All Chapters of 青空と海と大地ーそらとうみとだいちー: Chapter 31 - Chapter 40

42 Chapters

031 信じるという鎖

 「素敵……」 海が目を輝かせた。「素敵かどうかは知らないけど、そうして青空姉〈そらねえ〉は無事、社会復帰を果たした」「大地はいつからとまりぎに?」「俺はかなり後になってからだ。まあそれまでも、ちょくちょくヘルプで入ってたけどな」「そうなんだ……そして青空〈そら〉さんは、浩正〈ひろまさ〉さんに告白されて」「いや、告白は青空姉〈そらねえ〉からだ」「そうなの?」「ああ。それも電光石火だったぞ。いつしたと思う?」「いつって、それはやっぱり相手のことを知ってからになるから……半年後ぐらい?」「出会ったその日だ」「ええええっ?」「あの日、家に浩正さんを連れてきて。仕事の話を色々聞かされて、青空姉〈そらねえ〉は益々やる気になってた。まあ、その前にもう決めてたみたいなんだけどな。それで一緒に酒飲んでる時に、俺の目の前で告白しやがった」「……ほんと青空〈そら〉さん、アグレッシブだね」「いやいや、そんないいものじゃないから。弟の目の前で告白する女なんて、聞いたことないぞ」「それで浩正さん、オッケーしたの?」「ああ。それにもびっくりしたけどな」「何と言うかほんと、面白い人たちね」「変わり者ってだけだよ」 そう言って苦笑し、新しいビールを冷蔵庫から取り出した。「それで半年後、青空姉〈そらねえ〉は浩正さんの家に転がり込んでいった」「同棲ってこと?」「ああ。それまで何度も泊まりに行ってたからな、時間の問題だと思ってたよ」「そうなんだ」「もう大地は大丈夫、そう言って笑いながら出て行きやがった」 そう言って笑う大地を見て、こんな笑顔も見せるんだ、そう海が思った。 そして同時に。 胸が高鳴るのを感じた。「青空姉〈そらねえ
last updateLast Updated : 2025-04-28
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032 意識

  朝目覚めて。 目の前に大地の背中があり、安堵した。 微笑み顔を埋める。 そして思った。思い返した。 昨日大地に言ったことを。「私はそんな大地のこと、好きだよ」「大丈夫、今のは友達としての好きだから」「今はまだ、ね……」 自分の言葉に赤面し、動揺した。 なんで私、あんなこと言っちゃったの? 大地と出会って1か月。色んなことがあった。 知らなかった世界に触れた。 そして。大地や青空〈そら〉さんの過去を聞いて。 いかに自分が恵まれていたか、幸せだったのかを知った。 甘えていたのかを知った。 両親との別れは辛かった。 裕司〈ゆうじ〉との別れに絶望した。 でも。それでも。 あの人たちとの思い出に、私の心は温かくなった。 しかし。大地はどうだろう。 過去を思い出すたび、身が引き裂かれるような思いをしてるに違いない。 それでも彼は笑顔を絶やさず、人々の為になろうと生きている。 そんな強さに憧れた。 だけど。 今自分の中にある感情は、ただの憧れとは思えなかった。 そして、その感情に覚えがあることに気付いた。 その感情。それは。 裕司に向けたものと似ていた。「……」 そんなことある? 私にとって、愛する人は裕司だけだ。 彼に会いたい、その一心で命を断つ決意もした。 その私が、裕司以外の男に心を寄せている? そんな馬鹿なこと、ある訳がない。 それは裏切りだ、不義だ。許されるものじゃない。そう思い、打ち消そうとした。 しかしその時、大地の言葉が脳裏を巡った。「生きるにしろ死ぬにしろ、それは海が決めることだ。俺はただ、その選択を尊重するだけだ」「死ぬまでここにいればいいよ」 大地らしい、デリカシーの欠片もない言葉。でも温かい
last updateLast Updated : 2025-04-29
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033 裏切り

 「で、あいつのどこを好きになったの?」 いきなりの剛速球に、海が困惑した。  * * * 休憩時間。 運動場のベンチに並んで座り、青空〈そら〉が煙草に火をつけた。「青空〈そら〉さん、直球すぎます……」「あはははっ、ごめんごめん。大地に言わせれば私、アイドリングを知らない女らしいから」「何ですかその例え、ふふっ」「でも休憩時間も短いし、前置きはいいでしょ。それでどうなの、ほんとのところは」「私は……」 空を見上げ、海が目を細める。 昼下がりの住宅街は静かで、心が洗われるような気がした。 今なら素直に話せるかも、そう思った。「大地のどこが好きとか、そういうのはないんです。何て言ったらいいのかな、さっきの青空〈そら〉さんの言葉じゃないですけど、大地といると肩肘張らず、そのままの自分でいられるって思ってたんです」「それ、いいことだと思うよ。結婚してからの必須条件だから」「そうなんですか?」「うん、そう。私も浩正〈ひろまさ〉くんと住むようになって思ったんだけどさ、言ってみれば私たち、他人な訳じゃない? だからその人が何を感じ、何を思ってるか分からないから、いつも気になってしまうんだ。そしてそれが積み重なっていく内に、いつの間にかストレスになってしまう」「浩正さんともそうだったんですか?」「そうなると思ってた。だから最初の内はかなり気を使ってた。でもそんな時、浩正くんが言ったんだ。『そういうの、疲れませんか』って」「……」「その言葉を聞いてね、思ったの。勿論、最低限の礼儀はいるよ? でもね、必要以上に気遣うことは、言ってみれば相手を鎖で縛ることになるんだ。 そしてこうも思った。考えてみれば私、大地に対してはそんなことなかったなって」「それってどういう」「あいつは弟、家族だ。家族ってのは、そう
last updateLast Updated : 2025-04-30
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034 裕司

  次の休日。 海は裕司〈ゆうじ〉の墓に来ていた。 大地は何も聞いてこなかった。ただ何となく、察しているように思えた。 相変わらずだな、大地。 そういうところに惹かれたんだろうな、そう思った。  * * * その日は朝から、冷たい雨が降っていた。 腰を下ろし、じっと墓を見つめる。 雨が傘を叩く音が心地よかった。「久しぶり、裕司……中々来れなくてごめんね。最近バタバタしてて……あなたのこと、忘れてた訳じゃないの。あなたの一部はここにある訳だし……って、言い訳だよね」 そう言って胸のペンダントを握り締める。その中には墓の中同様、裕司の一部が納められている。「私、どうしたらいいのかな。こんなこと、裕司に聞くのはおかしいって分かってる。でも……裕司の本当が知りたくて……」 何度も何度も問いかける。しかし答えが返ってくることはなかった。「まあ、そうだよね……」 苦笑し、立ち上がる。 そして墓をそっと撫で、「また来るね」 そう言ってその場を後にした。  * * *「……」 帰り道。海はあの駅に立ち寄った。 かつて人生を終わらせようとした場所。 大地と出会った場所に。 駅員にバレないよう、リュックから帽子を取り出し、深くかぶる。 懐かしいな、このベンチ。そう思い、そっと撫でる。 ここに座って、電車に飛び込む勇気を育てて。 そしてようやく覚悟が決まり、いざ飛び込もうとしたら。 大地が飛び込もうとしてた。 思い返し、苦笑する。 何度か列車が通過していった。ほんと、物凄いスピードだ。 あれに飛び
last updateLast Updated : 2025-05-01
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035 別れ

 「裕司〈ゆうじ〉……今なんて」 ――僕はあなたに、生きて幸せになってほしい―― 呆然と裕司を見上げる。 自分にとって唯一の希望。その裕司から、残酷に突き放された気がした。「……私はあなたといたいの! 毎日あなたに触れて、あなたの声を聞いて。でも、あなたはもういなくて…… だったら私が行くしかないじゃない! ねえ裕司、なんでそんなこと言うの? どうして私に、今すぐ来いって言ってくれないの?」 ――海さんは今、生きています。それは僕が、最後の瞬間まで望んでいたことなんです――「どういうこと? どっかの映画みたいに、私が死にたいと思ってるこの日は、あなたが生きたいと思った一日なんだって言いたいの?」 ――僕は運命を受け入れました。勿論、叶うものなら生きていたかった。でもそれが無理なことは分かってました。 僕の願いはただひとつ、海さんの幸せなんです。海さんが生きて、今いる世界で笑ってることなんです――「酷いよ裕司……あなたがいないのに笑えだなんて……」 涙が止まらなかった。「私に残された、たったひとつの願い……あなたの元に行くことすら、私には許されないの?」 ――海さんは生きてる、生きてるんです。命ある限り、その世界で幸せを求めるべきなんです――「無理だよそんな……だって裕司、いないじゃない……」 ――こんなにもあなたに愛されて、僕は幸せです――「だったら!」 ――でも……僕は死者です。この世界に存在しない者です。その願い、叶えてはいけないんです――「……」 ――死者はどこまでいっても死者です。あなたを愛することも、抱きしめることも出来ません。あなたの中に生きている僕は、過去の残
last updateLast Updated : 2025-05-02
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036 暴かれた黒歴史

 「おかえり、寒かっただろ。早く入ってあったまれよ」 そう言って海の方を向き、大地が固まった。「どう……したんだ、海……」 ふわふわで長かった髪がばっさり切られ、ストレートになっていた。 そして色が、明るい茶褐色から黒に変わっていた。「何か……あったのか……」「何かって、何が?」「い……いやいや、聞いてるのは俺だ。大丈夫なのか」 こんなにうろたえてる大地を見るのは初めてだ。また新しい大地を知れた、そう思い微笑む。「まあ、ね……気分転換って言うか」「それにしては思いきりが良すぎるだろ。よく分からんが、あそこまで伸ばすのは大変だっただろ? 毎日手入れしてたし、あのふわふわな髪は女子の憧れじゃないのか」「確かに惜しいと思ったよ。でもほら、仕事中、髪が結構邪魔だなって思ってたし」 そう言われ、確かに海は仕事中、いつも髪を束ねていたなと思った。「あと、その……自分に対するけじめって言うか」 頬を赤らめうつむく。そんな海に動揺し、大地が慌てて視線を外した。「とにかくその……なんだ、早く中に入れよ。そんなところに突っ立ってたら風邪ひくぞ」「うん……そうだね」 海にとってこの行動は、今言った通り、自身に対するけじめでもあった。 裕司〈ゆうじ〉はいつも、自分の髪を褒めてくれた。 綺麗ですね、そう言って撫でられるのが嬉しかった。 その髪を切ることで、裕司と過ごした日々を、自身の想いを。 過去の思い出へと変える。 髪を切られる時、感情が溢れて止まらなかった。 涙ぐみ、肩が震えた。 そんな彼女を気遣い、美容師が手を止めたほどだった。 そして生まれ変わ
last updateLast Updated : 2025-05-03
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037 ふたつの話

 「大地。話があるんだけど、いいかな」 風呂上がりの海が、早々に横になってる大地に声をかけた。「……構わないけど……急ぎの話か?」 壁を向いたまま、弱々しい声で大地が答える。  そんな大地を見つめ、可愛いと思ってしまう私は悪魔だろうか、そう思った。「急ぎって訳でもないんだけどね。でも、出来れば聞いてほしい」「……分かった」 大きく息を吐き、大地が勢いよく体を起こす。  そして海を見ないように台所に向かい、ビールを取り出した。「海も飲むだろ?」「うん。ありがとう」 大地がベッドにもたれると、海は隣に座った。  間近に海の体温を感じ、大地が動揺する。  何でだ? いつものことなのに、なんで俺、こんなに動揺してるんだ?  そう思い、戸惑い。大地が煙草に火をつけた。「……吸っていいか?」「いいよ。と言うか、もう火をつけてるじゃない」「そ、そうだな……ごめん……」 何この可愛い生き物。そう思い、海が大地の頭を撫でた。「撫でるな撫でるな。子供じゃないんだ」「いいからいいから。たまには私にも撫でさせてよ」 海にそう言われ、大地は赤面してうつむいた。「それで? 話ってなんだ」「ふたつあるの。でもこのふたつは、ある意味繋がってるの」「どっちも聞くよ。言ってみろ」「うん……私の髪、どう思う?」 その問いに、大地はビールを吹き出しそうになった。「げほっ、げほっ……」「ちょっと大地、大丈夫?」 海が慌てて背中をさする。  しばらく咳き込んだ大地だったが、やがて海に手を向け、「ありがとう、大丈夫だ」そうつぶやいた。「なんでその……そんなこと聞くんだ」「だって大地、何も言ってくれないから。普通こういうのって、見た時に何かしら感想を言うものだと思うの。男としての責務じゃない?」「い
last updateLast Updated : 2025-05-04
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038 惜別の涙

  大地は混乱し、海から離れようとした。 しかし腕をつかまれ、動くことが出来なかった。「なんで逃げるのよ」「いやいやいやいや、待ってくれ、ちょっと待ってくれ。いきなりすぎて訳が分からん」「いきなりかもしれないけど、分からないことはないじゃない。私は今、大地に告白してるの」「いやいやだから、それがおかしいって言ってるんだ。何でそういう話になるんだよ」「大地は私のこと、嫌い?」「好きとか嫌いとか、そういうことを言ってるんじゃねえよ。話が飛び過ぎてんだよお前」「何も飛んでないじゃない。私はただ、素直な気持ちを伝えてるだけよ」「裕司〈ゆうじ〉のことはどうするんだよ。あいつのところに行くんじゃなかったのかよ」「それはさっき撤回したでしょ」「やっぱり訳分かんねーよ。お前にとって、裕司はその程度のやつだったのかよ」「そんな訳ないでしょ! それ、デリカシーとかで片付けられない暴言だよ! 私がどれだけ裕司のことを好きか、大地も知ってるくせに!」 海の剣幕に大地が怯む。そして、確かに失言だと思った。「……すまん、言い過ぎた」「裕司は私の全てだったの! 希望だったの!」 声を震わせ、大地の胸倉をつかむ。 そしてそのまま、大地の胸に顔を埋めた。「でも……裕司はもういない……触れ合えない……」「……」 息を吐き、大地が海の頭を撫でる。「でも……大地が好きって気持ちも本当なの……あんたってば本当、好みと全然違うし、裕司とは似ても似つかないんだけど……でも、それでも私……好きになったのよ!」「海……」「大地言ったよね。死ぬまでここにいて
last updateLast Updated : 2025-05-05
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039 必然と運命

 「ふふふのふ」 翌日。  大地を見つめ、青空〈そら〉が意味ありげに笑った。「弟よ、色々あったみたいじゃないか」 そう言って肩を抱く。「大地。浩正〈ひろまさ〉さんに頼まれたんで、ちょっとスーパーに買い物行ってくるね。ホールの方よろしく」「あ、ああ……」 赤面し、小さくうなずく。  そんな大地に、青空〈そら〉が声を上げて笑った。「いやいやどうして。弟のこんな顔を見る日が来るとは思わなかったよ」「青空姉〈そらねえ〉……誰のせいだと思ってるんだよ」「誰のせいって、そりゃあ海ちゃんでしょ」「なんでだよ」「告白されたんでしょ?」「なっ……」「あはははははっ、ほんとあんた、分かりやすいんだから」「青空姉〈そらねえ〉がけしかけたからだろ」「いいや。私は何も言ってないよ」「嘘つけ」「ほんとほんと。私はただ、相談に乗ってあげただけだから」「俺がこうなってる理由が、その相談のせいだとは思わないのかよ」「なになに? ひょっとしてあのこと聞いたの?」「……」「あはははははっ、そりゃそうなるか、ごめんごめん」「……ったく」「まあ、秘密のファイルのことはいいじゃない。あんたのことだ、どうせまだ持ってるんでしょ? せいぜい見つからないよう、うまく隠しとくんだね」「ほっとけ」「で、冗談はともかくとして。あんた、海ちゃんに告白されたんだよね」「……ああ」「返事したの?」「ファイルの件で有耶無耶になった。あいつ、しつこいぐらいその話をするもんだから、パニックってビール飲み過ぎちまって。いつの間にか寝落ちしてた」「それはそれは。海ちゃんかわいそうに。と言うかあんた、最低ね」「だーかーらー、誰のせいだと思ってるんだよ」「あんたが黒歴史でパニクったのは分かる。でもね、女
last updateLast Updated : 2025-05-06
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040 戸惑い

 「疲れたー」 12月24日、クリスマスイブ。 帰宅した海が、そう言ってベッドにダイブした。「今日はお客さん、ほんと多かったよね」「まあ、嘘でもイブだからな。外でお茶したい人も多かったんだろ」「明日も忙しいんだよね」「老人ホームの利用者さんを招待してるからな、それなりに忙しくなると思うぞ」「中山さんも来てくれるかな」「ははっ。海、中山さんのこと気にいったみたいだな」「だって中山さん、胃ろうで何も食べられないのにニコニコしてて。こんな私にも優しくしてくれるんだから」「確かにな。俺にはあんな顔、見せてくれたことはなかったよ」「なになに大地、嫉妬?」「90歳越えの人相手に、嫉妬も糞もねえだろ」「ふふっ、そうなんだ」「ちなみに海、忙しいのは明日で終わりじゃないからな。明後日からは正月準備があるし、年が明けたら青空姉〈そらねえ〉の結婚式もある」「22日だったよね。青空〈そら〉さんの誕生日の3日後」「その後だって、新婚旅行で3日店を任されてるんだ。しばらくゆっくり出来ないぞ」「分かってる、分かってるって。でもとにかく、今日は疲れたー」 両手を伸ばし、思いきり伸びをする。「大地はどう? 疲れてない?」「いつものことだからな」「そうなんだ。やっぱ大地、男の子なんだね」 そう言って微笑むと、大地は照れくさそうに顔を背けた。  * * * 海に告白されてから、数日が過ぎていた。 あれ以来、海はその話をしてこない。ただ、明らかに態度が変わっていた。 笑顔が多くなった。それも自然な笑顔だ。 青空〈そら〉はそのことを、裕司〈ゆうじ〉の呪縛から解放されたからだと言った。「呪縛って……青空姉〈そらねえ〉、裕司を悪霊みたいに言ってやるなよ」「実際そうなんじゃない? 彼のおか
last updateLast Updated : 2025-05-07
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