LOGIN「本当にすべての個人情報を抹消してよろしいですか?処理が完了すれば、あなたはこの世界から完全に消え、記録からも存在が消えます」
View More彼女は手早く残りの家電を所定の場所に設置し終えると、にっこり微笑んで、さっき開けたばかりの椅子を引き寄せ、テオドールの隣に腰を下ろした。彼女が加わったことで、開封作業のペースが一気にアップ。気づけば、最後の一つまであっという間に終わっていた。ゆいはぐーっと背伸びをして、大きく伸びをしながら、くるりと彼に視線を向け、柔らかく微笑んだ。「テオドール、本当にありがとう。あなたがいなかったら、今日は絶対こんなにスムーズに終わらなかったよ」そのお礼の言葉はとても丁寧だったけれど、不思議と距離は感じさせなかった。テオドールは涼しい顔を装っていたけれど、耳の先がほんのり赤く染まっているのを、彼女はしっかり見逃さなかった。その赤みは、白い肌にくっきり浮かんでいて、思わずゆいは首をかしげた。「……暑い?窓、開ける?」最初は疲れて熱がこもったのかなと思ったけど――彼の耳が彼女の声に反応するようにさらに赤くなったのを見て、ゆいの胸がドクンと跳ねた。彼が一歩、こちらへ足を踏み出そうとしたその瞬間、彼女はハッと我に返り、バタバタと立ち上がってキッチンへと逃げ込んだ。「そ、そうだっ、ね、ねぇ、お腹空いてない?ほら、今日いろいろ食材も買ったし、前に私の国の料理が好きって言ってたよね?今日は腕ふるっちゃう!」明らかに話をそらしてる。でも、その気持ちには気づいたけれど、テオドールはそれを追求しようとはしなかった。ほんの少しだけ残念そうな顔をしたけど、すぐに彼女の話に乗ってあげた。「うん、たしかにお腹空いたかも。さっきからずっと動きっぱなしだったし……手伝おうか?」ゆいも、彼がそばに来るのを拒むことはしなかった。だけど、同じ空間にいるというだけで、なんだかそわそわしてしまい、手元がやたらと落ち着かない。小さいころからずっと料理をしてきたはずなのに――今日に限って、やけに不器用。包丁の使い方もぎこちなく、何度か手を切りそうになってしまった。それを見かねたテオドールが、彼女の手からそっと食材を受け取り、苦笑混じりに言った。「僕がやるよ」そして、夕食が一段落すると、今度は彼がキッチンに残ろうとするのを、ゆいが強引に押し出した。その勢いに、彼は両手を上げて降参のポーズ。「はいはい、わかったよ」と一歩後ずさって、彼女にキッチ
スーパーでの戦利品を抱えて、ゆいとテオドールは無事に帰宅した。あの大きな買い物袋も、結局最後まで彼が持ってくれた。支払った金額こそなかなかだったけど、身体的には彼女が一番ラクをしていたことは間違いない。ちょうどいいタイミングで帰り着き、ゆいが買ってきた食料品を冷蔵庫に詰め終えたそのとき――ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。ゆいが「出なきゃ」と思った瞬間には、テオドールがすっと足を伸ばして、すでにドアの前に立っていた。開けると、ちょうど予約していた宅配便が届いたところだった。家具や家電が次々とリビングに運び込まれていき、あっという間に部屋が荷物でいっぱいに。「わぁ……今日の収穫、すごいかも」そんなリビングを見渡して、ゆいは思わずつぶやいた。こんなに一気に買い物をしたのは初めてだったけれど、並べられた箱やアイテムは、どれも生活を彩る新しい一歩みたいで、不思議と胸が躍った。でも――その「楽しさ」も束の間。箱の山を見た瞬間、現実に引き戻された。そう、全部開けなきゃいけないし、組み立てなきゃいけないし、出た大量のゴミだって処理しなきゃいけない。はぁ……思わずため息が漏れた。「どうしたの?ため息なんてついて。なにか困ったことでも?」テオドールが、不思議そうに金色の瞳をぱちくり。声に混じるわずかな心配が、彼の優しさをにじませていた。その一言が、まさにタイミング良く、ゆいの心に灯をともした。ぱちぱちとまつ毛を揺らしながら、うるうるした瞳で彼を見上げる。――その一瞬。テオドールの胸が、ドクンと跳ねた。――ヤバい……なんでこんなに可愛いんだ、この子……まるで動くお人形みたいに、愛らしさが溢れ出していて、彼は一瞬、本気で魂を持っていかれそうになった。「え、えっと……なにか、お願いでもあるの?」照れ隠しにちょっと首を傾げながらそう尋ねた彼に、ゆいはこくりと頷いた。スーパーでのやり取りもあって、彼女の中でほんの少し、距離の壁が溶けはじめていたのだ。「テオドール……お願いがあるんだけど」そっと口を開くと、彼は何も聞かずに即座に答えた。「もちろん。なんでも言って!」その返事に、ゆいは嬉しいような、でもちょっとだけ申し訳ないような顔を浮かべた。そして、部屋の奥に積み上げられたダ
メルボルン。 ゆいは、テオドールの紹介で、彼の隣にある小さなマンションを購入した。 広さはさほどではなかったけれど、一人で住むにはちょうどいい。とはいえ、まだ引っ越したばかりで、足りないものが山ほどあった。 ちょうど近所には大型のスーパーがあって、テオドールの案内で一緒に買い出しに行くことにした。 そのスーパーはとにかく品揃えが豊富で、生活に必要なものは何でも揃っていた。わざわざあちこち回らなくても済むのが嬉しい。とはいえ、つい買いすぎてしまい、荷物の量にゆいは少し困ってしまった。 「心配しなくてもいいよ。このスーパーには1時間以内の宅配サービスがあるんだ。少しだけ配送料がかかるけどね」 眉をひそめる彼女の表情に、テオドールは思わず微笑んで、そう説明した。 その声に、ゆいはふいに彼を振り返る。むっとしたように頬を膨らませて睨むその姿が―― ――かわいすぎる…… テオドールの頭の中には、その言葉しか浮かばなかった。 あまりにまっすぐな視線に気づいたゆいは、顔を少し赤くして、軽く咳払いを一つ。 「……ちょっと、行ってくるね」 そう言って足早にスタッフのもとへと向かい、宅配サービスの手配について相談を始めた。 配達してもらうのは、主に家具や家電。細かいことまできちんと話をつけてから、彼女はテオドールに「ちょっと食品売り場行ってくるね」とだけ告げて、再びカートを押して歩き出した。 引っ越したばかりで冷蔵庫の中はほぼ空っぽ。まだ新しい生活には慣れていない。しかも、今回の家探しから購入まで、テオドール一家には本当にたくさん助けてもらった。それに少しでもお礼がしたいと、彼女は思っていた。 店内をあちこち見て回りながら、目に入ったものをどんどんカートに入れていく。野菜、肉、スナック、果物、ジュース――気づけば、テオドールが押しているカートはすっかり山盛り。 重たいものばかりで、さすがにカートがあっても力が要る。特にコーナーを曲がる時には、かなり苦戦していた。 ゆいが振り返ると、そこには重そうなカートを押すテオドールの姿があった。 ――えっ、いつの間に?? どうやら、自分のカートが彼の手に渡っていたことにまったく気づかなかったらしい。 「わ、ごめん!また手間かけさせちゃって……」 顔を赤らめながら謝る
その夜、誠士はすぐに帰国し、A市に戻ってきた。そしてナビを頼りに車を走らせ、今のすみれがいる療養院を訪れた。 着いた瞬間、誠士の第一印象は――「古くて、汚くて、うるさい」。 高級ブランドのスーツを身にまとった誠士が足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が一斉に彼に注がれた。 無理もない。ここにいる誰よりも、彼はあまりに場違いだった。 この療養院に来るような人は、たいていお金もなく、家族に面倒を見てもらえず、自分の生活すらままならない。だからこそ、こうした場所に送られてくるのだ。 でも彼は、見た目からしてまるで別世界の人間だった。 彼が札を数枚ひらりと差し出すだけで、看護師たちは途端に媚びへつらい始める。「どなたに会いに来たんですか?」と訊かれ、「中は汚いから、面会なら呼び出しますよ」と勝手に提案された。 「藤崎すみれに会わせてくれ」 冷たくそう告げ、彼は彼女らの申し出をばっさり断って、無言のまま中へ進んでいく。 その名前を聞いた瞬間、担当の看護師が小走りで前に出てきた。彼女は鋭い目で誠士の表情をじっと見つめ、その態度から彼がすみれにどんな感情を抱いているのかを探ろうとしていた。 なにせ、すみれという女もただ者ではなかった。かつては金持ちの愛人で、妊娠をきっかけに本妻を追い出そうとしたが、結局その男の怒りを買い、ここに押し込まれたらしい。 目の前の男――その顔立ちと雰囲気は、まさにその「金主」に見えた。 でも、もし本当にただ彼女の落ちぶれた姿を見たいだけなら、こんなところまでわざわざ来る必要なんてないはずだ。 看護師は前を歩きながら、こっそり口元をゆがめた。 ――やっぱり、金持ちの考えることなんて、私たちには理解できない。 彼もきっと、ろくでもない奴なんだろう。 もし本当にすみれを愛していたのなら、なぜあれほどまでに追い詰められるのか。 だが愛していないと言うには、妊娠させ、正妻まで家を出させた現実がある。 矛盾だらけの行動。 それでも、彼は何ひとつ間違っていないような顔をしている。 その男の心なんてどうせ理解できるはずがない――そう割り切った看護師は、もう何も考えず、すぐに彼をすみれの病室前まで案内した。 「藤崎さんはこちらです。窓際のベッドですよ」 そう言いながら、彼女はお世辞たっぷり