Alle Kapitel von 春風も、君も、二度と戻らない: Kapitel 11 – Kapitel 20

26 Kapitel

第11話

美羽は完全に酔っていた。誰が誰なのかもわからず、ただひたすら、翔真の後を追い続けていた。どこに行こうと、彼の裾をしっかりと握り、決して手を離そうとしない。翔真は眉間にしわを寄せ、彼女を無理やり席に押し込んだ。「いい加減にしろ。ここに座っていろ。もうついてくるな。今日は俺の結婚式だ、台無しにするな」その声には冷たく鋭い威圧が込められていた。だが、美羽は怯えるどころか、ふらふらと彼の胸元に抱きつく。「翔真さん、離れたくないの……怖いよ……みんなが私をいじめるの……」ぽろぽろと涙をこぼしながら訴えるが、翔真は冷たくその手を振り払った。「何度言わせる。もう我慢しろ。俺は今日——結婚するんだ」容赦なく彼女を突き放し、アシスタントに見張るよう命じると、そのまま壇上へと向かった。マイクを手にし、来賓の前に立つ。「本日は予期せぬ事情により、開始が一時間遅れました。ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。ですが、必ずや記憶に残る挙式となることをお約束します。それでは、予定通り式を執り行います」だが、返ってきたのは拍手ではなく、張りつめた沈黙だった。会場全体が凍りつき、司会者すら言葉を失う。翔真の両親を交互に見やりながら、おそるおそる声を発した。「あの……本日の挙式、新婦様のご登場は……?」その一言が落ちた瞬間、空気が一変した。翔真の眉がぴくりと動き、視線が鋭く司会者を射抜く。「今、なんと言った?」その声は氷の刃のように冷たく、場の空気を一瞬で凍らせた。司会者は震えながら、再び言葉を紡ぐ。「新婦様が、まだ……到着されていないと……」「新婦が、来ていない?」翔真の視界が揺らぎ、頭が真っ白になる。否応なく突きつけられた現実に、彼はなおも必死に抗う。「そんなはずない、枝里は……きっと道中で何かあったんだ。事故かもしれない……迎えは?ちゃんと行ったのか?」焦りと混乱に支配され、声が震え始める。そのとき、スタッフの一人が勇気を振り絞って口を開いた。「高峯様、迎えの車は確かに出発しました。ただ、現地では新婦様にお会いできず……高峯様が式の時間をずらすとおっしゃっていたので、ご一緒に来られるものと思って……」その言葉の続きを、誰も必要としていなかった。誰の目にも明らかだ
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第12話

翔真は、目の前に広がる現実をどうしても受け入れることができなかった。作り笑いを浮かべたまま、まるで彼女が隠れているかのように、家の中に向かって呼びかける。「枝里、家にいるんだろ?冗談はもうやめて出てきてくれよ。今日は俺たちの結婚式だぞ。ずっとこの日を楽しみにしてたじゃないか……」必死で笑みを保ちながら、彼はリビング、寝室、浴室、庭……屋敷の隅々まで探し尽くした。まるで、愛する人の痕跡を一片でも見つけようとするかのように。「枝里、枝里……」何度も、何度も名前を呼んだ。今にも「ごめんね」と言って、笑いながら姿を現してくれると信じて——だが、どれだけ呼び続けても、嗄れた喉に返る声はなかった。やがて彼は力尽きたようにソファへと崩れ落ち、放心したままうなだれた。「枝里……もう俺のこと、いらないのか?今日は俺たちの、特別な日なのに。どうして……どうして俺を置いていくんだよ」傍らでは、スマートフォンがけたたましく鳴り続けていた。だが、彼はまるでそれを「雑音」としてしか認識していなかった。枝里からでなければ、意味はない。彼は着信履歴を片っ端からブロックし、世界そのものを拒絶した。冷静を装ったその顔の裏では、狂気が静かに、しかし確実に育っていた。何度も彼女に電話をかけ続け、やがて気づく。連絡手段はすべて、断ち切られていた。彼女の中から、自分という存在は完全に「消された」のだ。「ハ……」闇に沈んだ瞳。唇に浮かぶ、歪んだ笑み。拳を握る手は、爪が食い込み血がにじむほどに強く締められ、その痛みにすら彼は無感覚だった。感情の沸点が崩れた瞬間、彼は眼前の大理石テーブルを思いきり殴りつけた。バキッという音とともに、テーブルは粉々に砕け、破片が手の甲に深く突き刺さる。飛び散る鮮血さえも、彼の激情を止めることはできなかった。「枝里、誰が、お前に俺のもとから去っていいなんて、許した……?お前は俺のものだ。他の誰のものでもない。絶対に、許さない……」喉の底からにじみ出るその声は、獣のうなりのように低く、ぞっとするほど冷ややかだった。そのとき、無造作に置かれていたスマートフォンの画面に、速報ニュースの文字が浮かび上がる。【速報:京市を揺るがせた高峯家の豪奢な結婚式——新婦、逃亡!?その背後
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第13話

話題性を狙ったニュースは、翔真・枝里・美羽の三角関係を面白おかしく取り上げ、センセーショナルに脚色された記事として一気に拡散された。【一之瀬美羽、恥知らず!】【高峯翔真、最低すぎる!】——ネット上には罵詈雑言が飛び交い、炎上は瞬く間に広がった。スマホの画面を睨みつけた翔真は、怒りにまかせてそれを壁に叩きつけた。ガシャッ——!画面は一瞬で真っ暗になり、端末は粉々に砕け散る。しばらくしてようやく呼吸を整えた彼は、予備のスマホを取り出してSIMカードを差し替えた。そのとき、ドアが勢いよく開く。怒りに燃えた翔真の両親が、容赦なく部屋へと踏み込んできた。開口一番、翔真の父の手が飛び、翔真の頬に乾いた音が響く。「貴様、自分が何をしでかしたか分かってるのか!?今日、我が高峯家は京市の上流社会の笑い者だぞ!新婦に逃げられ、新郎は遅れてきたかと思えば愛人同伴……面目丸潰れだ!それにこの酒臭さ……どこが『新郎』なんだ、恥を知れ!」父の怒声が部屋に反響する中、翔真の母もまた深くため息をつき、凛とした声で言い放つ。「翔真、何があっても、枝里を連れ戻して結婚式を挙げなさい!あれほど仲が良かったのに、どうして一之瀬美羽なんかのことで全てを台無しにするの?他に助ける手段はいくらでもあったでしょう!私の勘だけど、あの子、全部計算ずくよ。今日の酒場の件だって、絶対に仕組まれた茶番だわ!」その言葉に、翔真の心がざわつく。だが、彼は平静を装いながらも、口を開いた。「母さん、彼女はただの小娘よ。そこまで責めないでやってくれ……」そう言いながらも、胸の奥に巣食う美羽への不満は、もう臨界点を超えようとしていた。翔真の母は冷笑を浮かべながら言い捨てる。「それでも信じたいなら勝手にしなさい。でも覚えておきなさい、家の名誉はあなたの感情より重いのよ。とにかく、結果を出しなさい!」両親は怒気を残したまま、背を向けて出ていった。部屋に一人残された翔真は、眉間を押さえながら結婚式場へと向かった。そこに、誰の姿もなかった。彼が幾度となく夢に見た、幸せの象徴だったはずの会場は、今や空虚な静寂に包まれていた。「どうして、こんなことに……」彼はこのところの出来事を何度も頭の中で繰り返していた。だが、どうしても分からなかった。
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第14話

研究員たちはよく理解していた。今の自分たちの実力では、霧島グループの研究員と肩を並べるには、まだ何年、いや何十年という歳月が必要だということを。いくら努力を重ねても、最後の「あと一歩」を越えるには、膨大な時間と犠牲が必要だった。それは決して、一朝一夕に叶うものではなかった。その厳然たる現実を前に、翔真は窓ガラスに映る自分の姿を呆然と見つめていた。「俺は、本当に霧島淳哉に敵わないのか……?」あの頃も、そして今も。枝里の心、彼女の未来のための力さえ、自分には届かないのか。翔真は両手を窓に置き、力なく、何度も呟いた。「枝里、君は本当に、俺を愛してくれていたのか……たった一度でも……?」照明を落とした屋敷には、人の気配すらなく、凍りつくような静寂が漂っている。赤く華やかな新婚の飾りが、むしろその寂しさをより際立たせていた。翔真は狂ったように、屋敷の隅々までかき回した——枝里が、自分を想ってくれていた証を探して。けれど、見つからなかった。彼女がくれたものは、すべてあの日の荷造りで処分されていた。何ひとつ、何一つとして残されてはいなかった。力なくベッドに倒れ込み、枕元に残る微かな香りにすがるように顔を埋める。「枝里……俺は諦めない。美羽はもう追い出す。だから、謝らせてくれ、お願いだ。戻ってきてくれ……俺には、君しかいないんだ……」それは、最愛の人を喪った獣のような、魂を引き裂かれる慟哭だった。けれど、その声はもう、届くことはなかった。仮に届いたとしても、枝里はもう、振り返ることはない。夜が明けても、彼は目を閉じることなく、血走った目で一点を見つめていた。身支度を整え、翔真は美羽の家へと足を運んだ。ピンクを基調とした部屋には、少女趣味の可愛らしさがあふれていた。彼女は上機嫌に鼻歌を歌いながら、ランチを用意していた。「東雲枝里は身を引いた……今こそ、私の時……」そんな幻想を胸に描いていたそのとき——バタン、とドアが開いた。「君の兄には連絡しておいた。明日、任務が終わり次第、迎えに来るそうだ。この家も、本来は枝里の名義で購入したものだ。もう出ていく時だ」冷ややかな声が、部屋に突き刺さるように響いた。「どうして?気に入ったなら、ずっと住んでいいって、そう言ってくれ
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第15話

「翔真さん、枝里さんのこと……全部聞いたよ。彼女、結婚式から逃げたんでしょ?あなたを捨てたのよ。もうあなたのことなんて愛してないのよ!どうしてそれでも彼女を愛せるの?私はこんなにもあなたを想ってるのに、どうして一度も私を見てくれないの?」美羽は勢いよく翔真の胸に飛び込み、その腰にしがみついたまま泣き崩れた。涙が翔真のシャツに沁みて、冷たい感触が彼の胸の奥にまで届く。翔真は唇を引きつらせ、狂気じみた笑みを浮かべて、彼女を容赦なく振り払った。「その口、閉じろ。枝里は俺を捨てたわけじゃない。彼女は俺を心から愛していた。結婚したがっていたし、俺だけを見ていたんだ!」彼は美羽の襟元を乱暴に掴み、その怒りを抑えきれずに怒鳴った。「彼女は無理やり式場から連れ去られたんだ。霧島淳哉に!枝里を侮辱するような言葉は絶対に許さない!それと、はっきり言っておく。俺は、お前を愛していない。美羽、お前に抱いていた感情は『世話』だった。それ以上でも、以下でもない」そのひと言は、美羽の心に容赦なく突き刺さった。こらえきれずに溢れた涙は、もう止まらなかった。「嘘よ、あんなに優しくしてくれたくせに……あの簡易的な『結婚式』は何だったの?あのキスは?」「言ったじゃない、もし枝里さんがいなかったら、私と付き合ってたって……ずっと想ってきたのに、なぜ私じゃダメなの?今はもう誰も邪魔しないのに!」その声は震えながらも鋭く、彼の胸を何度も叩きつける。けれど、答えはあまりにも残酷だった。翔真の心には、最初から最後まで、枝里しかいなかった。彼は美羽の顎を掴み、冷笑を浮かべたまま淡々と答えた。「忘れたのか?あれは全部、お前が頼んだから『付き合ってやった』だけだ。最初から言ってただろ。俺は枝里しか愛さない。だから好きになるなって言ったよな」その冷たい言葉に、美羽は体を震わせ、絶望が涙となって溢れ続けた。忘れたくても、忘れられるはずがなかった。「好きになるな」と言われても、あの優しさに抗えなかった。完璧で、優しくて、誰もが憧れる男。枝里のように愛されたいと、心の奥で願っていた。彼が優しくしなければ、希望を与えなければ、こんなにも執着しなかったのに。美羽は唇を強く噛みしめ、無理に笑顔を作り、彼のシャツを掴んで背伸びし、唇を奪おう
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第16話

枝里は、とっくに彼を愛していなかった。ただ、彼がその現実を受け入れたくなかっただけ。翔真の胸には、どうしようもない絶望が渦巻いていた。それでも彼は、事実を拒み、必死に否定した。美羽の首を狂ったように締め上げたその目は、怒りと執着に染まっていた。「黙れ!そんなこと言うな!枝里は俺を誰より愛してるんだ!お前なんか、今すぐ俺の前から消えろ!」冷たく鋭いその声が、まるで氷の刃のように美羽の胸を突き刺した。彼が壊れるより先に、彼女の心はもう砕けていた。これまで積み上げてきたすべてが、枝里の名前ひとつに霞んでいく。彼にとって、枝里はそれほどまでにかけがえのない存在なのか。呼吸もできず、顔を真っ赤に染めながら、美羽は必死に翔真の手を叩いた。死が迫るその瞬間、ふいに力が抜け、彼の手が離れた。咳き込みながら空気を必死に求める美羽の瞳からは、もはや光が消えていた。すべては、自分の勘違いだった。彼の優しさは愛ではなく、ただの慰めであり、幻想だった。ならば、せめてその幻想の代償を彼自身にも味わわせてやりたい。美羽はスマホを取り出し、枝里とのメッセージ履歴を開きながら、狂ったように笑った。「見てよ、翔真さん。あんたが私にどれだけ優しくしてくれたか、全部、枝里さんに話したのよ。なのに、彼女、一ミリも嫉妬しなかったわ!それどころか、あなたを私に譲るって言ってたの。そんな女に、まだ未練があるの?」その声は冷ややかで、口元には侮蔑すら浮かんでいた。「目を覚ましなさいよ、あんたを本当に愛してたのは、私よ。枝里さんは、もう二度と戻ってこない。全部、あんたが自分で壊したんだから!」スクリーンに浮かび上がるメッセージの数々に、翔真の指先は微かに震えていた。枝里がこれを見たとき、どれだけ傷ついたのか。「ごめん、ごめん……」何度も低く、かすれた声で謝るが、その声が届く先はもうどこにもなかった。その姿を見ながら、美羽は笑った。だが気づけば、頬を伝う涙が止まらなくなっていた。どうして……どうして、私を一度も見てくれなかったの?こんなに愛していたのに……重たい沈黙を破ったのは、やはり翔真だった。「お前が枝里にしたこと、本来なら裁かれて然るべきだ。もう弁護士を当たったほうがいい。今日中にここを出て行け」その言
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第17話

見守る高峯家の人々の視線が突き刺さる中、隼人は美羽を地面に押さえつけ、無理やりその膝を地面につかせた。そして深々と翔真に頭を下げた。「申し訳ありません。妹を正しく導けず、心に余計な思いを抱かせ、さらには人を傷つけるようなことまで……すべて兄としての不徳の致すところ。どうか、今回だけはお許しください。過去の縁に免じて——」誇り高き軍人である隼人が、地に頭を垂れる姿に、その場の空気がぴたりと止まる。地に倒れた美羽は、全身を血に染め、意識もないままだ。かつてならば、そんな彼女を真っ先に庇っていた翔真も、今はただ冷ややかに言い放つ。「俺に謝る必要はない。枝里に謝るべきだ。彼女が許すなら、それでいい」その言葉に、場に集まった者すべてが言葉を失った。誰もが知っていた。枝里はすでに遠くの国へと去り、彼女自身すらも、もう二度と戻ってこないかもしれないことを。隼人の顔から血の気が引き、苦々しく息を吐いて、妹を抱き上げると、その場を立ち去った。その夜、隼人は黙って一本の硫酸を買い、美羽の白く整った腕に、それを浴びせた。焼け爛れる皮膚。悲鳴と苦痛にのたうち回る妹の姿。その激しい痛みに身をよじりながら、何度も腕を切り落としたいと叫ぶ美羽。ようやく感覚が麻痺した頃、彼女は病院へと運ばれた。命は取り留めたものの、残された痕はあまりに醜く、もう戻ることはない。医師は植皮手術を提案したが、隼人はそれを首を振って拒否した。美羽が目を覚ました瞬間、視界に飛び込んできたのは、焼け爛れた自分の右手だった。その醜さに、脳が理解するより先に、身体が反応していた。「いや……いやあああああっ!!私の手!こんなの嫌だ!元に戻して!皮膚移植して!綺麗になりたい……元の私に戻りたい!!」ベッドの上で狂ったように叫び続けた。 「無駄だ。治療なんて、するつもりはない。枝里も、同じ場所に傷を負った。顔を守らなければ、硫酸は彼女の顔を焼いていたはずだ。なぜ、お前はそんなことをした?せめて、彼女が受けた痛みを知れ」美羽は、傷ついた腕を抱えながら、ただ天井を見つめて涙を流した。その頃、海の向こうでは、枝里は何一つ、この出来事を知らなかった。彼女は静かに両親のそばに寄り添い、物語を読み聞かせ、穏やかな声で語りかけていた。父と母は、強い生命力で
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第18話

「もし、あの時……何?」枝里は、思いがけない言葉に目を見開いた。淳哉が、自分の過去をすべて知っていたことに、驚きを隠せなかった。淳哉は胸に秘めた苦さを押し殺し、あくまで淡々とした口調で語り出した。「留学してからも、お前のことを何度も見に帰ってきていた。お前に彼が初めて告白した日、実は俺もそこにいた。本当はその日、俺からお前に正式に告白するつもりだった。でも彼に止められた。お前たちはもう互いに想い合っていて、あとは気持ちを言葉にするだけだって。お前が傷つくのを見たくなかった。だから、身を引いたんだ」彼の瞳には、深く静かな悲しみが宿っていた。「その後も、お前たちの幸せそうな姿を何度も目にして、これはもう手放すべきだと思った。結婚を約束したという日、彼は俺にこう言った——『枝里は、もう淳哉とは会いたくない。出会っていなかったことにしてほしい』と。俺たちが会うたび、彼はお前と俺の再会を妨げた。彼がお前に冷たく当たっていたのも分かっていた。でも、お前が助けを求めてこない限り、俺は手出しできなかった。それでも——あの時、お前は俺に電話をくれた。その一本の電話を、俺がどれほど待っていたか、お前には分からないだろう」普段は感情を滅多に見せない淳哉が、その時ばかりはわずかに声を震わせていた。枝里は、言葉を失って立ち尽くしていた。まさか、あの短い恋が、彼の心の中でこんなにも深く根を張っていたとは。最短だった恋が、一番長く愛された。一番長く続いた恋が、時の流れに耐えられなかった。彼女はそっと彼を抱きしめ、涙を指先で拭い、小さな声で言った。「淳哉、もう二度と、あなたのそばを離れたりしない」「ああ」彼の目に宿る喜びは、言葉以上に伝わってくるものがあった。長い沈黙ののち、淳哉は彼女をそっと離した。「枝里、実はこの間、翔真が何度もお前に会おうとしていた。全部、俺の部下が止めたけど……後悔してないか?」その問いに、不安が滲んでいた。もう二度と、彼女が自分のもとを離れてしまうのではないかという恐れ——だが、枝里は毅然と言い切った。「後悔なんて、するはずない」彼の手をしっかりと握り返し、まっすぐに見つめながら続けた。「お願い……あの人を、もう二度と私に近づけないで。昔、あの人があなたに何度もしてきたみたいに
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第19話

翔真は、長い沈黙の後に挑発的な声を投げかけた。「淳哉、お前が俺を国外に来させたくないのは、枝里が俺を見た瞬間、きっと俺を選んで戻ってくるって分かってるからだろ?枝里はずっと俺だけを愛してた。何度も言ってたよ。お前との交際なんて、若気の至りだったって。お前が俺に勝てる理由なんて、どこにある?」淳哉は電話を握り締め、奥歯を噛みしめるようにして言い返した。「まずは無事にここまで辿り着いてから言え。少なくとも今、彼女が愛してるのは俺だ」そして通話は、一方的に切られた。互いに怒りを募らせながらも、二人の間には深い憎悪が渦巻いていた。淳哉はしばらくバルコニーで気持ちを鎮めた後、そっとガラス扉を開けて室内へ戻り、枝里の隣に静かに身を横たえた。彼女の穏やかな寝顔を見つめながら、柔らかな輪郭を目に焼きつけるように見つめ続ける。自分の未練がましさに辟易することもある。それでも、彼女への想いは捨てきれなかった。すると枝里が、彼の体温を感じ取ったのか、無意識に彼の胸元に身を寄せてきた。その仕草に、淳哉は思わず微笑み、優しく抱きしめ返した。そのころ、別の場所では。翔真は怒りと焦燥の中、またしても一睡もできない夜を過ごしていた。翌朝、家の用事を一通り済ませた彼は、最も早い便でA国へ飛び立った。しかし、飛行機が着陸するや否や、空港で複数の男たちに取り囲まれた。ここはすでに霧島グループの本拠地。淳哉は彼の動向を完全に掌握しており、枝里に近づかせないように布石を打っていたのだ。黒スーツ姿の男たちに囲まれた翔真は、皮肉めいた笑みを浮かべた。「お前ら、淳哉の手の者だな?」男たちは無言で彼を取り囲み、言葉を発さない。周囲の通行人たちは、その異様な光景に気づいて目を逸らしながら、足早にその場を離れていった。「お引き取り願います」男たちは声を揃えて冷然と言い放った。以前に送り込んだ手の者は——誰一人、この国に足を踏み入れることすら叶わなかった。危険だと分かっていながら、翔真にはもう引き返す選択肢など残されていなかった。ここまで来て、手ぶらで帰れるわけがない。彼はジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを数個外して構えを取る。その瞬間、乱闘が始まった。鈍い打撃音が空港に響き、互いに手加減なしの打撃を浴びせ合った。数分後、
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第20話

どれほどの時間が経ったのか分からないが、目の前のモニターがようやく明るくなり、枝里の両親の病室の映像が映し出された。かつては身動きひとつできなかった両親が、今ではかろうじて起き上がり、言葉を交わせるようになっていた。枝里の両親も、溢れる涙を堪えきれず目を潤ませた。「枝里、お父さんは本当に、もう一度お前と会える日が来るなんて思ってもみなかった。こうして話せるなんて、夢みたいだな」「事故の瞬間、意識が遠のく前に思ったんだ。枝里がこれを知ったら、どれほど悲しむだろうって……」そう語りながら、枝里の母は震える手で目元を拭い、安堵の笑みを浮かべた。「ベッドに横たわっていた間、何度も考えたわ。いっそこのまま逝ってしまった方が、あなたに迷惑をかけずに済むんじゃないかって」その言葉を聞いた枝里は、すぐに母の口元を軽く塞いだ。「そんな縁起でもないこと言わないで!お父さん、お母さん、私たち、これからもずっと一緒に生きていくの!私が淳哉と結婚する姿も、孫の姿も、全部見てもらわなきゃ困るの!」淳哉の両親も笑顔で頷いた。「これからの人生はまだまだ長いですよ。孫の顔も見なきゃいけないんですから、元気を出してくださいね」その言葉に枝里の両親も何度も頷きつつ、ふと視線を交わし合いながら、やや戸惑い気味に枝里と淳哉を見比べた。「枝里、お父さんとお母さんと、少しだけ話をさせてくれるか?」淳哉と両親はすぐにその意図を察し、静かに病室を後にした。ドアが閉まると、枝里の母が優しく口を開いた。「枝里、本当はどう思ってるの?事故の前は翔真くんとうまくいってたはずよね?結婚も間近だったのに、どうしてこんなに突然変わったの?」枝里の父も真剣な眼差しで続けた。「枝里、今はお父さんもお母さんもいる。何があっても遠慮しないで教えてくれ。もし誰かに辛い思いをさせられたなら、お父さんが絶対に許さない。相手が翔真だろうと淳哉だろうと、関係ない」その言葉に、長く忘れていた温もりが胸に満ち、枝里は堪えきれずに涙を溢れさせた。「お父さん、お母さん。本当に会いたかった。この半年間、一人で必死に頑張ってきたの。翔真は……」彼女は涙を浮かべながら、これまでの経緯を一つ残らず語った。そして、そのすべてが、モニター越しにそれを見守っていた翔真の耳にも届いていた。彼はそ
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