All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 141 - Chapter 150

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6-4 ホワイト・デーの思惑 2

「朱莉さん。もしよければ何処かで食事をして帰りませんか? この近くに美味しいイタリアンの店があるんですよ。お詫びにご馳走させて下さい」病院を出ると、京極が朱莉を食事に誘ってきた。「お詫びなんて言わないで下さい。マロンの病気は京極さんのせいではありませんから」すると……。「お詫びなんてただの口実です。朱莉さん。僕は貴女に色々聞きたいことがあるんです。どうか僕の為に朱莉さんの時間を分けて貰えませんか?」京極がいつになく真剣な目で朱莉を見つめている。「き、聞きたいこと……?」朱莉は口元を震わせ、京極は慌てた。「い、いえ! 決して朱莉さんを尋問しようとかそんなつもりはなく……ただ、色々とお話しできればと思っただけなので。答えたくなければ答えなくて結構ですから。ただ朱莉さんと話がしたいだけなんです」京極にはマロンを預かって貰った恩がある。だから彼の誘いを無下にすることは出来なかった。「分かりました。食事……御一緒させて下さい……」躊躇いがちに朱莉は返事をすると、京極が笑顔になる。「良かった……。ありがとうございます、朱莉さん」その笑顔は子供のように無邪気だった――**** 京極が連れて来てくれたイタリアンレストランは堅苦しい雰囲気が一切無く、カジュアルなイメージで料理もバリエーションに富み、美味しかった。 特にデザートのパンナコッタはとても朱莉の好みの味だった。 お店を出て、助手席に乗ると朱莉は嬉しそうにお礼を述べた。「京極さん、今夜は素敵なお店に連れて来て下さり、本当にありがとうございました。イタリアン料理とても美味しかったです」すると京極は笑顔になる。「こんなに朱莉さんに喜んでもらえるとは思いませんでした。てっきり今夜は断られてしまうかと思って、強引にお誘いしてしまったのですが……無理にお誘いした甲斐がありました。これで少し安心出来ましたよ」「え……? それは一体どういう意味ですか?」(今の京極さんの台詞……すごく意味深に取れるのだけど……気のせいかな?)すると、朱莉の質問に答える前に京極が言った。「ああ……あそこにいるのはやはり……」「え?」気づいてみると、そこはもう億ションのエントランスの前だった。そしてエントランスに設置してある椅子に人影がある。朱莉は驚きで目を見開いた。「あ、あの人は……京極さん! 車を止めて
last updateLast Updated : 2025-04-04
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6-5 月光の下で 1

 季節は流れ、早い物で明日からゴールデンウィークに入ろうとしていた。あの3月14日のホワイト・デーの夜。琢磨は人生で最も屈辱的な気持ちを味わい、それ以来朱莉と会うことも、連絡を取り合う事もすっかり無くなっていた。尤も朱莉と連絡を取り合う事が無くなった理由の一番の要因は、翔と朱莉が直接連絡を取り合うようになっていたからだ。2人が連絡を取り合えるようになった理由は明日香の方も最近は朱莉との連絡に対して翔や朱莉に文句を言うことが無くなったからである。これも偏にカウンセラーのお陰ともいえる。「それで明日から明日香ちゃんと旅行に行くって言う訳か。何所へ行くんだっけ?」昼の休憩時間、琢磨はケバブサンドを食べながら翔に尋ねた。「明日香の希望で沖縄と与論島に行くことにしたんだ」翔はキーマカレーを食べながら答えた。「珍しいな……いつもなら毎年大体海外に行っているだろう? 一体何があったんだ?」「いや、実は……明日香に子供がまた出来たんだ……」照れる翔に対し、驚く琢磨。「何だって!? 朱莉さんはそのことを知ってるのか!?」琢磨は険しい顔つきで尋ねた。「いや、まだだが? 実は今夜、報告しようと思ってるんだ」「そうか……今回は大丈夫なんだろうな?」「もう明日香は精神も大分安定してきたし、3カ月以上精神安定剤を服用もしていない。だから今度こそ間違いはない……だろう」翔はためらいながらも断言した。「大体、明日香ちゃんが子供を産むのはまだ無理だと以前お前は言っていたじゃないか? それがどういう風の吹き回しなんだ? 今は子供の誕生を何だか待ち望んでいるようにも聞こえるぞ?」食事を終えた琢磨はコーヒーを飲みながら首を傾げる。「実は……それなんだが……」翔が言いよどむ。「何だよ、はっきり言えよ」「そうだよな、隠していてもしようがない。実は祖父から言われていたんだ」「言われていたって……何を?」「その……いつになったらひ孫の顔が見れるんだ? って……」ひ孫の顔……。その言葉にピクリと琢磨は反応する。「だから、今回明日香が再び妊娠したのは丁度タイミングが良いと言うか……」「おい、翔。それで明日香ちゃんの妊娠中はどうするんだ? ずっとあの億ションんに住んでるのか? それに朱莉さんはどうする? お前の計画では明日香ちゃんが妊娠した場合は朱莉さんにも妊婦の
last updateLast Updated : 2025-04-04
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6-6 月光の下で 2

 だが、琢磨にも責任はある。そこで自分の考えを述べることにした。「俺だったら……。明日香ちゃんと朱莉さんをここから別の場所に移して、出産するまではそこで暮らしてもらうかな……。妊娠中は別の場所で過ごすって形を取れば、わざわざ朱莉さんにしたって妊婦の恰好をする必要は無いんだからな」自分で言っておきながら、琢磨は胸を痛めていた。(俺は最低だ……。明日香ちゃんが産む子供を、あたかも朱莉さんが出産するように見せかけるためにこんな手段を考えつくなんて……)しかし、当の翔は琢磨の心情を知ってか知らずか納得して頷く。「うん、そうだな。それが最もいい方法かもしれない。何所か明日香が妊娠期間中、穏やかに暮らせるような場所を探すことにしよう。出来れば朱莉さんにも明日香の妊娠期間中は近くに住んでもらって……」もう翔は自分の中で計画を立て始めていた。「おい……お前、まさか……朱莉さんと明日香ちゃんを同じ家に住まわせるつもりか?」「駄目か?」「駄目だ! いくら何でもそれだけはこの俺が許さないぞ! 大体良く言われてるじゃないか。妊娠期間中はホルモンバランスが崩れてイライラしやすくなるとか。その苛立ちを明日香ちゃんが朱莉さんにぶつけたらどうするんだ? せめて近所でも構わないから一緒には暮らさせるな。明日香ちゃんの面倒なら家政婦を現地で雇えばいいだろう?」喚きながら琢磨は心の中で自分自身をなじっていた。(くそ! こうやって俺は明日香ちゃんと翔の片棒を担いでいくことになるのか? これじゃますます朱莉さんとの距離が離れていってしまう……!)翔は琢磨の顔色が悪いことに気が付いた。「大丈夫か琢磨。何だか随分顔色が悪いようだが?」「い、いや。何でもない。俺のことは気にするな。朱莉さんに明日香ちゃんの妊娠を告げるときは……翔、お前から告げてやれよ」琢磨は翔の肩にポンと手を置いた。「分かったよ」「さて、それじゃ仕事を再開するか」琢磨は立ち上がると自分のデスクに向かい、PCの操作を始めた――****  その日の夜――朱莉がお風呂からあがってくると、翔との連絡用スマホにメッセージが届いていることに気が付いた。「あ、翔先輩からだ」朱莉の顔に自然と笑みが浮かぶ。翔とのメッセージのやり取りはいつも業務連絡のように単調なものだったが、それすらも朱莉にとっては嬉しかった。(
last updateLast Updated : 2025-04-04
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6-7 それぞれの休暇 1

—―翌朝 朱莉は憂鬱な気持ちでカーテンを開けた。窓からは眩しい太陽の光が差し込んでくる。今日からゴールデンウィークに入るが、朱莉には特に重要な予定は入っていなかった。京極からは何度かゴールデンウィークに何処かへ出掛けようとの誘いのメッセージが入っていたが、朱莉はそれら全てをやんわりと断っていた。やはり書類上とはいえ、朱莉はこれでも人妻だ。当然京極もそれを承知の上なのに、何故朱莉に誘いをかけてくるのか、謎であったし、世間の目も気になった。それに何より契約婚を交わした時の書類には浮気は一切しないようにと書かれている。別に朱莉は京極に恋愛感情を持っている訳では無いが、一緒に出掛けたりすれば当然周囲の目から疑いの目で見られるのは分かり切っていたし、何より京極に迷惑をかけてしまいそうだったからだ。「私みたいに面倒な人間じゃなくて、もっと普通の女性を誘えばいいのに」朱莉はネイビーに水と餌を与えながら思わずポツリと呟いていた。それに京極からの誘いを断って来た理由はそれでけではない。「九条さん……」あのホワイト・デーの夜…まだうすら寒い外でコートの襟を立てて自分を待ってくれていた琢磨。そしてホワイト・デーのお礼として紙バックを渡してきた時のあの悲しそうな顔が目に焼き付いて、今も離れなかった。あの目は……どういう意味だったのだろう……。****「翔! ほら、早く! そろそろタクシーが来る時間よ!」明日香が大きなキャリーバックを前に億ションのエントランス付近で声をかけている。「ああ、分かった。今行くよ」翔は笑顔でキャリーケースを引っ張って出口に向かおうとした時、突然背後から声をかけられた。「おはようございます、旅行にでも行かれるのですか?」振り向くと、そこに立っていたのは2匹の犬を連れた京極であった。彼は険しい顔で翔と明日香を交互に見つめた。「え、ええ……ちょと……」翔は俯きながら返事をした。(まずい相手に会ってしまったな…)「ええ、そうよ。私達、これから沖縄へ行くのよ。そろそろ迎えのタクシーが来る頃だから邪魔しないでいただける?」明日香はゆったりした真っ赤なワンピースを揺らせながら口を挟んできた。「旅行はお2人だけで行かれるのですか?」京極は鋭い目つきで翔を見る。「……」翔が返事に困っているとまたもや明日香が言った。「ええ。そうよ。
last updateLast Updated : 2025-04-05
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6-8 それぞれの休暇 2

—―同時刻 琢磨は食後のコーヒを飲みながらインターネットで検索をしていた。明日香と翔が沖縄旅行から戻ってくる前に、明日香が出産をする為に適した環境の地域を検索していたのだ。「医療設備も充実していて……温暖な気候……何処か良い地方都市は無いかな……」本来なら、明日香の為にこんな事をしてやる義理は琢磨には一切無い。今こうして検索してどこかの地方都市を探しているのは全ては朱莉の為であった。明日香のお腹が目立ってくる前に、2人をあの場所から離さなくてはならない。かといってそれぞれを全く別の土地に置くことも出来ない。いざという時の為に明日香の妊娠期間をどのように過ごしていたのかを朱莉が知っておく必要が出てくるかもしれないからだ。何せ、朱莉が出産したように世間を偽る必要があるからだ。「後は口が堅い病院を探さなければな……」偽証罪になってしまうのかもしれないが、明日香の出産記録を朱莉の記録に変えてもらわなければならないのだから、誰にも絶対に口外しない医者を探し出す必要がある。最悪、海外で明日香に出産させるという選択肢もあるが……出来れば日本で出産させたい。「ふう~」琢磨はパソコンの前で伸びをすると時計を見た。時刻は午前10時を過ぎた所である。恐らくもう翔と明日香は沖縄旅行へ出発しているはずだ。(朱莉さんは2人がゴールデンウィークの間、沖縄旅行へ行くことを知ってるのだろうか……?)琢磨は目をつぶると朱莉のことを思うのだった—―****「それじゃ、ネイビー。出掛けて来るからお利口にしていてね」朱莉はサークルの中に入っているネイビーの頭を撫で。朱莉は先月から教習所に通っていた。免許を取れば、1人で好きな場所へ行くことが出来る。それに母を乗せて買い物に連れて行ってあげることだって出来るのだ。「少しでも早く免許を取れるように頑張らなくちゃね」独り言を言いながらエレベーターに乗り込む朱莉。やがてエレベータは1階に止まり、エレベーターホールから降りると偶然京極に鉢合わせした。「「あ」」2人で同時に声を上げ……朱莉はすぐに頭を下げた。「こんにちは、京極さん」「こんにちは。朱莉さん。ああ……やはりこちらに残ってらしたんですね」「え? それはどういう意味でしょうか?」朱莉は顔を上げて京極を見た。「いえ。何でもありません。ところで朱莉さん。何処かへお
last updateLast Updated : 2025-04-05
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6-9 熱帯魚が生んだ偶然 1

 PCにずっと目を通していた琢磨は正午を告げる音で我に返った。「あ、まずい! 行かないと!」貴重品をクラッチバッグに入れ、車のキーを持つと慌ててマンションを飛び出して行った――**** 同時刻――教習所の抗議と実習が終わり、朱莉はスマホの電源を入れると1件の新着メッセージが届いていた。その着信相手を見て朱莉は驚いた。「え……? 明日香さん!?」明日香からのメッセージは朱莉にとっては嫌な予感しかない。おまけにメッセージにはファイルも添付されている。朱莉は深呼吸をして心を落ち着かせるとメッセージを開き……その表情に悲しみの色が宿った。『朱莉さん、私と翔は今沖縄に着いた所よ。ゴールデンウィーク中はずっとこっちにいるからあの自宅にはいないからね。あ、そうそう。悪いけど、私達が不在の間熱帯魚に餌やりをしておいてくれるかしら?鍵はコンシェルジュに預かって貰っているから、受け取って置いて。5月4日に戻って来るからよろしくね。お土産買ってきてあげるわよ。何がいいかしら? 特に希望が無いならこっちで選んで買って来るわ。それじゃあね』添付ファイルには明日香と翔が美しい海を背景に、トロピカルジュースを楽し気に飲んでいる写真が添えてあった。(翔先輩が……明日香さんと2人で沖縄旅行へ……何故翔先輩は沖縄旅行へ行くことを教えてくれなかったのかな? 気を遣って? それとも私が一緒に行きたいと言い出すと思ったから……?)「そんなこと言うはず無いのに……だって私は2人の仲に入って行くつもりなんか全然無いのに……むしろ……」むしろ、後から話を聞かされる方が余程傷付く。それなら初めから何も言わずに行って帰って来てくれた方がマシだと朱莉は思ってしまった。「でも明日香さんが熱帯魚を飼い始めていたなんて知らなかった。それじゃ急いで戻らないと」朱莉は早足で雑踏の中を歩き始めた—―****「え? 鍵はもう渡してあるのですか?」朱莉は億ションの女性コンシェルジュの話に戸惑いを隠せなかった。「ええ。そうです。先程鳴海翔様の第一秘書を名乗る『九条琢磨』様と言う方が鳴海様のお部屋の鍵を持って向かわれましたが?」「分かりました、どうもありがとうございました」朱莉は頭を下げるとフロントを後にし、エレベーターに乗り込んだ。(九条さんが何故翔先輩と明日香さんのお部屋にいるんだろう? で
last updateLast Updated : 2025-04-05
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6-10 熱帯魚が生んだ偶然 2

「こんにちは、九条さん。九条さんも何か翔さんに頼まれごとをされたのですか?」「え? 俺もって……ひょっとすると朱莉さん……。あ、立ち話もなんだから上がりなよ。って言っても俺の家じゃないんだけどな」琢磨は笑みを浮かべると、部屋の中へ朱莉を招き入れた。「おじゃまします。何だか変な感じですね。家主さんがいないのに」朱莉がクスリと笑みを浮かべるのを琢磨は見逃さなかった。(よかった……。思っていた以上に大丈夫そうで)リビングに行くと、朱莉はすぐに大きな水槽に気が付いた。「あ、これが明日香さんの言っていた熱帯魚……」「え? 朱莉さん。その熱帯魚のこと知っていたのかい?」朱莉の為に冷蔵庫から缶コーヒーを出して持ってきた琢磨が尋ねた。「はい、明日香さんからメッセージが届いたんです。今翔さんと沖縄に旅行に行ってるそうですね」その時の朱莉の表情は少し寂しげだった。「あ、ああ……。そうなんだよ、あの2人今は沖縄に行ってるんだよ。はい、缶だけどコーヒーどうぞ」琢磨は朱莉のテーブルの前に缶コーヒーを置いた。「有難うございます」朱莉はプルタブを開けて、一口飲んだ。「九条さんも翔さんと明日香さんが沖縄に行くこと知ってらしたんですね」朱莉は缶コーヒーを握りしめ、視線を落とす。「ああ……。俺も実は昨日翔から話を聞かされたばかりなんだよ。それで熱帯魚の餌やりを頼まれたんだ」琢磨の言葉に朱莉は顔を上げた。「え? そうなんですか? 実は私は先ほど明日香さんからメッセージをいただいたんですよ。今沖縄に来ているから代わりに熱帯魚の餌やりをして貰いたいって」「何だって?」琢磨の眉がピクリと動く。(まさか、明日香ちゃんめ。熱帯魚の餌やりをわざと朱莉さんに頼んだな? そうに決まっている。わざと自分達は沖縄旅行に行く事を知らせる為に……!)琢磨の中で改めて明日香に対する苛立ちが募った。「あの……どうかしましたか? 九条さん」怪訝そうに首を傾げる朱莉に琢磨は慌てた。「い、いや。何でも無い。朱莉さんも熱帯魚の餌やりを頼まれたんだな? でも今日は俺が餌やりをしたからもう大丈夫だよ」「そうですね。では九条さん。私に鍵を貸してください。明日から私が熱帯魚の餌やりをしますので」朱莉が手を伸ばしてきた。「え?」琢磨は朱莉をじっと見た。何故か分からないが……思った以上に
last updateLast Updated : 2025-04-05
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6-11 京極からの誘い 1

「京極……?」琢磨はその名前を聞き、眉を潜めた。(まさか……朱莉さんの犬を引き取り、一緒に食事をしてきたと言うあの男か?)チラリと朱莉を見ると、困ったようにスマホを見つめている。「朱莉さん、出なくていいのかい?」「え? で、でも……」朱莉は琢磨を見ると目を伏せた。京極との仲を疑われたくない朱莉。琢磨の前で出られるはずもなかった。「ああ、ひょっとすると俺に何か遠慮してるのかな? だったらいいよ。席を外すから」朱莉の気持ちに気付いた琢磨は立ち上がった。「あ、あの……九条さん!」「ほら、朱莉さん。未だに電話が鳴っているから出てあげた方がいいよ。俺はキッチンに行ってるから」琢磨がキッチンに行くと、朱莉は戸惑いながらも電話に出た。「はい、もしもし……」『ああ、朱莉さん。やっと出てくれた。あまりにも遅いから何かあったのではと心配してしまいました』「すみません。手元にスマホを置いていなかったので……」咄嗟に嘘をつく朱莉。『いえ、別にそれは構いませんよ。ところで朱莉さん。明日は何か予定はありますか?』「え? 明日ですか…?」琢磨に何処かへ出掛けようと誘われはしたが、特に明日とは何も言われていなかったので朱莉は答えた。「いえ、特に予定はありません」『それなら良かった。実は取引先から映画の試写会のチケットを2枚貰っているんですよ。良ければ明日一緒に観に行きませんか? 公開前の映画なのでゆったり観ることが出来ますよ。ジャンルは恋愛映画なのですが……映画はお好きですか?』「映画は好きですけどなかなか観に行く機会が無くて……」正直に答えると、嬉しそうな声が聞こえてきた。『そうなんですね? 良かった。それでは是非一緒に観に行きましょうよ。試写会は午後4時からなんです。その後、何処かで食事をして帰りませんか?』「い、いえ。私は映画だけで……」朱莉はキッチンの様子を伺った。あまり長く京極と話をしていては完全に琢磨に自分と京極の仲を疑われてしまう。『朱莉さん? どうかしましたか? ひょっとして今誰かと一緒なんですか?』「え?」勘の妙に鋭い京極に思わず朱莉はドキリとした。しかし、京極はそれ以上追及することは無かった。『それでは映画の後、どうするかは明日改めて決めましょう。では午後3時にドッグランでお待ちしていますね』京極は明るい声で告げると
last updateLast Updated : 2025-04-06
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6-12 京極からの誘い 2

「私は京極さんに対して何の感情も持っていませんから。契約書に浮気はしないようにとありましたが、相手に好意を持っていることは無いので、浮気には当たりません。もし、翔さんに報告する時はそのことをしっかり伝えていただけませんか?」「あ、ああ……。そのことか。大丈夫、別に俺は翔には何も報告するつもりは無いから」琢磨は気落ちしながら返事をした。(そうだよな……朱莉さんの好きな相手は翔なんだから……)「そうですか、それなら良かったです。それで明日は京極さんに試写会に誘われて、一緒に出掛けることになりました」朱莉の話に九条は驚いて顔を上げた。「え……? 朱莉さん。何故俺にその話を?」「それは、私と京極さんの間にはやましいことは何も無いと言うことを九条さんに知っておいてほしいからです」「それは……俺が翔の秘書だからかい?」「え、ええ……。勿論そうですけど?」朱莉は何故そこで琢磨が悲し気な顔を見せるのか理解出来なかった。そこであることに気が付いた。「あ、あの……もしかすると明日、熱帯魚の餌やりの後に何処かへ出掛ける予定を、もう組んでいたのですか?」「い、いや。そんなことは無いよ」琢磨は無意識のうちにスマホの画面を朱莉から隠した。本当は朱莉の電話の最中、明日何処へ出掛ければ良いかネットで検索をしていたのだった。そこで新緑が美しい景色を観ることが出来るドライブコースを検索していたのだが……。(明日は……無理ってことだな……)琢磨は心の中で溜息をついた。「大丈夫だ、朱莉さん。俺は翔に何も話すつもりは無いから。それより明日どんな内容の映画だったか、後で教えて貰えるかな? 実は俺の趣味は映画観賞なんだ」朱莉を不安に思わせない為に琢磨は笑顔を見せた。「はい、分かりました。それでは明後日の餌やりの時にお話しさせていただきますね。だから……鍵は……」私が預かりますよと朱莉は言うつもりだったが、先に琢磨が言った。「餌やりは毎日俺がここへ来るから、その時朱莉さんも来てくれるといいよ。それじゃ明日は朱莉さんが予定入ってしまったけど明後日ならいいかな? 俺と何処かへ出掛けよう。あ、ついでに『ネイビー』も連れて行こう」「え? ネイビーもですか?」朱莉は首を傾げた。「うん。自然の中で思い切り遊ぶネイビーの姿を見て見たく無いか?」「自然の中で……?」朱莉はその
last updateLast Updated : 2025-04-06
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6-13 初めての手料理 1

「そういえば朱莉さん。御昼はもう何か食べたのかい?」琢磨は時計を見ながら尋ねた。時刻はもう13時になろうとしている。「いえ、まだです。教習所からすぐにこちらへ向かったので」朱莉の言葉に琢磨は顔を上げた。「え……?教習所へ通っていたの?」「はい、自分で車が運転出来るようになれば色々な場所へ行けますし、母が元気になれば何処かへ連れて行ってあげられます。それに……」何故かそこで朱莉は目を伏せた。「それに……って他には何かあるの?」「明日香さんに赤ちゃんが生まれたら2年は育てるように言われているんです。やっぱり小さな子供を育てるには車は必要ですよね?」朱莉は何処か寂しげに笑った。「!」琢磨はその言葉を聞いて、一瞬胸が押しつぶされそうな辛い気持ちになった。(まさか……車の免許を取る本当の目的は子育ての為だったのか!?)琢磨は今、沖縄に2人きりで遊びに出かけている翔と明日香に苛立ちを感じずにはいられなかった。幾ら朱莉に十分にお金を渡しているとは言え、ゆくゆくは翔と離婚をすれば朱莉はここから出て行かなければならないのだから。2人の子供を育てさせる朱莉を……!(くそ! 翔の奴め……朱莉さんをここから追い出すときには絶対にマンションの1つでも朱莉さんの為に買わせてやるからな!)「どうかしたんですか? 九条さん」朱莉は急にムスッと黙ってしまった琢磨に声をかけてきた。「え? 別に何も無いけど?」「そうですか? もしかすると九条さんに黙って教習所へ通い始めたこと、気にされたのかと思って」朱莉はしょんぼりした顔で言う。「いいや! そんなんじゃ無いから! ただ、そこまで覚悟を決めて教習所へ通っているとは思わなくてね。それで今どのくらいまで進んでいるの?」「はい、今第一段階なんです。来週から教習が始まります」「朱莉さんはAT車限定なんだよね?」「そうですね、とても私にはマニュアル車の運転は無理だと思いますから」「そうか、早く先へ進めるといいね。それじゃあ、仮免の練習は俺が付き合おうか?」琢磨は何気なく言ったのだが、朱莉の顔が途端に曇った。「あ、あの……それが……京極さんが仮免の練習に付き合ってくれることになっているんです」朱莉の言葉に琢磨は驚いた。「朱莉さんから京極さんに頼んだのか?」琢磨は自分でも気づかなかったが、つい強い口調になって
last updateLast Updated : 2025-04-06
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