「お父さん、お母さん。今度こそ、私は本当に翔真を手放したの。昔の彼は、確かに私を愛してくれた。でも今の彼は、もうあの頃の彼じゃない。もう、私たちは戻れないの」そう言って、枝里は穏やかに微笑み、続けた。「淳哉は、本当に素晴らしい人。あの時、彼を選ばなかったのは私の過ち。今度こそ、恩返しなんかじゃなくて、自分の気持ちとして、ちゃんと彼を愛したい。お父さんとお母さん、どうか安心して」その瞬間、枝里の両親は長いあいだ堪えてきた感情を、とうとう爆発させた。「枝里、あんな男にそこまでされたのに、よく我慢したよ。別れて正解だった!あの時、結婚の申し出を受けた時に、あいつはどれだけのことを約束したと思ってる?今、それを一つでも守ったか?」「そうよ、あなたはね、お父さんとお母さんが、両手で包み込むようにして、大事に育ててきたたったひとりの宝物なんだから、どうしてこんな目にあわなきゃいけないの?腕の傷……まだ痛む?」枝里の母は娘の腕へそっと手を伸ばし、その傷を見ようとした。枝里は穏やかに笑い、袖をまくって母に見せた。「今はもう、少し跡が残ってるだけで、全然痛くないの。だから大丈夫」枝里の母はその痕に指先でそっと触れ、目に涙を浮かべた。大切に育てた娘を守るどころか、他人に傷つけさせるなんて——翔真への怒りと、かつての自分たちの判断への後悔が胸を満たした。「もう大丈夫。枝里、お父さんとお母さんがついてる限り、たとえ相手が淳哉でも、絶対にあなたを傷つけさせない。命を懸けてでも、あなたを守るよ」「うん、お父さん、お母さん。私も、二人を守るから」枝里は涙を拭いながら、微笑んだ。しばらくして彼女は病室のドアを開け、淳哉とその両親を中へ招き入れた。病室は一気にあたたかさに満ち、笑顔が満ちあふれた。ただ一人、密室に閉じ込められた翔真を除いては。「手放した」枝里がそう口にした、その一言。それは、淳哉のどんな皮肉や挑発よりも鋭く、翔真の胸を貫いた。ただその言葉だけで、彼の涙腺は崩壊した。彼の視界は滲み、脳裏には過去の記憶が走馬灯のように浮かび上がっていく。彼女との出会いは、ごく普通の午後だった。木漏れ日が差し込む中、群衆の中でひときわ輝く彼女。その姿に、目を奪われた。心臓の鼓動が聞こえた。「恋に落ちた」と確信した。
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