礼香ははっとして振り返り、真琴を見た。「どうかした?」彼女は動揺する心を必死に抑え、携帯をポケットにしまった。大丈夫、あの携帯は水に濡れて壊れているはず。位置情報の装置だって、きっともう機能していない。「平気だよ、入ろう」不安を飲み込みながら彼女は中へと進んだ。その背後で、真琴がまるで心を引き裂かれたような目をしていたことには気づかずに。役所のカウンターには、一人の男が背中を向けて座っていた。礼香は何気なく声をかけた。「すみません、手続きを……」だが、その言葉は途中で止まった。その男がゆっくりとこちらを振り返り、見覚えのある顔が現れた。それは——「おじさん……」誠矢はゆっくりと立ち上がり、その圧倒的な存在感で二人を見下ろした。鋭い眼差しには怒気が宿り、充血した目の隅がこの数日間の抑えきれない苛立ちを物語っていた。礼香は思わず身を引き、逃げ出そうとした。だが、すでに役所の周囲は望月家の護衛たちに囲まれていた。職員の姿は一人もなかった。彼女の脳裏に浮かんだ言葉は——袋の鼠。震える声で、無理に笑みを作りながら言った。「携帯の位置情報……でしょ?」誠矢はその問いには答えず、ただ静かに言った。「礼香、家に帰ろう」「帰らない!!!」張りつめていた糸がぷつんと切れた。最悪の結末が現実となり、ここまでの努力がすべて水の泡になった。彼女は震える体を抑えきれずに呟いた。「帰らない、帰りたくない……」護衛たちが彼女を捕らえようと動いたが、誠矢が手を振って制した。「帰らない?じゃあどうするつもりだ?こいつと結婚か?礼香、おまえは本当にこの男のことを知っているのか?結婚をそんな遊びみたいに考えてるのか」「どういう……意味?」誠矢は彼女の背後に目を向けた。礼香は反射的に振り返った。だが真琴はすぐ後ろにはおらず、入口のそばで微動だにせず立ち尽くしていた。胸の奥から、ずっと無視していた違和感が一気に押し寄せた。彼女は静かに呼びかけた。「真琴さん?」だが真琴はその視線から目を逸らした。「ゴロッ」その場に、車椅子のタイヤが動く音が響いた。遥が洋次に車椅子を押されて現れ、申し訳なさそうに微笑んだ。「礼香ちゃん、ごめんなさい。全部私のせいなの。止めるべきだったのに。まさか真琴さん
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