あの冬のこと?礼香はぼんやりとその記憶を掘り起こす。十六歳の冬、自分は白川遥と一緒に誘拐された。犯人たちはどちらが白石家のお嬢様なのか見分けがつかなかったのだ。彼らは礼香を人質にして、誠矢を脅そうと考えていた。光の差し込まない暗い地下室の中。白石家で大切に育てられてきた白川遥は、震えながら涙を流し、犯人たちにこう懇願した。彼女こそが白石家のお嬢様。もし彼女に手を出したら、誠矢が絶対に許さないと。こうして彼女は、「ただの家政婦の娘」として邪魔者扱いされた。犯人たちは彼女を人質として利用できないと判断し、殺そうとした。必死にそう訴える彼女の声も虚しく、気品を身につけた遥は、すでに犯人たちの信頼を勝ち取っていた。無言で礼香のもがく様子を見つめ、ただ弱々しいふりをしながら、信じられないとでも言うような表情を浮かべていた。礼香は何度も殴られ、殺されかけた。その目の前で、遥は洋次に電話をかけ、必死に助けを求めていた。だがそのときも遥の口から「もう一人いる」と告げられることはなかった。そのあと、礼香は瀕死の状態となり、犯人たちは彼女が死んだと判断して、汚水の溝へと遺体のように投げ捨てた。一方、遥は盛大に救出され、世間の同情と称賛を集めた。礼香はそのまま汚水の中で命を落としかけたが、偶然通りかかった掃除の女性に発見され、病院へと運ばれた。一ヶ月もの間、意識不明のまま入院し、目を覚ましたとき初めて知ったのだった。誠矢は誘拐されたのが自分だと思い込み、命懸けで救出に向かったが、助け出されたのは遥のほうだった。その後、洋次はすべての責任を自分に押し付け、遥の潔白を守ろうとした。そのために殴られ、さらに仏間で三日三晩、膝をついて許しを乞った。それ以来、礼香は遥にことあるごとに敵意を向けた。心の底から彼女を憎むようになった。けれど、まさか。自分の大好きだったはずの兄が、ずっと自分の死を願っていたなんて、夢にも思わなかった。「洋次くん」「遥さん?お前は出てこなくていい。車で待ってろ、こんなこと気にする必要はないんだから」遥は首を横に振った。「大丈夫。礼香ちゃんと少し話したいの」「話すことなんてないだろ!お前は甘すぎるんだよ、だからいつもあいつにいじめられるんだ」その瞬間、礼香の中で張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
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