All Chapters of 名も無き星たちは今日も輝く: Chapter 61 - Chapter 63

63 Chapters

─17─ 決断

夕闇の中、荒れ果てた休息所は暖かな焚き火の炎に照らされていた。 浮かび上がるのは、二人の男と一匹の黒猫といういささか奇妙な一行である。 焚き火の側でころんと丸まる毛糸玉の姿を眺めやりながら、シエルはまるで他人ごとのようにペドロに問うた。 「で、一体皇都では何が起きているんだ?」 一方問われた側のペドロは面白くなさそうな表情で火をかきまわしながら、礼儀正しくかつどこか突き放したように答える。 「なかなか厄介な事になっていますよ。陛下直々にあなたへの指名手配書が出ています。早い話が賞金首ですね」 「やれやれ、ずいぶんと嫌われたな。それをわざわざ知らせに?」 「いいえ、もとはといえば、あなたが妙な手紙を書いたりするからです。あなたがあんなことを言わなければ、殿下も暖かく見守ってくれたでしょうに」 「ずいぶんな言い方だな」 「そのくらい言わないと、あなたは聞いてくれないでしょう? 違いますか?」 だが、ペドロの言うことは図星だったのだろう。シエルは返す言葉もなく視線をさまよわせる。 それからおもむろに、無言のままシエルは鞄の中からガロアの村で手に入れたパンを取り出そうとすると、毛糸玉ぴくんと頭を上げた。 そちらに笑ってみせてから、シエルはペドロに向かい、お前も食うかとでも言うようにそれを掲げてみせた。 けれど、ペドロは無言で首を左右に振り、さらに抑揚のない口調で続ける。 「いえ、遠慮します。……蒼の隊はあれ以降、ロンダート卿の配下に置かれました。殿下の独断ですので、部隊の中には反発する者も少なくありませんが」 「元々寄せ集めの傭兵部隊だ。今更どうなっても構わないだろ?」 素っ気ないその言葉に、ペドロはやれやれとでも言うように肩をすくめて見せる。 「無責任ですね。皆あなたに命を預けていたのに。あなたはいとも簡単にそれを投げ出す」 「俺にはそれだけの器はないし、資格もない」 「決めるのは、彼らです。あなたではない。違いますか?」 探るようなペドロの視線を意に介することなく、シエルはパンと干し肉を切り分けていた。 果たしてその声が届いているかは定かではないが、ペドロは言葉を継ぐ。 「いかんせんあの方……ロンダート卿は、人柄は申し分ないが経験がない。加えて残念ながらその能力が開花するまでの猶予が
last updateLast Updated : 2025-05-18
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─18─ 漠然とした不安

 練兵場にたどり着いたものの、珍しくミレダの姿がない。  どうやら今日は殿下をお待たせせずに済んだようだ。  ほっと安堵の胸をなで下ろすと、ユノーは鞘からすらりと剣を抜き、決められた型を一つずつさらっていく。  最後の一つの型まで終えた時、彼の耳に拍手の音が飛び込んで来た。  まさかあの殿下がそんなことをするはずがない。そう思いつつ、ユノーはおそるおそる振り返る。 「お見事でした。さすがは司令官殿だ」  予想外の 賛美の言葉と共に現れたのは他でもない、愚昧公ことフリッツ公イディオットだった。  あわててユノーは剣を収め、その場にひざまずきかしこまって頭を垂れる。 「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません。にもかかわらずお褒めの言葉をいただき……」  が、フリッツ公はその手をひらひらと振って、その言葉をさえぎった。  そして、ゆっくりとユノーに歩み寄る。 「私にそこまでかしこまることはありませんよ。何せ私は愚昧公ですから」  悪びれもせず自らの二つ名を言ってのけるフリッツ公に、ユノーは言葉を失う。  しかしフリッツ公は人好きのする笑顔を浮かべ、ユノーを見つめるのみだ。  この人は一体。  とらえどころの無いフリッツ公の行動に困惑すし、ユノーはひざまずいたまま言葉を失う。  それを気にするでもなく、フリッツ公は冗談めかしておもむろにこう切り出した。 「実は貴方にお渡したい物があって来たんです。……殿下が居られなくて良かった」  果たしてどこまでが本気なのだろう。  測りかねて内心首をかしげるユノーの前に、フリッツ公は一冊のやや古びた本を差し出した。  戸惑いながらも受け取るユノー。よくよく見てみると、果たしてそれは初歩の兵法書だった。  芸術に傾倒し政(まつりごと)に感心を持っていないというフリッツ公は、無論軍事にも興味がないともっぱらの噂である。それなのに、どうしてこんな物を持っているのだろう。  驚いてユノーは公爵を見つめる。  その視線を受け止めて、公爵は寂しげに目を伏せた。 「先日屋敷の書庫を整理していたら、出てきたんです。今の私には無縁な物ですから」  その言葉を受けて、ユノーは手にした本と公爵を代わる代わる見つめる。  いつしか公爵の顔には、件の微笑みが戻っていた。 「ならば、役に立てていただけ
last updateLast Updated : 2025-05-19
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─19─死神の行軍

端的に言うと『古の大帝に恭順した諸侯にならい、エドナの領土を広げてこい』 大公から下されたいささか理不尽な命令に従うロンドベルド率いる一団は、ルウツとエドナの国境に沿って任地であるアレンタへと向かっていた。 だが、エドナの首都からアレンタへと向かうその行程は予想に反し、すこぶる順調だった。 『長らく続く戦乱で国境が曖昧になっている地域を北上しエドナの威を示せ』という命令は、まさにロンドベルトのためにしつらえられたようなものだった。 ルウツからは『黒い死神』と恐れられるイング隊の黒旗を目にするなり、国境沿いの村や町に暮らす人々は、自ら進んでエドナへの恭順を示した。 そんな町や村をいくつも巡ることしばし。このまま行けば、一戦も交えることなくエドナの領土は確実に増加する。 だが、ロンドベルトの表情は晴れるどころか、どんどんと暗くなっていくようである。 それを気にしてか、首都から付き従っていた参謀が恐れながら、と切り出した。 「いかがなさいました? お顔の色が優れないようにお見受けいたしますが」 この参謀という人とロンドベルトとは付き合いこそ長いが、せいぜい作戦行動について話すくらいで、普段腹を割って話すほど親しい間柄とは言い難い。 無論ロンドベルトは、自らの眼に関する秘密を参謀にはあかしていない。 けれど、 その付き合いの長さは、ほんのわずかな変化をも日の本にさらしてしまうようだ。 ふとそんなことを思い、どこか自嘲気味な苦笑をひらめかせてロンドベルトは答えた。 「いや、こうも簡単にことが運ぶのが不気味だと思ったのと……」 「と、何でしょう」 生真面目に問い返してくるところは、アレンタの師団長を思い出させる。 だが、その人となりはどこか掴みどころがない。 不在の副官とは違い、本心から信用しきれないのは、おそらくこのせいだろうか。 最悪エドナの情報局から送られてきた監視役かもしれないと疑ったこともある。 そんなことをぼんやりと考えながら、ロンドベルトは言葉を継ぐ。 「どこの集落もだいぶ
last updateLast Updated : 2025-05-20
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