All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 711 - Chapter 720

759 Chapters

<スピンオフ> 第1章 安西航 13

 19時―― 琢磨はエントランスのソファでスマホを見ながら航を待っていると、突然背後から航に声をかけられた。「琢磨、来たぞ」「待っていたぞ、航。それでどこで酒を飲む? このホテルのバーにでも行くか?」「いやぁ……俺にはバーみたいなかしこまった店は似合わないって。大体見ろよ、俺の格好」琢磨は航の格好を見た。真っ黒のTシャツに『海人』とでかでかと白抜きの文字で書かれたTシャツを着ている。上には縦じまのストライプ柄のシャツを羽織り、ジーンズにスニーカーというラフな格好である。一方の琢磨はTシャツに黒のジャケット、紺のボトムスにカジュアルシューズという出で立ちだ。「う~ん……確かにその服装はバー向きではないかな?」「だろう? そういうわけだから居酒屋行こうぜ。ここから歩いて10分ほど行ったところに繁華街があって、そこに居酒屋が何件かあるんだ」「よし、やっぱり俺達には居酒屋があってるかもな。早速行こう」琢磨はソファから立ち上った――**** 航と琢磨は居酒屋に来ていた。この居酒屋は古くからある店で、メニュー表などに写真は無く、全て御品書きは木の札に手書きされて壁にぶら下げられている。店内は古くからある沖縄民謡の歌が流れており、店内にいる客は見るからに観光旅行客らしい人物ばかりだった。航と琢磨は当然いつものごとく、お座席テーブルに座っていた。すでに2人の前には沖縄名物料理に、オリオンビールのジョッキが目の前に置かれている。「よし、それじゃ乾杯するか?」航はジョッキを持った。「乾杯? 何に? まさか朱莉さんと各務修也の結婚を祝ってか?」琢磨の言葉に航は顔をしかめた。「はぁ? そんなわけないだろう? 今だって飛行機に飛び乗って朱莉と2人、誰にも知られない場所に連れて逃げ出したい位なのに……」航は溜息をついた。「随分ロマンチックなことを言うな……。けど俺だって同じだ。生まれて初めて自分から好きになった女性に振られるんだからな。朱莉さんに会いでもしたら……各務と別れてくれって縋りついてしまいそうだ……」そして琢磨も深いため息をつく。「うわ! 女々しい奴だな。よし、それじゃ俺とお前の再会を祝して乾杯しようぜ」航は割り切った笑顔でジョッキを持った。それを見て琢磨は呆れたように肩をすくめる。「航。お前随分踏ん切りがつくの早いな? ひょっとして誰
last updateLast Updated : 2025-07-18
Read more

<スピンオフ> 第1章 安西航 14

 22時半――「それじゃあな、琢磨」航は居酒屋の前で琢磨に手を振った。「ああ、それじゃあな」そして2人は互いに背を向けて歩き出し……航は振り返ると琢磨に呼びかけた。「おい! 琢磨っ!」「何だ?」歩きかけていた琢磨は振り返り、航を見た。「琢磨、お前いつまで沖縄にいるんだ?」「ああ、明日の昼には帰る」「はぁ? お、おい……その話本当か?」航は琢磨に駆け寄った。「ああ、そうだ」「冗談だよな?」「冗談を言ってどうするんだよ」「だって……あんなに荷物を持ってきていたじゃないか」「それなんだが……本当は2、3日は滞在予定だったんだが会社でちょと取引先とトラブルがあったらしくて二階堂社長から電話が入ったんだよ。だから明日戻ることにしたのさ。悪かったな、肝心な事言い忘れて」「ったく……何だよそれ。折角明日は何所か観光案内してやろうかと思っていたのに」「ああ、悪かったな。なーに、又来るさ。その時はよろしくな?」琢磨は航の背中をバンバン叩いた。「ああ。よし、それじゃ飛行場まで送ってやるよ」「そうだな。頼めるか?」「ああ、勿論だ。10時にホテルに行くから待っててくれ」「分った、それじゃ明日な」2人は今度こそ、手を振って別れを告げた――****  事務所までの道のりを航は酔い覚ましも兼ねてブラブラと歩いていた。空を見上げれば満点の星空が輝いている。「やっぱり沖縄の夜空は綺麗だな~こんな星空を朱莉と2人で見れたら……」しかし、そこで航は首を振った。「駄目だ……もう朱莉は今度こそ本当の人妻になってしまったんだ……。諦めなくちゃいけないって言うのに……」航は深いため息をつきながら事務所まで歩き続けた―― 事務所に到着したのは23時になる頃だった。航は欠伸を噛み殺しながら電気をつけると、まず始めにPCの電源を入れた。仕事の依頼が届いていないか見る為である。スマホでも見る事があるが、中には添付ファイル付きのメールが届くときもある。なので航は仕事の依頼は必ずPCでチェックするようにしていた。「あれ……?」その時、航は1通のメールに気が付いた。それは茜からであった。『安西さん、依頼したいことがあります。メールではお話しにくいので、明日の18時に事務所に伺ってもよろしいでしょうか?』「……?」航はそのメッセージを読んで首を捻った
last updateLast Updated : 2025-07-19
Read more

<スピンオフ> 第1章 安西航 15

 翌日10時――航がホテルへ行くと、すでに琢磨はエントランスホールで窓側の席に座って海を眺めていた。「よぉ。お待たせ、琢磨」「ああ、来てくれたか、助かるよ」琢磨の向かい側のソファに座ると航は尋ねた。「どうだった? よく寝れたのか?」「え? 何でそんな事聞くんだよ?」琢磨は不思議そうに首をひねる。「だって……お前、目の下にクマが出来てるぜ?」「え? そ、そうか?」琢磨はぽかんとした様子で航を見ると深い溜息をついた。「ああ……実はそうなんだ。昨夜は朱莉さんの結婚式に参加した二階堂社長から色々朱莉さんの話を電話で聞かされたものだから……気になって仕方がなくて……」「朱莉について……? 一体どんな話を聞かされたんだ?」本当は今や人妻になってしまった朱莉のことは忘れないといけないと思っているのに、それでも航は朱莉の話は聞きたいと思ってしまうのだった。「う~ん……あまり気乗りはしないが、それでも聞きたいと言うなら聞かせてやる。ただし、悪いが飛行機の時間があるから空港に向かってくれるか?」「ああ、分かった。それじゃ車の中で話を聞かせてもらうからな?」航は車のキーを取り出した。**** 青い空の下、ヤシの木が連なる美しい海の景色が広がっている。その景色を背景に走る1台の車。まるでお通夜のような状態の2人の男が車に乗っていた。「それで……二階堂先輩の話だと2人は新婚旅行にモルディブへ行くらしいんだ……。朱莉さんにとってはある意味思い出の地で、会いたい人が住んでいるらしい。多分あの現地の女性ガイドのことだろうな……。くっそ……俺が代わりにモルディブに行きたかった……」「え? 琢磨。お前、モルディブに知り合いがいたのか?」航がハンドルを握りながら琢磨を見る。「いや……知り合いって程の物じゃない。ただ……朱莉さんが翔と仮のハネムーンに行った時……」「何だって!? あの鳴海翔の奴……偽装婚のくせにハネムーンに朱莉を連れ出したのか!?」航の声には怒気が混ざっていた。「だが、2人きりじゃないぞ? 明日香ちゃんと3人で行ったんだ。朱莉さんをないがしろにして、明日香ちゃんと翔は高熱が出た朱莉さんを放っておいて2人で観光に行ったらしい。現地女性から電話がかかってきて酷く叱られたよ。当然だよな……叱られるのは。俺がこんなだから朱莉さんは俺を選んでくれな
last updateLast Updated : 2025-07-20
Read more

<スピンオフ> 第1章 安西航 16

 17時50分――「ふぅ~……今日は疲れたな……」航が単車を引っ張りながら事務所に向かって歩いていると、茜が空を見ながらぼんやりとベンチに座っていた。茜の今日の服装はクリーム色のブラウスに紺色のフレアスカート、そしてピンク色のパンプスを履いていた。その装いは普段とは違い、デート帰りを彷彿させるものだった「あれ? お前、もう来てたのか?」声をかけると茜はパッと顔を上げた。「え……?」航はその表情を見て戸惑った。茜の目は真っ赤に染まっていた――****「ほら、コーヒー入れたぞ」航は乱雑とした事務所に茜を招き入れ、ベンチソファに座った茜の前のテーブルにマグカップを置いた。「あ、ありがとうございます……」茜は鼻声で答えた。「ん……」何と返事を返せば良いか分らず、曖昧に答えると茜の向かい側の席に座った。「「……」」2人の間に気まずい沈黙が降り、カチコチと時計の音だけが事務所に響き渡る。「あの……さ……」とうとう痺れを切らした航が口を開いた。「は、はい!」茜はパッと顔を上げて航を見た。「俺に何か用があって連絡入れてきたんだろう?」「は、はい……そうです……」茜は俯くと肩を震わせた。その様子を見て航は心の中でため息をついた。(はぁ~全く勘弁してくれよ……)航はコーヒーの入ったマグカップに手を伸ばすと一口飲んだ。「あ、あの……安西さん……」ようやく茜が何かを決心したかのように口を開いた。「何だ?」「今日はお願いしたいことがあってこちらに伺いました。3週間……いいえ! 1カ月の間だけ、私の恋人になっていただけないでしょうか!?」「え……? ええええっ!?」航は突然の茜からの申し入れに驚いた。するとそこで航の慌てぶりに気付いたのか、慌てて茜は弁明した。「いえ、あの……ち、ちがうんです! 恋人と言っても本当に恋人になってもらいたいわけじゃなく、恋人のフリをしてもらいたいんです!」「ああ……フリね……」(まあ、フリ程度なら別に構わないが……)「だがな、依頼を引き受ける以上は理由が必要だ。何故恋人のフリをしなければならないのか、その理由は……ひょっとしてその涙が原因か?」すると茜は航の話に小さな肩をビクリと震わせ、俯くとポツリポツリと語りだした……。**** 茜には4歳年上の付き合って3年目の恋人がいた。彼は普通の
last updateLast Updated : 2025-07-21
Read more

<スピンオフ> 第1章 安西航 17

「それで具体的に俺は何をすればいいんだ?」航はコーヒーを飲みながら茜に尋ねた。「実は明後日の19時に彼と会うことになっているんです。その時に私には好きな人が出来たと彼に言うつもりです。もし万一彼が、だったらその人物を紹介しろと言ってくる可能性があるかもしれません」「フンフン。なるほど?」航は身を乗り出した。「そしたら、その時は安西さんに電話を入れるので、すぐに来て下さい!」「まあ別に行っても構わないが……出来ればこの周辺にして貰えると助かるな。そうじゃないとすぐに駆けつけられないからな」「はい、分りました。その辺は考慮しますね」「それで俺と恋人同士のフリをすればいいわけか?」「え、ええ。そうですね」少し困った顔で茜は頷く。その様子を見て航は溜息をついた。「何、そんな心配そうな顔するな。別に何もする気は無いよ。ただ普通に会話して、俺が恋人だって思わせればいいだけだろう?」「は、はい。そうですね」茜は頷いた。「よし、それじゃまずお互いの名前の呼び方から決めよう。俺は今からお前を茜って呼ぶから、茜は航って呼べよ」すると茜は顔を真っ赤にさせた。「え……で、でもいきなり……彼のことだって名前で呼んだこと……無いのに……」「え!? マジかよ!? それじゃ、何て呼んでいたんだよ?」「あの……彼は『南大輔』と言う名前で、私は『南君』って呼んでたんです」「ふ~ん。そうか、でも俺のことは航って呼べよ」「で、でも……いきなり呼び捨ては……!」「何だよ、そんな恥ずかしがりでよく3年も男と付き合っていたよな? それじゃ、君付けで構わないから呼んでみろよ? 後敬語も無しな?」「う、うん。わ、航君……」「ほら、やればできるじゃないか?」航は笑顔で答える。「うん……そうだね……」茜は恥ずかしそうに頷く。その姿が何となく朱莉と被って見えた。「俺と茜は……そうだな。まだ知り合って間もないって設定にしよう。出会いはやっぱりコンビニでいいな? 下手に嘘をつくよりは余程ましだからな。猫の話もしておけば、それらしく聞こえるだろう?」「……」茜はポカンと口を開けて航を見ていた。「どうした? 茜」「あ、あの……航君が何だかとても手慣れて見えたから……」茜は航に対する態度にまだ慣れず、もじもじしている。「当り前だ。俺を誰だと思ってるんだ? プロの調
last updateLast Updated : 2025-07-22
Read more

<スピンオフ> 第1章 安西航 19

「ここに茜と『南大輔』って男がいるのか……」航はファミレスの看板を見上げると呟いた。先ほど茜からかかってきた電話で、自分の住むマンションからほど近いファミレスにいるから来て欲しいと言われたのだ。「さて、行くか」航はファミレスの入り口をくぐった。「茜の奴……一体どこにいるんだ?」店内は広々としており、なかなかの盛況ぶりであった。その為、航は茜の姿を見つけることがなかなか出来ずにいた。するとその時……。「航君! こっち、こっち!」航の背後で茜の声が聞こえてきた。振り向くと茜は座席から立ち上り、少し恥ずかしそうに手招きしている。背広を着た相手の男性は航に背を向ける形で座っている為にここからではその表情を見ることが出来なかった。「ああ! 今行く!」航は返事をすると、茜のいる席へ向かうと当然の如く隣の席に座り、正面の席に座る男性を見た。(へえ~この男が茜の彼氏か。何だか俺の想像よりも斜め上をいっているタイプだな……)航の想像していた『南大輔』という男は、サラリーマンで年上と聞いていたので、琢磨や修也のようなタイプの男かと思っていたのだが、目の前に座る『南大輔』はそのどちらにも当てはまらなかった。ヘアスタイルは後ろを短く借り上げており、額を見せたワイルド・ツーブロックに眼鏡をかけた人物だった。(随分生真面目そうな男だな……社長令嬢に惚れられたって聞いていたから琢磨のようにチャラチャラしたタイプの男だと思っていた)航は自分のことを差し置いて、勝手に琢磨のを持ち出して目の前の南大輔と比較していた。けれど別に琢磨はチャラチャラしたタイプの男では無かった。ただ、人目を惹く外見で妙に女性たちから一方的に好意を寄せられていた人物だった為に航が勝手にイメージしていただけなのである。一方の南は航があまりにもぶしつけにジロジロと自分を見るので、正直気分は良くなかった。その為、つい険しい目で航を見ている。「あ、あの……航君。この人が……その……」茜はそんな雰囲気の悪い2人の空気を察し、紹介しようとしたところ、南が口を挟んだ。「よろしく、俺は『南大輔』だ」そして腕組みをすると、航を値踏みするようにじろりと見た。「俺は安西航だ。よろしく」何をどうよろしくするのかは分からないが、2人の男は視線を交わした。南は航を一瞥すると言った。「ひょっとして君はフリーター
last updateLast Updated : 2025-07-23
Read more

<スピンオフ> 第1章 安西航 20

「お前……さっきから随分失礼なことばかり言う男だな?」南は茜を見るとさらに続ける。「おい、茜! お前何だってこんな男と付き合い始めたんだ!? 自営業なんて言ったって見るからにこいつは怪しい男だと思わないのか!? 全く相変わらずどんくさい女だな。だからお前には俺が付いていないと駄目なんだ」「ご、ごめんなさい……南くん……」茜は南の大声にビクリとなり、俯いた。その様子を見て航は嫌な予感を抱いた。「おい、お前……いつもそんな横柄な口を茜に聞いていたのか?」「は? 何言ってるんだ? こんなのは別に普通だろう?」南が眼鏡の位置を直した時――トゥルルルルル……どこからともなく着信音が聞こえてきた。3人は互いに顔を見渡し……航は言った。「おい。お前に電話がかかってきているぞ?」すると南はチッと舌打ちをしてスマホをカバンから取り出し、眉をひそめた。「出ないのか?」「ああ……いいんだ」しかし南はソワソワしているし、いまだに電話は鳴りやまない。「おい、俺たちに構わずに出た方がいいぞ?」すると南は声を荒げた。「今何て言った? 俺たちに構わずにだと? ふざけるな! 茜とお前を一緒くたにするなよ!」航はそれに答えず、黙って腕組みをしながら南の様子を見つめていた。やがて電話は鳴り終わったが、再びすぐに南の電話が鳴り響く。「また電話が鳴ってるぞ? もういい加減出てやれよ。どうせ女からだろう?」航の言葉に南はピクリと肩を動かした。「南くん……その電話の相手って社長令嬢なんじゃないの?」茜の言葉に南は茜をギロリと睨み……渋々スマホをタップした。「もしもし……」そして南はこちらをチラチラ伺いながら応答している。「ああ、分かってるよ。明日だね……? うん、今ちょと取り込み中なんだ。また後で電話するから。それじゃ……」南は電話を切ると、溜息をついた。その様子を見て航は問い詰めた。「お前、本当はもう付き合っているんだろう? 今の電話の女と」航の言葉に茜は驚いた。「え? そ、そうなの!?」「……」しかし南は黙っていて答えない。「ほらな、返事をしないってことは……肯定を意味してるんだよ」すると南はイライラした様子で航を睨みつけた。「別に付き合っているわけじゃない。ただ、どうしても断り切れなくて一緒に食事に出かけたり……お酒を飲みに行ったりした
last updateLast Updated : 2025-07-24
Read more

<スピンオフ> 第1章 安西航 21 【終】

 航は万年筆を強く握りしめている。「これはな……ペンの形をした小型ボイスレコーダーなのさ。こんなに小さいけど高性能なんだぜ?」「な、何だって!?」南の顔が青ざめた。「お前が現在付き合っている社長令嬢と社長を見つけるなんてこの俺にかかればどうってことは無い。その2人にこの音声を聞かせたらどうなるかな? こんな高圧的なものの言い方をする男なんて、捨てられるだろうな? いや? それどころか適当な理由をつけられて最悪会社もクビにされるかもなぁ?」「くっ……こ、この俺を脅迫するつもりなのか?」南は悔しそうに航を見た。「は? 脅迫? 別にそんなのは考えてねーよ。ただな……もう茜と別れろって言ってんだよ。お前のせいで茜が苦しめられてるのまだ理解出来ないのかよ?」ガタンッ!いきなり南が席を立った。「え……? 南君?」茜は南を見上げた。「……」南は黙って茜を見下ろしていたが……。「全く……お前みたいな女と付き合う物好きな男が俺以外にもいたんだな?」「!」茜はその言葉に肩をビクリと震わせた。「じゃあな」南はそれだけ言うと、カバンを掴んで去って行った。 「……」茫然と座っている茜に航は声をかけた。「大丈夫か……茜?」「え……? あ! は、はい! だ、大丈夫……です……」しかし、最後の方は涙声になっていた。「茜……」航は茜の打ちひしがれた姿がどうしても朱莉とかぶってしまい、放っておけなかった。「よし……行くぞ」航は茜の手を取ると立ち上がった。「え……? 行くって……何処へ?」すると航は言った。「何処って……海だよ!」「海……?」****「航君、本当にここで花火するんですか?」バケツを持って歩く航の後ろをコンビニで買った手持ち花火を持って茜がついて来る。「ああ、2人で一緒に海を見ながら花火をしようぜ」航は振り返った。「は、はい……」「ほら、茜。もっと岩場の近くで火をつけないと風で消されるぞ?」「で、でも……足場が悪くて……キャアッ!」茜がバランスを崩して転びそうになった。「茜!?」航は急いで茜を抱き留めた。「おい……大丈夫だったか?」「……」しかし、茜から返事は無い。「茜?」すると茜は航の胸に顔をうずめた。「お、お願いです……わ、航君……少しだけ……このままでいて貰えますか……?」茜は泣いていた
last updateLast Updated : 2025-07-25
Read more

<スピンオフ> 第2章 京極正人 1

 10月某日 14時―― 京極正人の姿が羽田空港に現れた。「久しぶりの日本だな……」サングラスを掛けた京極はポツリと呟いた。 4年前のあの日。飯塚咲良による姫宮静香の傷害事件の後、京極は会社を二階堂に託して1人海外へ渡航した。約4年の間に京極は世界各地を放浪し、本日羽田空港へと降り立った。何故、今回日本に帰国することになったのか……それは京極が思いを寄せていた女性、朱莉が鳴海グループ総合商社の次期社長に任命された各務修也と結婚することを知ったからであった――サングラス姿にラフなジャケットを羽織った京極は以前とはまるで雰囲気が変わっていた。4年もの間、海外で放浪生活をしていただけのことがあり、ある種独特な箔が付いていた。京極の荷物は小さなトランクケース1つのみ。残りの荷物は全て新居に送っていた。そして京極の新しい新居は東京都の葛飾区にある、2LDKのマンションであった。「さて、行くか……」京極は荷物を持つと、タクシー乗り場へと向かった。「お客様、どちらまで行かれますか?」タクシーに乗ると中年男性の運転手が声をかけてきた。「東京拘置所までお願いします」その言葉を聞いたタクシー運転手は肩をピクリとさせ……ゆっくり振り向くと尋ねた。「あの……もう一度お尋ねしますが……どちらまででしょうか?」「ええ、東京拘置所です」京極は笑みを浮かべて再度答えた――**** 京極は4年前からずっと月に1度、東京拘置所にいる飯塚に手紙を書いて送っていた。それは全て謝罪の手紙であった。京極は責任を感じていたのだ。自分が飯塚を煽ったことで、静香に姫宮に対する憎悪を募らせ……ついには刺傷事件を起こすまでに至った。その経緯は全て自分にあると思っていた。なので世界中何処にいても一度たりとも飯塚を忘れたことは無かった。常に罪悪感にさいなまされていたのだった。そして今回、朱莉が結婚する話を姫宮からの連絡で知り、日本に帰国するに至ったのだった。 姫宮からの連絡を貰った時、京極はインドネシアにいた。そこで小さなIT会社を設立し、15人の現地の人間を雇って経営を行っていたのだ。そして今後は少しずつ日本でも従業員を雇っていく予定なのである。 タクシーの中でウトウトしていた京極は不意にタクシー運転手に声をかけられた。「あの……お客様。着きましたが……」「あ、ああ
last updateLast Updated : 2025-07-26
Read more

<スピンオフ> 第2章 京極正人 2

 京極が日本に帰国してから早いもので一月が経過していた。そして今日も又京極は東京拘置所に収監されている飯塚の面会に訪れていた。 「また来たんですか? 物好きな方ですね」相変わらず不機嫌そうな顔をした飯塚が視線も合わせずに言う。「言ったじゃないですか。週に一度は必ず来ますって」アクリル板越しに京極は笑みを浮かべる。「大体一般人は平日しか面会には来れないんですよ? 京極さんはお仕事されていないんですか?」「いいえ、してますよ。IT関係なので在宅で仕事をしています。なのでいつでも面会に来ようと思えば来れるわけです」「そうですか」たいして興味がなさそうに飯塚は返事をする。「ところで聞きましたよ。飯塚さん。来月、仮出所できるそうですね。おめでとうございます」もうじき刑期が終わるのだ。さぞかし飯塚は喜んでいるだろうと京極は思っていたのだが、飯塚の返事は予想外の物だった。「何がめでたいんですか? まだ誰も身元引受人が決まってもいないのに。行く当てだってありません。だから正直な話、私はここを出たくは無いんですよ」「え? そうだったのですか?」京極はその話に驚いた。てっきり飯塚には既に身元引受人が決まっていると思っていたのだ。「まぁ……今探し回ってくれているみたいですけどね」その口ぶりはまるで全てを諦めたような、どうでもよい口ぶりに思えた。「……」京極はそんな様子の飯塚を少しの間、無言で見つめていたが……やがて立ち上がった。「すみません。飯塚さん。用事を思い出したので今日はもう帰りますね。ああ……そうだ、飯塚さんに差し入れを持ってきているんです。占いの本を持ってきたので良ければ読んでください。後他に雑誌のクロスワードも持ってきましたよ」「はぁ? 占いの本……? 何故そんな本を持ってきたのですか?」飯塚の言葉に京極は首を傾げた。「駄目でしたか? 女性は皆占いに興味があると思っていたのですが……。占いと言っても手相の本ですよ。勉強になると思うので。それではまた来週伺いますね」京極はそれだけ言うと、飯塚の返事も聞かずにさっさと帰ってしまった。それを見た飯塚は不機嫌そうにつぶやいた。「何よ、あれ……随分自分勝手ね……」**** その日の夜――京極は身元引受人の条件について調べていた。「……そうか。これなら何とかなりそうだな…」時計を見
last updateLast Updated : 2025-07-27
Read more
PREV
1
...
7071727374
...
76
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status