出張を終え、久しぶりに家へ帰ると、珍しく夫がキッチンに立って料理をしていた。「どういう風の吹き回し?」と声をかける間もなく、ソファに座る真っ赤なワンピースが目に飛び込んできた。その人物は玄関の音に気づき、キッチンにいる夫から私に視線を移す。目が合った瞬間、彼女は立ち上がり、にこやかに手を差し出してきた。「由利(ゆり)さん、初めまして。私は綾瀬桃香(あやせももか)。悠真(ゆうま)とは幼馴染なんです」自己紹介を聞いて、私はああそうかと納得したふりで彼女の手を握り返す。「どうも、まあ、座って」ソファに腰を下ろしたとき、どこかで見覚えのある顔だと気づいた。何度か視線を送り、数秒の後、思い出した。この女――私たちの結婚式の日に来ていたではないか。薄い顔色に涙目で、悠真を恨めしそうに見つめるその姿が、まるで世界で一番の悲劇のヒロインだった。挨拶もそこそこに済ませたところで、キッチンの夫が二皿のあっさりした料理をテーブルに運んできた。彼は私が帰宅していることに気づかず、まるで二人だけの世界に浸るように口を開いた。「桃香、さあ食べよう。今日は君の体に優しいものを作ったから」そう言いながら振り向き、彼女を優しく見つめた。一瞬、私の方へ視線がずれ、ようやく私の存在に気づいた彼は驚きを隠せない様子だった。「......いつ帰ってきたんだ?何で連絡しないんだよ?」私はスマホを軽く振って見せた。「昼間にメッセージ送ったけど?」夫は気まずそうに視線をそらし、キッチンに戻ってもう一セットの食器を用意しながら適当に返す。「そうだったか?気づかなかったな。まあ、食べよう」彼女が先に立ち上がり、テーブルへ向かう。椅子を引こうとした瞬間、悠真はすぐさま箸と皿を置き、桃香のために椅子を引いてやった。二人のその自然なやりとりに、私は小さな違和感を覚えた。けれど、それが何なのか、まだわからない。二人のやり取りを見ていると、胸の奥で何か引っかかるものを感じた。ただ、それが何かはうまく言葉にできない。食卓につき、用意された料理を見て思わず眉をひそめた。そこに並んでいたのは、どちらもあっさりしたものばかり。普段なら気にしないが、なぜかその瞬間に食欲が消え失せた。けれど、お客さんがいる手前、無愛想な態度を取るわけにもい
Read more