Tous les chapitres de : Chapitre 11 - Chapitre 20

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第11話

彼は震える手で一枚ずつ写真をめくっていった。どの写真にも、自分の顔がはっきりと写っていて――否定のしようがなかった。すべての写真を取り除いたその下には、今まで隠れていた五文字が、ついにその姿を現した。――離婚協議書。離婚?その二文字を見た瞬間、誠士の脳内は完全に真っ白になった。ただ一つ、確かにわかることがある。離婚なんて――絶対に嫌だ。ゆいがいないなんて――考えられない。自分は、離婚に同意なんて――していない!誠士は二階中を探し回った。でも、ゆいの姿はどこにもなかった。それだけじゃない。部屋には彼女の荷物が、すべて跡形もなく消えていた。ふたりの思い出を詰め込んだものも、何ひとつ残っていなかった。心に広がっていく不安が、どんどん膨らんでいく。彼は慌てて階下へ降り、執事の元へ向かって叫んだ。「全員を集めろ、今すぐだ」必死に感情を押し殺しながら、一人一人に問いただしていく。「誰か……今日の午後、ゆいがどこへ行ったか、見てないか?」呼び出された使用人たちは顔を見合わせ、しばらく黙り込んだあと、互いの目を探るように視線を交わした。でも、誰ひとりとして見ていなかった。いや、それどころか――彼女がこの家を出たことすら気づいていなかった。その無関心な態度に、彼の怒りは一気に爆発する。「出てけ……!全員、今すぐ消えろ!!」怒声が響き渡った瞬間、使用人たちは我先にと姿を消し、あっという間にリビングには彼ひとりだけが残された。怒りで理性は焼き尽くされ、頭の中は「ゆいを見つけなきゃ」その一点だけ。だけど、焦りすぎていた。スマホを取り出そうとした手は震えていて、まともに握ることすらできない。何度も落としかけ、そのたびにぐっと歯を食いしばった。ゆいの番号を手に入れたその日から、彼女の連絡先はずっと一番上にピン留めされていた。だから今も、動揺で手元がおぼつかない中でも、誠士は迷わずその番号に指を滑らせた。……だが、長い呼び出し音の末に返ってきたのは、ゆいの声ではなかった。「ただいま電話に出ることができません」機械的なアナウンスに、一瞬彼は固まった。信じたくなくて、慌てて切ってもう一度かけ直す。けれど――またも同じ音声が返ってくる。――まさか、ブロックされた?その可能
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第12話

誠士はソファへと崩れるように腰を下ろした。その瞳は茫然と虚ろで、どこを見ているのかもわからなかった。だが、不思議なことに――そんな彼の脳裏に、ふと浮かんできたのは、ゆいが最初に異変を見せた日のことだった。あの日、赤く涙で滲んだ目で、彼女はじっと自分を見上げてこう言った。「ねえ、誠士……結婚した日のこと、覚えてる?」「覚えてないの?私、あの時こう言ったよね。あなたの一番熱い愛で、私の心をこじ開けた。もし、いつか愛が冷めたら……ちゃんと言ってくれればいい。私は縋らない。でも、もしあなたが――私を騙したら……私は消える。二度とあなたの前に現れない」――そうか。あのとき、すでに彼女はすべてを見抜いていたんだ。離れる準備を、もうその時から始めてたんだ。言葉は……全部、嘘じゃなかったんだ。でも――誠士は顔を覆いながら叫ぶように心の中で訴える。違うんだ、ゆい。オレは、君を愛してなかったわけじゃない。ただ、ほんの少しだけ、気持ちが他に揺れただけで――でも、ずっとずっと、君だけがオレの一番だったんだ!「……なんで、そんなに……冷たいこと、できるんだよ……ゆい……」指の隙間から、抑えきれない嗚咽が漏れた。リビングの奥、遠くから見守る使用人たちは、誠士が立ったり座ったり、怒りに震えたり、突然泣き出したりする様子を、ただ言葉もなく見つめていた。この屋敷に長く勤める一人の使用人が、静かに首を振った。彼女にとっても、こんなにも感情を露わにする誠士を見るのは初めてだった。しかし、何も言えなかった。ただ、他の使用人たちをそっとその場から下がらせ、彼だけの空間を静かに残した。悲しみに押し潰されかけていた感情が、ようやく落ち着きを取り戻すと、誠士は無言のまま立ち上がった。ドアを開け、車に乗り込むまで――一切の迷いはなかった。そして約二十分後――すみれの住むマンションのドアがノックされた。不機嫌そうにソファから立ち上がったすみれは、ドアを開けた瞬間、そこに立つ男の姿に一瞬たじろいだ。――真っ赤に血走った目。冷たい空気を纏ったまま立っている誠士に、思わず息を飲む。けれど、その驚きもすぐに甘えた声とともにかき消された。「誠士、今日は奥さんと一緒じゃなかったの?……どうして、こっ
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第13話

「誠士……わたし……」すみれは口を開いた。その声には、不安と迷い、そして嘘をついている自覚がにじんでいた。「その写真……わたしもよくわからなくて……」視線は宙を彷徨い、決して誠士の目を正面から見ようとはしない。彼が馬鹿じゃないことは、彼女が一番よく知っていた。しかも――誠士はここへ来る前から、もう答えを出していた。すみれの否定など、ただの言い逃れにしか聞こえなかった。「すみれ。オレが今まで何て言ってきた?」ソファの背に軽くもたれながら、彼は冷ややかな目で彼女を見下ろす。その目には、明確な怒りと――警告が宿っていた。「欲しいものは何でもくれてやる。だが一つだけ、絶対に越えてはいけない線がある。ゆいの前だけは、絶対に荒らすなって」その言葉を聞いた瞬間、すみれの心に冷たいものが走る。認めることはできなかった。けれど、彼の目がすべてを物語っていた。もはや言い逃れは通用しない。考える間もなく、すみれは膝をついた。「誠士……ごめんなさい……わたし、ただ……あなたのことが……好きすぎて……だから、ほんの一瞬、間違えただけなの……お願い、許して……ね?これからは、ちゃんとするから、ほんとに……!」目には涙が溢れ、頬を伝ってこぼれていく。その姿は哀れで、痛々しくさえあるほどに「演じて」いた。けれど――彼の目は、一層冷たくなった。黙ったまま、誠士は身を乗り出し、彼女の顎を掴む。指先にわずかに力が入り、彼女の白い頬に赤い痕を刻む。その痛みすら、彼女をさらに儚げに見せていた。――だけど、それでも。「もう一度、チャンスを?――笑わせんな」その声は、まるで刃のように鋭かった。もし、すみれが余計なことをしなければ。もし、ゆいの前に現れなければ。ゆいが、今みたいにいなくなることはなかった。誠士は彼女に何でも与えるつもりだった。でも――ゆいは誰が戻してくれる?その問いに答える者は、いない。口元にうっすらと笑みを浮かべながら、彼はふいに携帯を取り出して通話を始めた。「明日の午前、人流手術を一件予約してくれ。できるだけ早く頼む」電話が終わると、再び視線をすみれへと戻す。その瞬間――彼女の瞳は恐怖で染まっていた。「いやっ……だめ……誠士……この子は、私
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第14話

納得できなかった。 ――わたし、あの女の何が劣ってるっていうの? 顔も、スタイルも、少なくとも自分は彼女に劣ってるとは思っていない。 それどころか、身体の相性に関しては――自信さえある。 なのにどうして――彼は最後の最後で、またあの女を選ぶの? どうしても理解できなかった。 でも、誠士は彼女にそんな余裕すら与えなかった。 壁にかけられた時計をちらりと見る。時刻は、もうすぐ朝の七時を回ろうとしていた。 ――母子って、やっぱり繋がってるのかな。 ふと、そう思った。 すみれは自分のふくらんだお腹にそっと手を添える。 心の奥で、微かな声が聞こえた気がした。 ――ママ、やだよ……ぼく、生まれたいよ……助けて…… その幻聴にも似た声が、胸を締めつける。 すみれはきゅっと唇を噛みしめたあと、固く閉ざされた玄関を見つめる。 ほんの数秒だけ躊躇したが、やがて意を決したように立ち上がった。 服を数着スーツケースに詰め、アクセサリーや金目の物もまとめて放り込む。 そして――以前、誠士から渡されていたクレジットカードを手に取り、口座からまとまった金を引き出した。 ――ここにいたら、誠士に病院へ連れて行かれる。 そんなの、絶対に嫌だ。 だから逃げる。 この子を無事に産むまでは――絶対に誰にも渡さない。 産んでしまえば、さすがに誠士だって手は出せない。 そのとき初めて、彼の前に姿を見せてやる――そう思っていた。 だが、すみれは甘かった。 誠士にとって、彼女の動きを掴むのは朝飯前だった。 彼女が急に大金を引き出した瞬間――誠士は察した。 「逃げるつもりだ」と。 すぐに彼女のカードの利用履歴を調べさせ、 案の定、早朝に国外行きの航空券を購入していたことが判明した。 誠士は即座に部下を空港へ向かわせた。 ――そして、空港。 搭乗ゲートへと向かう直前のすみれの前に、数人の男が現れた。 「お荷物に問題がありまして、少々確認させていただきます」 最初はそんな穏やかな口調だった。 彼女は渋々従い、一緒に預け荷物の場所へ向かう――はずだった。 だが、歩いている途中で気づく。 ――これ、囲まれてる? 気がついたときには遅かった。 彼女は人混みの中から引き離さ
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第15話

麻酔の量は、かなり多めに投与された。再び暴れ出すのを防ぐため――それだけの理由で。意識が、じわじわと薄れていく。白く眩しい手術室の照明と天井がぼんやりと重なっていく。目を閉じたはずなのに、その光はまるで瞼を貫くように痛くて、その痛みが涙となって、ぽろぽろとこぼれ落ちた。――朝倉誠士。あの人は、本当に……非情だった。わたしが間違ってた。あんなに愛してしまったのが間違いだった。あの人の優しさに甘えて、何もかも欲しがった自分が、愚かだった。――あの人のそばに来たことが、何よりの間違いだった。そんな後悔の念が胸に満ちる中、意識はとうとう暗闇へと沈んでいった。どれくらい時間が経ったのかはわからない。目を覚ましたとき、すでに彼女は手術室の外へと運び出されていた。薄暗い病室。そこには、彼女ひとりきり。まるで――誰からも、忘れ去られたかのようだった。しばらくして、医師と看護師が部屋に入ってきた。診察と簡単な問診、そして薬の処置。すみれは従順に答え、頷き、手術室で暴れた時の様子など微塵も感じさせなかった。だが――帰ろうとする看護師が、ふと足を止める。思い出したように、彼女の方へ振り返った。「そういえば……朝倉様が立て替えた医療費、今日までで期限切れになります。明日からは支払いがない限り、VIP病棟のご利用は難しくなります。その場合、一般病棟に移っていただくことになりますので……」すみれはわずかに口元を動かした。「……じゃあ、普通の病棟でいいです」ぽつりと漏れたその言葉には、諦めと虚しさが滲んでいた。白く色を失った頬に浮かぶ微笑みは、あまりに儚かった。……――メルボルン。祝ゆいは飛行機を降りたあと、すぐに定住する場所を決めはしなかった。手元にはまだ十分な貯金がある。ただし――使っているカードは、かつて誠士と共に生活していた頃のままだ。そのため、万が一にも居場所を突き止められるのを避けるべく、彼女は当面、国内で両替しておいた現金だけを使うことに決めていた。タクシーを拾い、ホテルを予約してチェックイン。時間はまだ早かったが、長時間のフライトで身体は重い。まずはホテルに戻って少し休み、今後のために周辺を散策するつもりだった。す
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第16話

誠士には信じられなかった。人が突然、何の痕跡もなくこの世から消えるなんて――あるわけがない。たとえゆいが戸籍を抹消していたとしても、生きている限り、どこかに必ず痕跡は残る。A市で見つからなければ、全国を、国内で見つからなければ、今度は国外まで。彼女は「いなくなった」わけじゃない。ただ、「見えなくなった」だけだ――そう信じて疑わなかった。いくら探すのが大変でも、たとえ海の中から一本の針を探すようなものだとしても、彼は必ず彼女を見つけ出すと心に決めていた。彼女の性格を知っているからこそ、誠士は推測できた。彼女が完全に姿を消すという決断をした以上、おそらく国内に留まることはないはず。あの時、すみれが逃げようとした時も、最初に向かったのは国外だった。だから、彼はA市から国外へ出国した人のリストを片っ端から洗った。時間さえかければ、きっと見つかる。そして半月後――ついに、彼は彼女の名前で購入された航空券と、以前の彼女の名義で登録されていたカードの資金移動を追跡することで、ゆいの今いる場所を特定した。その日のうちに誠士はチケットを購入し、十数時間に及ぶフライトの末、オーストラリア・メルボルンに降り立った。だが、ようやく辿り着いた彼女が滞在していたというホテルで、彼を待っていたのは無情な事実だった。――彼女は、誠士が到着するたった二時間前にチェックアウトしていたのだ。「彼女がどこへ行ったか、わかりますか?」そう尋ねながら、誠士は自分がどれほど愚かな質問をしたのかに気づいた。チェックアウトを済ませた後の顧客の行き先など、ホテルのスタッフが知るはずもない。案の定、フロントスタッフは困ったように首を横に振った。「申し訳ありません、お客様のプライバシーにはお答えできません」やっとのことで見つけた手がかりが、またもや目の前で断ち切られていく。胸の奥から悔しさがこみ上げた。もし、あと少し早ければ……間に合ったかもしれないのに。けれども、いまや完全に手がかりは途絶えた。これからどうやって探せばいい?それでも諦めきれず、誠士は同じホテルにチェックインし、周辺を散策する日々を送った。そうして何度も足を運んだ末、彼はようやく、いくつかの情報を掴んだ。――彼女は、今も以前と同じ名前を使っているらしい。――そして、彼女はここ
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第17話

彼は――確かに聞いていた。でもすぐには動けなかった。心のどこかで、怖くなってしまったのだ。これまで必死に積み重ねてきた努力も、ようやく彼女の居場所を突き止めたその先で、もしも――彼女がもう二度と、自分を許してくれなかったら?そんな結末が待っているなら、これまでのすべてが無駄になってしまう。そんな思いが、彼の足をすくませた。意外だったのは、ゆいがY国語を独学していたこと。けれど思い返してみれば、心当たりはあった。彼の友人たちは、ゆいの前で何度もY国語を使っていた。そのたびに誠士は、「Y国に長くいたからつい癖で」と、軽く説明して済ませていた。当時、彼女はその場で唯一言葉の通じない存在になっていた。彼女は言っていた。「私もY国語、覚えようかな。あなたの世界に、もっと入り込みたいの」でも、そのときの彼は――なんて答えた?「そんなの覚えなくていい。みんなと話が合わなくたって、オレたちがいればそれでいい」それだけ言って、彼女の気持ちにきちんと向き合おうともしなかった。まさか、本当に――彼女がこっそり、必死に勉強していたなんて。彼女がどれほど、彼の世界に溶け込みたかったのか。どれほど、自分を理解したかったのか。誠士は、自分が彼女から受け取っていた愛の大きさを、あまりにも軽く見ていた。同時に、自分が与えていたつもりの愛が、どれほど浅はかだったのかも思い知った。いまの彼は、もうすみれとは完全に縁を切っている。だから、あとは――彼女が、ゆいが、まだ自分を許してくれる可能性が残っているのかどうか。それが、彼にはわからなかった。迷いと不安に押しつぶされそうになっていたその時、彼のスマホが突然鳴り出した。画面に表示されたのは、秘書の名前。通話ボタンを押すと、向こうから控えめな声が聞こえてきた。「社長、朝倉家の方々が来られています。これ以上は引き止められません……」ふぅっと深く息を吐き、彼はやっと、少しだけ現実に引き戻された。いつまでもこうしていられない。誠士には、まだやるべきことがある。朝倉グループとMYグループ――その二つは今も彼の手の中にある。たとえ朝倉グループを手放すとしても、MYグループは違う。あれは、彼がどうしても背を向けられないものだった。――あの会
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第18話

世界を巡る旅って、本当に大変。時間も、お金も、体力も、全部削られる。それでも、ゆいは足を止めなかった。できるだけ早く、できるだけ多くの場所を巡るように努めた。そうして――彼女がすべての行きたかった場所を巡り終え、最後に戻ってきたのは、思い出の街・メルボルンだった。それはもう、あの日からちょうど二年が経っていた。旅の途中で、彼女は一人の男性と出会った。名は――テオドール。どこか物静かで、けれど温かな雰囲気を持つ青年だった。言葉を交わすうちに意気投合し、目的地が同じだと知ると、自然と「同行者」となった。だが、メルボルンに降り立って間もなく、思わぬ人物が二人の前に現れた。――誠士だった。あの日、ゆいが最初の送金を突き返して以降、誠士はそれでも定期的にお金を送り続けた。まるで、それだけが彼女とのつながりの証であるかのように。最初こそ、ゆいは面倒くさそうに返金していた。けれど、そのうち煩わしくなり、送られてきたお金はそのまま受け取るようになった。「どうせ、勝手に送ってきたものだし。もらえるなら、もらっとくか」そんな彼女の態度が、誠士に一つの「誤解」を与えた。――もしかしたら、ゆいはもうそこまで怒っていないのかもしれない。――もしかしたら、あの頃のように……少しは自分を思い出してくれているのかも。そして、彼女の旅路をたどっていく中で、誠士は直感した。「きっと、最後はまたメルボルンに戻ってくる」その予感を信じ、先回りするようにメルボルンにやってきた。……そして。彼の予感は、的中した。ただし、ひとつだけ想定外のことがあった。彼女の隣には――もう一人、別の男がいた。鼻筋の通った彫刻のような横顔。透き通るような薄い瞳。背が高く、洗練された佇まいのその男は、異国の風を纏っていて、誠士よりもずっと華やかだった。しかも、不思議と、ゆいの隣にいるその姿はとても自然で――完璧に「似合って」いた。二年。それだけの時間が経って、ようやく会えた。夢に見るほど願っていた再会だった。それなのに、目の前の彼女は、知らない男と共にいた。誠士の目の端に、じんわりと涙が滲んだ。彼女の隣にいる男を見ないように、見ないようにと必死に意識を逸らしながら、震える声で名前を呼んだ。
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第19話

二人の言い合いの中で、少しでもゆいの表情に不安が滲んだなら――テオドールは、何も言わず彼女の手を引き、すぐにその場から連れ去っていただろう。彼にとって、目の前の男――ゆいの過去に関わった誰かの言葉なんて、どうでもよかった。「……ゆい。どうか、今回だけは許してくれないか?」誠士の声は、かつてないほど必死だった。「オレ、本当に反省してる。絶対にもう同じことはしない。すみれとは、もう完全に関係を切った。会社からも追い出した。だから……もう怒らないで。お願いだ。家に帰ろう、一緒に――」その一言一言は、きっと彼なりの精一杯だった。知らない人が見たら、きっと「そんなに後悔してるなら許してあげたら」と言うかもしれない。――でも、テオドールだけは違った。言葉こそ全部は理解できなかったけれど、「離婚していない」「許してほしい」「一緒に帰ろう」――そんなキーワードが、彼の耳にもはっきりと届いていた。そして、瞬時に状況を把握した。目の前で「涙を浮かべて懺悔している」男の正体。――浮気しておいて、今さら許しを乞う、典型的なクズ。テオドールは冷ややかな目を誠士に向け、鼻で笑った。「……」そして、露骨に白い目を向けた。誠士もその視線に気づき、顔を歪めた。だが、いま最優先すべきはゆいの気持ちを取り戻すこと。目の前の「第三者」なんて、どうでもいい。だから彼は、テオドールの反応にはもう反応しなかった。けれど――その期待も、すぐに打ち砕かれる。目の前の彼女は、何の感情も見せなかった。懐かしさも、怒りも、悲しみも、愛しさも。ただ、ひとつの冷たい言葉を返した。「あなたが誰と一緒にいようと、私にはもう関係ないわ」その声には、一片の迷いもなかった。「私はもう、この国でのすべての身分情報を消したの。だから――あなたが離婚届にサインしてようがしてなかろうが、私たちはもう『何の関係もない』の」彼女の宣言は、まるでナイフのように鋭く、誠士の胸をえぐった。二人の間に流れる、取り返しのつかない距離。その現実が、ついに彼を飲み込もうとしていた。「……それから、藤崎さんのことだけど」彼女の声は冷え切っていた。「あなたと彼女のことも、私にはもう何の関係もないの」その言葉を残し、ゆいはテオドールの手
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第20話

誠士の顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。ゆいの言葉が一つ、また一つと突き刺さるたびに、彼の表情はますます蒼白になっていく。首を横に振ることしかできなかった。「違うんだ……違う……」そう口を動かしていたが、言葉にならない。そんな彼の姿を見て、ゆいはふっと鼻で笑った。「何?まだ『愛してる』なんて言うつもり?――他の女と子どもを作りながら、私を『愛してる』って?……だったら、あんたの『愛』って、どれだけ安いんだろうね」その言葉が落ちた瞬間――誠士の顔からは完全に血色が消え、唯一赤く染まっていたのは、涙を湛えた目だけだった。「……ちがう、ちがうんだ……」かすれた声で、必死に言葉を紡いだ。「オレ、あいつに子どもなんか産ませてない……病院に連れて行って……堕ろさせたんだ……そのあと、本当に連絡もしてない。もう一切、関係ない。だから――だからお願いだ、ゆい……信じて……」だが、ゆいの答えは冷たく、はっきりしていた。首を小さく横に振りながら、目には深い嫌悪の色が宿っていた。「……信じるわよ。あなたが本当にあの子を堕ろさせたことも、その後二度と連絡を取らなかったことも。でもね、誠士。そういうあなたが――いちばん、人をうんざりさせるのよ。全部の始まりは、あなたが既婚者であるにも関わらず、他の女に手を出したことからだった。誰よりも先に壊したのは、あなた自身なの。家庭も、信頼も、相手の未来も。そして、自分のしたことに気づいて、騒ぎになってから――ようやく手のひらを返す。被害者を「処理」して、「もう終わった」って顔をして――全部、なかったことにするの。私はね、あなたの番号をブロックした。でも、彼女の連絡先は、ずっと残してたの。だから知ってるの。彼女がどうなったか。『誠士に見限られた女』ってレッテルを貼られ、会社を追い出され、『心が汚い女は二度と雇わない』って、公の場で言い放たれて。子どもを失って、仕事もなくなって、上流社会からも見捨てられた彼女が、どんな目にあったか。笑われて、蔑まれて、追い出されて……産後の身体で、街に放り出された彼女が、どうやって生きたか知ってる?精神を病んで、今じゃ正気を保てるのも『たまに』だけなんだよ。……ねえ、誠士。あなた、すごいよね。冷たく
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