もう何回目かなんて覚えていない。 霧島淵斗(きりしま ひろと)は気まぐれに私を車に押し込み、猛スピードで山道を駆け上がっていく。 メーターは120kmを指していた。胸が詰まる。 「はる……淵斗……お願いだからスピードを落として!路面が危ない、安全第一だ!」 彼は鼻で笑った。 「心配するな。お前の命なんて安いもんだが、俺の命は惜しいんだよ」 言葉が詰まり、喉が渇く。まただ。 やがて車は止まり、着いたのは犬の飼育場だった。 「初音、俺は心を入れ替えて、いい夫になろうと思ってるんだ。友達と仲良くしなきゃ話にならないだろ?」 そう言いながら、彼が連れ出したのは大型犬――コーカシアンと呼ばれるものらしい。 血の気が引いた。私が犬を怖がるのを知っているのに。 幼い頃、田舎で野良犬に何度も足を噛まれたことがトラウマになっている。 目の前の犬は、かつて村で見たどんな凶暴な犬よりもはるかに大きい。 以前の橘陽翔(たちばな はると)なら棒を持って犬を追い払ってくれたものだ。 だが今の彼は、嘲笑を浮かべてこう言った。 「初音、ゲームをしよう。10秒やる。その間に逃げろ。うちの可愛い子に捕まらなければ、言い分を信じてやるよ」 犬は今にも飛び掛かりそうだった。 瞳孔が開き、彼が何をしようとしているのか悟る。 「10……9……」 淵斗のカウントが始まった。冗談ではない。本気だ。 私は全力で走り出した。けれど、人間が四本足の動物に勝てるわけがない。 巨大な犬が私に覆いかぶさり、鋭い爪が足を引き裂く。痛みが鋭く走る。 大きな口が開き、私の首を狙ってくる。 噛まれたら、半分は命を持っていかれる。 思わず両手で頭を庇った。 「陽翔、助けて!」 犬の牙が手に食い込み、鋭い痛みが全身を駆け巡る。 観客のように冷たく見ていた淵斗が、何かに触発されたように頭を押さえ、口笛を吹いた。 「チャンスはやった。掴めなかったのは自業自得だ」 彼の視線は氷のように冷たかった。 血が滲む手を抑え、胸がぎゅっと痛む。 「淵斗、こんなことをしてはいけない。思い出した時に、絶対後悔するよ」 「後悔?俺が?後悔するのは、お前にもっと酷いことをしなかったことだけだ。俺は何も忘れちゃいない。思い出す必要なんて
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