじゃない。私は全く覚えていないけど、みんなが信じたんだから、私も信じざるを得ないわ」

柚希は夢にも思わなかった。美羽がこんな風に対処するとは!

スキャンダルなんて簡単に作り出せるものだった。当事者がどんなに否定しても、世間は疑念を捨てなかった。

柚希はその噂で美羽の評判を完全に落とすつもりだった。美羽が彼女を問い詰めてくるなら、対策も考えていた。

だが、美羽が直接警察を呼ぶとは!

これで、美羽が潔白を証明する話から、柚希がその事実を証明しなければならない話に変わった。だが、実際に起こっていないことを、どうやって証明できるというのか?

警察まで巻き込んだら、これはもう単なるゴシップでは済まない。

美羽の冷ややかな目つきは、翔太によく似ていた。無情で、冷酷だった。柚希の狼狽ぶりを見ても、彼女は一切同情する気配を見せなかった。

「私だけじゃない、他の同僚たちもあなたの話を聞いてる。証拠があるって言ったよね?警察が来たら、証拠を出して説明してちょうだい。鷹村社長がどこから睡眠薬を入手したのか、それをどうやって私の飲み物に混ぜたのか、どのホテルに連れ込んだのか、全部話してもらうわ」

柚希には証拠なんてなかった。

彼女は慌てて翔太を見た。助けてくれると思ったのだろう。

翔太は背中で手を組み、口元に薄く笑みを浮かべた。

「うん、まず証拠を見せてみろ。俺にも確認させてくれ」

美羽は翔太を一瞥した。

昨夜何があったか、彼が知っているべきだった。柚希が嘘をついていることも承知していた。

だが、美羽はもう警察に通報していた。
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