「春香さん、楠本さんの陣痛の間隔が狭くなってきたわ。七海先生にも知らせてきて」「はい、わかりました。すぐに行ってきます」「お願いね」「はい!」七海先生のお父様が経営している総合病院の分娩室。私はこの病院に新しく就職し、初めての出産を迎えている。張り詰めた空間にとても緊張している。私は七海先生に声をかけ、その時を待った。楠本さんという妊婦さんは初産でまだ23歳と若い。今日の日を楽しみにしながらも、不安もあると言っていた。この若さで、子供を持つということがどういうことなのか、正直、私にはあまり理解はできないけれど、きっと、とんでもなく大変なことなんだろうと思った苦しいつわりを経験し、トツキトオカ、お腹の中で成長した我が子。その我が子に会える日を、夢にまでみて頑張ってきた楠本さん。そんな彼女を側で見ていたら、その思いが伝わってきて、なんとしても無事に元気な赤ちゃんを出産させてあげたいと心から思った。「楠本さん、大丈夫ですよ。落ち着いてゆっくり呼吸してくださいね」先輩看護師の声掛けに、うなづく楠本さん。苦しみながらも、必死に頑張っている姿が涙ぐましい。妊娠を知ってから暴力を振るうようになった彼氏と別れ、楠本さんは、赤ちゃんを1人で産むことを決意した。周りには頼れる人がいないと嘆きながら、それでもこの命は消したくないと泣いていた。シングルマザーとして、我が子を育てることは相当な覚悟だと思った。「七海先生、お願いします」分娩室に七海先生が入ってきた。その凛々しい姿に、きっと楠本さんも安心していることだろう。この人なら大丈夫、全てうまくいくと、私も絶大な信頼をしている。「はい。楠本さん、大丈夫ですよ。もうすぐ赤ちゃんに会えますからね。ここにみんないますよ、安心して、一緒に頑張りましょう」「は、はい……っ、お願いします」痛みに耐えながら、七海先生に応える楠本さんはとても立派だ。きっとこの人は強くて優しい、素敵な母親になる。私はそのお手伝いができることに喜びを感じた。七海先生、先輩看護師、私……みんなで必死に出産に臨んだ。新しい命が、今、ここに誕生する――汗をかき、教えられた通りの呼吸法で必死に頑張る姿。そんな姿を見ていたら、自然に涙が溢れてきた。堪えるのが難しいほど、この光景は神秘的だった。そして――待望の赤ちゃん
Last Updated : 2025-04-29 Read more