All Chapters of バツイチだけど、嫁ぎ先が超名門だった件: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話

その後、明は私に、あの病院で大きな出産プランを立てるように手配してきた。そして「今後出産するなら、ここで産もう」と言ってきたのだ。主任医師に執刀してもらい、縁起のいい日を選んで、できるだけ苦しまずに済むようにって。一通りの準備で、数百万円はかかる。義母の態度が百八十度変わったのは、エコー検査が終わった後だった。でも、本当の理由は――私のお腹にいるのが女の子だと分かったから。明も義母も、女の子を望んでいなかった。だから手を下したの?私の赤ちゃんを殺したの?そう思った私は、今日、意図的に行動を起こした。私は、トップランク病院での出産時の退院記録と、赤ちゃんの死亡報告書、そして妊娠期間中にあの私立病院で受けた健診データを手に、最初に健診を受けた婦人保健病院へ向かい、1万円払って専門医の診察を受けた。そして、やっぱり......予想通りの答えをもらった。報告を見る限り、私の赤ちゃんはずっと健康だった!医者は私に聞いた。「妊娠中、何か薬を間違って飲んだことはありますか?」私ははっきりと答えた。「ありません」妊娠してからは、ミルクティーもコーヒーも一口も口にしていない。ましてや、他に何か間違って摂ったなんてあり得ない。医者は不思議そうに首を傾げた。「それなら、おかしいですね。でも、エコー検査の報告や血液検査のデータだけでは判断はできません。それに妊娠後期のエコー検査の数値も、すべて正常です。妙ですね......」あんなにひどい先天的な異常なら、4Dどころか3Dエコーでもはっきり映るはず!それなのに、あの私立病院の何度ものエコー検査で、どうして一度も指摘されなかったのか?その時、ふと気づいた。毎回エコーを担当していたのは、同じ医者だった。若い女医で、いつも優しくて丁寧にこう言ってくれた。「赤ちゃん、すごく健康ですよ」もしかして、明がその医者に手を回した......?私は不安にかられながら、医者に尋ねた。「エコー検査を担当した医者が、胎児の異常に気づいていたのに、私に知らせなかった......そんな可能性はありますか?わざと隠していたとか?」医者は厳しい表情でこう答えた。「宝井さん、その疑いについて、私は答える立場にありません。ただし、仮に医療従事者がそのようなことをしたとしたら、それは『医療過誤』では
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第32話

その時、私はちょうどエコー検査の待合室にあるナースステーションの前に立っていた。明の問い詰めるような声を聞いた瞬間、胸の奥に不穏な予感が湧き上がった。どうして彼が私が病院にいることを知っているの?尾行されているの?でも、今は取り乱してはいけない、冷静でいなければと自分に言い聞かせた。私は何事もないかのように、わざと平静な口調で聞き返した。「そうよ、あなた、どうして分かったの?」「さっき電話を取ったとき、誰かが『39番、4番診察室へ』って呼ぶ声が聞こえたんだ」「耳がいいのね、私は全然気づかなかったわ」その瞬間、私はほっと胸をなで下ろした。一瞬、明が私を尾行している、もしくは病院内に彼のスパイがいるのかと思っていたけれど、ただの私の被害妄想だったみたい。明は心配そうに尋ねてきた。「先生はなんて言ってた?薬は出されたの?」私は心の中の怒りと憎しみを必死に抑え、冷静を装って答えた。「大したことないって、ただの軽い風邪よ」「それならよかった」「今どこの病院にいるの?迎えに行こうか?もうすぐ会議が終わるから、あと一時間くらいで行けると思う」明の偽善的な優しさに、私は言葉を返す気にもなれなかった。気づけば手に持っていた診断書を無意識に握りしめ、くしゃくしゃにしていた。私は作り笑顔で優しげに言った。「大丈夫、タクシーですぐだから。あなたが来たり戻ったりする方が大変よ」明は穏やかな声で注意してきた。「それならちゃんとしたタクシーを使ってね。最近はよく分からないEV車の配車も多くて、衛生面も安全性も心配だし、風邪の時は綺麗な車に乗った方がいいよ」「うん、分かった」電話を切った後、胸に込み上げてくる怒りと寒気に震えた。私の赤ちゃんは、この世に目を開けることさえできずに、命を失った。それなのに、明はまるで何事もなかったかのように振る舞っている!どうしてそんなに冷酷でいられるの!?もし法律がなければ、私はあの男を殺していたかもしれない。絶対に代償を払わせる。でも、あいつを刑務所に送るためには、証拠が必要だ。柊が言っていた、法律は証拠がすべて。証拠がなければ、私の告発はただの憶測に過ぎない。あれから時間も経っているし、どうやって証拠を掘り起こせばいい?赤ちゃんの遺体もすでに火葬さ
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第33話

「焦らないでください。麻美の身元や、彼女が志穂や明と関係があるのか、今どこにいるのか――全部、僕が調べます。あなたはお金を払ったんですから、あとは僕たちに任せて、自分の身の安全を一番に考えてください」成田の気遣いと励ましに、私は心から感謝した。 「ところで、近藤ってもともと金融出身ですよね?それなのに、どうして建材会社を始めたんですか?専攻とは全然関係なさそうですけど、真帆さん、何か理由があるんですか?」と成田が聞いてきた。 私は病院を出ながら、その質問に答えた。 「1年前、私たちが結婚して間もない頃、明はVC、つまりベンチャーキャピタルの機関で投資家として働いてたんです。主に新しい消費市場をターゲットにしてました。あるハイレベルなフォーラムで、彼は地元の幼なじみ森裕史(もり ひろし)と再会したんです。 私も何度か会ったことがあります。森は建材の商売をしていて、ちょうど江東区のある住宅地の建材供給を担当してたんですけど、資金繰りがうまくいかなくて、フォーラムで投資家を探してたんです。 明は彼と話して、建材ビジネスって思ってたよりも利益が大きいって気づいたんです。確かに大変だけど、もし施工業者の原材料供給を一括で請け負えたら、1年でかなりの利益が見込めるって。 それから何度か森と食事をして、明は投資会社を辞めて、彼と一緒にビジネスを始めたいって言い出したんです。私は基本的に彼のキャリアに口出しするつもりはなかったんですけど、建材業界は私たちにとって未知の分野だったので、リスクについて少し意見しました。でも明は頑として譲らず、こう言ったんです。 『投資家として金融街のCBDに出入りしてるのは一見華やかに見えるけど、結局は他人の下で働いてるだけ。たとえ40歳までに役員になれても、所詮は他人のために働いてるに過ぎない。でも自分でビジネスをやれば話は違う。若いうちに苦労しなきゃ意味がない。僕は苦労を恐れない』と」 当時のことを思い出した私は思わず一息ついた。 あの時、明がソファに座って、私の手を握りながら、真剣で優しい目をしてこう言ったのだ。 「真帆、君にいい生活させてあげたいんだよ。親にも天国で安心してほしいし、『あの人に任せてよかった』って思ってもらえるようにね。もちろんさ、商売ってリスクあるし、もし起業して
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第34話

明は胃潰瘍で入院して、ほぼ半月もの間、私は彼のことが心配でたまらなかった。「そんなに無理しないでよ。今は景気も悪いし、投資家たちも慎重になってるんだから。あなたが胃を壊すほど飲んだって、いい投資先が見つかるとは限らないよ」そう言って、私はファンドマネージャーに頼んで、運用していた資金の中から1億円を引き出して明に渡した。明は感動して涙を浮かべながら、私をぎゅっと抱きしめて言った。「こんな僕に投資してくれるなんて、エンジェル投資家どころじゃないよ。絶対にちゃんとやるから。信じて、見ててほしい」私は苦笑いしながら言った。「今思えば......私、天使なんかじゃなかった。ただのバカだったのよ」成田は私を笑い飛ばしたりせず、代わりに優しく慰めてくれた。「やっぱり女性って、男よりずっと優しいんですよね。僕も男だけど、男って本当にずるくて、ひどいことする奴も多いんです。女の人は感情で動いて、愛のためなら何でも捧げちゃう。でも男は、そこまでしない。もしそんな男がいたら、もう絶滅危惧種ですよ」私はふと気になって聞いた。「どうして急にそんな話を?」「帳簿の突破口がずっと見つからなかったでしょう?でも、今、ちょっとヒントが浮かんできたんです」「......何か見えたの?」「建材ビジネスって、不正の余地が大きいんです。僕の推測ですけど、明は材料ごとの価格差を使って資産を移してる可能性があります。まだ確証はないけど、証拠が見つかったらすぐ連絡します」私は少し黙ってから答えた。「わかった」「じゃあ、こっちに別の電話が入ったので、また後で」そう言って成田は電話を切った。私はスマホをバッグにしまって、あてもなく道を歩いた。胸の奥にぽっかり穴が空いたような、そんな気持ちだった。体からは、なぜか冷たい汗がじわっと滲み出ていた。もし、成田の調査が正しかったら?もし、明が本当に建材の価格差で財産を移していたとしたら?それってつまり、彼が最初から全部仕組んでたってことになる。「幼なじみ」も、「エンジェル投資家」も、全部彼の罠だったってこと。彼は演技もうまいし、頭も切れる。私から金を引き出すために、そんな回りくどいやり方までしたなんて。そんな男を、私は何年も愛してきたなんて......そう思っただけで、胸がムカム
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第35話

「気をつけて。近藤がまた別の手を使って薬を盛るかもしれないから」電話を切ったあと、スマホの画面が涙で濡れているのに気づいた。ほんと、情けない。こんな時なのに、まだ悲しくて、苦しくて――もういっそ死んだほうがマシなんじゃないかって思った。でも、今日の結果って、結局は自業自得じゃない?親の反対を押し切って、無理やり明と結婚したのはこの私だ。バカだった。目が曇ってた。人の骨までしゃぶり尽くすような毒蛇を、好きになっちゃうなんて!人の心って、どうしてこんなに汚くなれるんだろう。涙を拭きながら、あてもなく街を歩いた。その瞬間、ひどく孤独で、情けなくて......みじめな気持ちになった。胸の奥の冷たさがじわじわと広がって、思わず震えた。全身が骨の髄まで凍りつくような寒さに包まれて、ガタガタと震えが止まらなかった。「真帆さん......真帆さん?」そして、そこで意識を失った。次に目を覚ましたときには、知らない部屋の中にいた。どうやら誰かのゲストルームらしい。インテリアは洗練されていて、どこか冷たい雰囲気。でも黒・白・グレーの控えめな配色が、落ち着いた高級感を漂わせていた。ベッドリネンも、一流ブランドのシルク製だった。倒れた私を、誰かが助けてくれたんだろうか?でも、病院じゃなくてここに連れてきたって、なかなか変わった人ね。そのとき、足音が近づいてきた。ドアノブが回され、誰かが部屋に入ってくる。その顔を見て、思わず目を見開いた。「涼介!?なんであんたがここにいるのよ!」なんてこった。私の一番みじめな姿を見せる相手って、どうしていつもこの冷血漢なの?涼介は無表情のまま私を見つめ、まぶたをわずかに持ち上げた。その視線は、まるで刃みたいに冷たくて、口調も相変わらず皮肉たっぷりだった。「俺の顔見て、その反応か。そんなにがっかりした?」あわてて否定した。「ち、違う。ちょっとびっくりしただけ!」「がっかり」だなんて言ったら、恩知らずもいいところ。何せ命の恩人なんだから。話しているうちに、涼介はすっと近づいてきて、感情を感じさせない目でじっと私を見つめてきた。そして突然、彼が手を伸ばして私の額に触れようとしたから、反射的にビクッと身を引いた。「な、なにするの?」私の動きに、涼
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第36話

私が黙っていると、涼介がふっと唇を動かした。「どうした?言葉も出ないのか」片手をポケットに突っ込んだまま、ベッドの前に立つ彼は、どこか冷たくて、それでいて洗練された雰囲気をまとっていた。その姿を見ていると、なんだか自分がみすぼらしく思えてくる。「どうせ言い返せることなんてないし......」そう、小さな声でつぶやくと、涼介は少しだけ眉間にしわを寄せて、不機嫌そうな表情を浮かべた。微妙な空気が流れた、そのとき――コンコン、とドアをノックする音がして、誰かが服を届けに来たようだった。涼介は袋を受け取り、それを無造作にベッドの横へ置くと、相変わらずの冷たい口調で言った。「着替えたら、下に来い」そのとき初めて気がついた。私、着てる服が変わってる。男物の白いコットンTシャツに、スポーツ用のハーフパンツ。どう見ても私のじゃない。思わず口から出ていた。「私の服は......?」涼介はふっと鼻で笑って、私の意図をすぐに察したらしい。「今お前が着てるのは、まあ俺の服だな。うちに女物なんか置いてないから。でも、お前の服は家政婦さんに着替えさせてもらったよ」その言葉を聞いて、私は思わず胸をなでおろした。だよね、まさか涼介が自分の手で着替えさせたわけないし。だって私は既婚者。しかも、その夫とは涼介が犬猿の仲だっていうのに。ちょっと安心した私の表情を見て、涼介はうっすら笑いながら、からかうような軽蔑の目を向けてきた。「バスルームに鏡あるから、よーく見てこいよ」そう言い残して、ドアを開け、そのまま部屋を出て行った。......いや、ダメージ自体は軽いけど、精神的な侮辱度はMAX。私ってそんなに「安全圏な女」って顔してる!?涼介の目、絶対おかしい!私、美人コンテストで優勝はしなかったけど、ノミネートはされたんですけど!?なのに「鏡見ろ」とか......どーいう意味よ!すっかり気が滅入って、私は心の中で誓った。これからは、たとえ倒れそうでも、涼介がいる可能性のある場所では絶対に倒れないって!涼介が部屋を出たあと、私はベッドを降りて、着替えることにした。誰が選んでくれたのかはわからないけど、その服はサイズもデザインも私の好みにドンピシャで、なかなか良かった。ただし――値札を見た瞬間
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第37話

私は正直に白状して、ちょっとがっかりした顔で言った。「ねえ、なんで私、運が悪いときに限って、毎回涼介に会っちゃうわけ?たまには別の人に私の不幸っぷり見せたってよくない?ほんと、あの冷たくて嫌そうな目を見ると、ビクッてなっちゃってさ、つい頭ん中で必死に思い出すんだよね。昔、恋愛脳で明に夢中だったときに、涼介に何かひどいことしちゃったんじゃないかってさ」理奈はクスクス笑いながら言った。「で、思い出した?昔バカなことやらかした?」私は空に向かって誓うように言った。「絶対にしてない!」「じゃあ、なんでそんなにビビってんの?まるでなんか後ろめたいことある人みたいな顔してるけど?」「それがさ、自分でもよく分かんないんだけど、涼介が私を見る目って、なんか押し殺した怒りみたいなのがにじんでる気がするの。まるで本当に私が彼に何か悪いことしたみたいで、それをずっと根に持ってる感じ。でも、私の両親との関係があるから、仕方なく助けてくれてるっていうか......」「焦らなくていいよ。いつかちゃんと分かる日が来るって」理奈が優しく言った。通話を切ったあと、脱ぎっぱなしのTシャツとジャージを見て、ちょっと気まずくなった。数秒考えてから、涼介の服を洗ってあげようって思った。そうして服を抱えて客用バスルームに行って、洗面台に水をためて、棚から洗剤を取り出して洗い始めた。夢中で服をゴシゴシこすってたら、突然、涼介の冷たい声が響いた。顔を上げると、鏡の中に彼の厳しい表情が映っていた。眉をひそめていて、そのせいで眉骨が少し浮き出て、なんだか本気モードだった。「服、洗ってるの......私が着たやつ」私はおそるおそる言った。「誰が頼んだ、そんなこと」涼介の目がさらに冷たくなって、近づいてきて私の手首をつかんだ。そして、横にあったタオルを引っ張って私に投げ渡すと、すぐに手を離した。彼はそのまま冷たい表情で私を見つめ、口を開いた。「そんなことしなくていい。服は洗わなくていい、捨てるから」「......」その瞬間、気まずすぎて、口を開いたけど何も言えなかった。「目が覚めたなら、もう俺の家から出ていけ」涼介はちょっと強引で冷たい口調で言った。「こんな無意味なことしてる場合じゃない。お前は俺が雇った家政婦じゃないんだから」私は何も言
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第38話

涼介が目の前まで歩いてきて、ようやく立ち止まった。漆黒の、底が知れないほど冷たい瞳が、まるで見下ろすように私を射抜いてくる。私は無表情のまま、その視線を受け止めた。涼介は眉をひそめ、その深い目はまるで冬の夜空に光る星みたいに、冷たくて鋭かった。口を開いた彼の声には、うっすらと嘲りが混じっていた。「お前ってさ、目が見えないだけじゃなくて、バカで思い上がってるよな」思わず眉をひそめて、無意識に手のひらをギュッと握りしめる。言い返したいのに、言葉が見つからない。でも、こっちが何か言う前に、涼介が冷たく笑って言った。「でもまあ、間違ってないよ。確かに、俺たちは他人だ。俺が勝手なことをしただけ」そう言い残して、じっと私を見たあと、くるっと背を向けて去っていった。まるで私が恩知らずで、彼を怒らせたみたいな態度だった。は?なんであいつが怒ってんの?怒るべきなのは、こっちじゃないの?特に最後の「俺たちは他人だ」とか「余計なことをしただけ」って、どう聞いても嫌味でしょ。皮肉たっぷりの言い方にしか聞こえなかった。私、何か間違ったこと言った?ていうか、最初から他人だったじゃん!ムカつく気持ちはあったけど、それでも戻って服を洗った。しっかり手で絞って、客間のベランダに干す。人の服を借りたんだから、ちゃんと洗って返すのが筋ってもんだ。涼介がそれをどう思おうと、それは彼の問題。干し終えた私は、階段を降りた。この小さな洋館は、どこか実家と似ていて、三階建ての造り。内装も建物のレトロな雰囲気に合わせたアンティーク調で、家具や飾りもどこか懐かしくて落ち着く空気が漂っていた。一階はリビングで、涼介はアンティークのソファに腰かけ、タブレットを見ていた。私が降りてくると、彼はちらっとだけ目を上げて冷たく一瞥し、すぐ視線を戻した。最低限の礼儀として声をかけた。「お世話になりました。失礼します」そう言って背を向けた、そのとき。「待て」背後から涼介の声がした。彼は立ち上がり、テーブルの上にあった袋を手に取り、こちらに差し出してきた。「持ってけ」私は受け取らず、不思議そうに彼の顔を見た。涼介は淡々と口を開いた。「解熱剤だ」「いえ、自分で買います」やっと状況が飲み込めた。きっと私が寝てる間に、
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第39話

たしかに、あの日、涼介の運転する車が入っていったのは、この小さなビルだった。たぶん、最近になって彼が買ったんだと思う。この家に住んでた家族、中学の頃にカナダに引っ越したって記憶がある。それからずっと、ここ空き家だったよね。前に住んでたのは芸術系の仕事をしてる老夫婦で、当時はチェロを背負った若者たちがよく出入りしてるのを見かけたっけ。たしか、この家って、「橘」って苗字じゃなかった気がするんだけどな。私は玄関をビクビクしながら見て、心の中でつぶやいた。「こんな性格悪い涼介、誰がうまく扱えるんだろうね?」大学時代、彼はいつも注目の的だった。顔はいいし、成績も優秀。女子たちは彼の話をするとき、いつも目をキラキラさせてた。でも、当時付き合ってる彼女がいるって話は聞いたことなかった。ずっと一匹狼って感じだったし。まさに高嶺の花って言葉がぴったりで、どこか現実離れしたオーラを放っていた。そんな冷たくて手が届かない男の未来の奥さんとか......正直、かわいそう。ま、私には関係ないけどね。ほんと、こんなどーでもいいことで悩んでるなんて、私も暇だよね。スマホを開いてタクシーを呼ぼうとしたとき、明から何度も着信があったのに気づいた。あんなムカつくやつ、大嫌いだけど、とりあえずかけ直した。すぐにつながると、「なんで電話出ないんだよ!ビビらせんなよ」って、焦った声が響いた。私は思わずクスッと笑って、ちょっとふざけた感じで言ってみた。「え、もしかして心配してた?」どうせ、私に何かあったらいいな〜って思ってたんでしょ?事故でも起こして死ねばいいのに、とか、毎晩妄想してるんじゃない?わざわざミルクに毒入れなくても、「勝手に死ねばいいのに」とか思ってるんでしょ?「だって、俺の嫁さんだぞ?お前のこと心配しなかったら、誰を心配すんだよ」そう言いながらも、明はちょっと文句っぽい口調で聞いてきた。「今どこ?迎えに行くから」「両親の別荘の近くだよ」「なんでそんなとこ行ったの?」って、急に声のトーンが鋭くなった。「昨夜、夢にお父さんとお母さんが出てきたの。すごく心配そうな顔してたから。今日はその家を掃除して、お線香あげに来たの」わざと明るい声でそう言ってみた。「ねえ、ついでにさ、迎えに来るならお線香あげてく?も
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第40話

その後の数日間は、何事もなく穏やかだった。明は、私に対して本当に気を配ってくれてように、細やかで行き届いた世話をしてくれた。毎晩決まって温かい牛乳を一杯、私の目の前に差し出し、あの手この手で私に飲ませようとしてくる。今夜も同じだった。少し遠慮すると、彼は「今は身体の回復期なんだから、栄養はちゃんと取らなきゃ。適当に済ませるじゃダメだよ」と落ち着いた口調で言った。さらに白々しくもこう聞いてきた。「体が良くなったらさ、もう一人子ども作ろうか?」本当にもう、その牛乳を頭にぶつけて、ぐちゃぐちゃにしてやりたくなった!クズめ!よくもまあ、子どもの話なんか持ち出せるね?たぶん「子ども」って言葉を口にしたから、私の顔色が変わったのに気づいたんだろう。明は慌ててベッドの端に腰掛けて、私を抱きしめながら言った。「この前ある本で読んだんだけど、不意に亡くなった子どもは天使になるんだって。そして空の上から、もう一度親になれるその日を待ってくれてるらしいよ。俺、うちの赤ちゃんも今、上から見守ってくれてるって信じてるんだ。きっとまた会える日が来るよ」私は薄く笑って、彼の目を見つめながら言った。「そうかしら?」「俺は信じてるよ」と言いながら、目には涙を浮かべていた。さらにこう聞いてきた。「真帆ちゃんは......信じてないの?」見てよ、こんなに情感たっぷりで誠実そうに振る舞って。普通のクズ男にこんな芸当、できる?私は小さく頷いた。「信じてるよ。因果応報ってね」信じてるどころじゃないよ。本当に因果応報があるならいいのに。殺された赤ちゃんが命を奪いに来て、このクズ男を地獄の底へ落として、永遠に浮かばれないようにしてくれたらいいのに!明は微笑んで、優しく言った。「じゃあ、早く牛乳飲もう?」私は吐き気を抑えて、感動したフリをして大人しく飲み干した。そして彼が部屋を出て行った後、タイミングを見てバスルームに行き、無理やり吐き出した。最近は何度か、かなりひどく吐いていて、酸っぱい液体が喉まで上がってきて、喉が痛くて涙が滲んだ。だけど、大きな音を立てるのが怖くて、明に聞かれないように気をつけていた。時には、明が私の部屋でなかなか出ていかないから、苦しみながらこっそり吐くしかなかった。胃が痛くて痙攣しても、精神をおかしくするあの薬を飲
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