Semua Bab 名も無き星たちは今日も輝く: Bab 61 - Bab 70

108 Bab

─17─ 決断

夕闇の中、荒れ果てた休息所は暖かな焚き火の炎に照らされていた。 浮かび上がるのは、二人の男と一匹の黒猫といういささか奇妙な一行である。 焚き火の側でころんと丸まる毛糸玉の姿を眺めやりながら、シエルはまるで他人ごとのようにペドロに問うた。 「で、一体皇都では何が起きているんだ?」 一方問われた側のペドロは面白くなさそうな表情で火をかきまわしながら、礼儀正しくかつどこか突き放したように答える。 「なかなか厄介な事になっていますよ。陛下直々にあなたへの指名手配書が出ています。早い話が賞金首ですね」 「やれやれ、ずいぶんと嫌われたな。それをわざわざ知らせに?」 「いいえ、もとはといえば、あなたが妙な手紙を書いたりするからです。あなたがあんなことを言わなければ、殿下も暖かく見守ってくれたでしょうに」 「ずいぶんな言い方だな」 「そのくらい言わないと、あなたは聞いてくれないでしょう? 違いますか?」 だが、ペドロの言うことは図星だったのだろう。シエルは返す言葉もなく視線をさまよわせる。 それからおもむろに、無言のままシエルは鞄の中からガロアの村で手に入れたパンを取り出そうとすると、毛糸玉ぴくんと頭を上げた。 そちらに笑ってみせてから、シエルはペドロに向かい、お前も食うかとでも言うようにそれを掲げてみせた。 けれど、ペドロは無言で首を左右に振り、さらに抑揚のない口調で続ける。 「いえ、遠慮します。……蒼の隊はあれ以降、ロンダート卿の配下に置かれました。殿下の独断ですので、部隊の中には反発する者も少なくありませんが」 「元々寄せ集めの傭兵部隊だ。今更どうなっても構わないだろ?」 素っ気ないその言葉に、ペドロはやれやれとでも言うように肩をすくめて見せる。 「無責任ですね。皆あなたに命を預けていたのに。あなたはいとも簡単にそれを投げ出す」 「俺にはそれだけの器はないし、資格もない」 「決めるのは、彼らです。あなたではない。違いますか?」 探るようなペドロの視線を意に介することなく、シエルはパンと干し肉を切り分けていた。 果たしてその声が届いているかは定かではないが、ペドロは言葉を継ぐ。 「いかんせんあの方……ロンダート卿は、人柄は申し分ないが経験がない。加えて残念ながらその能力が開花するまでの猶予が
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-18
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─18─ 漠然とした不安

 練兵場にたどり着いたものの、珍しくミレダの姿がない。  どうやら今日は殿下をお待たせせずに済んだようだ。  ほっと安堵の胸をなで下ろすと、ユノーは鞘からすらりと剣を抜き、決められた型を一つずつさらっていく。  最後の一つの型まで終えた時、彼の耳に拍手の音が飛び込んで来た。  まさかあの殿下がそんなことをするはずがない。そう思いつつ、ユノーはおそるおそる振り返る。 「お見事でした。さすがは司令官殿だ」  予想外の 賛美の言葉と共に現れたのは他でもない、愚昧公ことフリッツ公イディオットだった。  あわててユノーは剣を収め、その場にひざまずきかしこまって頭を垂れる。 「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません。にもかかわらずお褒めの言葉をいただき……」  が、フリッツ公はその手をひらひらと振って、その言葉をさえぎった。  そして、ゆっくりとユノーに歩み寄る。 「私にそこまでかしこまることはありませんよ。何せ私は愚昧公ですから」  悪びれもせず自らの二つ名を言ってのけるフリッツ公に、ユノーは言葉を失う。  しかしフリッツ公は人好きのする笑顔を浮かべ、ユノーを見つめるのみだ。  この人は一体。  とらえどころの無いフリッツ公の行動に困惑すし、ユノーはひざまずいたまま言葉を失う。  それを気にするでもなく、フリッツ公は冗談めかしておもむろにこう切り出した。 「実は貴方にお渡したい物があって来たんです。……殿下が居られなくて良かった」  果たしてどこまでが本気なのだろう。  測りかねて内心首をかしげるユノーの前に、フリッツ公は一冊のやや古びた本を差し出した。  戸惑いながらも受け取るユノー。よくよく見てみると、果たしてそれは初歩の兵法書だった。  芸術に傾倒し政(まつりごと)に感心を持っていないというフリッツ公は、無論軍事にも興味がないともっぱらの噂である。それなのに、どうしてこんな物を持っているのだろう。  驚いてユノーは公爵を見つめる。  その視線を受け止めて、公爵は寂しげに目を伏せた。 「先日屋敷の書庫を整理していたら、出てきたんです。今の私には無縁な物ですから」  その言葉を受けて、ユノーは手にした本と公爵を代わる代わる見つめる。  いつしか公爵の顔には、件の微笑みが戻っていた。 「ならば、役に立てていただけ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-19
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─19─死神の行軍

端的に言うと『古の大帝に恭順した諸侯にならい、エドナの領土を広げてこい』 大公から下されたいささか理不尽な命令に従うロンドベルド率いる一団は、ルウツとエドナの国境に沿って任地であるアレンタへと向かっていた。 だが、エドナの首都からアレンタへと向かうその行程は予想に反し、すこぶる順調だった。 『長らく続く戦乱で国境が曖昧になっている地域を北上しエドナの威を示せ』という命令は、まさにロンドベルトのためにしつらえられたようなものだった。 ルウツからは『黒い死神』と恐れられるイング隊の黒旗を目にするなり、国境沿いの村や町に暮らす人々は、自ら進んでエドナへの恭順を示した。 そんな町や村をいくつも巡ることしばし。このまま行けば、一戦も交えることなくエドナの領土は確実に増加する。 だが、ロンドベルトの表情は晴れるどころか、どんどんと暗くなっていくようである。 それを気にしてか、首都から付き従っていた参謀が恐れながら、と切り出した。 「いかがなさいました? お顔の色が優れないようにお見受けいたしますが」 この参謀という人とロンドベルトとは付き合いこそ長いが、せいぜい作戦行動について話すくらいで、普段腹を割って話すほど親しい間柄とは言い難い。 無論ロンドベルトは、自らの眼に関する秘密を参謀にはあかしていない。 けれど、 その付き合いの長さは、ほんのわずかな変化をも日の本にさらしてしまうようだ。 ふとそんなことを思い、どこか自嘲気味な苦笑をひらめかせてロンドベルトは答えた。 「いや、こうも簡単にことが運ぶのが不気味だと思ったのと……」 「と、何でしょう」 生真面目に問い返してくるところは、アレンタの師団長を思い出させる。 だが、その人となりはどこか掴みどころがない。 不在の副官とは違い、本心から信用しきれないのは、おそらくこのせいだろうか。 最悪エドナの情報局から送られてきた監視役かもしれないと疑ったこともある。 そんなことをぼんやりと考えながら、ロンドベルトは言葉を継ぐ。 「どこの集落もだいぶ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-20
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─20─ 風前の灯火

 異変を感じ取ったのは、村外れで遊んでいた子ども達だった。 視界の先に翻る漆黒に緋色の十字が染め抜かれた旗を見、転がるように村へ戻って来るなり、見たままを告げた。 事態を知らされた大人達は、突然姿を現した『敵』を目の前にして頭を抱えた。 まず彼らが行ったことは、領主であるゲッセン伯爵の出城へ使いをやり事実を伝え、一刻も早く派兵してくれるよう願い出ることだった。 しかし戻って来た返答はというと、伯爵の命令が降りなければ軍を動かすことはできない、ついては本城に使いをやるのでそれまで持ちこたえてほしい、というなんとも無責任なものだった。 村長を始めとする大人たちが集まり頭を抱えているところへ、敵からの正式な使者が訪れた。──エドナに恭順せよ。そうすれば悪いようにはしない。 イング隊隊長ロンドベルド・トーループの署名が入った書状は、村に混乱をもたらした。「降伏しよう。いくらなんでもそうすれば無茶なことは言わないだろう」「だが、その後はどうする? イング隊とやらは我々を守ってくれるのか? ゲッセン伯に知られたら、一体どうなる? 城で労役をしている者が、どんな仕打ちを受けるか……」「城の心配よりも明日の我が身だろ?」「……どうせ作物も採れないやせた土地だ。いっそくれてやればいいじゃないか」 議論は堂々巡りをし、結論が出る気配はない。 言い争う大人達を、テッドは少し離れた所でじっと見つめていた。 ようやく起き上がれるようになった母親も、わずかに青ざめた顔でその後ろに座っている。皆暗い表情を浮かべ、互いに顔を見合わせるばかりである。 そうこうするうちにも、時間は無為に流れていくばかりで、一秒たりとも待ってはくれない。 死んだ魚のような目をして無駄な言い争いを繰り返す大人達。 思わずテッドがため息をついたその時、彼よりも少し年下の少女が、急に泣き出した。 確か少女の父親も、テッドの父親と同様、城へ労役へ出ているはずだ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-21
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─21─ 異変

 人々の流れがおかしい。 気付いたのは、今まで来た旧道を離れ、若干近道である新道を皇都エル・フェイムへ戻り始めた時だった。 旧道とは異り多少は人の流れもあるだろう、そう予想はしていたのだが、季節外れにしては人通りが多い気がする。 しかも、彼らは等しく巡礼者には見えない、着の身着のままの格好をしているのである。 表情は一様に暗く疲れ果て、手を引かれている子どもは声を上げて泣いているような有様だ。 一体何事かとでも言うように見つめてくるシエル。 対してペドロは心底わからないと言うように首を左右に振りつつ、道行く人々を注意深く観察していた。「確かにおかしいですね。子どもや高齢者がこんな厳しい季節に巡礼に出ているとは。今までもこんな具合だったのですか?」 今度はシエルが首を左右に振る番だった。 足元の毛糸玉を指差しながらぶっきらぼうに答える。「まさか。……確かに途中までは新道を進んでたけど、一人か二人とすれ違うかどうか程度だった。旧道で会ったのもこいつだけだったし。何より俺の後をつけてきたなら、それくらい知ってるだろ?」 確かに、と言いながらペドロは難しい顔をして腕を組む。 その時、毛糸玉がシエルの元を離れ、一目散に走り出した。 待て、と言いながらシエルはその後を追う。 毛糸玉が足を止めた先には、巡礼とはまったく無縁とおぼしき子どもたちだけの一団が肩を寄せ合いうずくまっている。毛糸玉はその様子をを不安げに見上げていた。 遠目に見ても、彼らをまとめている人物のくすんだ金髪には覚えがあった。 呼吸を整えてからシエルは静かに歩み寄り、いぶかしげに声をかける。「テッドじゃないか? 一体どうしてこんなところに?」 視線がぶつかった刹那、それまでうつろだったテッドの瞳に理性の光が戻った。 戸惑うシエルを意に介することなく、テッドはシエルにすがりつき号泣する。「テッド……一体…&he
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-22
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─22─ ささやかな反撃

日はすでに西へ傾き、夕闇はすぐそこまで迫っていた。 そんな中、シエルはただひたすら走り続けていた。 時折すれ違う人の顔には、等しく疲れた表情が浮かんでいる。 ──間に合ってくれ。 そう思いながらふと、彼の脳裏をある疑問がかすめた。 果たして自分はどうしようというのだろう。 見捨てる訳にはいかない、そう啖呵(たんか)を切って走り出したは良いが、自分に一体何ができるのだろう。 迫り来る敵軍を前に、自分一人ではさしたる戦力にならないのは、火を見るよりも明らかだ。 けれど……。 その時、風向きが変わった。 向かい風に乗って運ばれてきたのは、彼の体に染み付いて離れない匂いだった。 そう、土埃と鉄臭さが入り混じった戦場の匂い。 シエルの足が早くなる。 生い茂る木々の中を抜け開けた視界の先に広がったのは、変わり果てた村の姿、それは戦場と言う名の地獄絵図だった。 崩れた家に、燃え盛る畑。 そして、折り重なって倒れ伏す人々の群。 上空には、猛禽が何かを狙うかのようにぐるぐると飛び回っている。 日が完全に沈む頃には、夜行性の肉食獣がやって来るのだろう。 今まで自分が築き上げ、長らくその身を置いてきた場所。 にも関わらず今それを目の前にして、彼はなぜか震えていた。 立つこともおぼつかず思わずその場に膝をつく。 虚ろに見開かれた瞳から光る物が流れ落ち、その口からはかすれた声が漏れた。「そんな……馬鹿な……」 伝え聞くところ、ロンドベルト・トーループは根っからの武人。 その人が、武器を取ったことの無い、争いとは無縁な村人達をここまで叩き潰すとは、一体どういうことなのだろうか。 そこまで考えを巡らせた時、シエルは我に返った。 背後から人の気配がする。 腰の短剣に手をかけつつ振り返ると、そこには黒い甲冑に身を固めた二人の人影があった。「き……貴様何者だ! こんな所で何をしている?
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-23
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─23─ 疑問

「どういうおつもりですか?」 背後でわめいている参謀に、ロンドベルトは強い不快感を感じて、不機嫌な表情を浮かべて振り返る。 黒玻璃の瞳を向けられると、参謀はそれまでの勢いはどこへやら、しゅんとして黙り込んだ。 その様子に心底ロンドベルトは呆れ果てていたが、一呼吸置いてこう告げた。「どういう、とは一体?」「なぜあの神官を殺してしまわなかったのですか? 奴の言った通り、あそこにいたのはルウツの正規兵ではなく村人にすぎません。奴の口からことの次第が漏れれば、我々の名誉が……」「何をさして名誉と言うのかな? 我々はただの人殺しだ。しかも自らの意思で動く訳でなく、国の命令で大量虐殺をする、何ともたちの悪い殺戮集団だ」 予想外の返答だったのだろうか、参謀は唖然として立ちつくす。 その間抜け面に向かい、ロンドベルトはさらに毒づいた。「彼の言ったことは何ら間違ってはいない。正しいことを述べたまでだ。にも関わらず殺されては道理に合わないだろう。……それに、あの御仁には少々聞きたいことがある」「聞きたいことですか? それは一体……」 参謀が口にしたのは、無理もない疑問ではある。 が、その問いに答える必要性をロンドベルトは持たなかった。 無言で長身を翻すと、彼は自らの天幕へと入った。 勢いよく腰を下ろし、大きく息をつく。そして、目を閉じ先程までのことを反すうする。 脳裏に浮かぶのは、乱れたセピアの髪に激しい怒りに燃えた藍色の瞳。 真っ直ぐにこちらを見据えてくるその瞳に、ロンドベルトは既視感を覚えていた。 ため息をつき、ふと視線を転じた先には、何かが落ちている。 手にするとそれは、首都を出る前に小さな騒ぎとなっていた敵国の手配書だった。 じっとロンドベルトはその人相書きをみつめる。 セピアの髪に、藍色の瞳。 その容姿は伝え聞く敵国の
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-24
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─24─ 帰還

 丘陵地帯には、二大国の間での戦で命を失った人々の墓碑が無数に並んでいる。 後味が悪く、かつ血生臭いガロアでの戦から五日。 敵国ルウツからは『黒衣の死神』と呼ばれ恐れられているロンドベルトと彼が率いるイング隊は、死者の街と揶揄される駐屯地アレンタへと戻ってきたのである。 出迎えの一団から一騎がこちらに向かってくるのが認められた。 短いとび色の髪を揺らし大きく手を振るのは他でもなく、ロンドベルトの副官ヘラ・スンだった。 彼女の控えめながら明るい笑顔と声が聞こえてくると、それまでぎすぎすしていた部隊内の雰囲気が一気に和んだように感じられた。──やはりこの人無くしてはこの隊は成り立たない。 それまでの行軍を思い起こし、改めてそう痛感するロンドベルトの前で、ヘラは下馬し一礼すると、うれし涙が草の上にぱたぱたとこぼれ落ちる。「閣下、お帰りお待ちしていました。ご無事でのご帰還、心よりお喜び申し上げます。あの……」 感極まって言葉に詰まるヘラに向かい、ロンドベルトはめったに見せない穏やかな笑みを浮かべてみせる。 そして、矢継ぎ早に命令を下した。「出迎えご苦労だった。負傷者の搬送の手配を頼む。それと、至急アルバート・サルコウ師団長殿を呼び戻してくれないか?」 突然の言葉に、ヘラは数度目を瞬いた。 無理もない。この地域の神官騎士団をまとめるアルバート・サルコウと信仰とは無縁のロンドベルトは、水と油のように不仲と言っても良かったからだ。 そんなロンドベルトが神官騎士団長を呼べ、ということは、何やら良からぬことが起きたのではないだろうか。 そう考えたヘラの顔には、不安げな表情が浮かぶ。 それが自分の身を案じてのことだと理解して、ロンドベルトはわずかに苦笑を浮かべてみせた。「私のことなら心配はない。ただ、戦場からお迎えしたお客人がな……」「お客様……ですか?」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-25
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─25─ 客人

 アルバート・サルコウは困惑していた。 そして何やら嫌な予感がした。 常日頃あまり良好な関係とは言えぬロンドベルトからの急な召還命令である。 そこに何やら裏があるのは明らかだ。 彼自身はあくまでも見えざるものへ仕える神官騎士で軍人ではないのだから、ロンドベルトの命令に従わなければならないという義務も責任もない。 だが、必要とされているとなると首を横に振る訳にはいかない。 そんな自分の馬鹿正直さに軽い頭痛を感じながらも、アルバートは帰路を急いだ。 無数の墓碑に埋め尽くされた稜線に日が沈みかけたころ、ようやくアレンタの司祭館にたどり着いた彼の視界に入ってきたのは、館の入口で押し問答をしている黒衣の男達と神官見習い達の姿だった。「一体どうしたんだ?」 声をかけるアルバート。 と、その声に気付いた神官見習い達は、一斉にアルバートに向かい駆け寄ってくる。「師団長様、助けて下さい!」「大変なことになっているんです!」 何が何だかわからないアルバート。 果たして近づいてみると、そこには思いもかけないモノが文字通り転がっている。 担架に乗せられ横たえられていたそれは、一人の男だった。 乱れたセピアの髪は顔に貼りつき、無数の古傷が残るむき出しの上半身。 肩口には薄汚れた包帯が乱暴に巻かれ、茶色く変色した血がにじんでいた。「……一体、この方は……」 言葉を失うアルバートに、神官見習い達は一気にまくし立てた。「ですから、助けて下さい!」「いくらイング隊隊長閣下のお願いだと言われても、司祭館に素性の知れない人を入れるわけには行かないと、何度言っても……」 けれど、その言葉はアルバートには届いていなかった。 顔を上げるやいなや、彼は叫んでいた。「すぐに薬師を! それと父上…&h
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-26
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─26─ 謎

 司祭館を出てすぐ目前に見える大きな石造りの建物が、通称『死神の居城』だった。 すでに顔見知りになっている衛兵は、いつになく険しい表情をしているアルバートの様子に、わずかに首を傾げながらも中へ通した。 あとは勝手知ったるなんとやらである。 ずんずんと歩を進めると、アルバートは突き当たりの一際大きな扉の前で足を止める。 その扉を叩こうとした時、内側からお入りください、と言う声が聞こえてきた。『千里眼』は何でもお見通し、ということか。 やれやれと溜め息をついてから、アルバートは重い扉を押し開く。 果たしてそこにはロンドベルトともう一人、ヘラの姿があった。 これは軍事機密の会議中だったのかもしれない。 そう判断したアルバートは深々と頭を下げた。「お取り込みのところ、失礼いたしました。改めます」「その必要はありません。私も今から報告を受けるところでした。二度手間にならないから丁度良い」 戻ってきたのはアルバートの想定外の言葉だった。 一体これは、どういう意味なのだろうか。 疑問に思いながらもアルバートは扉を閉め、一歩室内に足を踏み入れると改めてロンドベルトとヘラに向けて一礼した。 それを受けるロンドベルトの顔には、わずかに笑みが浮かんでいる。「頭数が揃ったところで副官殿、報告を聞こうか。あのお客人はどのような素性かな?」 どうやら自分ははめられたのかもしれない。 そう気づいたものの、いまさらどうすることもできない。 アルバートはこれみよがしに大きく息をつくと、発言者である美しい副官を見つめる。 ヘラは承知しました、とうなずくと、手にしていた書類をロンドベルトの前に置いた。 これは一体、と問いかけてくるようなロンドベルトに向かい、ヘラは簡潔に答えた。「このルウツ皇国発行の通行許可証によると、名前はシエル・アルトール。ルウツ中央管区所属の修士となっています。膨大な量の書写を持っていたので、聖地巡礼の途中だったのは間違いないと思われます」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-27
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