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春風も、君も、二度と戻らない

春風も、君も、二度と戻らない

โดย:  平坂果音จบแล้ว
ภาษา: Japanese
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「枝里、霧島グループの最新医療技術を使えば、君の両親を植物状態から目覚めさせることができる。ただし——元恋人である俺に頭を下げてきた以上、一つだけ、譲れない条件がある」 「……どんな条件なの?」 胸の奥がきゅっと痛む。東雲枝里(しののめ・えり)は息をのんで問い返した。 「高峯翔真(たかみね・しょうま)と別れろ。そして、俺のもとへ戻ってこい」 低く落ち着いた声には、否応のない圧が込められていた。 「……わかった。応じるわ」 一瞬の迷いも見せず、彼女は静かにそう答えた。

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第1話
「枝里、霧島グループの最新医療技術を使えば、君の両親を植物状態から目覚めさせることができる。ただし——元恋人である俺に頭を下げてきた以上、一つだけ、譲れない条件がある」「……どんな条件なの?」胸の奥がきゅっと痛む。東雲枝里(しののめ・えり)は息をのんで問い返した。「高峯翔真(たかみね・しょうま)と別れろ。そして、俺のもとへ戻ってこい」低く落ち着いた声には、否応のない圧が込められていた。「……わかった。応じるわ」一瞬の迷いも見せず、彼女は静かにそう答えた。電話の向こうから、霧島淳哉(きりしま・じゅんや)のかすかな乱れた呼吸が聞こえた。沈黙ののち、低く鋭い声が落ちてくる。「半月後に帰国する。迎えに行く……逃げるような真似をすれば、どうなるか分かってるな」電話が切れる。枝里はスマホ画面に表示された「特別な日付」をじっと見つめていた。その日付は、皮肉にも―彼女と翔真の結婚式当日だった。しばしの無言のまま予定表を開き、「結婚の日」と記されたその欄を、「去る日」と書き換えた。家に戻ると、耳をつんざくような大音量の音楽が鳴り響いていた。玄関は半開きで、ガラス張りの壁越しにリビングの様子がはっきりと見えた。そこには、一之瀬美羽(いちのせ・みう)は純白のウェディングドレスに身を包み、完璧なメイクを施し、ブーケを手にして翔真の前に立っていた。唇を噛みしめ、潤んだ瞳で彼を見上げるその姿は、見る者の胸を締めつけるような切なさに満ちていた。けれど、そのドレスは枝里のものだった。彼女の婚約者の前で、彼女のドレスを着た美羽は、涙混じりにこう語りかけた。「翔真さん……もうすぐ枝里さんと結婚するのは分かってる。でも、ずっと好きだったこの気持ち……少しだけ報われてもいいかな?一度だけでいいから、私と結婚して。ずっと夢見てきたこの恋に……ちゃんと終止符を打ちたいの」場の空気がざわついた。翔真の友人たちが一斉に口をそろえる。「翔真、美羽ちゃんの願いなんだし、ちょっとくらい付き合ってやれよ」「そうそう、冗談の結婚ごっこだろ?一度だけならいいじゃん!」騒がしい声が飛び交うなか、翔真はずっと視線を落としたまま、沈黙を貫いていた。長い沈黙の末、美羽すら諦めかけたそのとき、彼は静かに口を開いた。「……今回だけだ。二度とな
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第2話
心の中にはさざ波のように感情が渦巻いていた。けれど枝里の表情は、水面のように静かだった。「何かって?別に。ちょっと疲れただけよ。休ませてもらうわ」微笑みながら、彼女はそっと言った。翔真は眉をひそめ、さらに言葉を続けようとしたそのとき―美羽が軽やかに駆け寄り、彼の腕にしなだれかかった。「翔真さん〜、まだゲーム終わってないよ!今日は結婚前の最後の独身パーティーなんだから、枝里さんのことばかり気にしないで、こっちにも付き合ってよ。ね?パーティーが終わったら、山に日の出を見に行こう?」上目遣いで彼を見つめるその瞳は、甘ったるく計算された光を宿していた。長い沈黙の後、翔真は無言で彼女の髪を優しく撫でた。「わかったよ。今日は、付き合ってあげる」枝里はふっと笑みを浮かべ、何も言わずに階段を上っていった。もはやその二人に、心を乱されることはなかった。パーティーの喧騒は夜更けまで続き、彼女はベッドに横たわったまま、目を閉じてもなかなか眠れなかった。ようやく、遠くで車のクラクションが響く。彼らが別荘を去ったあと、屋敷には静寂が戻った。翌朝、スマートフォンを開くと、通知は「99+」美羽から、延々と写真が送られてきていた。どれもが翔真とのツーショット―まるで見せつけるように。テントの前で、彼が彼女の肩に上着をかける写真。前髪を優しく整える写真。彼の肩にもたれて、日の出を見つめる微笑ましい写真。……画面のいちばん下に、どこか飄々としたひと言が添えられていた。【きゃ〜っ、ごめんなさいっ☆自分用に保存しようとしたのに、うっかり枝里さんに送っちゃった〜。怒らないでね?翔真さんは妹としてしか見てないから、優しくしてくれただけだよっ!】枝里は静かに笑った。指先で、淡々と文字を打ち込む。【大丈夫よ。これから、翔真は『妹』のあなたに譲るわ】送信ボタンを押したその瞬間、もう迷いはなかった。彼女は黙々と、出発前に処分すべき「過去」の整理に取りかかった。書斎のキャビネットを開けると、懐かしいラブレターの束が出てきた。それは、翔真が彼女を追いかけていた頃、何度も書いてくれたものだった。けれど―今、その便箋の上には、黒いインクが無数に走っていた。どの手紙も、彼女の名前は無惨にも塗りつぶされ、そこに記さ
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第3話
その言葉を聞いて、翔真は何も言わず、ただ静かに枝里の背後に寄り添った。寝るときでさえ、彼女を腕の中に抱きしめ、まるで離れることを恐れるかのように手放そうとしなかった。翌朝。枝里の顔には、やはり笑みの気配すらなかった。翔真は焦りを感じながら、アシスタントに電話をかけた。「この前のオークションで落札したルビーのネックレス、家に届けてくれ」しばらくして、アシスタントがドアをノックした。翔真は丁寧にラッピングされた小箱を受け取ると、それを彼女の前にそっと置いてゆっくり開いた。「枝里、これは仲直りのプレゼントだ……もう怒るなよ」目の前に現れたのは宝石の眩い光を放つネックレス。けれど、彼女の瞳には何の感情も浮かばなかった。「怒ってなんかないわ」穏やかな声だったが、それはまるで壁のように距離を感じさせた。その冷たさに、彼の不安はさらに募った。「じゃあ……君が前に好きだったケーキを買ってくるよ。南の町の、あの店のやつ……あれを食べると、いつも嬉しそうだったから……」「でも、それは『前』の話でしょ?」その一言に、彼は言葉を失った。初めてだった。どれだけ宥めても、彼女の心が一切動かない。空気を変えようと、翔真は枝里を連れて、彼女の両親が眠るVIP病室へと足を運んだ。大きな手をそっと彼女の肩に置き、やがて優しく抱き寄せる。「枝里、ずっと会社に治療薬と技術の開発を進めさせてきたんだ。ようやく最終段階に来た。信じてくれ。君の両親に、君のウェディングドレス姿を見せたい。その日、君はきっとこの世界でいちばん美しく、いちばん幸せな花嫁になる」彼は彼女の手を引き、病床の前へと立つ。「お父さん、お母さん、私は翔真です。あと数日で枝里と結婚します。彼女を一生、大切に守っていきます」その横顔を見つめながら、枝里は心の奥で冷たく笑っていた。何を今さら。彼女はもう、彼を必要としていなかった。あの夜、彼が美羽と「ゲーム」に興じていたその間に―彼女は、両親を救う手段を見つけ出していたのだ。もう虚ろな約束も、根拠のない優しさもいらなかった。そのとき、翔真のスマホが鳴った。彼のアシスタントからの電話だった。彼が切ろうとしたその瞬間―「出ていいわ。私は父さん母さんと、少しだけ三人で居たい」彼は戸惑
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第4話
翌朝、翔真はいつもより早く家を出ていった。残されたのは、冷蔵庫に貼られた一枚のメモだけだった。【枝里、薬の研究開発の進捗を確認しに行ってくる。夜は戻れないかもしれない。待たなくていいよ】枝里は、そのメモを淡々と剥がし、無造作に丸めてゴミ箱に放った。その一連の動作に、感情の揺れは一切見られなかった。だが、その静けさを破るように、美羽から立て続けにメッセージが届き始めた。【枝里さん、このドレスあんまり好きじゃないって言ったのに、翔真さんが『似合う』って言い張って、結局買ってくれたの】【今日、翔真さんと遊園地に行ったの。彼の腕の中、本当にあったかくて、すごく安心できた。抱きしめられてたら、ジェットコースターも全然怖くなかったよ】【それから、カップル専用のレストランにも行ったよ。でも誤解しないでね?他のカップルみたいにキスとかハグとかはしてないから。ただ食事しただけ】指先が画面をスクロールするたびに、その動きはどこまでも冷ややかだった。挑発と独占欲が滲む文面に、枝里はわずかに唇を歪める。これが、あなたの言う「薬の研究」?似たようなメッセージは、その後も数日間、途切れることはなかった。その間、翔真は一度も家に帰ってこなかった。そんなある晩―美羽からの着信が何度も鳴り響いた。拒否しても、またすぐにかかってくる。まるで執着のように。うんざりした枝里は、ついに右へスワイプして通話を繋いだ。電話の向こうから聞こえてきたのは、涙交じりで、それでいてどこか誇らしげな美羽の声だった。「枝里さん……どうして出てくれなかったの?翔真さんが、事故に遭ったの!私が車の中で、どうしてもイチゴを食べさせてって甘えちゃって……彼、それで気を取られちゃったの。気づいたら、暴走トラックが目の前に―その瞬間、彼は真っ先に私をかばってくれたの。私はかすり傷ひとつないのに、彼は血まみれで手術室に運ばれて……丸一日一晩も必死に治療受けて、やっと危険な状態を脱したの。看護師さんが言ってたのよ、翔真さん、ずっと私の名前を呼んでたって……あんなにひどい怪我なのに、心配してたのは私のことばかりだったの……」その言葉に、枝里は心がぎゅっと締めつけられるような痛みが走った。そして、ふと脳裏に浮かんだのは―三年前の記憶だった。あの
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第5話
立て続けに投げかけた三つの問いかけが彼の動揺を如実に物語っていた。けれど、枝里は何事もなかったかのように、平然と嘘をついた。「ちょっと荷物をまとめて、病院に泊まり込もうと思ってるの。両親とゆっくり話したくて」その言葉に、翔真は一瞬きょとんとしたが、すぐに安堵の笑みを浮かべた。彼女をそっと抱き寄せ、優しく囁く。「枝里、お母さんとお父さんのことは心配なのは分かるけど、ちゃんと人を手配してあるから大丈夫。俺たちはもうすぐ結婚するんだから、今の君に必要なのは、きれいな花嫁になる準備だよ」そう言って、彼はスマートフォンを取り出し、画面いっぱいに並んだ細かなデータを彼女に見せた。「これが、薬の開発の進捗だ」枝里は、その内容も意味もよく分からなかったし、そもそも興味もなかった。ただ、形式的に頷いて見せるだけだった。そのとき、翔真の背中に滲んだ血に気づいたアシスタントが、緊張した声で言った。「社長、もう十分外にいらっしゃいました。東雲さんにもお会いになったことですし、そろそろ病院に戻られては?」何度もそう促されても、翔真は聞こえないふりをし、なおも彼女の手を名残惜しげに握り続けていた。「枝里……俺、事故に遭ってから、君に一度も会えなかったのが本当に辛かった。お願いだから、少しだけでも病院に来てくれないか?」「美羽さんが、いるんでしょう?」柔らかく微笑みながら、枝里はやんわりとその手を振り払った。そのひと言に、翔真の表情が固まった。「彼女なんて、君とは比べものにならない。ただの親友の妹だよ。君は俺の妻になる人なんだ。俺が会いたいのは、妻である君だけよ」そう言って、彼はシャツの襟元を引き下げ、包帯に巻かれた傷を見せて、彼女の同情を引こうとした。だが枝里の声は冷静だった。「最近ちょっと体調が悪くて……病院には行けそうにないわ」「体調が悪い?風邪?それとも……?医者には診てもらった?今すぐプライベートドクターを呼ぶよ」自分が傷だらけの身でありながら、翔真の意識はすべて枝里に向いていた。何度も彼女の額に手を当てて、熱がないかを確かめようとする。枝里は、自然な動作でその手を避けた。「ちょっとした不調だから、気にしないで」それでも彼は納得できず、彼女の顔色が冴えないのを見ると、すぐに往診を手配し、アシ
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第6話
枝里は少し離れた場所から、その光景をじっと見つめていた。「手伝いましょうか?」その声に驚いた美羽は、顔を真っ赤に染めて慌てて立ち上がり、視線を逸らしながら気まずそうに笑った。「枝里さん、誤解しないでね。さっき、私が転んじゃって……翔真さんが助けてくれただけなの」翔真も、服についた埃を払いつつ彼女の前に出てきて、慌てて釈明した。「枝里、本当にただの事故なんだ。変な誤解しないでほしい」枝里が何か言おうとしたそのとき、翔真の視線がリビングに並べられた複数のスーツケースに止まった。胸騒ぎを覚えた彼は、思わず彼女の手を取る。「枝里、お父さんとお母さんのことは俺に任せてって言ったよね?どうしてこんなに荷物をまとめてるの?」枝里はスーツケースを一瞥をくれたあと、淡々と答えた。「最近、片付けにハマっててね。ちょっと練習してみたくなっただけ」そう言って、彼女は背を向けて階段を上がっていった。その背中を見送る翔真の胸には、言いようのない不安が広がっていく。片付け?そんなの、彼女の趣味じゃなかったはずだ。だが、枝里にとって翔真の心配を気にかける余裕はなかった。荷造りはほとんど終わっており、残るはたったひとつ―両親が遺してくれた翡翠のブレスレットだけ。数日かけて家中を探しても見つからなかった。大切に保管していたものが、突然なくなるなんてあり得ない。その事実が、胸の奥に不穏な影を落としていた。そのとき、背後から声がした。「枝里さん、もしかしてこれを探してるの?」振り返ると、美羽が手にしていたのは、見覚えのあるビロードの小箱。蓋が開かれ、中には緑の翡翠のブレスレットが静かに収められていた。「……それ、どうしてあなたが持ってるの?」枝里が手を伸ばそうとすると、美羽はくすりと笑いながら身体を引き、箱の中からブレスレットを取り出した。「パーティーのときに見て、すごく素敵だなって思って……つい持って帰っちゃったの。もうすぐ私、誕生日なの、プレゼントにくれてもいいでしょ?」プレゼント?「ただの妹」だと何度も聞かされてきた彼女が、図々しくも他人の物を欲しがっている。枝里は冷ややかな視線を向け、低い声で告げた。「黙って人の物を持ち出すのは、『盗み』って言うのよ。返して。それは私にとって大切なもの。あげ
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第7話
その言葉を耳にした瞬間、翔真の目に淡い哀しみがにじんだ。「枝里……ただの物じゃないか。壊れたなら、俺が美羽の代わりに弁償する。そんなに怒ることないだろ?」枝里は、涙に潤んだ目で叫んだ。「だったら……その『ただの物』を、ちゃんと見て!」彼は戸惑いながら視線を落とし、そして動きを止めた。それが何であるか——翔真はすぐに理解した。それは、枝里の両親が遺した唯一の形見、翡翠のブレスレットだった。事故で両親が倒れたあの頃、彼女は毎日のようにそれを手に取り、手入れをしていた。翔真の声は、やわらぎを帯び、優しくなった。「枝里……わかってるよ。でも、美羽は悪気があってやったわけじゃない。修理できるように手を尽くすよ。だから、もう少しだけ冷静になって……な?」そう言いながら、彼は美羽の方へ振り返り、表情を一変させた。「まだここにいるのか?悪いことをしたなら、さっさと出て行け!」その一言に、美羽は唇を震わせ、目に涙を浮かべて顔を覆い、そのまま泣きながら部屋を飛び出していった。彼女の姿を見届けてから、翔真はそっと枝里に近づいた。「枝里、見ただろ?ちゃんと美羽を叱った。もう、そんなに怒らないでくれよ……」叱った?あの一言だけで?それで、両親が残してくれた大切なものが戻ってくるとでも?枝里は小さく冷笑し、無言で彼の腕を振り払った。黙々と床に散らばった翡翠の破片を拾い集め、そっと布に包む。翔真が手を貸そうとしたのも、無言で拒んだ。「関わらないで。あれは、わざとだった。絶対に許さない」その声は、氷のように冷たく硬かった。彼女は書斎の監視カメラの映像をコピーし、翡翠の破片を携えて警察署へ向かった。「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」「東雲枝里です」対応した警官は、何度も彼女の顔と資料を見比べた末、静かに首を横に振った。「申し訳ありませんが、本件については対応できかねます。お引き取りください」思いもよらない言葉に、枝里は無意識に拳を握りしめた。胸の奥に、じわじわと不安が広がっていく。その後、二軒目、三軒目……と警察署を回ったが、返ってくるのはどこも同じ返答だった。誰一人として、彼女の訴えに耳を傾けようとはしかなった。五軒目、ついに枝里は、カウンターに証拠映像のデータを叩きつけた。「
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第8話
そのとき、携帯が小刻みに振動した。画面には、美羽からの二通のメッセージが浮かんでいた。【翔真さん、謝ってくれてありがとう。まぁ……ギリギリで許してあげるわ!】【ふん、でもまたあのババアのせいで私を追い出したら、もう一生口きいてあげないんだからね!】数分後、さらにメッセージが届いた。【きゃー、ごめんなさい、枝里さん!うっかり、翔真さんに送るつもりのメッセージ、間違えて送っちゃったみたい!見なかったことにしてくれると嬉しいな♡】枝里はその文面を見て、ふっと微笑んだ。涙をそっと拭い取り、携帯を静かにポケットへしまう。冷たい夜気を纏ったまま帰宅すると、待ち構えていた翔真が駆け寄り、彼女を抱き締めた。「枝里、どこに行ってたんだ!一日中、君を探して……心配でたまらなかった……」彼は彼女の全身をくまなく見回し、怪我がないか確認するように手を動かした。焦燥と不安の色が、彼の目に濃く滲んでいる。枝里は無表情のまま、翔真の目をまっすぐ見つめた。「私の案件を京市中の警察に受けさせないよう指示したの、あなたでしょ。私がどこにいたかなんて、わかってるはずよね?」その言葉に、翔真は一瞬言葉を失い、やがて重い溜息を吐いた。「枝里、たかがこんなことで、そこまで怒ることないだろう。美羽はまだ若い。もし罪に問われたら、親友との関係も壊れてしまう……」両親の形見を壊されても「大したことじゃない」と言い切る彼。その一言が、胸の奥を氷の刃のように貫いた。枝里の瞳に滲んだ絶望を気付かずに、翔真は言い続けた。「安心して。ブレスレットは俺が責任を持って直す。世界中の修復の名匠を探して、必ず元通りにするから……だから、もう水に流そう?」枝里は薄く笑った。「もう戻らないわ。形だけ修復しても、壊れたものは壊れたまま」それは翡翠のブレスレットだけでなく、二人の関係そのものだった。翔真はその言葉の裏に含まれた意味に気づき、胸がざわついた。思わず彼女の手をぎゅっと握りしめたが、彼女は自然な仕草で、さりげなくその手をすり抜けた。その後数日、枝里は何も語らず、感情の波すら見せなかった。まるで何もかもを、静かに心の奥へ封じ込めたかのように。かつて美羽に勝手に着られたウェディングドレスを思い出し、翔真は改めて新しいドレスを選んでほしいと、
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第9話
目を覚ました瞬間、鼻先に鋭く染み入る消毒液の匂いが突き刺さった。枝里はゆっくりとまぶたを開き、薄暗い天井を見上げる。左腕は分厚い包帯で巻かれており、ほんのわずかに動かすだけで、骨の奥をえぐるような激痛が走った。病室のドアが音を立てて開き、看護師が入ってきた。起き上がろうとする彼女を見て、看護師は慌てて制止した。「東雲さん、まだ体を動かしちゃダメですよ。皮膚移植の手術を受けたばかりですから、しっかり安静にしていてくださいね」包帯を交換しながら、看護師は思わず話し出す。「一体何があったんですか?どうして硫酸なんて……でも、高峯さんは本当に東雲さんのことを大切にしてるんですね。莫大な費用をかけて、海外から名医を招いてまで、東雲さんの腕が元通りになるように全力を尽くして。昨日は一晩中、東雲さんの枕元で寝ずに付き添っていたんですよ」ちょうどその言葉が終わるころ、病室のドアが再び開いた。翔真が枝里の目覚めを聞いて、駆け込んできたのだ。彼は彼女の枕元にひざまずき、すぐに抱きしめた。「枝里、目を覚ましてくれてよかった。ごめん、俺がちゃんと守っていれば……大丈夫か?まだ痛む?他に苦しいところは?」彼の目は赤く充血し、顎には無精髭がうっすらと生えていた。震える声には、明らかに本気の焦りと後悔が滲んでいた。しかし、枝里の目に浮かんでいたのは冷たい光だけだった。感情の一片も見せることなく、そっと彼の腕を押し返すと、低く問いかける。「一之瀬美羽は?」その一言に、翔真の動きがぴたりと止まった。一拍の沈黙ののち、彼は重いため息をつきながら答えた。「枝里……もうその話はやめよう。ちゃんとお仕置きはしておいたから」「どんなお仕置き?」「……三日間、食事を抜かせた……」おそらく本人も、内心その言葉に説得力がないことを分かっていたのだろう。語尾は濁り、どこか歯切れの悪さがにじんでいた。そして彼は、苦し紛れのように、さらに言葉を重ねた。「今回のことは……彼女もわざとじゃなかったんだ。俺が厳しく叱ったし、もう君の前には現れないように言ってある。だから、この件はもう水に流そう?な?」表向きでは彼女を気遣うそぶりを見せながらも、その実、彼の行動の端々には、美羽をかばおうとする姿勢が見え隠れしていた。枝
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第10話
車は空港までノンストップで走り抜け、静かに停まった。プライベートジェットに乗り込む直前、淳哉は枝里を見つめ、低く最後の確認を投げかけた。「枝里、今日俺と一緒に行くなら——もう戻る道はない」その言葉には選択の余地を与えるような響きがあったが、彼の目は一切の拒絶を許さぬ強さで満ちていた。今ここで「やっぱりやめたい」と言えば、彼は迷わず彼女を気絶させてでも連れ去るだろう。だが不思議と、枝里はその「強引さ」に、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。彼女はそっとその手を取り、昔と変わらぬ仕草で彼の腕を軽く揺らす。「後悔なんてしない。父と母に早く会いたい」腕に伝わるぬくもりに、淳哉は思わず笑みを浮かべそうになり、しかしすぐにそれを抑え込み、仮面のような冷静さを装った。「……その覚悟、忘れるな」そう口にしながらも、彼はすぐに専門的な説明を始める。「お母さんとお父さんはすでに転院手続きを終えてる。今、この機に乗っていて、医療スタッフがそばについてる。霧島グループの医療技術は海外での実績も豊富だ。担当する医師もトップクラス。国内ではまだ未開の分野でも、向こうならきっと最善の治療ができる」窓から差し込む金色の光が、彼の横顔をくっきりと浮かび上がらせる。それを見ながら、枝里の胸の奥に、懐かしい感覚が蘇っていた——学生時代。あの頃も、彼女はこうして彼の隣に座り、頬杖をつきながら講義を聞いていた。彼が大学で留学を選んでからというもの、二人はずいぶん長い間顔を合わせていなかった。何年ぶりかの再会なのに、不思議と彼は、あの頃と何も変わっていないように見える。冷たい仮面の裏に隠された不器用な優しさも、全部。ふっと微笑がこぼれ、自然と何度もうなずいていた。そんな彼女の様子に、淳哉はそっと顔をそらし、咳払いをひとつ。「……今のお前の立場、ちゃんとわかってるな?俺の彼女として戻った以上、高峯翔真との関係は一切断ち切れ」「うん、大丈夫。約束するよ」彼の手をぎゅっと握りしめると、ふいに赤くなった彼の耳が目に入り、枝里は思わず笑みがこぼれた。飛行機が離陸し、空を舞い始める。穏やかな揺れに身を委ね、彼女は次第に眠気に落ちていく。毛布をかけてくれる手。水を差し出してくれる優しさ。静かに音楽を切り、寄り添
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